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第5回 新潮エンターテインメント大賞

主催:フジテレビ・新潮社 発表誌:「小説新潮」

 第5回 新潮エンターテインメント大賞 受賞作品

ベンハムの独楽

小島達矢

 第5回 新潮エンターテインメント大賞 候補作品

 TENGU 安藤里美
 男どあほうT・REX紀 魚住陽向
 ピーチツリー 玉川圭
 ベンハムの独楽 小島達矢

選評

荻原浩

荻原浩オギワラ・ヒロシ

得体を知ろう。

 作品を送ってみたものの、一人の選考委員というのはやっぱり理不尽じゃないのか、ほんとに正しく評価されるのか、応募した人たちはそんな不安を抱いているんじゃないだろうか。当の一人選考委員の僕もじつは心配だった。だから、せめて評価がブレないように、候補作を読む時間帯やペース、順番をできるかぎり公平にした。そして単に「いい」「悪い」や「好き」「嫌い」ではなく、自分なりの明確な基準を設けようと思った。
 基準の第一は、受賞作は一冊の本になるわけだから、「人さまにお金を払って読んでもらえるものかどうか」だ。もちろん商業的に成功するかどうかではなく、内容的なレベルとして。僕だって自分の選んだ本を、読んだ人に、金を返せ、なんて言われたくはない。
 二番目は「プロのスカウトの目で見る」。文章技術の高さ、発想のパワー、将来性(年齢やキャリアではなく、柔軟性やのびしろのようなものですかね。最終選考に残った人のプロフィールは年齢、性別、その他すべて、選考が終わるまで伏せてもらってました)を見させてもらった。この一作だけで力尽きるのでは、という人を選ぶのは、本人の将来のためにもいいことではないと思う。
 というわけで選評です。
『TENGU』。過疎の村をなんとかしようと霊峰へトンネルを掘ろうとする村人と、そこに棲む妖怪たちの騒動記。
 アニメの脚本という印象だ。アニメを見下して言っているわけではなく、小説という表現媒体の特性を生かしていない感じ。作者の頭の中には、二次元のキャラクターや情景が浮んでいて、それをなぞってしまっているのではないだろうか。小説は文章だけで人の頭の中にひとつの世界を構築するものだから、妖怪の集会場で小学生の少女が逆ギレして啖呵を切ったり、村人が妖怪たちとたちまち打ち解けて酒盛りをはじめるという状況を言葉のみで納得させるのは、周到で強固な舞台設定と説得力を用意しないかぎり、きびしい。
 常に色を意識している表現力は素晴らしい。後から作者がまだ二十歳と聞いて驚いた。安藤さんには、まだまだひとつのジャンルにこだわらず、いろいろな可能性に挑戦して欲しい。どうしても小説を、と考えるなら、小説をたくさん読んでみよう。
『男どあほうT・REX紀』。元漫才師の博物館員、奈瀬葉成(なせばなる)が、潰れかけた博物館を救うために、ティラノサウルスの魂が宿った展示用恐竜ロボット大輔と漫才コンビを組むというストーリー。
 気合が入ってる。かつて人気コンビの相方だった主人公の漫才ネタは、サワリを出す程度だろうとタカをくくっていたら、ちゃんと台本がまるごと出てきた。しかもけっこう面白い。ただ物語自体は、設定も展開も意表をつくことに囚われすぎていて、最後までつくり話を読まされている感がぬぐえないままで終わってしまった。
 突飛な話には、突飛はひとつだけにしたほうがいい。奇跡的な話に、奇跡が二度訪れるとしらけてしまうのと同じだ。魚住さんの場合、力はあるのだから力を抜いて、設定だけ突飛、後はリアル(固有名詞も含めて)な小説を書かれてはどうでしょう。相方に見捨てられた漫才師の心情の描写だけでも、じゅうぶん読みごたえがある作品だったと思う。
『ピーチツリー』。広島の原爆で娘を亡くし、アメリカ人の夫と生き別れた素人作家がアメリカへ招かれ、世話役になった旅行代理店社員の主人公と、夫の消息を追う旅に出る。
 いい話だ。テーマもいい。なにより普通の人が知らない世界を知っている強みがある(プロフィールを聞くまでもなく、いきいきとした描写だけで、作者の滞米経験の豊富さがわかった)。それだけに、ロードムービー風の軽快な前半とは一転、登場人物たちの長々とした告白に終始する後半の構成が惜しい。
 文章的にも、妙に手離れが早いところが気になった。達者だけれど、ここまでにしとくか、と早々と妥協している箇所が多い。一例を挙げれば「えたいの知れない感情」という表現。後に答えやヒントがあればいいが、作者に「えたいの知れない」と言いっぱなしにされたら、読者は困る。せめて作者は、どこまで描写するかは別にして、えたいは知って書こう。
 公募作品は同じものを他の賞に出すのは好ましくないという不文律があるらしいが、この作品に関しては許される気がする。玉川さん、構成をもう一度考えて、文章もあとひと粘りして、違う賞に応募してみてはどうでしょう。タイトルは変えといた方がいいらしいですよ。
『ベンハムの独楽』。短編、中編、ショートショートをつむいだ連作集。一人称、三人称、女性、男性、視点も自在なら、題材もホラー風、トリックありのミステリー、純な青春物、それこそくるくると独楽みたいに変幻自在で、どれもが魅力的。これが受賞作です。今号に抄録されているのは七変化のほんの一端。明るいタッチの編もあるので作者に騙されないように。くわしくは出版される単行本を読んでみてください。一人選考委員の心配は杞憂に終わりました。僕の中では、満場一致です。

選考委員

過去の受賞作品

新潮社刊行の受賞作品

受賞発表誌