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第7回 新潮エンターテインメント大賞

主催:フジテレビ・新潮社 発表誌:「小説新潮」

 第7回 新潮エンターテインメント大賞 受賞作品

虹の切れはし

※「ゴールデンラッキービートルの伝説」に改題

安藤モア

 第7回 新潮エンターテインメント大賞 候補作品

 虹の切れはし※『ゴールデンラッキービートルの伝説』に改題 安藤モア
 スタティック 木下健一郎
 螢光 長谷川多紀
 あつい夏、おばあちゃんと 増田晶文

選評

恩田陸

恩田陸オンダ・リク

迷いに迷って

 選考会当日、いや選考会に入った時も受賞作を決めていなかったことを告白する。
 そのくらい、候補作にはほとんど差がなかった。それぞれに美点があり、それぞれに物足りない部分があって、決め手がなかなか見つけられなかった。
 新人賞の原稿を読む度に、小説の魅力ということについて考える。もうひとつ、小説家の将来性ってどういう部分のことだろう、とも。候補作四作を二度読み返して、迷いに迷った過程をここに書いておく。
『スタティック』は、米澤穂信の「古典部」シリーズ+森博嗣だなあ、と思ったら、案の定、そのお二人のファンだそうで、ある意味、小説を書き始める動機として王道である。
 小説を書き始めた頃の人の作品によくあるけれど、最初は読みにくいが後にいくほど慣れていくのか読みやすくなる。伝説のサークルに持ち込まれる問題を解決する、という設定で、謎よりも主人公の初恋の行方がメインだろう。が、私はむしろそれぞれのトリックや謎の設定にセンスを感じたので、将来着眼点の面白いミステリを書いてくれるのではないかと思った。気の利いたことを言おうと努力しているのだが、いかんせん経験不足で成功していない。しかし、ミルハウザーの短編集と絡めようとしているところなど、やろうとしていることにセンスを感じるし、候補作のうち、小説の内容がきちんとタイトルになっているのはこの作品だけだった。ともあれ、いくら新人賞の原稿とはいえ、読む側が譲歩して補わなければならない部分が大きすぎた。新人賞だから、もちろんプラス部分を見つけることを意識しているけれど、プロを目指すのなら、読む側に苦労させないことも意識すべきである。
『螢光』は、既に児童文学での実績がある方で、とても上手である。学習障害というテーマに真正面から取り組み、終盤に向かって盛り上げていくところ、高校時代の苦い経験と優等生の嫌らしさが描けているところなど、技術的には申し分ない。書きたいテーマを持っているし、安定感は抜群である。が、あまりにまとまっていて引っかかりがないところに引っかかった(すみません。いちゃもんに近いです)。これだけテーマがはっきりしていてこれほどの筆力があると、ある種の情報小説になってしまう。もっと独自のカラーがないと、小説としての魅力で読むというよりも「学習障害ってたいへんなのね」という教訓で終わってしまう、という気がするのである。もうひとつ、この賞で私が選ぶべき作品かどうか、というところも疑問だった。既にデビューしておられるし、私が選ばなくても活動していける方だと思い、申し訳ないが以上二作品が先に脱落した。
『あつい夏、おばあちゃんと』は、ノンフィクション作家としての実績がある方で、即戦力という点では図抜けていた。達者な筆で、破天荒なおばあちゃんのキャラクターと細部の描写が抜群である。訪問販売や金融詐欺など、もろもろの押し売りの手法が面白く描かれていて、このまますぐにTVドラマ化できそうだ。おばあちゃん役はミヤコ蝶々か京唄子で、とすぐに目に浮かんだくらい。が、この設定、このあらすじ、ここに登場するキャラクターのすべてを知っているぞ、十年前、二十年前、これと同じ話を見たか読んだかしているぞ、という既視感がものすごく強かったのだ。登場人物がこれからどうするか、これからどうなるか、すべて予想内の展開なのである。昔のドラマへのオマージュだと考えればよいのだろうが、正直、古いと取るべきか今はかえって新鮮と取るべきか判断しかねた。
 この作品と比べると、もうひとつ残した『ゴールデンラッキービートルの伝説』は、技術的にはまだ未完成である。実は、最初に読んだ時は残さない方かな、と思っていた。とても感じはいいものの、そんなに目新しい話ではないし、大人になった脇役たちの描写が類型的に思えたからである。しかし、候補作四作を通して読んでから、もう一度読んでみると、ハッとする描写、この人独自の描写だと感じられる箇所がそこここにあり、単に現在と過去とを行ったり来たりするだけではなく、相当にレベルの高い全体図を描こうとしているのだと気付いた。いちばん伸びしろがありそうなのはこの人かな、と感じた。
 それでも選考会のあいだじゅう、ずっと悩み続けていた。が、最後に決め手になったのは、候補作すべての中で、いちばん印象に残ったのが、この作品に登場した要先生だ、ということだった。この先生を作り出したこの人に賭けよう。そう決めたのは自分でも不思議な瞬間だった。あれだけ迷っていたのに、決めてみると、これでよかったと自分でも納得できた。もちろん、これがスタート地点である。これから先は、自分で自分の小説家としての将来性を証明していっていただきたい。

選考委員

過去の受賞作品

新潮社刊行の受賞作品

受賞発表誌