立ち読み:新潮 2021年3月号

創る人52人の「2020コロナ禍」日記リレー/宇佐見りん 小説家

 十一月十八日(水)
 遠野遥さんとオンライン対談イベント。私にとっては初のイベントだったので、始まる前はここ最近で一番緊張した気がする。とはいえ、遠野さんや河出書房新社の方々、ジュンク堂書店の方々の温かな雰囲気にも助けられて、途中からはのんびり喋った。
 渋谷を経由して帰宅したのだが、乗り替える途中、路上で赤い髪の男性が歌っているのを見かけ、その厚みのある歌声に惹かれてしばらく聴いた。酔っぱらっているらしいタンクトップの女性が叫びながら音楽に乗り、また別の男性が曲に合わせてヲタ芸を披露しているほか、私と同じように棒立ちで聞いている人が数名いる。その様子を、男性数名が離れたところから大声で揶揄し、笑っている。彼らは赤い髪の男性の傍らにある箱にお札を入れようとし、男性が歌いながら頭を下げ、短くお礼を言うと、わざと手を引っ込める。どころか、元々入っていたお札をこれ見よがしに取り上げようとする。なんだか腹が立ち、払えるだけのお金を払ってCDを買い、やや興奮しながら電車に乗り込んだ。そのあとで、お金でなくちゃんと指摘すべきだったのか、そもそも義憤とは……などと反省してはみたものの、考えるのが面倒になり眠る。

 十一月十九日(木)
 NHKラジオの収録。わたしは言葉に詰まると「こう……」と言うらしい、という話を担当編集さんから聞いた。校長先生の話に挟まる「えー」と似たようなものだろう。意識してみると、たしかに言っている。ラジオを編集してくださる人、いつも対談やインタビューのたびに文字起こししてくださっている人に頭が下がる。減らす努力をしたい。
 昨日購入したCDを聴いてみようと思い立つが、表面が傷ついていて聞けなかった。もしかしたら帰りに傷つけてしまったのかもしれない。

(続きは本誌でお楽しみください。)