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第5回 「気まぐれアラタまーる?」
メールを定期的に届けられないことが心苦しい。ゲラと格闘の日々がつづき、ときに五分も惜しいため、どうしても後回しになる。
もともと実質的な執筆に入ると、自分に休日はなくなる。一年のうちで、まったく仕事をしない日が、一月一日だけなのは、『永遠の仔』から変わらない。
土日も祝日ももちろんなく、酒の席に呼ばれた場合は、先に仕事をすませておく。といって、年に十回くらいしか飲めていない。観光旅行も無理だし、用事のある旅行の際は仕事を持ってゆかざるを得ない。さまざまな舞台や映画を見にゆく場合は、その前後に仕事をし、ときによっては場所までの行き帰りも仕事をする。この『家族狩り』五部作は三年間、その状態をつづけ、いまに至っている。
昨年の十月からは、出版に向け、さらにスクランブル態勢に入った。朝昼晩の食後すべてを仕事に費やしても、時間が足りず、削れるものは睡眠時間しかない。深夜の仕事時間を伸ばすと同時に、朝起きる時間を早め、朝食前にも仕事するようになった。
風邪もひけない。ひいたら、薬は飲めない。薬の成分が入った脳で、仕事をしたくないからなのだが。最近一度だけひきかけた。あきらめて、深夜の仕事を中断し、カフェイン抜きの子供用の風邪薬を飲んで寝たら、ふだん薬を飲まないからか、それでも治った。
ここまでしてなんとか、読者へ届けて恥ずかしくないと信じられる〈かたち〉になる。
自慢でなく、これは言い訳。本当はこんな無理をせずに創造してゆけるほうがいい。
ただ、自分の場合は、ここまでしないと、納得できるものができないだけで、仕方ない。自分の持っているものは、これだけなのだと受け入れるほかはない。あとは、できるだけこの力を活かせる形を見つけることと、持っているものを、わずかでも成長させるよう努めてゆくこと……。
『幻世の祈り』につづき、『遭難者の夢』が刊行された。担当編集のMr.ブルーが、今後に向け、前回の『家族狩り』との違いを、混同されないよう、このくらいは言っておいたほうがいいんじゃないかと提案してくれた。つまり、今回の『家族狩り』五部作は、前回と比べて、「テーマがまったく違い」「今後どんどん新しい人物が登場し」「馬見原家の隣の犬は、死ぬことはなく」「結末ももちろん違って」「ラストには、それぞれの人物にとっての〈贈り物〉が待っている」。
現在は、第四部『巡礼者たち』の初校(つまり最初のゲラ)を直して渡し、同時に第三部『贈られた手』の念校(つまり最後のチェック)が終わって、製本に回されたところ。
『贈られた手』の展開には、作者である自分がびっくりした。こんなことになるとは、思ってもみなかったから。自分が驚けないものは、やはり届ける気にはなれない。
持っているものが限られていても、よく考え、理想とする〈かたち〉を頭で描き、できるだけ妥協せずに、その理想の〈かたち〉を求めて仕事を重ねてゆけば……きっと人々に喜んでもらえるものができる。
経験から一番学んだことだ。たぶん多くの人の仕事にも言えることなんだろう。
ということで、「気まぐれアラタメール」の気まぐれぶりが、アラタまることは、まだ少々無理な状態です。
2004年3月1日。ハイチが無政府状態におちいり、多国籍軍の派遣が国連で決定された。派遣される兵士には、国連から給料が支給されるが、その国連の財源の一つが、わたしたちの税金。アナン事務総長が日本へ来たのも、基本的にはそうした拠出金のお願いで、政府に苦言は呈せない。色々つながっている。
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