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第9回 「あとヒャクマイ」
またずいぶんメールがあいてしまった。
第五部『まだ遠い光』の最後の仕上げにかかりきりになっていた。
この間に、第四部『巡礼者たち』が刊行された。
見本が届けられたのは『まだ遠い光』の、再校(二度目のゲラ)の直しを、五分の三ほど仕上げて、渡しにゆく直前だった。
包装を解き、表紙を見て、思わず唸った。
Mr.ブルーは、今回は〈老人〉が描かれているので、少々「渋め」ですけど、と謙遜していたが、この渋さは突き抜けている。
日置さんの絵は、毅然として、苦渋や悲しみを見つめながら、なお希望を内側に燃え立たせている。しかし、この絵を、本の表紙として成立させるには、装丁デザインのセンスがよくないと、台無しになるはずだ。
文字の配置、絵の中心をどこへ持ってゆくか。背景の色の選択。そして五部作を通して、どのような印象を読者に持ってもらうか……想像力を働かせた仕事が、〈かたち〉として、この『巡礼者たち』の装丁には、象徴的にあらわれていると思った。
デザインの担当者は、新潮社装幀室のMr.ブラック。とても才能豊かな人だ。
昨年十二月、作品を読者へ、どう届けるかの会議でお会いした。ちなみに通常そのような会議に、作家が参加することはない。ぼくも初めての経験。作品自体が、ほとんど前例のない試みで、刊行形式も異例だったため、スタッフがひとつのチームとして、事に臨む姿勢があらわれた席だった。Mr.ブラックは、意見が出されるたび、席を立ち、パソコンで作業してくるのだろう、またたく間にアイデアを形にしたものを見せてくれた。
今回、背景の色使いなど、編集のMr.ブルーと話し合って決めた部分もあるという。この二人の仕事は、『孤独の歌声』の新装版にも生きている。二人は、舟越桂さんの展覧会へそれぞれ足を運び、偶然出会って、一緒に見て回るうち、舟越彫刻を『孤独の歌声』の新しい装丁に決めたという。この表紙も本当に美しく、力がある。
ありがたや、ありがたや。才能豊かな人々に囲まれて、いまの仕事は成り立っている。
自分自身は、あと百枚のところまで来た。
第五部『まだ遠い光』の最初のゲラの締切りが、三月三十一日。もう少し見たかったので、同日に全体の五分の四を渡し、もう一日待ってもらって、四月一日に残りを渡した。
二度目のゲラの直しの締切りは、四月十九日。無理を言って、二十日の一時にしてもらった。だが、やはりもう少しと、再延長してもらい、翌二十一日の五時半に渡した。
ここまでしつこくやって、納得できたか?
十分過ぎるという確信はある。でも……あと百枚。もう一度確認したかった。長い旅の終わりを、心底から「よし、これで終わり」と思い切れるところまで仕上げたい。それがきっと、自分にも、読者にも、スタッフにも、そして、物語のなかの登場人物たちにも、価値ある〈かたち〉になると信じられたから。
きいてもらえないはずの無理を、なんとかお願いと申し出て、最後の百枚を、丹念に見直す作業にかかっている。校閲担当のMr.レッドにはまたまた多大な苦労をかけてしまったが、新潮社チームは、最大限努力をして、時間をぼくに与えてくれている。「あとヒャクマイ、あとヒャクマイ」
呪文のように唱えて、机に向かっている。
2004年4月28日 テレビの街角インタビューで、年金問題などに対し、怒っている人がよく映る。でも選挙に結びつけないと意味はない。面倒くさくても、棄権は、現状の肯定として取られてしまうのが現実だから。
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