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今月の1冊


 2022年4月、高校の授業で「金融教育」が必修化されたことをご存知でしょうか。日本の金融教育は、海外に遅れをとっていると言われます。それは、「お金は汚いもの」「お金に関してとやかく言うことは卑しいこと」という価値観が無意識のうちに染みついているからかもしれません。
 しかし、ここ数年、「金融リテラシー」「マネーリテラシー」という言葉が急速に知られるようになりました。NISAやiDeCoなど多様な形での資産形成も推進され、お金について「知らない」「興味がない」といった考えは通用しなくなりつつあります。
 このたび刊行された『おカネの教室―僕らがおかしなクラブで学んだ秘密―』(新潮文庫)の著者、高井浩章さんは「たかがお金、されどお金」だと言います。お金というのは、この世に生まれ落ちた人々が編み出した知恵。お金に惑わされず、しかし大切にすることが、これから先を生きる私たちには求められてゆくのです。
 本書は、キャリア20年超の日経新聞記者である著者が「面白い物語を読んでいるだけで、お金や経済の仕組みがわかる本」を読ませたいと思い、書かれたもの。そのため、小難しい講釈は一切ありません。
「そろばん勘定クラブ」に入った中学生の隼人と乙女、そして顧問であるクセの強い大男。この3人の会話や、謎をはらむストーリー(と甘酸っぱい恋愛模様!)を楽しむうちに、するするとお金の知識がたまっていきます。

 お金を手に入れる6つの方法って? 「正しい」借金の仕方は? 世界を豊かにする働き方とは? 投資は何の役に立つの? 貧富の格差はなぜ広がる? 低金利の真犯人は?

 どうです? すべて答えられるでしょうか。
 実際に本書を読んで解説をよせてくださった池上彰さんからも「高度な内容を、極めてやさしい言葉を使って投げかけてくるぞ。ここまで来ると、本書は子ども向けでもあるけれど、大人にも歯応えのあるものになってくる」というお言葉をいただいています。
 電子+単行本で10万部売れたベストセラーの、満を持しての文庫化。この機会にぜひお金について学ぶ第一歩を踏み出してみませんか。

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2024年04月15日   今月の1冊


『晏子』『楽毅』をはじめ、古代中国を舞台に数々のベストセラーを発表してきた宮城谷昌光さんの『公孫龍 巻一 青龍篇』が好評発売中です。
 物語の舞台は、周王朝が衰退し、趙、魏、楚、燕、斉、秦、韓の戦国七雄が鎬を削る中国戦国時代末期。斉の孟嘗君、趙の平原君、楚の春申君、魏の信陵君の戦国四君と同時代を生きた「公孫龍」が主人公です。

 弱体化した周を守るため、十八歳の周の王子稜は父赧王の書簡を携え、最北の強国燕に人質として送られることに。その途上、稜は偶然に山賊の襲撃から強国趙の幼い二公子を救うことになります。山賊との乱戦によって書簡を入れた匣が壊れ、そこから出てきた書簡をみた稜は愕然とします。その書簡には、これを持参したものを殺すように、と書かれていたのです。
 王宮内の陰謀に巻き込まれたことを悟った稜は、王子の身分を捨て、運命を天にゆだねることを決意。そこに、さきほど山賊の襲撃から救った趙の幼き二公子の臣下周蒙が現れ、稜は後継者争いに巻き込まれている二公子を趙の都邯鄲まで護衛してくれないかとの依頼を受けます。周蒙の求めに応じた稜は、商人「公孫龍」として趙の都邯鄲を目指すことに......。

 宮城谷ワールドでおなじみの楽毅、孟嘗君をはじめ、「隗より始めよ」で有名な郭隗、従来の戦車戦にかわり「胡服騎射」の新戦法を取り入れた趙の武霊王(主父)など、中国戦国時代を彩る魅力的な英雄・知将の活躍も読みどころです。
 第二巻の『公孫龍 巻二 赤龍篇』は引き続き、4月24日に発売されます。

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2024年04月15日   今月の1冊


 3月7日に生誕100年を迎えた安部公房
 それを記念して、遺作であり未完の絶筆『飛ぶ男』が約30年ぶりの文庫新刊として刊行されました。

 本作は安部公房が1993年に急性心不全で急逝した後、愛用していたワープロ(ワープロで執筆した最初の作家の1人でした)のフロッピーディスクの中から発見された未完の絶筆です。遺作が電子データとして残されていたというのは、日本文学史上初めてのことだと言われています。
 1994年、新潮社より刊行された単行本『飛ぶ男』は、死後、長年寄り添った真知夫人が原稿に手を入れたバージョンでした。今回の文庫版では、元原稿を底本とし、全集に収録されている完全版を刊行いたします。

 安部公房は生前、本作について「ぼくの小説で繰り返し必ず出てくるものに、空中遊泳とか空中飛翔がある。今度は冒頭から空を飛んでる男のシーンだ。それも携帯電話を持って話してるところから始まる。ものすごく空想的だけど猛烈にリアル」と話しています。またある時、真知夫人にこう聞いたといいます――。

「きみ、飛びたいと思ったことない?」

 夫人が「そんなこと思ったことないわ」と答えると、

「へぇ、飛びたくない人がいるのかね......」

 壮大な長編になるはずであった本作は、400字詰め換算で162枚分が書かれた状態で発見されました。この物語は一体どこに向かっていくはずだったのか。世界文学の最先端であり続けた作家が遺した最後の物語を、是非想像してみてください。

 新潮社は「安部公房生誕100年」として、2月末から書店店頭でフェアを開催しています。既刊文庫には多くの方々より推薦コメントをお寄せいただきました。それに加え3月28日には、19歳の処女作から25歳までの短編をまとめた『(霊媒の話より)題未定―安部公房初期短編集―』を刊行いたします。
 3月7日より待望の電子書籍も解禁しました。今まで読んだことのなかった方、有名作品のみ読んだことのある方、かつて愛読されていた方、この機会に是非、改めて安部公房に出会ってみてはいかがでしょうか。

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2024年03月15日   今月の1冊

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 ラスト1ページを読んだあとに再読すると作品に隠された真実が明らかになる『いけない』、読む順番によって720通りの物語が誕生する『N』、作中の二次元コードから再生する音が真相へと導いてくれる『きこえる』など、体験型ミステリを次々発表している道尾秀介さん。文庫最新刊の『雷神』『風神の手』も、その超絶技巧が冴えわたる長編ミステリです。

『雷神』は道尾さんのデビュー作『背の眼』にも通じる、因習残る山村を舞台にした作品です。雷が多いことで知られる新潟県の羽田上村出身の姉と弟が、忌まわしい過去に対峙する長編小説です。いくつもの謎が絡み合い、終盤は怒濤の謎解きと伏線回収の嵐! けれど、それを上回る衝撃がはしるのが最後の2行。あまりの驚愕に放心すること間違いなしの結末です。

『風神の手』は遺影専門の写真館・鏡影館を舞台にしたミステリ。撮影に訪れた母と娘。小学五年生の男子二人組。余命いくばくもない高齢女性......。幾多の嘘が見たこともない奇跡を呼び起こしてくれる、感涙のラストです。

 この二作、どちらともタイトルに「神」がつくことにお気づきでしょうか。2012年刊行の『龍神の雨』(新潮文庫)とあわせて、これらは「神三部作」とも言うべき三作となりました。「神」とは、運命なのか、偶然なのか、人知を超えた力なのか――。悲しい過去をもつ人々が数奇な巡り合わせに翻弄される衝撃のミステリを、ぜひ三冊合わせてお読みください。シリーズものではありませんので、どの「神」から手にとってもお楽しみいただけます。

 そして、「神三部作」は内容もさることながら、カバーにも謎が隠されています。ぜひ書店店頭で手にとり、さまざまな角度から見つめてみてください。

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2024年03月15日   今月の1冊


 ゴッホにも影響を与え、北斎と並び日本を代表する絵師、歌川広重。「名所江戸百景」や「東海道五拾三次」の絵は、某お茶漬けの付録として見たことがある人も多いでしょう。
 ただその人生は意外なほど知られていませんでした。そもそも、広重は武士の家の出で、侍から絵師にキャリアチェンジした人なのです。
 もちろん江戸も今も、〈転職〉事情は甘くなく、最初はまったく売れない絵師でした。その広重が、どのようにブレイクし、なぜ「名所江戸百景」をライフワークとし、名実ともに日本美術史に名を刻印するまでになったのか。知られざる人生を生き生きと描く傑作です。新田次郎文学賞も受賞し、読み巧者を唸らせました。
 さて、絵師になりたてのころ、人気を博していたのは葛飾北斎や歌川国貞でした。彼らの絵は発売と同時に飛ぶように売れ、売れることが地位を高め盤石にしていきます。いつの世も変わらないベストセラー作家の強さ。
 それにひきかえ、広重の美人画や役者絵は、「色気がない」とか、「まるで似ていない」と酷評ばかりでした。今でいえば、星一つのレビューが、さらにマイナスの評価を生む最悪の循環。当然、絵は売れず、金もなく、鳴かず飛ばずの貧乏暮らしでしたが......。広重を支えたのは糟糠の妻、加代。世に認められず焦る広重をそばで見守り、夫の夢を信じていました。
 追いつめられても、自分には絵を描くことしかないと切歯扼腕する広重は、ついにある色に出会います。それは、舶来の顔料「ベロ藍」。その藍色は、簡単に使いこなせる色ではありませんでしたが、しかし広重の胸は熱く高鳴ります。
 ――俺は描きたいんだ、江戸の空を、深くて艶やかなこの「青」で――。
 無名の絵師が、やがて「東海道五拾三次」や「名所江戸百景」を描き、西洋画家たちを魅了する〈世界の広重〉になるまでを描く、意地と涙の物語です。
 NHKBSプレミアム4KでTVドラマ化も決定。「広重」が面白い2024年の春です。

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2024年02月15日   今月の1冊