本作『擬傷の鳥はつかまらない』で新潮ミステリー大賞を受賞しデビュー。2作目『ループ・オブ・ザ・コード』(2022/新潮社)で山本周五郎賞候補、3作目『不夜島』(2023/祥伝社)で日本推理作家協会賞受賞、そして4作目『飽くなき地景』(2024/KADOKAWA)が直木賞候補ノミネート、そして吉川英治文学賞新人賞を受賞しました。刊行した全ての作品が何かの文学賞にノミネート、もしくは受賞しており、荻堂顕は今最も注目されている作家と言えます。
今回はそんな荻堂さんのデビュー作『擬傷の鳥はつかまらない』が文庫化されました。本作の主人公は、訳ありの依頼者の身分を偽装し、別人としての人生を与える「嘘の仕立て屋」を生業とするサチ。ある日、そんな彼女のもとを訪れてきた大金を持った二人組の少女。条件で折り合いがつかずその日は帰っていきましたが、その数日後、片方の少女が謎の死を遂げます。残された少女を守るべく、事件の鍵を握る男を探し始めるサチは、嘘と裏切りにまみれたあまりにも切実な真相にたどり着きます。果たして彼女が見つけたものとは。文章もストーリーもキャラクターも全てが規格外。ミステリ界を牽引する若き鬼才の、衝撃のデビュー作をこの機会に是非。
昨年、長編デビュー作『百年の孤独』が本邦初訳以来、50年以上の時を経て文庫化され、ベストセラーとなったガルシア=マルケスの長編第二作『族長の秋』の新潮文庫版を刊行します。
この作品は南米の架空の国の独裁者である「大統領」(名前はない)が主人公となる物語ですが、語り手がころころと変わり、400ページの作品で一度も改行がない(改ページはかろうじて5回ほどある)という、いくぶんクレイジーな作品です。「ひ、『百年の孤独』って読みやすい小説だったんだ......」となること請け合いですが、ここでは著者の言葉を借りて、作品読解の補助線を引いてみたいと思います。『百年の孤独』の読者には馴染み深い、あの男が登場します。
ガルシア=マルケスは週刊誌記者時代の同僚であるジャーナリストに対して、このように語っています。
――(革命に身を投じたアウレリアーノ・ブエンディア)大佐は三十二回の戦争に敗れたわけだが、あれはわれわれの政治的失望をあらわしているとも読めるね。アウレリアーノ・ブエンディア大佐が勝利を収めていたら、どうなっていたと思う?
族長とよく似た人間になっていただろうな。小説を書いている途中で、大佐に権力をとらせたらどうなるだろうかと考えたことがある。もしそうしていたら、『百年の孤独』ではなくて、『族長の秋』を書いていたと思うよ。
――われわれの歴史が定めた運命なんだろうが、独裁制と闘う人間が権力を手中に収めると、その人自身が独裁者になるきらいがある。そんなふうに考えざるを得ないね。
『百年の孤独』で死刑を宣告された受刑者がアウレリアーノ・ブエンディアにこう言う。「ただ気にかかるのは、軍人たちを憎みすぎ、あまりにも激しく攻撃したために、さらには彼らのことを考えすぎたために、連中とまったく同じになってしまったことなんだ」。そしてそのあと、こう締めくくるんだ。「この調子でいくと......あんたは、わが国の歴史はじまって以来の横暴で残酷な独裁者になるだろうな」
(中略)
このテーマは、ラテンアメリカの文学に最初から存在していたし、これからもそうあり続けるはずだ。独裁者というのは、ラテンアメリカが生み出した唯一の神話的人物だから、当然と言えば当然なんだ。
『グアバの香り』(P・A・メンドーサとの共著、岩波書店、2013年)より
独裁者を描くことで政治権力の真の姿を見てみたいというのはラテンアメリカ作家の使命とも言えるのでしょうか。ガルシア=マルケスが『族長の秋』を発表したのは、奇しくも彼が当時本拠地にしていたスペインで、30年以上にわたって軍事独裁政権を敷いたフランコ将軍が死んだ年でもあります。週刊誌記者として隣国ベネズエラの独裁者が亡命するために乗った飛行機を目撃した時に、「独裁者小説」を書きたいと思いたち、十数年後にまたひとりの独裁者の命脈が尽きるのを目撃した彼が、この『族長の秋』に何を封じ込めたのか。ぜひご一読ください。装幀は『百年の孤独』に続いて、三宅瑠人さんの美しい作品で飾りました。
本作『擬傷の鳥はつかまらない』で新潮ミステリー大賞を受賞しデビュー。2作目『ループ・オブ・ザ・コード』(2022/新潮社)で山本周五郎賞候補、3作目『不夜島』(2023/祥伝社)で日本推理作家協会賞受賞、そして4作目『飽くなき地景』(2024/KADOKAWA)が直木賞候補ノミネート、そして吉川英治文学賞新人賞を受賞しました。刊行した全ての作品が何かの文学賞にノミネート、もしくは受賞しており、荻堂顕は今最も注目されている作家と言えます。
今回はそんな荻堂さんのデビュー作『擬傷の鳥はつかまらない』が文庫化されました。本作の主人公は、訳ありの依頼者の身分を偽装し、別人としての人生を与える「嘘の仕立て屋」を生業とするサチ。ある日、そんな彼女のもとを訪れてきた大金を持った二人組の少女。条件で折り合いがつかずその日は帰っていきましたが、その数日後、片方の少女が謎の死を遂げます。残された少女を守るべく、事件の鍵を握る男を探し始めるサチは、嘘と裏切りにまみれたあまりにも切実な真相にたどり着きます。果たして彼女が見つけたものとは。文章もストーリーもキャラクターも全てが規格外。ミステリ界を牽引する若き鬼才の、衝撃のデビュー作をこの機会に是非。
昨年、長編デビュー作『百年の孤独』が本邦初訳以来、50年以上の時を経て文庫化され、ベストセラーとなったガルシア=マルケスの長編第二作『族長の秋』の新潮文庫版を刊行します。
この作品は南米の架空の国の独裁者である「大統領」(名前はない)が主人公となる物語ですが、語り手がころころと変わり、400ページの作品で一度も改行がない(改ページはかろうじて5回ほどある)という、いくぶんクレイジーな作品です。「ひ、『百年の孤独』って読みやすい小説だったんだ......」となること請け合いですが、ここでは著者の言葉を借りて、作品読解の補助線を引いてみたいと思います。『百年の孤独』の読者には馴染み深い、あの男が登場します。
ガルシア=マルケスは週刊誌記者時代の同僚であるジャーナリストに対して、このように語っています。
――(革命に身を投じたアウレリアーノ・ブエンディア)大佐は三十二回の戦争に敗れたわけだが、あれはわれわれの政治的失望をあらわしているとも読めるね。アウレリアーノ・ブエンディア大佐が勝利を収めていたら、どうなっていたと思う?
族長とよく似た人間になっていただろうな。小説を書いている途中で、大佐に権力をとらせたらどうなるだろうかと考えたことがある。もしそうしていたら、『百年の孤独』ではなくて、『族長の秋』を書いていたと思うよ。
――われわれの歴史が定めた運命なんだろうが、独裁制と闘う人間が権力を手中に収めると、その人自身が独裁者になるきらいがある。そんなふうに考えざるを得ないね。
『百年の孤独』で死刑を宣告された受刑者がアウレリアーノ・ブエンディアにこう言う。「ただ気にかかるのは、軍人たちを憎みすぎ、あまりにも激しく攻撃したために、さらには彼らのことを考えすぎたために、連中とまったく同じになってしまったことなんだ」。そしてそのあと、こう締めくくるんだ。「この調子でいくと......あんたは、わが国の歴史はじまって以来の横暴で残酷な独裁者になるだろうな」
(中略)
このテーマは、ラテンアメリカの文学に最初から存在していたし、これからもそうあり続けるはずだ。独裁者というのは、ラテンアメリカが生み出した唯一の神話的人物だから、当然と言えば当然なんだ。
『グアバの香り』(P・A・メンドーサとの共著、岩波書店、2013年)より
独裁者を描くことで政治権力の真の姿を見てみたいというのはラテンアメリカ作家の使命とも言えるのでしょうか。ガルシア=マルケスが『族長の秋』を発表したのは、奇しくも彼が当時本拠地にしていたスペインで、30年以上にわたって軍事独裁政権を敷いたフランコ将軍が死んだ年でもあります。週刊誌記者として隣国ベネズエラの独裁者が亡命するために乗った飛行機を目撃した時に、「独裁者小説」を書きたいと思いたち、十数年後にまたひとりの独裁者の命脈が尽きるのを目撃した彼が、この『族長の秋』に何を封じ込めたのか。ぜひご一読ください。装幀は『百年の孤独』に続いて、三宅瑠人さんの美しい作品で飾りました。
事件を起こした子どもたちを調査し、その問題の原因を探るのが「家裁調査官」。心理描写の名手である乃南アサさんの新シリーズは、この家裁調査官を主人公とした物語です。
2014年から東京家庭裁判所の家裁委員会の委員を務めた乃南さんは、委員としての活動を通し、家裁調査官の存在の貴重さを感じるようになったといいます。そして「裁判所という普通は行きたいとは思わない場所に、とても人間臭く働いている、実に『人間らしい』人たちがいることを知って欲しいという思い」が、本作を書くきっかけになったそうです。
取材だけで2年以上、構想から執筆までは7年もの時間をかけたという渾身の物語。作中では、中学生の少年による自転車窃盗事件やバイク暴走事件、女子高校生によるJKビジネス、職人見習いの少年による傷害事件や、男子高校生による不同意わいせつ事件など、子どもたちがかかわるさまざまな事件が登場します。そして、主人公の庵原かのんがこれらの事件の原因を丹念に探っていくと、その背景に隠された思いもよらぬ真実が浮かび上がってきて――。ミステリーとしてはもちろん、お仕事小説、さらには令和の日本社会の縮図としてなど、多様な読み方、楽しみ方ができる作品となっています。
本作の解説を執筆したのは、京都ノートルダム女子大学名誉教授で、自身も家裁調査官だった藤川洋子さん。藤川さんは「手練れの小説家にかかると、家庭裁判所調査官の仕事や仲間たちはこんなにも魅力的なんだ! 乃南アサ氏による『家裁調査官・庵原かのん』を読み終えて、感無量である」と書いています。
発売即重版となり、大きな注目を集めている本作。この機会に、ぜひご一読ください。