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今月の1冊


「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』を刊行しました。単行本が刊行された際に話題になった一冊が、満を持しての文庫化です。

 マイクロソフトなどで長年キャリアを築いてきたものの、ある日突然失業し、36歳にしてパリの名門料理学校に入学したという異色の経歴を持つ著者キャスリーン・フリンが、料理とうまく付き合うことのできない10人の女性たちとともに食事を作りながら、それぞれが「自分らしい料理との付き合い方」を見出していく物語です。

 ともに料理を作った女性たちは十人十色。彼氏と同棲中でマーガリンが大好きな23歳。息子が「肥満児なのに栄養不足」というバリキャリママ、4年前の冷凍鶏肉が捨てられないというバツイチ46歳、「料理好きの女子会に入れてもらえない」のが悩みの25歳。太りやすいのに料理は夫の担当でどうにもできないという26歳。みなそれぞれに悩みを抱えています。同じような思いを持っている女性は多いかもしれません。

 そんな女性たちに、キャスリーンが送るメッセージはたったひとつ。「失敗したっていいじゃない。たかが1回の食事なんだもの。明日になったらまた作ればいい」。これです。キャスリーンと女性たちはさまざまな料理に挑戦しますが、焦がしてしまっても、煮過ぎてしまっても、生焼けでも、味気なくても、いい。失敗したって、たかが一回の食事。そう思えば、また元気に台所に向かうことができるかもしれません。

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2024年02月15日   今月の1冊


 この物語の主人公はわたしである。わたしというのは名前のない登場人物の名前のかわりの「わたし」とかそういうややこしいやつじゃなくて、そのまま筆者のことである。筆者は一九八一(昭和五十六)年一月生まれ、職業は小説家一割アルバイト九割、独身、現在のところ結婚の見通しはまったくたっていない――

 南綾子・著『婚活1000本ノック』はこんな書き出しで始まります。小説が「わたし」や「僕」といった一人称で書かれることはよくありますが、そうではなく、本作は著者の南さん自身の人生や経験を描いたものだと明言されています。

 そうかと思うと2ページ先では、

 さて、唐突だが、読者のみなさまは、"霊視体験"をしたことがおありだろうか。わたしはある。

 と宣言し、以前に関係をもった男・山田が幽霊となって自分のもとに現れた日のことを語り始めます。山田は成仏するために、生前に誰かと交わした約束を果たさねばならず、南さんの「彼氏と温泉に行きたい」という願いを叶えるため、婚活の手伝いをすると申し出ます。こうして、南さんの「婚活1000本ノック」はスタートしました。
 実話と言いながら「幽霊」。婚活成功が成仏への道。真面目なのかふざけているのか、この奇妙な構造と、南と山田の遠慮のない掛け合いが本書の大きな魅力です。

 もう一つの魅力が、コミカルな文体と展開のなかに、「誰かと出会って、ともに生きる」ことへの真摯な渇望が描かれているところです。

「でもみんなちょっと不器用なの。ちょっと不器用っていうかさ、なんか変なこだわりがあったりさ、人づきあいが苦手だったりさ、空気が読めなかったりさ、髪の毛なかったりさ、そういうことがあってなかなかうまくいかないけど、でもみんな、誰かのことを好きになって、その人と結ばれて、幸せになりたいだけなんだよ」

 第五話で南さんが泣きながらこう叫ぶ場面には心を揺さぶられずにはいられません。婚活経験の有無にかかわらず、思いきり笑って泣いて、気づけば他人事ではなくなっているような作品です。

 そして本作は、1月17日(水)22時よりフジテレビ系にて連続ドラマ化が決定しました。南さん役は3時のヒロイン・福田麻貴さん、山田役はFANTASTICS from EXILE TRIBE・八木勇征さん! 激しくて切ない婚活の行方を、小説でもドラマでもぜひ見届けていただけたら幸いです。

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2024年01月15日   今月の1冊

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第1位 ミステリマガジン「ミステリが読みたい! 2024年版」ベスト・ランキング海外篇
第4位 宝島社「このミステリーがすごい! 2024年版」BEST 10 海外編
第7位 週刊文春「文春図書館 ミステリーベスト10」2024年版海外編

 年末アンケートの結果発表の時期を迎えて、発表後半世紀の時を経てようやく翻訳紹介された小説が、海外ミステリーの読み巧者の方々に高く評価されました。その小説というのが、"プロが惚れこむプロ作家"ロス・トーマスが1970年に発表した第4作『愚者の街(The Fools in Town Are on Our Side』です。
 腐敗した南部の小さな街をさらに腐敗させ再興させるという、突拍子もない仕事の依頼を受けた元諜報員を主人公に据え、コンゲームに人間ドラマ、ハードボイルドにノワール小説といった、さまざまなジャンルの魅力を兼ねそなえ、さらに、先の読めない展開が待ち受けるという、小説好きにはたまらなく魅力的な犯罪エンターテインメント小説です。
『冷戦交換ゲーム』、『女刑事の死』といった作品で知られ、多くの作品がすでに邦訳紹介されていた著者のトーマスですが、初期の最高傑作との評判も多かったこの『愚者の街』は、これまでずっと邦訳紹介されずに陽の目を見ないままだったのでした。
 新潮文庫の〈海外名作発掘〉シリーズは、このように、これまで邦訳紹介されなかった数々のエンターテインメント作品のなかから、海外作品を愛する読者の方々に喜んでいただけるようなものを見つけ出してこようという企画。
 これまでに、ジャン=リュック・ゴダール監督による映画の原作小説『気狂いピエロ』(ライオネル・ホワイト著)、犯罪小説の巨匠ドナルド・E・ウェストレイクのスラプスティック・ミステリー『ギャンブラーが多すぎる』、ポール・オースターが別名義で発表したハードボイルド小説『スクイズ・プレー』(ポール・ベンジャミン著)、英国推理作家協会(CWA)第1回最優秀長篇賞を受賞したウィンストン・グレアムの『罪の壁』、Netflixオリジナル映画化作品の原作小説となったノワール怪作『悪魔はいつもそこに』(ドナルド・レイ・ポロック著)と、人気作家の未紹介作から知る人ぞ知る超絶マニアックなものまで取り揃えた、ユニークなラインナップを組み立ててきました。
 シリーズでは、この『愚者の街』以外にも、フランソワ・トリュフォーが惚れ込み前述のゴダールに薦めて映画化が実現したという、ドロレス・ヒッチェンズによる原作小説『はなればなれに(Fools' Gold』(1958年)が、本年度の「ミステリが読みたい!」で第11位に、「このミステリーがすごい!」でも第17位に、ランクインしました。これまたなんと60年以上も前に書かれた作品です。
 面白い小説というのは色褪せない。少しでもその証左となったのなら、編集部としてこれほど嬉しいことはありません。シリーズの目印は、文庫オビにある〈海外名作発掘〉のロゴだけ。ぜひともこの目印を見つけて、その古びない魅力を堪能していただきたいものです。
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2023年12月15日   今月の1冊


ふかわりょう」と聞いたとき、みなさんはまず、どんな姿を思い描くでしょうか。
 白いターバンを巻きリズムに乗って「あるあるネタ」をつぶやく姿か、帯番組のMCか、クラブでターンテーブルを操るDJか、ラジオのパーソナリティか――。
 ご本人は「マルチタレント」と呼ばれることに嫌悪感を示されているようですが、「マルチ(複数の)タレント(才能)」があることは、このたび刊行された新刊『世の中と足並みがそろわない』を読めば疑いようがありません!
 本作は2020年に発売され2万部以上を売り上げた同名作品の文庫化なのですが、〈ふかわりょう初の文庫本〉という記念すべき作品でもあります。
「三軒茶屋を〈三茶〉と略せない」「女性を下の名前で呼べない」「AIにおすすめされる曲なんて聴きたくない」など、独特なこだわりが詰まったエッセイ集。実は、この本の装幀や帯にも、そんなこだわりが目いっぱい詰め込まれています。
 特に、一頭だけいる「ヘッドホンをした羊」は、ふかわさんのこだわりなしでは生まれなかったことでしょう。帯がかかった状態だと、ちょろっと頭だけが見えるのもポイントです!
 エッセイスト・ふかわりょうの魅力が、目いっぱい詰まった1冊。「ふかわさん、不器用すぎます......!」と思いながら読み進めるうちに、「あれ、なんかちょっと分かるかも」と共感してしまう不思議なふかわワールドを、ぜひお楽しみください!

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2023年12月15日   今月の1冊


 東京・上野の森美術館で開催中の「モネ 連作の情景」展が人気を集めており、12月4日には来場者が20万人を突破しました。モネをはじめとした印象派や、ゴッホに代表される後期(ポスト)印象派の絵画は、日本にも多くのファンがいます。でも、もしそんな絵画たちが倉庫の奥底に眠っていたとしたら......?

 バブル期に180億円で落札されたゴッホ「医師ガシェの肖像」。その十数年後、この絵は厳重に警備された倉庫の中で、モネやルノワールなど134枚の世界的名画とともに保管されていました。
 同じ頃、デザイナーの荘介とスナックオーナーの茜は、投資詐欺事件に巻き込まれ、膨大な借金を背負います。そして、追い込まれた二人は絵画強奪を持ちかけられ......息つく暇ない騙し合いの末、最後に笑ったのは!?

 本作は、16万部突破のベストセラー『蟻の棲み家』によって注目を浴びる作家・望月諒子さんが2010年に執筆した美術ミステリーです。第14回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した渾身作で、当時の選考委員だった綾辻行人さんは、「達者な文章で綴られるストーリーは容易に先を読ませずサスペンスフル。読み手に与えるストレスとそのリリースの案配がとても優れているうえ、洒落っけたっぷりの外枠が読後感の良さに貢献している」とコメントしています。また、スリリングな展開の本作を、翻訳家の大森望さんは書評で「(ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが主演した名画)『スティング』相手に一歩も引かない」と激賞しています。

 作中では、総額2000億円、135点の絵画が登場します。そこで、今回の文庫化にともない、作品の一部をカラー口絵で掲載。モネの「散歩、日傘をさす女性」「日本の太鼓橋」や、ルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」などの世界的名画を楽しめます。
 本を開けば「大絵画展」の開幕! クリスマスの贈り物にもぴったりな一冊です。

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2023年12月15日   今月の1冊