ご来店ありがとうございます。小僧の佐吉でございます。
この大黒屋矢来町店は大黒屋の無認可支店です。
〈古着屋総兵衛影始末〉シリーズや〈新・古着屋総兵衛〉シリーズの作中に出てくる人名や地名や歴史的な事柄などを、手もとの貧弱な資料をひっくり返しつつ、紹介させていただくコーナーです。なお無認可支店と申し上げましたとおり、私どもが何を書きましても、本家の佐伯泰英先生にはまったく責任はございません。誤記、悪文、更新遅滞、事実誤認等々、すべて責任は私どもにございます。先に謝っておきます、まことに申し訳ございません。さあ、頑張って更新していきたいと思います。
忠臣蔵
佐吉です。やっと綺麗に咲いたのです。咲いてません。意味分かりません。

古着屋総兵衛影始末第二巻『異心』で、六代目総兵衛様は、「影」様から赤穂浪士が江戸に集結する前に斬れと命令されてしまいます。どうですか。厳しい命令じゃありませんか。主君の仇を討つという武士の一分を立たせるために浪士達は江戸入りするんですよ。それを、本懐を遂げさせる前に斬ってしまえなんて……。総兵衛様の呻吟と活躍は、『異心』を読んでいただくとして、ここでは「知ってるようで知らない忠臣蔵(赤穂事件)クイズ」を催したいと思います。8問ご用意しました。

問(1)
忠臣蔵は江戸城松之廊下で勅使接待役の赤穂藩主浅野内匠頭長矩が高家筆頭の吉良上野介義央を切りつけて失敗したことに端を発しますが、この刃傷事件は、何年何月何日のことでしょうか?

問(2)
松之廊下での刃傷事件により、浅野長矩には即日、切腹、御家断絶、城地返上という滅茶苦茶厳しい御沙汰が下りますが、長矩の弟も閉門を命ぜられます。さて、この弟の名前は?

問(3)
赤穂浪士を束ねた赤穂藩の家老だった人の名前は?

問(4)
直心影流堀内正春の高弟で、元禄7(1694)年2月11日 (旧暦)、同門の菅野六郎左衛門の高田馬場での果し合いの助太刀で一躍名をとどろかした四十七士随一の剣の遣い手の名前は?

問(5)
四十七士のうち、仇討ちに参加しなかった人が一人います。誰でしょう。

問(6)
吉良邸討ち入りはいつ?

問(7)
仇討ちを果たした四十六人が切腹したのはいつ?

問(8)
四十六士が葬られたお寺の名前は?



答(1)
元禄14(1701)年3月14日(旧暦)

「18世紀最初のホワイトデー」と覚えれば、覚えやすいですね。

答(2)
浅野大学(浅野長広、「大学」は通称

横浜市に浅野中学、浅野高校という進学校がございますが、その流れで覚えると覚えやすいですね。

答(3)
大石内蔵助良雄

忠臣蔵の蔵はこの大石内蔵助の蔵から来ているという説があります。大石内蔵助の系図を遡っていくと、祖母方4代前に家康の忠臣中の忠臣鳥居元忠、母方の曾祖父方5代前に織田信長の乳兄弟にして忠臣池田恒興、母方の曾祖母方5代前に秀吉の忠臣蜂須賀正勝(小六)へと繋がります。信長、秀吉、家康の三人の覇王の有名な忠臣を祖先に持つ忠臣の超優良血統ということが分かります。世界の忠臣で仇を叫びたくなります。

答(4)
堀部安兵衛武庸

藩主浅野長矩の刃傷事件後、浪士となった赤穂藩の面々は、「再就職希望派」「浅野大学擁立御家再興派」「吉良義央仇討推進派」に別れます。堀部安兵衛は、奥田孫太夫、高田郡兵衛らと並んで、仇討推進派でした。堀部と奥田は堀内道場の同門で剣の遣い手、高田は宝蔵院流の槍の遣い手です。武闘派が武力に訴えるのは、とても自然なことですが、そもそも武士は、兵士であるわけですから、武闘派でない武士というのが、やや矛盾した存在といえなくもないです。このうち、高田郡兵衛は、故あって仇討ちから離脱します。

答(5)
寺坂吉右衛門信行

寺坂吉右衛門は足軽のごくごく軽い身分で、手筈では裏門隊になっていたようなのですが、討ち入り後、寺坂の姿はありませんでした。逃亡説、使者(として浅野大学の元に遣いに出された)説、低い身分のものが仇討ちに加わることを憚って大石が離脱させた説などがあるようですが、直前まで仲間を偽る合理的な理由が分かりません。ただ、その後50年弱生存しますので、憚られる理由もなかったともとれます。このあたりは多くの作家の想像力をくすぐるところなのだと思います。

答(6)
元禄15(1702)年12月14日夜から15日早暁にかけて(旧暦)

当時は街灯がありませんので、夜はめちゃくちゃ暗かったのです。ですから、こうした夜の活動は、月明かりが頼りですから、満月の明かりに期待できる15日あたりが活動しやすかったのです。逆に、泥棒は新月で月明かりのない晦日や朔日あたりが活動しやすかったのではないかと踏んでいます。旧暦は日付がそのまま月の大きさを示しますから、時代小説なんかを読むときに気に留めておきたいですね。

答(7)
元禄16(1703)年2月4日(旧暦)

預け置かれた細川家(17名)、毛利家(10名)、松平(久松)家(10名)、水野家(9名)のそれぞれで切腹しました。当時の切腹は扇を腹に当てて掻き切るふりをするだけで介錯人が首を落としたそうです。上手い人は首の皮一枚残して斬ったそうです。首が飛んでいかず、懐に落ちて前のめりに絶命することで武士の面目を守ってやろうとしたと言われています。間新六光風は本当に刀を腹に突き立てて掻き切ったので見事な死に様と賞賛されたそうです。

答(8)
泉岳寺

東京都港区高輪二丁目にある曹洞宗のお寺です。この事件の発端を作った浅野長矩もここに葬られていましたから本懐を遂げた46人は殿様と同じ墓所に葬られたことになるわけです。討ち入り前に吉良家との関係に板挟みにあって自害した俳人でもあった萱野三平重実の供養塔もここにあります。また、同じく埋葬されてない供養塔として間新六光風(遺族が築地本願寺に遺骸を移した)、寺坂吉右衛門が祀られています。

いかがでしたか。知ってる方には、常識といっていい問題ばかりだったかもしれません。
この忠臣蔵は小説だけでなく、歌舞伎、人形浄瑠璃、落語、映画、ドラマ、歌謡曲等々で、様々なシーンが取り入れられて上演されています。今なお私たちを魅了し続けている大きな物語といっていいものだと思います。310年も前の事件が今なお生き生きと語られるというのは、なかなかないのではないかと思います。あまりよく知らないという方は一度、おさらいしておくと、小説や古典芸能等々の鑑賞の楽しみの幅が広がるかも知れません。

2012/12/14 更新

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総兵衛は稀代の絵師喜多川歌麿が極秘裏に描く禁制に触れる一枚絵を追うのだが……。
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