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川上未映子が「村上春樹」の最深部に鋭く迫る。13時間超の比類なきロングインタビュー!

みみずくは黄昏に飛びたつ―川上未映子 訊く/村上春樹 語る―

川上未映子/著 、村上春樹/著

825円(税込)

本の仕様

発売日:2019/12/01

読み仮名 ミミズクハタソガレニトビタツカワカミミエコキクムラカミハルキカタル
装幀 新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-100175-3
C-CODE 0195
整理番号 む-5-43
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 825円

ようこそ、村上さんの井戸へ――川上未映子はそう語り始める。少年期の記憶、意識と無意識、「地下二階」に降りること、フェミニズム、世界的名声、比喩や文体、日々の創作の秘密、そして死後のこと……。初期エッセイから最新長編まで、すべての作品と資料を精読し、「村上春樹」の最深部に鋭く迫る。十代から村上文学の愛読者だった作家の計13時間に及ぶ、比類なき超ロングインタビュー!

著者プロフィール

川上未映子 カワカミ・ミエコ

1976(昭和51)年、大阪府生れ。2007(平成19)年、デビュー小説『わたくし率 イン 歯ー、または世界』が第137回芥川賞候補に。同年第1回坪内逍遥大賞奨励賞受賞、2008年『乳と卵』で第138回芥川賞受賞。『ヘヴン』(芸術選奨文部科学大臣新人賞、紫式部文学賞)、短編集『愛の夢とか』(谷崎潤一郎賞)、『あこがれ』(渡辺淳一賞)など著書多数。長編小説『夏物語』(毎日出版文化賞)は世界10数か国で翻訳出版の予定。

村上春樹 ムラカミ・ハルキ

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1979年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』などの短編小説集、エッセイ集、紀行文、翻訳書など著書多数。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、2009年エルサレム賞、2011年カタルーニャ国際賞、2016年ハンス・クリスチャン・アンデルセン文学賞を受賞。

村上春樹 Haruki Murakami 新潮社公式サイト

書評

投げ返されたボール

都甲幸治

 奇跡的な書物である。
 今まで僕は村上春樹のインタビューをたくさん読んできた。けれども、彼がこんなに正直に、楽しげに、わかりやすく創作の秘密を語っているものは見たことがない。彼にここまで心を開かせたのはもちろん、聞き手である川上未映子の力である。
 なにより彼女がすごいのは、村上のどんなに小さなインタビューや短篇もきちんと読み込み、深く咀嚼し、しっかり記憶しているということだ。しかも相手が怒り出しそうなことも含めて、きちんと訊いている。これは並大抵のインタビュアーができることではない。彼女が村上の作品について、どれだけ分厚い時間を費やして考えてきたかがよく分かる。
 そのことを感じた村上は、まさに家にいるようにくつろいで、時に冗談や、二人の共通言語である関西弁も交えながら話す。そのとき、とても魅力的な村上春樹がそこにいる。本書が川上未映子・村上春樹著となっているのも当然だろう。なぜならこれは、インタビューという形式を通じて川上未映子が捉えた村上春樹論であり、村上という小説家が登場する一種の小説でもあるのだから。
 本書に登場する村上の発言で何より印象的なのは、小説を書くという仕事への向かい合い方である。何より大事なのは、小説を書かない期間を取ることだ、と彼は言う。その間に様々なことを経験し、考え、それを記憶の抽斗に詰め込んでいく。するとゆっくりと無意識の中から、次の作品が現れてくる。そして今だ、という瞬間を直感的に掴んで書き始めるのだ。
 だから締切りで仕事をしちゃいけない。あくまで大切なのは自発性である。でないと、何も湧き上がるものがないにもかかわらず、ごまかして捻り出すようになってしまう。村上のように仕事ができている書き手が日本にいったい何人いるだろうか。もちろんこのやり方に辿り着くまで、彼はずいぶん闘ってきた。そのことだけでも彼を心底尊敬してしまう。
 さて、小説が向こうからやってきたら、今度はそれを文章で掴む段階に入る。そのために村上は、毎日十枚のノルマを自分に課す。もちろん細かい描写や難しい記述は適当に書き飛ばす。そうやっていったん通して書いてから、じっくりと書き直していく。書き直しが十回で済めば少ないほうらしい。どれだけ勤勉なんだ。
 なぜそんなに直すのか。村上にとって、磨き上げられた文体こそが小説の命だからだ。何度も書き直していくうちに、文章はミリ単位で正確性を増し、語られる内容もリアルになっていく。そのときに大事なのはあくまで直感だ。理屈やテーマに頼ると底の浅いものになってしまう。そういうものはすぐ読者に見抜かれ捨てられてしまうだろう。
 この場合の理屈とは意識であり、直感とは無意識である。リアリズム小説という近代的な枠組みを使いながら、人類の無意識という、古代的でマジカルな領域に入っていくこと。この矛盾した課題を追求することが、説得力のある現代の物語を生む、というのが村上の信念である。まさに、現代文学には無意識が足りない、というわけだ。その批判はおそらく当たっている。
 川上は言う。村上の作品は読者に「そこに行けば大事な場所に戻ることができる」(33頁)と感じさせる、と。性別や年齢、国籍を超えて、世界中の多くの人々にそう思わせることができたからこそ、彼の小説は幅広く愛されているのだ。
 と同時に、このことこそが川上の提出する、村上文学に対する二つの疑問にも通じている。それは彼の作品における女性の描かれ方の問題点と、直感を使うだけでなく、理屈で考えることの意義だ。村上の作品内で女性たちは女性としての役割を負わされるあまり、男性である主人公の犠牲になっているのではないか、という違和感を川上は彼に正面からぶつける。その問いに村上はもちろん、誠実に答えている。だが二人の議論はどう見ても噛み合ってはいない。
 実はこの二人のずれこそが本書の白眉なのではないか。理屈を排除し直感に頼ることで得られるものは大きい。しかしそれだけでは、現代社会に女性として生きることの苦しみを捉えることはできない。そのためには、歴史や哲学も含めた粘り強い知的な作業が必要なのだ。だがそれは村上の言うように「僕の仕事じゃない」(129頁)。そしてボールは彼の作品に魅せられてきた僕らに投げ返される。そう、次は僕らが語り始める番なのだ。

(とこう・こうじ アメリカ文学者)
波 2017年6月号より
単行本刊行時掲載

目次

はじめに 川上未映子
第一章 優れたパーカッショニストは、一番大事な音を叩かない
朗読会の思い出/「語りかけ」の変化/キャビネットの存在/「人称」をめぐって/登場人物、囚われない魂たち/本当のリアリティは、リアリティを超えたもの/物語を「くぐらせる」/文章のリズム、書き直すということ/村上春樹の驚くべき「率直さ」/中上健次の思い出/「頭が沸騰」している時間/自分にしかできないことを追求する/本との出会いから始まった奇跡/ゆくゆくはジャズ・クラブを……
第二章 地下二階で起きていること
タイトルと人称はどのように決まる?/「悪」の形が変わったような気がする/地下へ降りていくことの危うさ/それが僕の洞窟スタイルだから/僕は芸術家タイプではありません/ノープランで小説を書き上げるためには/みみずくと作家のキャビネット/水先案内人は三十代半ばがいい/信用取引、時間を味方につけること/地下一階の「クヨクヨ室」問題/「渥美清と寅さん」では困りますからね/免色さんに残された謎/僕のイデアはそれとは無関係です/スピリチュアリストと小説家との違い/ポジティブな終結でありたい/書くことで村上さん自身は変化しますか?
第三章 眠れない夜は、太った郵便配達人と同じくらい珍しい
文章さえ変わり続けていけば、恐れることはない/『ノルウェイの森』幻のシナリオ/本当に求めているのは、男性なんじゃないのかな/文章を書くことで、自分を知るということ/読者を眠らせないための、たった二つのコツ/生き方を教えるのは難しい、書き方も同じ/文体は心の窓である/手を引いて、どこかへ導いてくれる存在/女性が性的な役割を担わされ過ぎていないか/こんな女の人、いままで読んだことがない/地下に潜んでいる、僕の影に触れる瞬間
第四章 たとえ紙がなくなっても、人は語り継ぐ
日記は残さず、数字は記録する/まずは適当に書き飛ばせばいい/新しい一人称の世界が始まったのかな/昔書いた本は、古くて読み返せない/スプリングスティーンの自問のように/僕はインダストリーズの生産担当に過ぎない/死んだらどうなると思いますか/言葉が一人歩きしているものだから/本物の牡蠣フライよりそそりたい/善き物語は、遥か昔の洞窟の中に繋がっている
インタビューを終えて 村上春樹
付録 文庫版のためのちょっと長い対談
濃厚すぎる二年間ですね/ガラパゴスとか、パリとか、村上RADIOとか/翻訳のこと、「父親」についてのメモワール/父親のことはいつか書かなきゃいけないと思っていた/文章というツールについて/「待つのが仕事だから」と言ってみたいけれど/帰って来られた猫と帰って来られなかった猫、内臓の中の石/インタビューの最後に

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村上春樹ロングインタビューの舞台裏 みみずくが飛びたつまで

 総計十一時間にわたって、村上春樹さんに徹底的にインタビューした『みみずくは黄昏に飛びたつ―川上未映子訊く 村上春樹語る―』。誰もが知りたかったことがぎっしり詰まった本書で、とりわけ話題を呼んでいるのがインタビュアー川上未映子さんの「質問力」の凄さです。膨大な村上作品を深いところまで丹念に読み込み、さまざまな角度から質問のボールを投げ入れ、納得できない答えには何度も問いを重ね、創作のメカニズムに肉薄していきます。川上さんはいかにして村上さんの言葉をここまで引き出せるようになったのでしょうか。
 2016年11月初旬、はじめて川上さんにお目にかかり、インタビューを依頼。「作家どうしで一、二時間ほど対談してください」といった類いの話ではない大仕事なので、引き受けていただけるか心配でしたが、「村上さんを丸裸にするぐらいの意気込みで取り組みます」と、ご快諾いただきました。突然の、それもかなり無茶ぶりの依頼に平然と応えて下さった川上さんですが、その裏には大変な苦労があったはずです。ただでさえ多忙な方で、しかもこの時点では、村上春樹の新作小説が刊行されることすら世間には公表されていないので、関係者はおろか家族にすら秘密裡に準備をしなければならなかったのですから。そんな状況の中で川上さんから届くのは、1985年の「」の記事や、全作品集の「付録」、さらには文芸評論家による未刊行の論評はどこにあるのか、といった入手しづらい資料のリクエスト。さらには、お正月の帰省時にスーツケースで運ぶので、という理由で新潮文庫の村上作品をまとめて注文されたときには、ただならぬ覚悟を感じました。
 年が明けて2017年1月11日。新潮社クラブでの一回目の収録。一年半前に一度インタビューしているとはいえ、川上さんは少し緊張ぎみ。村上さんもどことなく硬さがほぐれない様子で、雑談もそこそこにスタート。川上さんは大学ノートにびっしり書き込んだ質問項目を手に、まずは『騎士団長殺し』のタイトルの決め方など、ごく一般的な質問から始めましたが、ほどなく急旋回して、「悪について」という深遠なテーマに話題を掘り下げていきます。ところが村上さんの反応がどうにも薄い。そういう観念的な話はあまり興味がないといわんばかりです。並のインタビュアーならば頭が真っ白になるところですが、川上さんは準備してきた質問項目の山をバッサリ捨て去り、話の流れに応じて問いを挟む方向にとっさに舵を切ります。それが結果的に功を奏し、コンパスのない航海のように話題があちこちに向かっているにもかかわらず、総体的には村上春樹がよくわかるという、本書の独特の魅力になっています。
 二回目は1月25日。事前に川上さんから連絡があって、最も訊いてみたい「女性の性的な役割」についての質問の切り出し方を相談。まずは、『騎士団長殺し』の秋川まりえが胸のサイズをやたらに気にすることから話をつなげていく作戦となりました。当日は快晴、朝十時のアトリエはしんと冷え込んでいて、冬の陽光が射し込む窓辺に寄り添っての収録となりましたが、暖炉のある食卓でイタリア料理の昼食をとる頃には張り詰めた雰囲気も和んできていて、「今が時だ」とばかりに胸の話を切り出します。傍で見ているだけでも、心臓の鼓動が伝わってきそうな緊張の時間でしたが、世界中の読者が「よくぞ訊いてくれた」と拍手喝采したくなるような鋭い質問をしてくださいました。また村上さんもそれに大変誠実にお答えになっています。
 最後の三回目は2月2日、村上さんのご自宅に伺って、レコード棚に囲まれた書斎でのインタビュー。数枚のレコードを聴いたあと、リラックスした気分で開始。執筆過程のメモや、書き進められないときの対処法など、作家としての日常の話から、やがて村上さんの死生観、ご自身の名声をどうお感じになっているのかといったパーソナルな質問へ。川上さんも慣れてきたのか、ときおり「俺もこんな世界的な作家になったわー」みたいな実感は? とか、自作を読み返して「やっぱり俺うまいわ、やばいわ」とか感じません? など、随所に関西弁を交えながらツッコミを入れる余裕も出てきます。ごく短い期間に、ここまで心理的距離を縮める話術もお見事ですが、そのノリを受け入れる村上さんにもおそらく、川上さんの村上作品への深いリスペクトに対する返礼の思いがあったのではないでしょうか。
 相手の懐に入るためには、より深く相手を知ろうと努力すること。まさにお手本のようなインタビューを濃密に体感した、激動の五ヶ月でした。

(新潮社出版部 編集担当M)
波 2017年6月号より
単行本刊行時掲載

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