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晩年

太宰治/著

572円(税込)

発売日:1947/12/12

書誌情報

読み仮名 バンネン
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-100601-7
C-CODE 0193
整理番号 た-2-1
ジャンル 文芸作品
定価 572円

妻の裏切りを知らされ、共産主義運動から脱落し、心中から生き残った著者が、自殺を前提に遺書のつもりで書き綴った処女作品集。“撰ばれてあることの 慌惚と不安 と二つわれにあり”というヴェルレーヌのエピグラフで始まる『葉』以下、自己の幼・少年時代を感受性豊かに描いた処女作『思い出』、心中事件前後の内面を前衛的手法で告白した『道化の華』など15編より成る。

書評

文庫本にも歴史あり

川島幸希

 文庫本は初版本コレクターの天敵である。高額な初版本を嬉々として買う種族にとって、「文庫でも読めるのに(バカじゃないの)」という言葉ほど苦々しいものはないからだ。その「元天敵」(コレクターは引退したので)についての寄稿依頼が来た。大学のゼミのテクストとして新潮文庫にはお世話になっているが、それよりもやはり初版本の視点から書いていきたい。
 夏目漱石坊っちゃん』は、雑誌「ホトゝギス」に掲載後、明治四十年一月『鶉籠』(春陽堂刊)に『草枕』『二百十日』と共に収録された。初めて本のタイトルになったのは大正三年十一月のことで、こちらも春陽堂から縮刷版『坊ちやん』が出ている。新潮社も同月に『坊っちやん』(代表的名作選集第二編)を出版したのだが、残念ながらわずか一日だけ発行日が遅かった(前者は十八日、後者は十九日)。
 実は、新潮文庫はこの年の九月十八日に創刊された。従ってそこに『坊っちゃん』が入っていれば、「最初の『坊っちゃん』というタイトルの本」なる「栄誉」は新潮社に輝いたであろう。ただ当時、新潮文庫は「小型本翻訳叢書」としてスタートし、最初の六冊はすべて翻訳書なので、そのチャンスはなかった。『坊っちゃん』が新潮文庫に初登場したのは昭和十二年四月で、タイトルは『坊つちやん』。ちなみに新潮文庫の累計ベストセラー第一位『こころ』は、昭和二十七年二月刊行である。

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 萩原朔太郎の第一詩集『月に吠える』は、日本で口語自由詩を確立した近代詩史上に燦然と輝く名詩集だが、その初版本がまた本当に素晴らしい。恩地孝四郎の装丁と夭折の天才画家田中恭吉の挿絵が朔太郎の詩と絶妙なまでにマッチし、さながら詩画集の趣がある。
『月に吠える』が新潮文庫に初めて入ったのは昭和十一年四月。朔太郎の生前であり、文庫本では最も早い(岩波文庫収録は昭和二十七年一月)。ただしタイトルは『現代詩人全集14 萩原朔太郎集』であった。初版本の風合いは再現できるはずもないが、せめて『月に吠える』という名前だけは残したい。それが実現したのは昭和三十年二月で、『月に吠える他 萩原朔太郎詩集』が刊行された。
 現在、新潮文庫の新刊で手に入るのは『萩原朔太郎詩集』(昭和二十五年十二月刊の改版)のみで、『月に吠える』という名前は消えてしまった。残念な気もするが、一冊の文庫本に朔太郎の代表的な詩集の抄録が網羅されているのだから仕方がない。この本で関心を持った方は、是非初版本の復刻版で『月に吠える』を読んでほしいと思う。通販サイト「日本の古本屋」などで簡単に購入が可能。三千円くらいで買える。

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 太宰治『晩年』は彼の処女出版本である。およそ第一小説集にそぐわないタイトル(作品名ではない)は、当時薬物中毒に侵されていた太宰が、「もう、これが、私の唯一の遺著になるだらう」と考えて付けた。『人間失格』に至るその後の太宰文学の見本市の如き重要な小説集で、吉行淳之介は「太宰治のエッセンスは、すべて「晩年」一巻の中に集まっている」と語っている。
『晩年』の初版本は昭和十一年六月、砂子屋書房刊行。昭和二十二年十二月、新潮文庫からも出された。太宰の作品が新潮文庫に入るのはこれが初めてであり、雑誌「新潮」連載の『斜陽』(『晩年』の五日後に新潮社より単行本化)が話題となっていたことと無縁ではなかろう。
 文庫本『晩年』の出版は、当時企画されていた八雲書店版『太宰治全集』の刊行順に影響を与えた。かち合うのを避ける太宰の意向により、第一回配本(昭和二十三年四月)が第一巻『晩年』から第二巻『虚構の彷徨』に変更となったのである。そしてこれにより、太宰が第一巻『晩年』を手にする機会は永遠に失われた。その配本前に彼は命を絶ったからである。

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 このように、新潮文庫所収の近代文学の名作にはそれぞれ物語がある。「初版本でも文庫本でも内容は同じ」と同様に、「どの文庫本で読んでも内容は同じ」と考える人も多かろう。しかし前者はもちろん後者にも与しない。文庫本も歴史と伝統を大切にしたいから。そしてその由緒正しさこそが「私の好きな新潮文庫」なのだ。

(かわしま・こうき 秀明大学学長)
波 2021年10月号より

どういう本?

タイトロジー(タイトルを読む)

『晩年』は十五篇の作品を収録した太宰治の第一創作集の総タイトル。『晩年』というタイトルの小説はない。
 
けれども私は、その感傷に、命を懸けていた。私は書き上げた作品を、大きい紙袋に、三つ四つと貯蔵した。次第に作品の数も殖えて来た。私は、その紙袋に毛筆で、「晩年」と書いた。その一聯の遺書の、銘題のつもりであった。もう、これで、おしまいだという意味なのである。(新潮文庫『走れメロス』所収「東京八景」198ぺージ)

メイキング

「私はこの短篇集の一冊のために、十箇年を棒に振った。まる十箇年、市民と同じさわやかな朝めしを食わなかった。私は、この本一冊のために、身の置きどころを見失い、たえず自尊心を傷つけられて世のなかの寒風に吹きまくられ、そうして、うろうろ歩きまわっていた。(中略)舌を焼き、胸を焦がし、わが身を、とうてい恢復できぬまでにわざと損じた。百篇にあまる小説を、破り棄てた。原稿用紙五万枚。そうして残ったのは、辛うじて、これだけである。これだけ。(中略)
 けれども、私は、信じて居る。この短篇集、『晩年』は、年々歳々、いよいよ色濃く、きみの眼に、きみの胸に滲透して行くにちがいないということを。私はこの本一冊を創るためにのみ生れた。(中略)
 さもあらばあれ、『晩年』一冊、君のその両手の垢で黒く光って来るまで、繰り返し繰り返し愛読されることを思うと、ああ、私は幸福だ。(後略)」(「文芸雑誌」昭和十一年一月号)

著者プロフィール

太宰治

ダザイ・オサム

(1909-1948)青森県金木村(現・五所川原市金木町)生れ。本名は津島修治。東大仏文科中退。在学中、非合法運動に関係するが、脱落。酒場の女性と鎌倉の小動崎で心中をはかり、ひとり助かる。1935(昭和10)年、「逆行」が、第1回芥川賞の次席となり、翌年、第一創作集『晩年』を刊行。この頃、パビナール中毒に悩む。1939年、井伏鱒二の世話で石原美知子と結婚、平静をえて「富嶽百景」など多くの佳作を書く。戦後、『斜陽』などで流行作家となるが、『人間失格』を残し山崎富栄と玉川上水で入水自殺。

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