走れメロス
440円(税込)
発売日:1954/04/07
- 文庫
- 電子書籍あり
友情を、青春を、愛を描く。太宰は、21世紀を生きる僕たちの心に迫る。
恋をしたのだ。そんなことは、全くはじめてであった――。青年の独白から始まる「ダス・ゲマイネ」。かばんひとつさげて、その峠を訪れた。私は、富士に化かされた(「富嶽百景」)。朝、目を覚ましてから寝床に入るまで、少女の心理を鮮やかに捉える「女生徒」。そして、命を賭けた友情をきりりと描いた永遠の名編「走れメロス」。九つの物語が万華鏡のようにきらめく短編集。
書誌情報
読み仮名 | ハシレメロス |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 304ページ |
ISBN | 978-4-10-100606-2 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | た-2-6 |
ジャンル | 文芸作品 |
定価 | 440円 |
電子書籍 価格 | 440円 |
電子書籍 配信開始日 | 2008/05/01 |
書評
タイトルに惹かれる。
文庫本のビジュアル――。
手にとりたい出会いと、書体や文字の大きさ。そのビジュアルに空間とリズムがあるように思えて、惹かれます。
これまで、たくさんの本に囲まれてきました。映画も、別世界に行かれる本も、別次元での人生を経験するかのように感じます。それは、音楽セラピーや香りセラピーと似たもののようで。たとえば、コーヒーの香りだけでも、横隔膜は広がるものですから。
今回は、好きな新潮文庫三冊ということでお話がありました。
まず、太宰治の『走れメロス』。
これは、哲学ですね。ずっと私の心のなかにある本です。中学時代から「なぜ」をくりかえしてきました。
親友を助けること――自分の身がわりになった親友のために走る、時間のリミットとその信義とがそこには描かれます。
この短編集にある「駈込み訴え」という小説では、イエス・キリストの弟子の気持ちサイドからの「なぜ」を。弟子として一番イエスに仕えてきたと自負するユダにたいして当のイエスからは愛の言葉もないと、彼が怒りをあらわにする。
その当時の私にとって、心うばわれるがごとくで、痛快でもありました。面白いまでのシニカルさ、で。
谷崎潤一郎の『春琴抄』の文庫本は、祖母の想い出。
なぜか十九歳の私に祖母から唐突に手渡された数冊の中の一冊でした。なんとか読破したかったわけですが、読みはじめると暗くて、ただただ悲恋のようで、じつは辛くなっていきました。
それでも、まず西村孝次さんの「解説」文を読むことで、物語の時代背景を理解しましたし、作者である谷崎潤一郎の生いたちもまた、理解できました。日本橋に生をうけ、東京帝国大学国文科に籍を置いていた、という。
気をとり直して、ふたたび『春琴抄』の世界に分け入っていくと、描かれている当たり前の格差に気づかされます。ご主人様と使用人も同じ人ではないのか、という具合にですが。培われた伝統と教育と厳しい決めごとが、生きていくことのすべてであり、尊厳である、この世界では。
美しくも残忍な盲目の三味線師匠春琴と、奉公人佐助は、こう呼び合います――「こいさん」、「佐助」と。
盲目の「こいさん」の手を引く係の佐助。九歳の時に盲目になってしまった春琴。どんな事情だったのか、彼女は聡明で美しく妬まれての事故だろうと。
若い佐助は、彼女のしもべとなります。相性もよかったのだと思います。それは、こと細かな描写からわかります。お風呂にしろ、下の世話にしろ、すべてのお世話に、慈しみが必要なのですから。
女主ならば、それぞれに専用の係も分かれましょうが、春琴の意向である二人だけの世界。ストイックに格差の壁を築きながらも、断ちがたい二人の絆……。
最近では、健康維持や、いかに健やかに日々を過ごせるかといった書物が好きになっているわけです。人には酸素が重要。ですから、毎日笑顔が必要。笑うことで酸素がとり入れられるわけですから。環境づくりも重要ですけれどね。良い環境は求められるべきですし。
健康と食は切り離せないものですよね。そして、どれだけ心強いでしょうか、土井善晴さんの『一汁一菜でよいという提案』という本は。
料理には、しかも家庭料理を作るということには、私も難儀して、ずいぶんと悩んだものでした。
日本には、とにかくさまざまな世界の料理が入ってきていますからね。とはいえ、豪華料理は特別なレストランでいただけばいいのです。
私もずっと、一汁一菜と思っていました。昔の日本食であります。お米とお漬物と、具だくさんのお味噌汁なんかですよね。力が湧いてきます。
テレビでお見かけする土井さんの笑顔と、食材に対する慈しみを、この本から感じます。
手のぬくもりとお話、会話の優しさには、お人柄と今までの人生の道のりで確かな選択をしてきたことが、おのずとうかがわれます。お父様も偉大な料理研究家でいらっしゃるとのこと。恵まれた、豊かな環境で育まれた食文化を身につけていらしたのでしょう。
文庫本を手にとる――。
ビジュアル要素も大きいけれど、「走れ」、「春琴抄」、「一汁一菜」というふうに、印象深い言葉ですね。それを入れこんだタイトルというのに、惹かれることがわかります。
(いしかわ・せり シンガー)
波 2023年8月号より
どういう本?
タイトロジー(タイトルを読む)
日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! メロス。(本書177ぺージ)
著者プロフィール
太宰治
ダザイ・オサム
(1909-1948)青森県金木村(現・五所川原市金木町)生れ。本名は津島修治。東大仏文科中退。在学中、非合法運動に関係するが、脱落。酒場の女性と鎌倉の小動崎で心中をはかり、ひとり助かる。1935(昭和10)年、「逆行」が、第1回芥川賞の次席となり、翌年、第一創作集『晩年』を刊行。この頃、パビナール中毒に悩む。1939年、井伏鱒二の世話で石原美知子と結婚、平静をえて「富嶽百景」など多くの佳作を書く。戦後、『斜陽』などで流行作家となるが、『人間失格』を残し山崎富栄と玉川上水で入水自殺。