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春琴抄

谷崎潤一郎/著

407円(税込)

発売日:1951/02/02

  • 文庫
  • 電子書籍あり

盲目の三味線師匠春琴に仕える佐助の愛と献身を描いて谷崎文学の頂点をなす作品。幼い頃から春琴に付添い、彼女にとってなくてはならぬ人間になっていた奉公人の佐助は、後年春琴がその美貌を何者かによって傷つけられるや、彼女の面影を脳裡に永遠に保有するため自ら盲目の世界に入る。単なる被虐趣味をつきぬけて、思考と官能が融合した美の陶酔の世界をくりひろげる。

書誌情報

読み仮名 シュンキンショウ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 144ページ
ISBN 978-4-10-100504-1
C-CODE 0193
整理番号 た-1-3
ジャンル 文芸作品
定価 407円
電子書籍 価格 407円
電子書籍 配信開始日 2013/02/01

書評

タイトルに惹かれる。

石川セリ

 文庫本のビジュアル――。
 手にとりたい出会いと、書体や文字の大きさ。そのビジュアルに空間とリズムがあるように思えて、惹かれます。
 これまで、たくさんの本に囲まれてきました。映画も、別世界に行かれる本も、別次元での人生を経験するかのように感じます。それは、音楽セラピーや香りセラピーと似たもののようで。たとえば、コーヒーの香りだけでも、横隔膜は広がるものですから。
 今回は、好きな新潮文庫三冊ということでお話がありました。
 まず、太宰治の『走れメロス』。
 これは、哲学ですね。ずっと私の心のなかにある本です。中学時代から「なぜ」をくりかえしてきました。
 親友を助けること――自分の身がわりになった親友のために走る、時間のリミットとその信義とがそこには描かれます。

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 この短編集にある「駈込み訴え」という小説では、イエス・キリストの弟子の気持ちサイドからの「なぜ」を。弟子として一番イエスに仕えてきたと自負するユダにたいして当のイエスからは愛の言葉もないと、彼が怒りをあらわにする。
 その当時の私にとって、心うばわれるがごとくで、痛快でもありました。面白いまでのシニカルさ、で。
 谷崎潤一郎の『春琴抄』の文庫本は、祖母の想い出。
 なぜか十九歳の私に祖母から唐突に手渡された数冊の中の一冊でした。なんとか読破したかったわけですが、読みはじめると暗くて、ただただ悲恋のようで、じつは辛くなっていきました。
 それでも、まず西村孝次さんの「解説」文を読むことで、物語の時代背景を理解しましたし、作者である谷崎潤一郎の生いたちもまた、理解できました。日本橋に生をうけ、東京帝国大学国文科に籍を置いていた、という。
 気をとり直して、ふたたび『春琴抄』の世界に分け入っていくと、描かれている当たり前の格差に気づかされます。ご主人様と使用人も同じ人ではないのか、という具合にですが。培われた伝統と教育と厳しい決めごとが、生きていくことのすべてであり、尊厳である、この世界では。
 美しくも残忍な盲目の三味線師匠春琴と、奉公人佐助は、こう呼び合います――「こいさん」、「佐助」と。

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 盲目の「こいさん」の手を引く係の佐助。九歳の時に盲目になってしまった春琴。どんな事情だったのか、彼女は聡明で美しく妬まれての事故だろうと。
 若い佐助は、彼女のしもべとなります。相性もよかったのだと思います。それは、こと細かな描写からわかります。お風呂にしろ、下の世話にしろ、すべてのお世話に、慈しみが必要なのですから。
 女主ならば、それぞれに専用の係も分かれましょうが、春琴の意向である二人だけの世界。ストイックに格差の壁を築きながらも、断ちがたい二人の絆……。
 最近では、健康維持や、いかに健やかに日々を過ごせるかといった書物が好きになっているわけです。人には酸素が重要。ですから、毎日笑顔が必要。笑うことで酸素がとり入れられるわけですから。環境づくりも重要ですけれどね。良い環境は求められるべきですし。
 健康と食は切り離せないものですよね。そして、どれだけ心強いでしょうか、土井善晴さんの『一汁一菜でよいという提案』という本は。
 料理には、しかも家庭料理を作るということには、私も難儀して、ずいぶんと悩んだものでした。
 日本には、とにかくさまざまな世界の料理が入ってきていますからね。とはいえ、豪華料理は特別なレストランでいただけばいいのです。
 私もずっと、一汁一菜と思っていました。昔の日本食であります。お米とお漬物と、具だくさんのお味噌汁なんかですよね。力が湧いてきます。
 テレビでお見かけする土井さんの笑顔と、食材に対する慈しみを、この本から感じます。
 手のぬくもりとお話、会話の優しさには、お人柄と今までの人生の道のりで確かな選択をしてきたことが、おのずとうかがわれます。お父様も偉大な料理研究家でいらっしゃるとのこと。恵まれた、豊かな環境で育まれた食文化を身につけていらしたのでしょう。

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 文庫本を手にとる――。
 ビジュアル要素も大きいけれど、「走れ」、「春琴抄」、「一汁一菜」というふうに、印象深い言葉ですね。それを入れこんだタイトルというのに、惹かれることがわかります。

(いしかわ・せり シンガー)
波 2023年8月号より

著者プロフィール

谷崎潤一郎

タニザキ・ジュンイチロウ

(1886-1965)東京・日本橋生れ。東大国文科中退。在学中より創作を始め、同人雑誌「新思潮」(第二次)を創刊。同誌に発表した「刺青」などの作品が高く評価され作家に。当初は西欧的なスタイルを好んだが、関東大震災を機に関西へ移り住んだこともあって、次第に純日本的なものへの指向を強め、伝統的な日本語による美しい文体を確立するに至る。1949(昭和24)年、文化勲章受章。主な作品に『痴人の愛』『春琴抄』『卍』『細雪』『陰翳礼讃』など。

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