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1R1分34秒

町屋良平/著

539円(税込)

発売日:2021/12/01

書誌情報

読み仮名 イチラウンドイップンサンジュウヨンビョウ
装幀 小幡彩貴/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-103441-6
C-CODE 0193
整理番号 ま-63-1
ジャンル 文学・評論
定価 539円
電子書籍 価格 539円
電子書籍 配信開始日 2021/11/27

自分を失いたくない。だったら勝つしかない。若者の葛藤と成長を描く圧巻の青春小説。

デビュー戦を初回KOで華々しく飾ってから、3敗1分けと敗けが込むプロボクサーのぼく。そもそも才能もないのになぜボクシングをやっているのかわからない。ついに長年のトレーナーに見捨てられるも、変わり者の新トレーナー、ウメキチとの練習の日々がぼくを変えていく。これ以上自分を見失いたくないから、3日後の試合、1R1分34秒で――。青春小説の雄、会心の一撃。芥川賞受賞作。

  • 受賞
    第160回 芥川龍之介賞

書評

ボクシングという螺旋

田之岡条

 所属する小熊ジムあてに依頼が届いて、ボクサーのコンディショニングについて、町屋さんから昨年取材を受けました。「コンディショニング」というのは、選手の体調管理全般のことです。減量はもちろん、たとえば前日計量を終えたあと、試合までのあいだに何を食べればよいか。つまり、ゴングが鳴るまでに、自分の体調をピークに近づけていく技術のことを言います。
 完成した作品を読むと、プロボクサーの目から見ても、この小説のボクシング描写はすごくリアルに伝わってきました。身体の展開、構え、目線の動き、ぜんぶ頭に浮かんでくる。表現が豊かで綿密で、読んでいる自分が「主観」になれた。なかでもいちばん共感したのは、主人公「ぼく」の人物像です。デビュー戦をKOで勝ったあと、負けが込んできた二十一歳の主人公は、とてもナイーヴな人間で、考えすぎてしまったり、うまくプレッシャーを発散できずに他人と衝突してしまったりして、ボクシングと相思相愛になりにいかないところがある。僕とどこか似ているんです。自分で自分が分からなくなってきて、自己が一定でなくなってしまう彼のことを、まるで僕自身を見ているかのように読みました。
 例を挙げれば、主人公がKO負けして病院でCT検査を受けて、「ちいさな出血でもみつかってあらたな人生のフェーズに移行したいというきもちが、まったくないとはいいきれなかった」と思考する場面。僕もKO負けしたあとの検診で同じことを考えたことがあります。どうしようもない状況に陥りたい気持ちというか、周りのみんなが納得できる辞め方はこれしかないな、という投げやりな気持ち。そのとき、結果的には「異常なし」と言われてほっとしたけれど、正確に言うと多分、ほっとした自分にほっとしていたんです。自分はまだ続けたい気持ちがあるんだ、と……。町屋さんはなぜこんなことが分かるのだろうと驚きました。
 主人公はボクシングに対するネガティブなイメージを捨てられず、いくつかの自分と戦いながら、葛藤しながらリングに上がります。かつての僕も、主人公と同じくらいの熱量でボクシングに触れていました。別に勝てなくてもいいし、惰性で試合をして、一、二回負けたら辞めよう、くらいの感じ。僕が唯一持っているタイトルは東日本新人王なのですが、タイトルを取ったあとに初めて負けたとき、奈落の底に突き落とされました。敗北者の烙印を押されて、なんて残酷な、怖い世界なのだろうと思ったんです。もちろんボクシングは大好きです。大好きでありながら、ボクシングが怖くなった。パンチをもらうのも、血が出るのも怖くない。ただ負けることが怖い。存在を全否定されることが怖い。リングの上では、ハンコで押されたように結果を突きつけられて、勝つか負けるかの結果しかないんです。勝つためにやってきたすべての選択肢は、結果のためだけにある。
 だからこそ、その結果に至る過程で主人公と心を通わせていくトレーナーのウメキチは、ボクサーにとってとても大きな存在です。最初は距離を置いていて、作ってくれた弁当を捨てたり、タメ口を利いたりして反抗するけれど、徐々にウメキチに心を開いていく。主人公は、体重がオーバーしたらあいつのせいにしてやる、とまで念じるようになり、ウメキチもただ甘やかすのではなくて、教えることはしっかり教えたうえで主人公の心に入っていく、という関係性。僕のトレーナーは、元世界チャンピオンの小熊正二というジムの会長で、ウメキチとは少し違って放任主義なのですが、僕が負けた時には、自分と同じくらい、ひょっとしたら自分以上に悔しがってくれるんです。僕が一番頼れるのは会長で、自分はこの人のボクシングでチャンピオンを目指したい。スランプになって辞めることを考えても、「この人が降りていないのに、僕が降りるわけにはいかない」と思う。ラウンドが終わってインターバルでコーナーに帰ったとき、この人の言うことさえ聞けば大丈夫だ、この人だけが勝つために何が必要かを教えてくれる、といった信頼関係はなかなかできません。この小説の主人公にとって、その相手はウメキチなんです。
「1R1分34秒」というタイトルが指すものはほんの一瞬の数字にすぎないけれど、リングの上は数値化できない濃密な時間で、その時間には「今」しかない。だからボクシングは面白くて、やめられないんです。僕は螺旋という言い方をするのですが、主人公も、これからきっとボクシングの螺旋にはまっていくと思います。それに飲み込まれていって、ボクシングそのものになっていくような螺旋に。

(たのおか・じょう プロボクサー)
波 2019年2月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

町屋良平

マチヤ・リョウヘイ

1983(昭和58)年、東京都生れ。2016(平成28)年「青が破れる」で文藝賞を受賞。2019年「1R1分34秒」で芥川賞受賞。他の著書に『ショパンゾンビ・コンテスタント』『しき』『ぼくはきっとやさしい』『愛が嫌い』『ふたりでちょうど200%』『ほんのこども』などがある。

判型違い(単行本)

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