とんちき 蔦重青春譜
781円(税込)
発売日:2024/09/30
- 文庫
- 電子書籍あり
NHK大河ドラマで注目! 蔦屋重三郎の店に集う未来の天才たちによる青春奮闘記!
蔦屋重三郎の店「耕書堂」に集う男たち。のちに十返舎一九に曲亭馬琴、東洲斎写楽、葛飾北斎となる彼らだが、今はまだ才能の開花を待つ、何者でもない若者たちだった。金はないけど、夢はある。元気もある。お上ににらまれているけれど怖いものなし! だが、偶然発見した「死体」から一波乱が巻き起こる。創作者たちの熱い魂が胸をすく痛快青春出版物語。『とんちき 耕書堂青春譜』改題。
其ノ壱 幾五郎が出逢う
其ノ弐 瑣吉が悩む
其ノ参 京伝が奮う
其ノ肆 蔦重が迷う
其ノ伍 十郎兵衛が壊れる
其ノ陸 歌麿が惑う
其ノ漆 鉄蔵が失せる
大 詰 耕書堂が揺れる
解説 細谷正充
書誌情報
読み仮名 | トンチキツタジュウセイシュンフ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | 丹地陽子/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン |
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 368ページ |
ISBN | 978-4-10-105471-1 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | や-77-2 |
ジャンル | 歴史・時代小説 |
定価 | 781円 |
電子書籍 価格 | 781円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/09/30 |
書評
嫉妬する天才たち
幾五郎・鉄蔵・瑣吉・斎藤十郎兵衛。彼らは後に、それぞれ別の名前で広く世に知られるようになる。現代でも多くの人が、当たり前に知っている有名人なのだ。矢野隆の新刊は、この四人の、まだ何者でもない青春時代を描いた快作である。
物語は、章ごとに視点人物を変えながら進行する。まず最初は幾五郎だ。「己のやりたいことを気ままにやって、毎日楽しく過ごす」ことを望みとする幾五郎は、侍を辞めて浄瑠璃の作者を目指す。しかし湿っぽい話ばかり書かされ、うんざりしていた。滑稽本に出会い、これだと思った彼は江戸に出ると、地本問屋「耕書堂」に転がり込む。そこで主の蔦屋重三郎から、絵師の鉄蔵と一緒に、瑣吉という男を捜すよう頼まれる。阿波蜂須賀家のお抱え能役者で、絵が好きな斎藤十郎兵衛を加え、幾五郎たちは瑣吉を見つけるのだった。
といったストーリーにより四人を紹介して、作者はそれぞれの創作者の内面を抉りだしていく。続く第二章では、自分の作風が時代に受け入れられない瑣吉の苦悩が、彼の根暗な性格と共に、鮮やかに表現されていた。
以下、第三章では、商売を始めとして多様な才能を見せる幾五郎の心底が暴かれる。彼が何事にもきちんと取り組めるのは、それがすべて創作の糧になると思っているからだ。現実は戯作に昇華させるためのものという幾五郎の在り方から、創作者の業が浮かび上がってくる。
作者が巧みなのは、そこに幕府から手鎖の刑を受けてから、やる気を失っていた山東京伝の再起を重ね合わせていることだ。耕書堂に集う四人だけでなく、その周囲にいる名を成した人々も、重要な役割を担っている。第四章では、娯楽を締めつける幕府の政策に反発する重三郎が、東洲斎写楽を生み出した理由が綴られている。
それを受けて第五章は、写楽役を引き受けた十郎兵衛が、自分の内面をぶちまけ、新たな役者絵を誕生させる。いつも仏頂面で理屈屋の十郎兵衛は、幾五郎たちとは微妙に距離があった。しかし彼も本物だ。苦悩の果てに、創作者として覚醒する場面が強烈なのである。
だが写楽の絵を、認めない人もいる。第六章では、当代一の人気浮世絵師・喜多川歌麿が、写楽の絵を激しく嫌いながら、その正体をつかもうとする。その心の奥にあるのは、自分にない世界を持つ創作者に対する嫉妬だ。漫画の神様といわれる手塚治虫は、新たな才能を持つ若い漫画家を、常に意識していたという。功成り名を遂げようとも、創作者の業はなくならない。多角的に捉えられた業が、本書の読み味を深いものにしているのだ。
これが本書の縦糸なら、横糸は、長唄の師匠の首吊りを発端とする事件である。鉄蔵の長屋を訪ねた瑣吉が第一発見者となった首吊り騒動。当初は自殺と思われたが、ある疑惑が持ち上がる。これに興味を抱いた鉄蔵は、しつこく真実を追っていくのだ。
強引な性格で、幾五郎たちの兄貴分におさまっている鉄蔵。いままでのエピソードにも積極的に顔を突っ込み、事態を煽ったりしてきた。そんな鉄蔵が、長屋の隣に住んでいたとはいえ、なぜ長唄の師匠の一件にこだわるのか。第七章で、ついに鉄蔵がメインとなり、幾五郎と通底する創作者の業が露わになっていく。かなり曲折のある展開で読者の興味を惹きつけながら、絵を描かなければ生きていけない鉄蔵の肖像を、見事に表現してのけたのだ。
江戸一番の出版社ともいうべき耕書堂に、戯作者や絵師が集まったのは当然のことだろう。作者はその事実をベースにしながら、四人の男の魅力的な物語を創り上げた。自分の才能に対する自負と不安。どうなるか分からない未来への期待と恐れ。時代も場所も関係なく、若者ならば誰でも抱くであろう感情が、ここに刻まれている。だから、幾五郎がいう、
「こんな定まりきった世の中なんざ、ちっとも面白くねぇ。だからよぉ、面白ぇ物でも書いてなけりゃ、やってらんねぇよな」
というセリフが胸に響くのだ。そして読者の立場としては、本書のような“面白ぇ本でも読んでなけりゃ、やってらんねぇよな”と、いいたくなってしまうのである。
(ほそや・まさみつ 文芸評論家)
波 2021年1月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
矢野隆
ヤノ・タカシ
1976(昭和51)年、福岡県生れ。2008(平成20)年「蛇衆綺談」で小説すばる新人賞、2022(令和4)年『琉球建国記』で日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。他の著書に『信玄の首』『凛と咲きて』『朝嵐』『至誠の残滓』『覚悟せよ』などがある。小説以外にも『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』『戦国BASARA3 伊達政宗の章』『不終の怪談 文豪とアルケミスト ノベライズ case 小泉八雲』など漫画、ゲームのノベライズ作品も執筆している。