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とんちき 耕書堂青春譜

矢野隆/著

1,815円(税込)

発売日:2020/12/16

  • 書籍
  • 電子書籍あり

日本が世界に誇る天才たちの、青き時代は面白い!

ここは蔦屋重三郎の店、耕書堂。いわば江戸時代の「トキワ荘」。十返舎一九に滝沢馬琴、東洲斎写楽に葛飾北斎。才能の開花を待つ、まだ何者でもない天才たちが集い、悩み、妬み、笑って、泣いた聖地。金はないけど、夢はある。元気もある。怖いものも、なし。だが、ひとつの「死」によって暗雲が――。痛快歴史エンタメ長編!

目次
其ノ壱 幾五郎が出逢う
其ノ弐 瑣吉が悩む
其ノ参 京伝が奮う
其ノ肆 蔦重が迷う
其ノ伍 十郎兵衛が壊れる
其ノ陸 歌麿が惑う
其ノ漆 鉄蔵が失せる
大結 耕書堂が揺れる

書誌情報

読み仮名 トンチキコウショドウセイシュンフ
装幀 東洲斎写楽『谷村虎蔵の鷲塚八平次』『二世瀬川富三郎の大岸蔵人妻やどり木と中村万世の腰元若草』『大童山土俵入り』/装画、山東京伝作『箱入娘面屋人魚』まじめなる口上/装画、葛飾北斎『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-334073-7
C-CODE 0093
ジャンル 歴史・時代小説
定価 1,815円
電子書籍 価格 1,815円
電子書籍 配信開始日 2020/12/16

書評

嫉妬する天才たち

細谷正充

 幾五郎・鉄蔵・瑣吉・斎藤十郎兵衛。彼らは後に、それぞれ別の名前で広く世に知られるようになる。現代でも多くの人が、当たり前に知っている有名人なのだ。矢野隆の新刊は、この四人の、まだ何者でもない青春時代を描いた快作である。
 物語は、章ごとに視点人物を変えながら進行する。まず最初は幾五郎だ。「己のやりたいことを気ままにやって、毎日楽しく過ごす」ことを望みとする幾五郎は、侍を辞めて浄瑠璃の作者を目指す。しかし湿っぽい話ばかり書かされ、うんざりしていた。滑稽本に出会い、これだと思った彼は江戸に出ると、地本問屋「耕書堂」に転がり込む。そこで主の蔦屋重三郎から、絵師の鉄蔵と一緒に、瑣吉という男を捜すよう頼まれる。阿波蜂須賀家のお抱え能役者で、絵が好きな斎藤十郎兵衛を加え、幾五郎たちは瑣吉を見つけるのだった。
 といったストーリーにより四人を紹介して、作者はそれぞれの創作者の内面を抉りだしていく。続く第二章では、自分の作風が時代に受け入れられない瑣吉の苦悩が、彼の根暗な性格と共に、鮮やかに表現されていた。
 以下、第三章では、商売を始めとして多様な才能を見せる幾五郎の心底が暴かれる。彼が何事にもきちんと取り組めるのは、それがすべて創作の糧になると思っているからだ。現実は戯作に昇華させるためのものという幾五郎の在り方から、創作者の業が浮かび上がってくる。
 作者が巧みなのは、そこに幕府から手鎖の刑を受けてから、やる気を失っていた山東京伝の再起を重ね合わせていることだ。耕書堂に集う四人だけでなく、その周囲にいる名を成した人々も、重要な役割を担っている。第四章では、娯楽を締めつける幕府の政策に反発する重三郎が、東洲斎写楽を生み出した理由が綴られている。
 それを受けて第五章は、写楽役を引き受けた十郎兵衛が、自分の内面をぶちまけ、新たな役者絵を誕生させる。いつも仏頂面で理屈屋の十郎兵衛は、幾五郎たちとは微妙に距離があった。しかし彼も本物だ。苦悩の果てに、創作者として覚醒する場面が強烈なのである。
 だが写楽の絵を、認めない人もいる。第六章では、当代一の人気浮世絵師・喜多川歌麿が、写楽の絵を激しく嫌いながら、その正体をつかもうとする。その心の奥にあるのは、自分にない世界を持つ創作者に対する嫉妬だ。漫画の神様といわれる手塚治虫は、新たな才能を持つ若い漫画家を、常に意識していたという。功成り名を遂げようとも、創作者の業はなくならない。多角的に捉えられた業が、本書の読み味を深いものにしているのだ。
 これが本書の縦糸なら、横糸は、長唄の師匠の首吊りを発端とする事件である。鉄蔵の長屋を訪ねた瑣吉が第一発見者となった首吊り騒動。当初は自殺と思われたが、ある疑惑が持ち上がる。これに興味を抱いた鉄蔵は、しつこく真実を追っていくのだ。
 強引な性格で、幾五郎たちの兄貴分におさまっている鉄蔵。いままでのエピソードにも積極的に顔を突っ込み、事態を煽ったりしてきた。そんな鉄蔵が、長屋の隣に住んでいたとはいえ、なぜ長唄の師匠の一件にこだわるのか。第七章で、ついに鉄蔵がメインとなり、幾五郎と通底する創作者の業が露わになっていく。かなり曲折のある展開で読者の興味を惹きつけながら、絵を描かなければ生きていけない鉄蔵の肖像を、見事に表現してのけたのだ。
 江戸一番の出版社ともいうべき耕書堂に、戯作者や絵師が集まったのは当然のことだろう。作者はその事実をベースにしながら、四人の男の魅力的な物語を創り上げた。自分の才能に対する自負と不安。どうなるか分からない未来への期待と恐れ。時代も場所も関係なく、若者ならば誰でも抱くであろう感情が、ここに刻まれている。だから、幾五郎がいう、
「こんな定まりきった世の中なんざ、ちっとも面白くねぇ。だからよぉ、面白ぇ物でも書いてなけりゃ、やってらんねぇよな」
 というセリフが胸に響くのだ。そして読者の立場としては、本書のような“面白ぇ本でも読んでなけりゃ、やってらんねぇよな”と、いいたくなってしまうのである。

(ほそや・まさみつ 文芸評論家)
波 2021年1月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

矢野隆

ヤノ・タカシ

1976年福岡県生まれ。2008年、『蛇衆』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。『武士喰らい』『凜と咲きて』『乱』『愚か者の城』『戦始末』『源匣記』『至誠の残滓』『鬼神』など歴史・時代小説の著作以外にも、『戦国BASARA3 伊達政宗の章』『NARUTO―ナルト―シカマル新伝』『不終の怪談 文豪とアルケミスト ノベライズ』といった、ゲームやコミックのノベライズ作品も上梓している。

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