
星に届ける物語─日経「星新一賞」受賞作品集─
693円(税込)
発売日:2025/02/28
- 文庫
2013年の創設時からAIも応募可の革新的文学賞。一般部門グランプリ作品11編を収録!
求む、理系的発想力──。2013年の創設時からAIによる応募も可とする画期的な文学賞・日経「星新一賞」。その第1回から第11回までの一般部門グランプリ受賞作が1冊に! 二酸化炭素排出を抑える夢の技術の行方。宇宙エレベーターが実現した世界で、それでも自力で宇宙を目指す男の孤独な挑戦。クラスメイトの「実在」を疑う高校3年生。思いもよらぬアイデアと展開がきらめく11の奇跡。
第1回 「恐怖の谷」から「恍惚の峰」へ~その政策的応用 藤崎慎吾
第2回 次の満月の夜には 相川啓太
第3回 ローンチ・フリー 佐藤 実
第4回 OV元年 之人冗悟
第5回 Final Anchors 八島游舷
第6回 SING×レインボー 梅津高重
第7回 森で 白川小六
第8回 繭子 村上 岳
第9回 リンネウス 関元 聡
第10回 楕円軌道の精霊たち 関元 聡
第11回 冬の果実 柚木理佐
解説 大澤博隆
書誌情報
読み仮名 | ホシニトドケルモノガタリニッケイホシシンイチショウジュショウサクヒンシュウ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | httr/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 文庫 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 288ページ |
ISBN | 978-4-10-105861-0 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | ほ-4-81 |
ジャンル | 文学・評論、女性学、人文・思想・宗教、社会学、コミュニティ、思想・社会 |
定価 | 693円 |
書評
新人SF作家の超贅沢なショーケース
今年で第12回を迎える日経「星新一賞」。その一般部門には、毎年、千作以上が応募される。『星に届ける物語─日経「星新一賞」受賞作品集─』は、その中から年に一作だけ選ばれるグランプリ作品を過去十一年分集めた、超贅沢な文庫アンソロジーだ。
日本経済新聞社が主催するこの賞は、「理系文学」を対象とする公募短編小説賞。一般部門の応募者は、一万字以内で、「理系的発想力を存分に発揮して読む人の心を刺激する物語を書」くことを求められる。「理系文学」とか「理系的発想力」がなんなのかは定義しにくいが、要はサイエンスを意識したアイデア小説ということか。第1回の最終選考委員は、作家の新井素子、ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英、宇宙飛行士の野口聡一など。その後も、映画監督の押井守、ロボット工学者の石黒浩、爆笑問題の太田光、漫画家のヤマザキマリなど、多彩なメンバーが選考に加わっている。
では、栄えあるグランプリを獲得したのはどんな作品なのか。第1回の受賞作は、SF作家の藤崎慎吾が論文形式で書いた「『恐怖の谷』から『恍惚の峰』へ~その政策的応用」。ロボットの外見が人間に近づくと、ある段階から急に気味悪く見えることがある。この“不気味の谷”現象を下敷きに、AIの知性が一定レベル以上に向上すると人間が恐怖を抱くという(架空の)現象を“恐怖の谷”と名づけ、AIがそれについて分析した研究論文というスタイルで、人類がAIに労働力として利用されている未来を描き出す。2021年にSF界を席巻した“異常論文”(論文形式のSF)ブームの先駆けとも言うべき名作で、まさに「理系文学」の真骨頂。
八島游舷「Final Anchors」もAIが主役。自動運転が普及した未来、サンフランシスコの交差点で、二台の車に衝突の瞬間が迫る。0・488秒のうちに、どちらかが路面に強制停止アンカーを打ち込んで自己破壊しなければならない。人間の搭乗者の知覚が及ばないところで車載AI同士の状況調停が始まる。半秒未満の交渉をめぐるサスペンスにどんでん返しまで盛り込んだAIミステリーだ。
架空の新技術で変貌する世界を描いた、いかにもSFらしいSFもいくつか。相川啓太「次の満月の夜には」は、遺伝子操作したサンゴで火力発電所が排出する二酸化炭素を削減しようとする話。主人公たちの研究グループは、炭酸カルシウムの骨格をつくる能力を強化した変異体サンゴによって、膨大なCO2削減に成功するが……。
之人冗悟「OV元年」は、脳神経に直結して使う身体機能拡充装置オムニバイザーがやがて万能アシスタント兼インターフェイスとして万人に普及していく未来史を“使用者の声”を通じて描く。
白川小六「森で」は、コンゴの飢餓問題を解決するため、皮膚を緑化して光合成を可能にするウイルスが開発される話。感染者は日光と水さえあれば何も食べなくても生きられるようになり、世界の飢餓人口は激減するが……。
関元聡「リンネウス」は、一億とも言われる未知の生物種を地球レベルで包括的に調査する壮大なプロジェクト、リンネウス計画のために送り出された“俺”が無数の生物種の間を渡り歩く物語。関元聡は翌年にも「楕円軌道の精霊たち」で第10回のグランプリを獲得。こちらは、世界初の軌道エレベーターを擁するプアプア宇宙港と、代々その島で暮らしてきたポリネシア人の神話を重ね合わせる。
対する佐藤実「ローンチ・フリー」は、主人公が単身、人力でペダルを漕いで、遺棄された軌道エレベーター伝いに宇宙をめざす。柚木理佐「冬の果実」は、“後天性体温調整機能不全症候群”を患う“僕”の運命をスノーボールアースに重ね合わせる。
個人的イチ推しは、梅津高重「SING×レインボー」。新種の植物の繁殖によって文明は崩壊寸前。生き残った人類は農村部に小集落をつくり細々と暮らしている。通信手段もほぼすべて失われたが、唯一、奇跡的に生き残っていたのがあまり人気のないスマホ用のソーシャルゲーム「SING×レインボー」(いわゆる音ゲー)。主人公は、人類の未来を背負って今日も音ゲーをプレイする。異様によく考えられたディテールと、人類の命運を左右するのが脱力系の音ゲーというギャップがすばらしい。
たしかに理系文学だが、SFと読んでいいかどうかよくわからないのが村上岳「繭子」。物理を愛してやまない高校生・近藤アキは同級生の繭子の実在を疑い、あらゆる方法で彼女のデータを採り、分析しはじめる。科学的思考を哲学的につきつめてエスカレートさせた先になにが待つのか? まさに星新一賞ならではのグランプリ受賞作だ。
以上十一編、どこから読んでも、それぞれの「理系的発想力」が存分に発揮された作品が楽しめる。新人SF作家のショーケースとしてもお徳用です。
(おおもり・のぞみ 翻訳家/書評家)
著者プロフィール
藤崎慎吾
フジサキ・シンゴ
1962年、東京生まれ。米メリーランド大学海洋・河口部環境科学専攻修士課程修了。1995年、SF同人誌〈宇笛塵〉193号に発表した「レフト・アローン」が翌年のSFファンジン大賞を受賞。1999年、『クリスタルサイレンス』で単行本デビュー。同書は早川書房「ベストSF1999」国内篇1位となる。2014年、遠藤慎一名義で日経「星新一賞」を受賞。ほかの小説に「ストーンエイジ」「深海大戦」シリーズ、『ハイドゥナン』『鯨の王』など、ノンフィクションに『我々は生命を創れるのか』などがある。
相川啓太
アイカワ・ケイタ
1980年、福岡生まれ。博士(理学)。会社員。「次の満月の夜には」の受賞のほか、2014年「ピロウ」で第1回日経「星新一賞」一般部門準グランプリ(IHI賞)、2016年「第37回日経星新一賞最終審査 ─あるいは、究極の小説の作り方─」で第3回日経「星新一賞」同部門優秀賞(JBCCホールディングス賞)を受賞。
佐藤実
サトウ・ミノル
1966年、北海道生まれ。東海大学理学研究科物理学専攻博士課程後期単位取得退学。東海大学理系教育センター講師。専門は物理教育研究、宇宙エレベーターなど。著書に『宇宙エレベーターの物理学』『マンガでわかる微分方程式』『プリンセス・フィリシア 物理の迷宮に挑む!』などがある。
之人冗悟
ノト・ジャウゴ
1961年東京生まれ(今なお在住)⇒1984年早稲田大学第一文学部英文科卒⇒1986年英語教師生活&理想の教材作りのマラソン道中開始⇒(途中、古文&和歌修得WEB教材『扶桑語り』(2008年)やら『OV元年』(2017年)やらで道草⇒)2025年膨大な英単語(31415)&英熟語(5500)を三択クイズで暗記させる『QFEV: Quick Fix English Vocabulary(速修英単語)』&『MNECOLID: MNEmonic English COLlocation & IDiom(銘憶英熟語)』ようやく完成……余生の予定は未定(詳しくはWEBへ)
八島游舷
ヤシマ・ユウゲン
山口県出身。UWC英国校で国際バカロレア・ディプロマを取得し、筑波大学比較文化学類卒業後、シカゴ大学にて人文学修士。「天駆せよ法勝寺」で第9回創元SF短編賞受賞。第5回日経「星新一賞」では「Final Anchors」でグランプリ、「蓮食い人」で優秀賞を同時受賞。企業・組織向けにSFプロトタイピングを実施する。
梅津高重
ウメヅ・タカシゲ
本名、梅津高朗。1977年、神戸市生まれ。六甲高等学校在学中に、東京工業大学が主催するプログラミングコンテスト「スーパーコン 95」に友人と2人で参加し、優勝。翌年、大阪大学に入学。在学中は株式会社エコールソフトウェアにてゲームプログラマのアルバイトに従事し、「デスクリムゾン2」「ムサピィのチョコマーカー」などの制作に関わる。博士後期課程を中退して助手に着任後、大学院情報科学研究科より博士号(情報科学)を取得。2025年2月現在は滋賀大学データサイエンス学部准教授。
白川小六
シラカワ・コロク
岩手県出身。大学卒業後、会社勤務を経てフリーのグラフィックデザイナーに。単著に『謎解きカフェの名探偵』、アンソロジー収録作品に「湿地」(『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』)、「扉を開けて」(『5分で読書 扉の向こうは不思議な世界』)、「生徒手帳の秘密」他4編(『5分で読書 意味が分かると世界が変わる、学校の15の秘密』、「猛暑」(『ショートショートの宝箱V』)がある。
村上岳
ムラカミ・タケ
1998年、北海道生まれ。名古屋大学工学部卒業。2025年2月現在会社員。
関元聡
セキモト・サトシ
1970年、千葉県生まれ。東京農業大学大学院農学研究科修了。都内のコンサルタント企業に勤務。技術士(建設部門)。日本SF作家クラブ会員。トウキョウ下町SF作家の会会員。2020年「Black Plants」で第7回日経「星新一賞」一般部門優秀賞(日本精工賞)を受賞。第9回、第10回の日経「星新一賞」一般部門グランプリを受賞。アンソロジー収録作品に「ワタリガラスの墓標」(『地球へのSF』)、「月はさまよう銀の小石」(『野球SF傑作選ベストナイン2024』)などがある。
柚木理佐
ユズキ・リサ
1971年、山梨県生まれ。中央大学文学部卒業。図書館情報学を専修。2025年2月現在は東京都在住。経理事務員として働きながら執筆活動を行う。2022年「彼女が愛した一冊の本」で第3回フルオブブックス文学賞最優秀賞、2023年「花の姿」で第19回深大寺恋物語最優秀賞を受賞。