
ようこそ地球さん
935円(税込)
発売日:1972/06/19
- 文庫
- 電子書籍あり
【祝! 宇宙進出】地球によく似た、ステキな星を見つけたけれど……。奇想天外、卓抜なアイデアをとりまぜて描いたショートショート42編を収録。
文明の亀裂をこじあけて宇宙時代をのぞいてみたら、人工冬眠の流行で地上は静まりかえり、自殺は信仰にまで昇華し、宇宙植民地では大暴動が惹起している――人類の未来に待ちぶせる悲喜劇を、皮肉げに笑い、人間の弱さに目を潤ませながら、奇想天外、卓抜なアイデアをとりまぜて描いたショートショート42編を収録。現代メカニズムの清涼剤とも言うべき大人のための寓話集です。
雨
弱点
宇宙通信
桃源郷
証人
患者
たのしみ
天使考
不満
神々の作法
すばらしい天体
セキストラ
宇宙からの客
待機
西部に生きる男
空への門
思索販売業
霧の星で
水音
早春の土
友好使節
蛍
ずれ
愛の鍵
小さな十字架
見失った表情
悪をのろおう
ごうまんな客
探検隊
最高の作戦
通信販売
テレビ・ショー
開拓者たち
復讐
最後の事業
しぶといやつ
処刑
食事前の授業
信用ある製品
廃虚
殉教
カット 真鍋 博
書誌情報
読み仮名 | ヨウコソチキュウサン |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 448ページ |
ISBN | 978-4-10-109802-9 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | ほ-4-2 |
ジャンル | 文芸作品 |
定価 | 935円 |
電子書籍 価格 | 704円 |
電子書籍 配信開始日 | 2012/08/31 |
書評
ひとりの夜に読みたい小説
皆様、ひとりの夜はお好きですか。
何を隠そうわたしはひとりでバーベキューをした経験があります。ソロツーリング中にキャンプ場でコンロを借りたら、それがバーベキュー場のことで、しかも左右では仲良しグループが、キャッキャしながらお肉を焼いていたのです。以来、何かひとりでは無理だと思ったら、あのソロバーベキューを思い出し、なんでも平気になったわたしです。
ひとり旅の夜、ホテルやテント、フェリーの二等席のベッドで、小説を読むのが習慣でした。そんな夜に巡り会った、思い出の小説をご紹介したいと思います。
一冊目は星新一。言わずと知れたショートショートの名手です。昔から新潮文庫といえば星新一でした。今回お話をいただいたときに、真っ先に思い浮かんだ小説家です。
どれを読んでも面白いのですが、中でもいくつか印象に残っているものがあります。
ひとつが『ようこそ地球さん』に収録されている「処刑」です。遠い未来、宗教を失った地球から追放された死刑囚の話です。彼は乾いた赤い星に、銀の玉とともに放たれます。

死刑囚たちがさまよう星で、ひとりにつき一個ずつの玉。玉にはボタンがついていて、押すとコップ一杯の水が得られます。水と栄養を得る手段は、この銀の玉しかありません。
そしてボタンを押した何回目かで玉は爆発し、彼らは処刑されることになっています。
思考実験のようなショートショートですが、銀の玉との対話、喉が渇くたびに自問自答を繰り返し、堪えかねてボタンを押す恐怖、そしてたどり着いた結論と、最後の一文。なんともドラマチックで美しいのです。
収録先は別ですが、『妖精配給会社』の表題作も好きでした。宇宙からやってきた小さなペットの妖精さん。知能はないが言葉を喋ることができ、ずーっと飼い主を褒め続けます。地球人は妖精のとりことなり、ずっと自分を褒め称える言葉を聞き続けるのです。
星新一のショートショートが出版されたのはスマホもSNSもない時代ですが、すべてが暗喩になっているようで、今読むと昔にはなかった怖さを感じます。さらっと読めてしまう話ばかりなので、あえてひとりの夜に読むことをおすすめします。
次は、『わたし、定時で帰ります。』。著者は朱野帰子さんです。シリーズ化されていて、文庫では二作目まで読めます。

わたしは働く女性の話が、というか働く女性が大好きで、このシリーズも初期から読んでいたわけですが、読みどころは主人公・結衣ちゃんの引いた“線”です。
集団の中にいるからにはどこかで線を引かねばならぬ。良い悪いではなく、わたしの方針はこうと決めなくてはなりません。結衣ちゃんの線は、「定時で帰る」です。譲れない個を持っているということの尊さよ。彼女の意地を見守る気持ちで読み続けています。
最後は、メジャーすぎて好きすぎて言うのもはばかられるのですが、太宰治の『人間失格』を挙げさせていただきたいと思います。
ときどき自分の中で再読ブームが来ます。今年になって吹き荒れたのが『人間失格』でした。いろんな出版社のものを読み比べ、映画を観たり、漫画、解説、感想などを読みあさったりしたわけですが、読めば読むほど大庭葉蔵、彼の孤独が染みて染みて、辛くて寂しくて泣けました。短い話だというのに、名作というのは伊達じゃないと思いました。

何が辛いって、どの解説でも感想でも、誰も大庭葉蔵の話をしないことです。こんなに有名な作品の主人公なのに。自伝的な小説で、作者の人生が小説以上に劇的だというのは認めますけれども、葉蔵の立場になってみれば、メタな意味でも孤独だなんてあんまりです。わたしだけは、太宰治でなくて葉ちゃんを愛してあげよう。そう思いました。
ソロバーベキューの夜も、ひとりで焼きそばを作りながら、物語を胸の奥で反芻していたように思います。せめてもっといいお肉を買えばよかったと思った。そんなわたしに、左右のキャッキャグループは、これどうぞと分厚いお肉を分けてくれたのでした。
星の綺麗な夜でした。何を読んだのか忘れましたが、あの日の物語も美しかったはずです。もうひとりでバーベキューをすることはないだろうけれども、あの夏の夜を超えて、わたしは少し強くなったように思うのです。
(あおき・ゆうこ 作家)
波 2023年7月号より
著者プロフィール
星新一
ホシ・シンイチ
(1926-1997)東京生れ。東京大学農学部卒。1957(昭和32)年、日本最初のSF同人誌「宇宙塵」の創刊に参画し、ショートショートという分野を開拓した。1001編を超す作品を生み出したSF作家の第一人者。SF以外にも父・星一や祖父・小金井良精とその時代を描いた伝記文学などを執筆している。著書に『ボッコちゃん』『悪魔のいる天国』『マイ国家』『ノックの音が』など多数。