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青べか物語

山本周五郎/著

693円(税込)

発売日:2019/01/01

書誌情報

読み仮名 アオベカモノガタリ
装幀 安野光雅/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-113484-0
C-CODE 0193
整理番号 や-3-9
ジャンル 文学賞受賞作家、文学賞受賞作家
定価 693円

うらぶれた漁師町に住み着いた私はボロ舟「青ベか」を買わされた――。自伝的小説の傑作!

根戸川の下流にある浦粕という漁師町を訪れた私は、沖の百万坪と呼ばれる風景が気に入り、このうらぶれた町に住み着く。言葉巧みにボロ舟「青べか」を買わされ、やがて“蒸気河岸の先生”と呼ばれ、親しまれる。貧しく素朴だが、常識外れの狡猾さと愉快さを併せ持つ人々。その豊かな日々を、巧妙な筆致で描く自伝的小説の傑作。

目次
はじめに
「青べか」を買った話
蜜柑の木
水汲みばか
べか馴らし
砂と柘榴
人はなんによって生くるか
繁あね
土堤の春
土堤の夏
土堤の秋
土堤の冬
白い人たち
ごったくや
対話(砂について)
もくしょう
経済原理
朝日屋騒動
貝盗人
狐火
芦の中の一夜
浦粕の宗五郎
おらあ抵抗しなかった
長と猛獣映画
SASE BAKA
家鴨(あひる)
あいびき
毒をのむと苦しい
残酷な挿話
けけち
留さんと女
おわりに
三十年後
 山本周五郎と私 沢木耕太郎
 解説 服部康喜

書評

想像するおいしさ その自由な世界

稲田俊輔

 先ずは、誰が読んでも間違いなくお腹が痛くなるくらい楽しめる、西村淳面白南極料理人』を。私自身もひとりの料理人として日々痛感しているのですが、料理人というのはある意味因果な商売です。いつだってその根底には「目の前のお客さんにおいしいものを食べて欲しい」というプリミティブな願いがありつつも、実際はそれで利益を出さねばならない、評判を取らなければいけない、誰からも嫌われない料理でなければいけない、という浮世のしがらみに囚われ続ける宿命にあります。
 そういう浮世とは、良くも悪くも隔絶された南極基地。そこで料理担当として腕を振るう作者の日々は、食べることくらいしか娯楽のない極限の環境で周りの仲間たちを喜ばせる、というゴールだけを目指して常にまっしぐらです。食材や調理環境の制約はあれど、ある意味それは料理人にとってのユートピアなのかもしれません。

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 続いてご紹介したいのは嵐山光三郎文人悪食』。夏目漱石森鴎外ら三十七人の文豪の、食にまつわるエピソードが書かれています。現代とは全く異なる当時の日本人の食習慣や食に対する価値観が興味深く、また、「元祖・食本」を紹介する読書案内としても貴重な本なのですが、そんなことより何より印象的なのは文豪たちの奇人変人ぶり。こんな人たちが実際周りに居たら、そりゃまあ楽しいかもしれないけどたまったもんじゃないな、という濃いエピソードが満載でゲップが出そうです。それはどこか1970〜1980年代のロックミュージシャン達の(半ば演出的な)奇行とも重なるものがあります。時代はいつもどこかでそういうアンチヒーローを求めているものなのかもしれません。
 ちなみにそれを嬉々として語る著者本人も、文豪たちに負けず劣らず「変」です。

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 その『文人悪食』でも取り上げられている山本周五郎の代表作のひとつが『青べか物語』。この小説には当時の様々な食生活が印象的に描かれており、中でも極め付きのシーンが「もくしょう」と題された一編に出てきます。
 化粧っ気もなく無愛想な洋食屋の跡取り娘おさいは、ある時真面目で寡黙な船乗り元井エンジと恋仲になります。ところが些細なすれ違いがきっかけで、おさいは一方的にエンジを捨てて他所の街に嫁に行き、結局一年ほどで夫と死別。幼子を連れて再び実家の洋食屋で働き始めた彼女は、かつてとはうって変わって美しく着飾り、愛想よく酔客たちをあしらうようになっていました。

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 そのおさいがある夜、元井エンジの独居を訪れ復縁を迫ります。エンジはおさいに捨てられて以来すっかり心を閉ざし、仕事で船に乗る以外は家に籠って独り言を呟きながら一人将棋を指すばかりの毎日。そしてその時も、おさいが過去の出来事を謝り「あたし、いつでもいいのよ」と誘惑するのを無視して一人将棋を指し続けます。諦めたおさいはエンジの家を後にし「へっ、うみどんぼ野郎」「うすっ汚ねえもくしょうめ」と悪態をつく、という救いのない物語。
 おさいが去り際にこんなことを言います。
「あたしうまいライスが出来るのよ〈中略〉とても玉葱とヘットだけだなんて思えないほどうまいのよ、これからはちょいちょい来てよ」
 初めてこの話を読んだ時、僕は「なんて酷い女だ」と思いました。そのライスは確かにうまそうでしたが、しかしいかにも安っぽい。出戻りで肩身の狭い彼女は跡継ぎのためにかつての恋人を利用しようとしている。そしてすっかり垢抜けた彼女は男を心底馬鹿にしているから、その程度の食べ物で釣れるだろうと値踏みしている。
 しかし何度めかに読んだ時、その印象が突然ガラっと変わった瞬間がありました。彼女の悪態は悲しみの中の精一杯の強がりだったのでは、と思い始めたのです。玉葱ライスは、かつての恋人と地に足のついた生活をしたい彼女の切ない想いの象徴。作者はそのどちらの解釈も許すかのように多くを語りません。いずれにしても玉葱ライスはただただおいしそうです。ヘット(牛脂)は当然自家製でしょう。味付けはどういうふうだったんだろう。僕は勝手にウスターソース味で想像しています。

(いなだ・しゅんすけ 料理人)
波 2021年9月号より

著者プロフィール

山本周五郎

ヤマモト・シュウゴロウ

(1903-1967)山梨県生れ。横浜市の西前小学校卒業後、東京木挽町の山本周五郎商店に徒弟として住み込む。1926年「須磨寺附近」が「文藝春秋」に掲載され、文壇出世作となった。『日本婦道記』が1943年上期の直木賞に推されたが、受賞を固辞。以後、「柳橋物語」「寝ぼけ署長」「栄花物語」「樅ノ木は残った」「赤ひげ診療譚」「五瓣の椿」「青べか物語」「虚空遍歴」「季節のない街」「さぶ」「ながい坂」と死の直前まで途切れなく傑作を発表し続けた。

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