項羽と劉邦〔中〕
935円(税込)
発売日:1984/09/27
- 文庫
- 電子書籍あり
叔父・項梁の戦死後、反乱軍の全権を握った項羽は、鉅鹿の戦いで章邯将軍の率いる秦の主力軍を破った。一方、別働隊の劉邦は、そのすきに先んじて関中に入り函谷関を閉ざしてしまう。これに激怒した項羽は、一気に関中になだれこみ、劉邦を鴻門に呼びつけて殺そうとするが……。勇猛無比で行く所敵なしの項羽。戦さべただがその仁徳で将に恵まれた劉邦。いずれが天下を制するか?
書誌情報
読み仮名 | コウウトリュウホウ2 |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 448ページ |
ISBN | 978-4-10-115232-5 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | し-9-32 |
ジャンル | 文芸作品、歴史・時代小説、文学賞受賞作家 |
定価 | 935円 |
電子書籍 価格 | 737円 |
電子書籍 配信開始日 | 2015/05/01 |
書評
「マンボウ調」にあこがれて
子供の頃、富山市の清明堂書店で新潮文庫の長い書棚を見て、どこから攻めたらよいのか、と思案したものである。
最初の一歩は星新一であった。SF小説から推理小説、そして歴史小説へ。それから海外文学も。今までに何冊の新潮文庫を読んだか見当もつかない。「3冊選べ」とはかなり酷なご注文である。
大学時代に嵌まった倉橋由美子作品などは、その多くが絶版になっていよう。なにしろジェフリー・アーチャーでさえ危ういそうなので。コナン・ドイルやシェイクスピアはさすがに安全圏で、アルベール・カミュも健在だが、ジャン=ポール・サルトルは風前の灯であるらしい。
風雪に堪えて現存する3000点の中から何を選ぶべきか。まずは、自分にとって重要な作家から始めるべきだろう。
(1)『どくとるマンボウ航海記』(北杜夫)
1960年のベストセラーである。若き医師が、水産庁のマグロ調査船の船医になって、世界各国を見て歩く、という設定が既に時代ものである。
最初の寄港地シンガポールは、今では日本以上に進んだ都市国家であるが、本書の中ではのどかな途上国であり、日本軍による占領の残滓があった。60年前の世界と日本人はこんな感じであったのだ。
しかし文章のリズムは今も新鮮で、韜晦と含羞の名調子である。マンボウものは『青春記』『昆虫記』などのシリーズとなり、今も多くのファンに愛され続けている。
筆者もまた、「マンボウ調」の文章にあこがれた。今から約20年前、「溜池通信」というホームページを作ったときに、マンボウに似せて「かんべえ」というハンドルネームを作った。今も誰かに「かんべえ節ですね」などと言われると、秘かに嬉しくなってしまうのである。
(2)『項羽と劉邦』(司馬遼太郎)
司馬遼太郎の主要長編は、ドラマ化されるたびに脚光を浴びる。その点、中国を舞台とした本作は盲点となっているのではないだろうか。
漢楚の興亡の物語である。偉大なるダメ男・劉邦は、一代の英傑・項羽に敗れ続ける。両者を取り巻く張良や韓信、陳平や范増など脇役陣も魅力的だ。膨大な人物像を語りつつ、「古代中国の戦争とは、兵士に飯を食わせることだった」とさらりと喝破してしまう。司馬流史観の面目躍如である。
項羽と劉邦の力関係は、最後の最後に逆転する。司馬遷の『史記』にある通り、「虞や、虞や、
書庫で埃をかぶっていた上中下巻を開いたら、あれよあれよという間に最後まで読み返してしまった。こんなに満ち足りた時間を与えてくれるのだから、文庫本とはつくづくありがたい存在である。
(3)『お家さん』(玉岡かおる)
最後の1冊は、ささやかながら自分が関係した新潮文庫のご紹介。
大正から昭和初期にかけて、日本一となった商社、鈴木商店の物語である。神戸の洋糖輸入商だった鈴木商店は、女主人・鈴木よねと大番頭・金子直吉の下で世界に雄飛する。よねは直吉に全権を託し、直吉はよねのために全力を尽くす。台湾進出に成功し、多くの企業を誕生させる。他方、急成長の余波もあり、「コメを買い占める悪徳商社」と言われなき誹りを受け、本店を焼き討ちされたりもする。最後は関東大震災のあおりを受けて倒産するのだが、不思議と後味は悪くない。よねの一人称のやわらかい関西弁のせいもあるのだろうか。著者の玉岡かおるは兵庫県出身。女性経営者の大河小説を、多く世に送り出している。
この鈴木商店の末裔が、今日の双日の一部となっている。筆者のように1980年代までに日商岩井に入社した世代は、ご先祖様に「お家さん」と呼ばれる女性オーナーが居たことを記憶している。その家庭的でエネルギッシュな社風の名残りとともに。
そのご縁で本書の解説を書かせていただいた。筆者が思い描いていた鈴木商店の歴史とは畢竟、男の視点によるものであったことを思い知らされた。あの当時、『坂の上の雲』を仰ぎ見ていたのは、男たちだけではなかったのである。
(よしざき・たつひこ=双日総合研究所チーフエコノミスト)
波 2020年11月号より
著者プロフィール
司馬遼太郎
シバ・リョウタロウ
(1923-1996)大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を一新する話題作を続々と発表。1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞を受賞したのを始め、数々の賞を受賞。1993(平成5)年には文化勲章を受章。“司馬史観”とよばれる自在で明晰な歴史の見方が絶大な信頼をあつめるなか、1971年開始の『街道をゆく』などの連載半ばにして急逝。享年72。『司馬遼太郎全集』(全68巻)がある。