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夏の騎士

百田尚樹/著

649円(税込)

発売日:2021/07/28

  • 文庫

あの夏、ぼくは勇気を手に入れた――。永遠に色あせることのない、最高の少年小説!

小学六年生の夏。ぼくと健太、陽介は、勉強も運動もできない落ちこぼれ。だが『アーサー王の物語』に感動したぼくの発案で、三人で「騎士団」を結成。クラスメイトにからかわれながらも、憧れの美少女、有村由布子をレディとして忠誠を誓う。彼女を守るため、隣町で起きた女子小学生殺害事件の犯人探しを始めたが――。あの頃のみずみずしい思いが蘇る、ひと夏の冒険を描いた最高の少年小説。

書誌情報

読み仮名 ナツノキシ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 gettyimages/photo、津熊清嗣/photo、アフロ/photo、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 288ページ
ISBN 978-4-10-120194-8
C-CODE 0193
整理番号 ひ-39-4
ジャンル 文学・評論
定価 649円

書評

手書きPOPと本屋大賞

内田剛

 30年勤務した老舗書店を退職し、フリーで本の紹介をするようになって早いもので5年経つ。半世紀以上も生きてきて、本当にピンチの連続であった。大きな溝を乗り越えれば、高い壁が待ち受けている。心が折れそうになったことも数知れない。しかし悩める時には、いつも本があり、本に関わる人たちがいた。
 僕が毎日手書きPOPを書くようになったのは、『白い犬とワルツを』がきっかけである。約25年前、千葉のデパート内書店に勤務していた僕は、あまりの激務に仕事を辞めたいと思い悩んでいた。書店に就職して約10年。それまでほとんど小説を読んでこなかったのだが、この店舗で初めて文芸書を担当し、その奥深さに打ちのめされて、人生を一変させるような物語を、読者に伝えることのできる書店の仕事の尊さにも気づかされた。

テリー・ケイ/著、兼武進/訳『白い犬とワルツを』書影

 しかしどんなに売りたい本があれども、百貨店内の書店のルールとして手書きPOPは「見栄えが悪い」という理由でNGだった。そんな時に、千葉からほど近い津田沼の書店で『白い犬とワルツを』が手書きPOPで大ヒットしているという話題が、TVの情報番組で取り上げられた。決して派手ではないが、『白い犬とワルツを』の深淵なる感動を「肌が粟立つ」と優しい文体で表現した名作POPだ。すると昨日まで認められなかった手書きPOPを「今日からは積極的に書くように」という奇跡的な通達が、百貨店側から出たのである。
 本当に何が幸いするか分からない。思いがけない手書きPOPブームによって日々の仕事が激変。「手書き」の力にも魅了されて、これまでに書いたPOPは6000枚以上に。縁あって『POP王の本!』を出版し、現在は全国学校図書館POPコンテストのアドバイザーでもあり、「目指せPOP甲子園!」を合言葉に、各地でPOPワークショップを実施するようにもなった。『白い犬とワルツを』はまさに人生を変えた1冊なのである。
 POPを書き始めた時期に書店仲間たちと本屋大賞設立に関われたことも大きな転機であった。素晴らしい本を1冊でも多く、一人でもたくさんの読者に伝えたい。たった1枚のPOPも日本最大の書店のお祭りである本屋大賞も「志」はまったく同じである。しかし今年で22回目を迎える本屋大賞が、これほど長く続くことになろうとは、始めた当初はまったく想像すらできなかった。本を愛する数人の仲間たちで始めた賞が、いまやなくてはならない存在にまで成長した。その理由はこの賞に関わる多くの方々の情熱の賜物であると同時に、第1回『博士の愛した数式』を筆頭に『夜のピクニック』、『ゴールデンスランバー』といった、読んで絶対に損はさせない名作たちの力も大きい。
 文芸書を読み始めて日の浅い僕が本屋大賞実行委員になることによって、多くの作家たちとも巡りあうことができた。
 第10回本屋大賞を受賞した百田尚樹さんから『夏の騎士』の文庫解説の執筆をご指名いただけたことも書店員時代の最高の思い出である。『夏の騎士』は少年時代を鮮やかに再現した青春のバイブル。仲間たちとの冒険の日々がこの上なく清々しい。理不尽な時代を生き抜くための「勇気」を教えてくれる。百田さんに「いい解説やなぁ」と褒めていただいた文庫本は一生の宝物である。

百田尚樹『夏の騎士』書影

 そして忘れてはならないのは『ハリネズミは月を見上げる』だ。POPを通じて学校や図書館との縁が強まっている僕にとって、いま最も関わりたいのは若い読者と作り手(著者)をつなげることである。昨年、POPの授業で15年来のお付き合いのある東京・世田谷の学校にあさのあつこ先生をお連れする機会に恵まれた。講堂には『ハリネズミは月を見上げる』の主人公と同世代の200名の生徒が集まり熱気に包まれた。あさの先生と生徒たちとは、祖母と孫ほどの世代差がある。しかしいい作家、作品は時代も場所も軽々と超える。

あさのあつこ『ハリネズミは月を見上げる』書影

 あさの先生が子どもに寄り添う作品を書き続けられるのは、決して綺麗ごとばかりではない少女時代の記憶を消し去らず、ずっと心の中で持ち続けているからだ。ハリネズミの針は人を傷つけることもあれば、自分を守る武器にもなる。話を聞き終えた生徒たちの目の輝きを見て、「本と人」の力には無限の可能性があると確信した。子どもたちにとって好きな作家との出会いは一生の宝物になるはずだ。そして生涯、「本と人」を信じて生きていくだろう。こうした生身の体験を通じて、これからの読者を育てていきたい、改めてそう思った。

(うちだ・たけし ブックジャーナリスト)

波 2025年5月号より

インタビュー/対談/エッセイ

「原点」に立ち返る物語

百田尚樹

 五十歳で小説家としてデビューした私は、「十年は書く」ことを一つの目標にしていました。気づけばその十年も過ぎ、十三年。これまでいろいろな作品を書いてきましたが、ふと一度、自分の原点に立ち返ってみたいと思いました。
 作家の原点というのは様々だと思いますが、私にとっての原点は、自分がまだ物語や小説に目覚めたばかりの頃です。つまり、少年を主人公にした物語を書いてみようと思ったのです。同時にそれは、「同じテーマ、同じジャンルの本は二度と書かない」と決めた私が、まだ書いていないものの一つでもありました。
 十二歳の少年時代は、私にとって半世紀以上前のことですが、自分が実際に通ってきた道でもあります。その頃の、友情や恋、人生に対する思い――人生経験は少なくても、社会や生き方について様々に考えることがあったと記憶しています――それを、もう一度自分の中で取り戻しながら書くことは、一種の挑戦でもあり、楽しみでもありました。
 面白いことに、書きながら、これまでの他の作品を書いているときとはまったく違う気持ちになれました。何度も少年時代を思い返して新鮮な感情を味わいましたし、今の自分はどんなふうにできたんだろうと考えたりもしました。いつもなら、架空のキャラクターを造形し、ここで彼ならどう喋るだろう、どう反応をするだろうと想像していくわけですが、今回は、五十年前の自分ならどうしただろう、と過去の自分に問いかけるような楽しみもありました。
 もっとも最初からスムーズに進んだわけではありません。原型となるプロットを思いついたのは七、八年前ですが、そのときは少し書いてみて、すぐ匙を投げてしまいました。
 これまで、整形手術をした女性の話や、江戸時代の碁打ちの話、ゼロ戦のパイロットの話など、いろんな主人公を書いてきましたが、ある意味で、子どもが主人公というのは一番難しかった。それで長年棚上げしていたのです。ただ、機が熟したというのでしょうか、今なら書けるかもしれないと思ってからは、一気に仕上げられました。
 子どもの目は、すべてを同縮尺には見られません。大人にはカメラのようにくっきり見えるものでも、子どもの目を通すと、あるものは実物より美しく、あるものはより大きく、あるものはより恐ろしく見えます。この小説に出てくる三人の少年も、それを経験していきます。
 三人はそれぞれ足りない部分があります。それを認め合い、補い合いながら、支え合って生きていきます。書きながら、私も彼らの仲間に入りたいと思ったくらいでした。
 そして、私の作品史上、最高のヒロインが登場します。男にとって女性は永遠の謎、とよく言いますが、十二、三歳くらいの少年にとってはとりわけ、女性はミステリアスな存在です。この物語の一部は、そういう話でもあります。
 少年を主人公にした物語には多くの古典的名作がありますが、恋を描いているものは意外に少ないようです。キングの『スタンド・バイ・ミー』は大傑作ですが、恋の要素は出てきません。『銀河鉄道の夜』『十五少年漂流記』なども同様です。十二、三歳の少年が主人公のとき、恋が描きにくいというのはあると思います。大人の主人公の場合、愛には肉体の問題が必ず出てきますが、その年代の子どもにとってはそうではありません。少年にとって、女性の肉体というのは、抽象的で謎に満ちたものです。純粋な恋の気持ちがある一方で、性は妖しげで不気味なものでもあります。多くの作家が少年小説で恋をあまり描いてこなかったのは、もしかすると、性を描く難しさが理由かなという気もします。
 ところでこの小説は、子どもの世界だけで完結する物語にはしたくありませんでした。物語は同時代の少年の視点と大人になった主人公の視点の両方で語られます。それにより、大人が読める少年小説を目指したつもりです。
 この小説のテーマは「勇気」です。
 生きていくのに大事なものはたくさんありますが、厳しい人生を戦っていくには、勇気が必要です。大人になるとどうしても、勇気を発揮する場面より、闘いを避ける場面が多くなるでしょう。しかし誰もが、人生という戦いから逃げるわけにはいかないのです。
 ただし、勇気とは宝くじが当たるように手に入るものではありません。自らが心の中で育てていかないと、手にできないものです。主人公はもともと勇気のない少年でしたが、勇気の芽を少しずつ育て、ついには大木になります。
 読者の方々も、この本を通して勇気の種を手に入れてくださったなら、それほど嬉しいことはありません。(談)

(ひゃくた・なおき 小説家)
波 2019年8月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

百田尚樹

ヒャクタ・ナオキ

1956(昭和31)年大阪市生まれ。同志社大学中退。放送作家として「探偵!ナイトスクープ」等の番組構成を手掛ける。2006年『永遠の0』で作家デビュー。2013年『海賊とよばれた男』で第10回本屋大賞受賞。他の著書に、『モンスター』『大放言』『鋼のメンタル』『大常識』『狂った世界』等多数。

判型違い(単行本)

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