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「全てを知ったあとには絶対冒頭から読み返したくなる」山本文緒さん推薦! 今の私たちに寄り添う6編。

永遠とは違う一日

押切もえ/著

637円(税込)

本の仕様

発売日:2018/09/01

読み仮名 エイエントハチガウイチニチ
装幀 嶽まいこ/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-121551-8
C-CODE 0193
整理番号 お-103-1
ジャンル 文芸作品
定価 637円
電子書籍 価格 637円
電子書籍 配信開始日 2019/02/15

「誰かに認められたいなら、もっと全力でやって」東山路代はマネジメントを担当するモデルの咲子に不満を抱いていた。今日こそは言う。そう決意した矢先、収録現場に遅刻し、咲子を怒らせてしまう。憧れのバンド7BOYSの傍で働くために上京して早四年、夢見ていた場所は遠すぎる――。スタイリスト、女子アナ、アイドル。華美な世界に生きながら決して特別ではない女性たちを描く作品集。

著者プロフィール

押切もえ オシキリ・モエ

1979(昭和54)年千葉県生れ。10代で読者モデルとして活動を始め、2001(平成13)年から2007年まで「CanCam」の専属モデル、2007年から2016年まで「AneCan」の専属モデルを務める。おもな著書に『モデル失格』『浅き夢見し』『永遠とは違う一日』『わたしからわらうよ』などがある。

書評

レンズの向こうとこちら側

待田晋哉

 結婚したばかりの2000年代初め、妻とよくファッション誌「CanCam」を読んだ。押切もえさんと蛯原友里さんが圧倒的な人気を誇っていたころだった。当時二十三歳だった六歳年下の妻は、仕事から帰って来てみると、毎晩のようにチョコレートを食べながら、グラビアのページを繰っているのだった。隣でぼんやりとその姿を眺めていたのは、自分の人生で出会った小さな幸せの一つだったと思う。
『永遠とは違う一日』は、その押切さんが初めて出版した連作短編集だ。冒頭の一編「ふきげんな女たちと桜色のバッグ」を開けば、興味を抑えられなくなるだろう。主人公は、小さな芸能事務所のマネージャーと、身長一メートル七十センチを超えるスタイル抜群のモデルの咲子。しかし、気分にむらがある彼女は、マネージャーがせっかく取ってきたテレビの仕事でうまく話をすることができない。収録を終えた後、道路で二人は言い合いとなり、バッグを落としてポーチや財布をぶちまけるほど大げんかになる。
 二編目の「しなくなった指輪と七日間」には、仕事と恋愛に悩むスタイリストの女性や手の早そうな別の芸能マネージャーが登場する。華やかに映るモデルやタレントたちが生きる世界の裏側を、その中に身を置く著者ならではのリアリティーを持って軽やかにつづられる作品集なのだろうかと、想像させる。
 だが三編目以降、物語の色合いは少しずつ変わってゆく。離婚した絵の教師や、小学校時代の同級生だった二十代の三人組、進路に悩む高校生など、ある音楽バンドの話を交えながら、普通の生活を送る女性たちが多くあらわれ始める。せっかく休みを合わせた女友達同士の旅先でのけんか、受験勉強に突然目覚めた高校生の様子をはじめ、何気ない出来事が書き記されるようになる。
 これは、何を意味するのだろうか。押切さんは長年、モデルの世界で活躍してきた人だ。撮影の仕事は、カメラに向かって自分の中にあるもののすべてを出さなければ、笑った顔を写しても目が死んでしまう。同じように小説を書くことも、今の自身のすべてを出さなければ良い作品にならないと分かっているはずだ。
 テレビに映る者と見る者。雑誌に載る者と眺める者。カメラのレンズの向こう側とこちら側には一般に、断絶があるように思われている。だが、モデルの咲子が自身にとって今しかできないことを求めて、それが実現できずに苦しんでいるように、二十代の女性三人組は、自分だけの仕事や恋愛の形を求めてもがいている。離婚を経験した絵の教師は、生き方を変えるものに出会いたいと苦しんでいる。置かれた状況や環境が異なるだけで、どんな人間も、自分の生命を燃やし尽くす場所を求め、さまよっていることに気づかされるのだ。押切さんは、自分の最も書きたいものと向き合ったとき、身近な芸能の世界の人々に始まり、自然な流れで、どこにでもいそうな女性たちの話へとたどりついた。
 ある一人の人物が、このように話す場面がある。

 才能って、何それ。そんなもののせいにしないでよ。

 押切さんの小説の言葉は、簡潔だ。朗々と歌ってしまいそうな主題を、あえて、かすれ、つっかえながら、時にはぶっきらぼうに相手の胸に差し込んでゆく。押しつけがましくない言葉は、温かな共感を生む。老いも若きも、芸能人も一般人も、女も男も、性的な少数者も、同じ2016年を生きている人間だ。決して生きやすい訳ではないけれど、絶望するほどでもない、消費社会に少し歪められた今の時代を生きる仲間なのだ。
「CanCam」全盛期のころ、ふんわりした服装の似合う蛯原さんに対し、パンツもスカートも自在に着こなす押切さんは、等身大の魅力があるファッションモデルとして二十代の支持を集めた。年齢や境遇の異なる女性たちの心の内側を分け隔てすることなく、同じ目の高さから描いたこの小説集は、華やかなグラビアのページから真っすぐに、白く、つながっている。

(まちだ・しんや 読売新聞記者)
波 2016年3月号より
単行本刊行時掲載

目次

ふきげんな女たちと桜色のバッグ
しなくなった指輪と七日間
抱擁とハンカチーフ
甘くないショコラと有給休暇
バラードと月色のネイル
失格した天使と神様のノート
解説 山本文緒

インタビュー/対談/エッセイ

キャラでもアクセサリーでもなくて

押切もえ阿川佐和子

私たち、〈三流会〉のメンバーです! 身長差19cmの二人が語る、小説家という仕事、少女時代の思い出、そして結婚――。

阿川 今日は、押切さんの二作目の小説――名作です!――『永遠とは違う一日』文庫化を記念したトークショーです。なんでアガワが相手なんだと思う方もいらっしゃるかもしれませんが。押切さんと私は……いやこの呼び方は慣れないな。もえちゃんとは「スタ☆メン」というTV番組で一緒にレギュラー出演していて。
押切 十年以上前でしょうか(2005~2007年)。日曜日の夜十時からの生放送で、阿川さんと爆笑問題さんが司会でした。
阿川 もえちゃんと田丸麻紀ちゃんと吹石一恵ちゃんが、週替わりのコメンテーターとして出てくださった。もえちゃんが大変な勉強家であることを知ったのはこのときですね。
押切 とんでもないです。
阿川 当時CanCamのトップモデルで大忙しだったもえちゃんに政治や経済のことなんて聞いていいのかな、と私はためらっていたのね。でも、新聞はくまなく読む、ニュース番組はしっかり見てくる。どんな話題を振られても自分なりに答えようと努力していて。私こそスタッフに怒られましたよ、阿川さんももっと勉強して下さいよ、と。
押切 阿川さんに助けられていただけです。
阿川 もえちゃんはそんな高評価だったのに、あろうことか……。ある日曜日、コメンテーターのお三方のどなたもスケジュールが合わなくて、ピンチヒッターとして渡辺満里奈さんが出て下さったんですね。もえちゃんたちよりも年上でテレビでもベテラン。だからつい、生放送で「今日のゲストは渡辺満里奈さんです。この番組もついに一流になりました」って言っちゃったの(会場笑)。
押切 そこに爆笑問題さんがツッコミを入れて……。
阿川 「もえちゃんたちが二流だってことか!」と怒られて。「いやいや、そういう意味ではなくて、満里奈さんには何を振っても大丈夫っていうか……」「もえちゃんたちには振ったらダメだってことか!」。言えば言うほどドツボに嵌ってしまって。慌ててお詫びの連絡をしたら「見ましたけど全然気になりませんでしたよ~」と気を遣ってくれたのよね。
押切 ご丁寧に、すみません。
阿川 罰として私がもえちゃんたちにごはんをごちそうする会ができまして、その会の名前が二流会……だっけ?
押切 三流会です(笑)。

国語の教科書は即日読破

阿川 その節は大変失礼いたしました。あの頃からもえちゃんは文章を書いてらしたの?
押切 「スタ☆メン」が終わって少し経った頃に、週刊誌でエッセイの連載を始めたんです。それから少しずつ文章の仕事をするようになりましたね。
阿川 読むのも書くのも好きだった?
押切 本を読むのがとにかく好きで。小学校の国語の教科書も、配られたその日に最後まで読んじゃう子どもでした。
阿川 へっ? 全部?
押切 読みませんか?
阿川 小説家の娘ですけれども、そんなことは一度もしておりません。
押切 作文を書くのも好きで。阿川さんは……。
阿川 大嫌い。阿川弘之の娘なんだから国語が得意に違いないと思われるのがプレッシャーで、かえって嫌いになったの。環境は完璧で、家は本だらけ、父は作家、母は読書好き、兄も本の虫。でも遺伝子がぜんぶ兄の方に行っちゃったのか、私は本が嫌いで、作文も褒められたことがなかった。石井桃子さんがやってらした〈かつら文庫〉という図書室に、兄と通ってたんですけど、兄はずっと本を読んで、私は庭で遊んでばかり。なのに周りからは期待の目で見られて……。こういう気の毒な女の子の物語、今度書いてくれない?(笑)
押切 書きたいです(笑)。うちの両親は普通の会社員でしたけど、本だけは好きなだけ与えてくれて。高校生でティーン誌のモデルを始めたんですが、十九か二十歳の頃、大人のモデルに移行しようというときに、仕事が全然なくなってしまったんですね。どうしたらいいかわからなくて、ひたすら本を読む毎日でした。小説も料理の本も、あと、芸能界で成功した方の自叙伝を読んだり……。
阿川 CanCam時代から「太宰を愛読するモデル」としても知られていたものね。
押切 人前に出る仕事をしているのに、恥ずかしがり屋で内向的で、自分を表現するのが苦手で。太宰の作品はそういう内面をわかってくれるような存在でした。
阿川 太田光さんとか又吉直樹さんとかも太宰が好きよね。父が亡くなる前、会話に困って「最近若い子に人気なのよ」って太宰の話を聞いたことがあるんです。そしたら、「太宰は(自分が師事した)志賀先生の悪口書いたから読んでない」。だから親子二代で太宰を読んでないの(会場笑)。
押切 素敵なエピソードですよ!

経験していない仕事を描きたい

阿川 こういう質問は失礼かもしれないけど、“スタイルがよくてきれいなモデルさん、でもそれだけじゃないぞ”ということで、事務所が何かもうひとつ得意なものを持たせたいと考える場合があると思うんですね。「うちのもえは本好きだから文学の方向に」みたいな方針があったのかなと最初は思ったの。
押切 わかります。売り方、キャラづけ、みたいなことですよね。事務所からは特にそういう話はなくて、小説を書くきっかけはファッション誌の編集者の方だったんです。気心が知れた仲だったので、そんなに本が好きなら小説も書いてみてよ、と言われて。少し書いて見せたら、「続きも読みたいな」。そうやって交換日記みたいに始まって、なんとか出来上がったのが一作目の小説『浅き夢見し』でした。
阿川 モデルの世界を題材にした長編小説。さすがだなと思ったのは、色彩やファッションのディテールの表現がすごく光ってる。文章のなかのアクセサリーとして使っているのではなくて、おしゃれが好きな女の子がどういうふうに洋服を選んでいるか、厳しい世界でどう生き抜いていくかがリアルに伝わってきます。そして二作目が連作短編集『永遠とは違う一日』。私の話が長すぎて、ようやくこの本の話に辿り着きました(笑)。
押切 いえいえ、すごい聞く力を目の当たりにしてます(笑)。
阿川 六編の短編で構成されて、互いの短編が少しずつつながっていく。これは連載なさったの?
押切 初めての小説誌連載でした。まず芸能人のマネージャーさんのお話を書いて。タレントを支えつつ前に出してゆく仕事ですが、気苦労とか人間関係とか、いろんな職業に通じる要素があるなあと。
阿川 続いてスタイリスト、絵画教室の講師、OL、歌手、アイドルに挫折して助産師を目指す女の子、といろんな仕事に就く主人公たちが描かれる。三話目の「抱擁とハンカチーフ」なんか絶妙で、絵をお描きになるもえちゃんだからこそ書ける作品じゃないかなと思いました。
押切 絵を描く楽しさを文章で表現できたらと思って書いたので、そう言っていただけて嬉しいです。
阿川 絵の具をどう重ねていくかとか、近づいたとき、離れたときに絵がどう見えるのかとか、絵を描く人の心理と景色を文字に転化させているのが見事で、すてきだった。でも、モデルや絵といった身近なことばかりを書いてるわけじゃない。事務職のOLさんとか……。
押切 書き進めていくうちに、自分が知らない職業の方を書いてみたくなって。例えば「助産師さんのお知り合い、いませんか?」と聞いてまわって、紹介していただいたり。
阿川 出産の場面もあって「さすが経験しただけあるわ~」と思って読んでいたんだけど、書いたのは出産前だったと気づいてびっくり。
押切 そうですね、書いてるときは結婚もまだでした。出産を経て、文庫化にあたって読み返すときは怖かったです。おかしなことを書かなかったかな……と。
阿川 どうだった?
押切 「間違えたな」というところはなくて、ほっとしました。でももう少し書き込みたい部分や、そのときの空気感は経験をもとに書き足しました。
阿川 とりわけ傑作は、五話目の「バラードと月色のネイル」。ネタバレになるから詳しくは言えないんだけど、これはミステリー小説でもあります。私は大変なショックを受けました。小説家やめようかしら、って思うくらい。
押切 ほんとですか!
阿川 どうやって思いついたの? こっそり教えて(笑)。
押切 じゃあ、小声で(笑)。一話目を書き終わったとき――一話目に、この五話目の主人公がちらっと出てくるんですけど――この人の恋愛が書きたいって思ったんです。早く書きたくて書きたくて、そこへ向かって進んで行った感じでした。
阿川 そうだったの。これを五話目にもってくるという構成も含めて、本当に唸りましたね。

「モデルが小説なんて……」

阿川 先ほどちらっと話が出たけど、出会ったときは独身だった我々も、今は妻となりまして……。
押切 そうですねえ(会場拍手)。
阿川 いやあ、どうもどうも。ご出産もされて、今お子さんが六ヶ月。今後も小説は書き続けていくの?
押切 はい。まとまった時間はなかなかとれないのですが、少しずつ書いて、やがて形になったらいいなと思っています。
阿川 どんなお話を書きたいですか?
押切 恰好いい生き方をした昔のモデルの話や、家庭をもつ女性も書いてみたいです。弱さがありつつ、逞しく生きようとしている人を書きたいですね。
阿川 (ビート)たけしさんとか又吉さんとか、芸人さんがどんどん小説をお書きになるけど、モデルさんで小説家というのは珍しい。
押切 そうですね。おしゃれなことばかり書いてるんじゃないかとか、「小説家」という肩書きが欲しいだけじゃないかとおっしゃる方もいたり……。
阿川 そんなこと言われたの?
押切 そういうこともありました(笑)。
阿川 どう思った?
押切 まだ二冊出しただけですし、そういうふうに思われてしまうのも仕方ないのかなあ、と。でも、おしゃれだから、流行っているから、という動機で書いているわけではないので、一作一作積み重ねていくことでいつかわかってもらえたらいいなあと思ってます。
阿川 『永遠とは違う一日』は、「仕事がうまくいかない」「あの人が好きなんだけど言えない」「なんで頑張らなきゃいけないの」みたいなすごく身近な感情を、一つひとつの言葉を大切にしながら描写して、心に響くものにしている。これからも書き続けて「モデルが小説を書くなんて、アクセサリーみたいに『作家』って肩書きが欲しいだけだろ」なんて言ってくる人を吹き飛ばしてほしいですね。小説家としても一流だと、三流会代表のアガワが保証いたします。

@la kagu
(あがわ・さわこ 作家)
(おしきり・もえ 作家・モデル)
波 2018年11月号より

ささやかな表現が持つ力

押切もえ中瀬ゆかり

押切 こんばんは、押切もえです。今日はお忙しい中、お集まり下さいまして有難うございます。
中瀬 こんばんは、寄切もえです(笑)。いきなり、しょうもないギャグですみません。みなさんから見て遠近法がおかしく感じるかもしれませんが、等身大の人間二人です。宜しくお願いいたします。
 今回刊行された『永遠とは違う一日』は「小説新潮」に一年の間、隔月連載された六篇の連作短篇集です。六篇の登場人物が微妙に重なり、響き合いながら、立体的な世界を作っています。押切さんはこれまでにもベストセラーになった新書『モデル失格』など執筆経験は豊富ですが、文芸誌に連載されるというのは初めてのご経験ですね。いかがでしたか?
押切 働いている中でさまざまに悩む女性たちを描こうとは決めていて、第一話「ふきげんな女たちと桜色のバッグ」は芸能プロダクションのマネージャーと若いモデルの話で、第二話「しなくなった指輪と七日間」はスタイリストが主人公。ここまでは私のこれまでの知識の範囲で書けたかもしれませんが、だんだんもっと違う世界で必死で生きている女性、いろんな境遇と年齢の女性のことも書きたくなってきたんです。でも、そうなると何をどう書けばいいのかわからなくなって、実際にあちこちへ取材したり、何度も書くのに詰まったりして、締切ぎりぎりになってばかりでした。
中瀬 助産師やセクシャルマイノリティのミュージシャンなど、それぞれ職業を持つ女性たちが、生活の細部や感情の細かな襞や女らしい小道具と共に活き活きと描かれています。取材はお知合いの伝手を辿ったりされて?
押切 それもしましたけど、ネットで興味を持った方へ、HPに載っているアドレス宛でいきなりメールしたりもしました。「モデルの押切もえと言います。いま小説を書いているのですが云々」と。助産師を目指す女子高生が主人公の第六話「失格した天使と神様のノート」のために、都内の某助産院にそうやって取材をご許可頂いて、そこで生まれたばかりの赤ちゃんを目の当たりにして涙したり、いろんな方からエピソードを聞かせてもらって、少しだけでも彼女たちの人生を教わったのだから、きちんと書き残さなくてはと、下手な文章なりに思いは込めて書いたつもりです。
中瀬 セクシャルマイノリティの方たちへも取材されたんでしょうか?
押切 第五話の「バラードと月色のネイル」で、女性の視点でしかないかもしれないけれど、書いてみたいと思ったんです。でも、このテーマを扱っていいのかも分からなくて、訊いてみると、「知られることはいいことだから、ぜひ書いて下さい」と仰って取材に応じて下さった。でも、お互いに遠慮したというか、私が深くつっこめず、きちんと本音を引き出せなかった部分があったんです。実際書く時も、ほのめかしで終わったところがあって、書き上げて「小説新潮」を持っていくと、あれこれ話した最後に「本当につらいことが書かれていない」と言われました。そこですぐ話を聞き直して、単行本にする時にできるだけ直しましたが、どれだけちゃんと咀嚼できたか、表現できたか分かりません。
中瀬 第三話「抱擁とハンカチーフ」は画家が主人公なんですが、絵の生徒と「ここは思いきって背景をぼかしましょうか」「先生、背景はうまく描けたから気に入ってるんです」「わかります。うまくいったと思ったものへ手を加えていくのって怖いですよね、でも」といった会話をしますね。あえて、ぼかさないと、肝心のところが引き立たないから、というわけです。
押切 私は趣味で絵を描いているのですが、確かにモデルの仕事でもそうで、全部のアイテムを目立たせようとすると主張が強くなりすぎる気がします。メイクにせよファッションにせよ、ワンポイント勝負というか引き算って大事だなと思っています。ささやかな表現こそ、かえって相手に強く通じると信じてるんですよ。これは他のこと、例えば文章にも人間関係にも言えるのかもしれませんね。
中瀬 読んでいて胸に刺さったのは、さっきの会話の流れで、「一番表現したいのは何なのかが自分の中ではっきりしていないと、届けたい人には絶対に伝わらないんです」という主人公のセリフでした。「何を描くのか、ということよりも、画面からいったい何を伝えたいのか、を大事にしてくださいね」と。裏返して言うと、これはちょっと作家には良くない質問かもしれませんが、この連作短篇集で押切さんは一番何を伝えたかったのでしょうか?
押切 書き終えてから改めて気づいたのは、曲り角にある人間の背中をふっと押してくれる、目に見えない優しさや暖かさのことです。普段、モデルの仕事では、きれいに着飾らせてもらったり、照明やメイクやさまざまなものに助けてもらっています。さらに、写真には写らないところにいろんな人の思いや情熱や気持ちがある。それは、目に見えないところで働いて、きっとどこかに現れている。逆に言えば、気持ちの入っていないものはいちばん意味がないんじゃないかな、と思っているんです。そんな一言ではなかなか説明しにくいことを伝えるのに、小説というのはいい形式だなと感じています。
中瀬 さきほど、セクシャルマイノリティをテーマにした「バラードと月色のネイル」の改稿の話が出ましたが、単行本化のゲラ作業を新潮社クラブに籠ってやっておられました。私は横目で状況を窺っていたのですが、ゲラ直しが全然終わらない(笑)。確かクリスマスくらいに終わる筈が、仕事納めが過ぎても終わらずに年を越してなお延々と……何だかスゴイことになっていましたね。担当者が持ってきたゲラを見たら、押切さんが入れた赤字で、一見もう血染めのゲラ。喀血したか! みたいな(笑)。
押切 いや、本当に編集の方にも校閲の方にもご迷惑をおかけしました。一年かけて書いていくうちに、好きな文章や表現、あるいは避けたい言葉や、多用してしまう表現が出てきて、ゲラで読み返すと「今ならこうは書かないな」という箇所がとめどなくなってきて、あれこれ模索するうち大変なことに……(笑)。〈消せるボールペン〉で直していったんですが、どんどんインクがなくなって、途中で替え芯を何本も買いに行きました。それが息抜き(笑)。もともと朝型の人間で、夜は書いたりしないのですが、もうそんなことを言っていられなくなって、午前十一時に新潮社へ来て、ずっとゲラと格闘して次の日の朝八時に帰って、そのまま仕事へ行ったりしてました。
中瀬 美容には悪そうですね(笑)。
押切 仕事自体はテンションが高くなっていて乗り切れたのですけどね(笑)。会う人に必ず、「痩せた?」と訊かれました。そしたら、ずっと一緒に伴走してくれてる編集の方が「え? こっちは『浮腫んだ?』とか『太った?』とか言われてるんですけど」って。
中瀬 二人合わせると前の体重と変わってないという肉量保存の法則(笑)。それはともかく、「作家の才能は書き直しに出る」とよく言われます。今回押切さんの本を読んで感じたのは、その書き直しの凄さ、素晴らしさでした。また一人才能のある新しい作家が出てきたぞ、と嬉しく思います。もうひとつ、登場人物たちから感じたのは、押切さんって実は〈こじらせ女子〉じゃないかな、ということです。どうですか?(笑)
押切 登場人物たちはみんな感情を行ったり来たりさせて、めんどくさくて、うまく行動できずに、ずいぶんこじらせてますよね。書けない自分の悩みを投影させたりもしましたから、確かに私の分身かもしれません(笑)。仕事をしていて三十代半ばにもなると、いろいろ言われるし、人生観というのは誰とも比較できないものだとも分かってくる。じゃあ、どうやって生きていけばいいのかと考えていると、どんどんこじらせてしまう。私にもどこか似た、そんな人たちが読んで下さって、一歩前に出られる気持ちになればいいなと思っています。

2016年2月23日 新潮社別館ホールにて
(おしきり・もえ モデル)
(なかせ・ゆかり 新潮社出版部長)
波 2016年4月号より
単行本刊行時掲載

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