さよならは仮のことば―谷川俊太郎詩集―
649円(税込)
発売日:2021/06/24
- 文庫
- 電子書籍あり
「朝のリレー」「生きる」など国民的詩人の代表作を収録。珠玉を味わう決定版詩集!
「僕はやっぱり歩いてゆくだろう……すべての新しいことを知るために/そして/すべての僕の質問に自ら答えるために」(「ネロ」)。19歳でデビュー以来、70年にわたって言葉の可能性を追求し続けてきた国民的詩人。国語教科書の定番「朝のリレー」「春に」、東日本大震災で話題となった「生きる」等、豊饒かつ多彩な作品群から代表作を含め独自に編集。その軌跡をたどり、珠玉を味わう決定版詩集。
かなしみ
二十億光年の孤独
祈り
41(空の青さをみつめていると)
62(世界が私を愛してくれるので)
大小
おどろき
朝のリレー
詩
死んだ男の残したものは
鳥羽3
生きる
いるか
朝のかたち
恋の始まり
いざない
話しかけたかった
芝生
りんごへの固執
私の家への道順の推敲
七頁
生物
男さま
春に
宙ぶらりん
迷子の満足
遠くから見ると
やわらかいいのち
みたび猫を見る
あかんぼがいる
なんでもおまんこ
その日
たったいま
信じる
さよならは仮のことば
来てくれる
河原の小石
うざったい
孤独
そのあと
ひらがな
死んでもいい
da capo
黒板
かぞく
せつな
どこ?
年譜 監修/尾崎真理子
典拠一覽
書誌情報
読み仮名 | サヨナラハカリノコトバタニカワシュンタロウシシュウ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | 谷川俊太郎/カバー題字、広瀬達郎(新潮社写真部)/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 272ページ |
ISBN | 978-4-10-126625-1 |
C-CODE | 0192 |
整理番号 | た-60-11 |
ジャンル | 文学・評論 |
定価 | 649円 |
電子書籍 価格 | 605円 |
電子書籍 配信開始日 | 2021/06/24 |
書評
循環し、再生することばたち
冒頭、「ネロ」と再会する。この詩が愛された小犬に捧げられたのは、1950年6月5日。
「二十億光年の孤独」「朝のリレー」「生きる」。〈本当の事を云おうか〉の「鳥羽1」、「かっぱ」「いるか」、〈ぼくもういかなきゃなんない〉と始まる「さようなら」。馴染み深い詩が生まれた順に、頁の向こうからやってくる。
「芝生」「母を売りに」「理想的な詩の初歩的な説明」――この詩人を知るのに重要な代表作、長編詩「メランコリーの川下り」「詩人の墓」を全文読めるのもありがたい。「百三歳になったアトム」の横には、おっと、〈おれ死にてえのかなあ〉と終わるあの、伝説の快作が。新潮社版「谷川俊太郎詩集」の一〇五篇は、なんとも充実した一冊だ。
「谷川俊太郎詩集」と銘打ったアンソロジーは、この半世紀のあいだ、さまざまな出版社が繰り返し企画し、大量に刷られてきた。朔太郎や中也だってこうはいかない。ご本人は選集に収録される作品については毎回、「おまかせ」なのだから、いきおい編集者と時代の求める雰囲気がそのつど映し出されることになる。すでに作品数は八〇〇〇を超え(誰も正確にはわからない)、米寿を迎えた昨年は、『ベージュ』という名のスタイリッシュな新詩集が刊行された。その上、毎月、新作を新聞や雑誌に発表し続けているのだから、アンソロジーの更新は必然であり、「谷川俊太郎詩集」はこの先も編まれるはずであるけれど。
かく言う私も、三年がかりで谷川さんに話を聞いて完成させた四年前の共著『詩人なんて呼ばれて』で、一〇〇に近い詩を挙げながら、評する機会を得ている。この時は伝記的な内容に沿って、七〇年に及ぶ創作の変遷や個人的背景を伝える作品を集める方に傾いたが、今回の新潮文庫版を見渡すと、対照的に、作者の年齢や時代を限定するような詩はあまり見当たらない。ふと、せつなを見つめ、無限を想う――。詩人の本質が表われた詩が、頁をめくるほどに増えていく。
〈すぐにすぎさってしまうから いまはせつない
れきしのほんがとりおとすせつなを
わたしはとりあえずいきています〉
これは2018年刊のひらがな詩集『バウムクーヘン』中の「せつな」からの一節。
〈廊下を猫が歩いて行く夢を見た
私は死後のような気分
脈絡がないが不安ではない
目覚めたら外は小雨〉
〈ヒトの耳目に入る物事は
星の数ほどあるが
耳目に無縁な物事は
一つしかない〉
どちらも最新詩集『ベージュ』中の長編詩「蛇口」から。今回、巻末の解説でフランス在住の俳人、小津夜景さんが述べている通り、江戸期の良寛が作った漢詩にみられる端正な工芸性と、谷川詩の〈天使的な機知や無垢性〉とは、たしかに通じ合うものがある。
そして、もう一度最初に戻って読み始めると、この詩人は最初から晩年の達観を生きていたのだと気づく。
〈在ることは空間や時間を傷つけることだ
そして痛みがむしろ私を責める
私が去ると私の健康が戻ってくるだろう〉
(『六十二のソネット』中の「41」)
どうしてこんな深淵なことばが、
この晩年性はせつなを凝縮させながら、無数の胞子を惜しみなく放散してきた。よって、何度も読んだはずの詩の中にも、森でめずらしいきのこを発見した時みたいに、声をあげて皆に知らせたくなることばがそこかしこに再び、あらたに顔を出している。表題の『さよならは仮のことば』も、傑作ぞろいの詩集『私』(2007年)にひっそりと収まっていた短い詩の題名。それが今、重要なアンソロジー全体を支える力を発揮している。なんというめぐり合わせ。これこそが谷川俊太郎の詩の、尽きせず循環し、再生することばの生命力にちがいない。
この一語、この一行、この一作と会えてよかった……。そう感じる瞬間がきっと、訪れると思う。
(おざき・まりこ 批評家・早稲田大学教授)
波 2021年7月号より
著者プロフィール
谷川俊太郎
タニカワ・シュンタロウ
1931(昭和6)年東京生れ。詩人。1952年に第一詩集『二十億光年の孤独』を刊行。以来、数千の詩を創作、海外でも評価が高まる。多数の詩集、散文、絵本、童話、翻訳があり、脚本、作詞、写真、ビデオも手がける。1983年『日々の地図』で読売文学賞、1993(平成5)年『世間知ラズ』で萩原朔太郎賞、2010年『トロムソコラージュ』で鮎川信夫賞、2016年『詩に就いて』で三好達治賞などを受賞。