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この瞬間もいろんな人がいろんな場所でいろんな相手と恋をしている。恋する女たちの眺めの良さ、恋する時間の豊かさを、やわらかに綴る23の物語。

ざらざら

川上弘美/著

440円(税込)

本の仕様

発売日:2011/03/01

読み仮名 ザラザラ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-129240-3
C-CODE 0193
整理番号 か-35-10
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 440円

風の吹くまま和史に連れられ、なぜか奈良で鹿にえさをやっているあたし(「ラジオの夏」)。こたつを囲みおだをあげ、お正月が終わってからお正月ごっこをしているヒマな秋菜と恒美とバンちゃん(「ざらざら」)。恋はそんな場所にもお構いなしに現れて、それぞれに軽く無茶をさせたりして、やがて消えていく。おかしくも愛おしい恋する時間の豊かさを、柔らかに綴る23の物語のきらめき。

著者プロフィール

川上弘美 カワカミ・ヒロミ

1958(昭和33)年、東京都生れ。1994(平成6)年「神様」で第一回パスカル短篇文学新人賞を受賞。1996年「蛇を踏む」で芥川賞、1999年『神様』でドゥマゴ文学賞、紫式部文学賞、2000年『溺レる』で伊藤整文学賞、女流文学賞、2001年『センセイの鞄』で谷崎潤一郎賞、2007年『真鶴』で芸術選奨文部科学大臣賞、2015年『水声』で読売文学賞、2016年『大きな鳥にさらわれないよう』で泉鏡花文学賞を受賞。その他の作品に『椰子・椰子』『おめでとう』『龍宮』『光ってみえるもの、あれは』『ニシノユキヒコの恋と冒険』『古道具 中野商店』『夜の公園』『ざらざら』『ハヅキさんのこと』『どこから行っても遠い町』『パスタマシーンの幽霊』『機嫌のいい犬』『なめらかで熱くて甘苦しくて』などがある。

書評

誰かを救う十分間

大友花恋

江國香織『つめたいよるに』  駅で階段につまずいた昼間の自分を、シャワーを浴びているとふと思い出して、あーっと声をあげることがある。穴があったら入りたいなんて言葉では足りず、別の世界に逃げこみたくなる。
 そんなとき、私は本を読む。登場人物に降りかかる災難や心の深い部分に触れると、自分の恥ずかしい失態や悩み事がどれだけちっぽけか気づくことができる。美しい言葉に触れ続けたからか、読んだあと世界の見え方が鮮やかに変わることもある。
 短編集を好きになったのは、中学生のときだ。
 きっかけは江國香織さんの『つめたいよるに』。この本に収録されている「デューク」という短編が国語の教科書に載っていた。
「私」は飼っていた愛犬、デュークが死んでしまい泣いている。見知らぬ少年がそんな「私」を気遣ってくれたので、お礼をするために一緒にその日を過ごすことになる……。
 当時、私自身が愛犬をなくしたばかりだったということもあり一気に引き込まれ、何度も読み返した。少年の優しさや、読めば読むほど感じる切なさに心が震えた。たまらなく大好きだった。
 なぜ、この話はこんなにも私を魅了するのか。歌うような言葉やストーリーの素敵さはもちろんだが、それらが短編にすっきりとおさまっていることも大きな理由だったのだと思う。
 一話を読み終えるまでたったの十分。その十分間で私は救われた。愛犬のいない寂しさを、つめたいものからあたたかいものに変えてもらったのだ。
「デューク」が『つめたいよるに』に収録されていると知り、私は本屋に走った。
 他の話もこどもの夢のフルーツパフェのように、とびきりだった。逆三角形のガラスの器はどこか儚く、沢山のフルーツがここに収まっているなんて奇跡だ、と思う。さくらんぼもシロップの味のみかんの数も少ないかと思いきや、充分。そのくせ、食後の甘美な物寂しさったら。
 その贅沢を知り、私はすっかり短編集の虜となったのだ。

山田詠美『放課後の音符』  山田詠美さんの『放課後の音符』を読んだときは高校生活の真っ最中だった。
 恋愛のことがよく分からない私に、この本は衝撃を与えた。十人十色の恋が、余すところなくきちんと詰め込まれている。幼馴染みに自分の恋の香りを悟られないようにする少女や、年上の女性に彼氏を奪われた少女が真っ赤な口紅を塗ってした決別のキスは、自分の周りにある話のようでいてどこか遠く、ドキドキした。
 ふらっと立ち寄ったお店で、店員さんに試しに大人な香水を吹きかけてもらう。今はここにあるのに、いつか消えてしまう繊細さ。自分がこんなものを知ってしまっていいのだろうかという背伸び感が、この本にも存分にあった。
 たまらなかった。喜びも怒りも悲しみも全て「うっとり」に包みこまれた短編集。憧れの恋愛はこの短編集のなかにある。

川上弘美『ざらざら』  憧れでなく日常の恋がしまいこまれているのは、川上弘美さんの『ざらざら』だと思う。
 ここに収録されている話は、他の短編よりも更に短めで、読みやすい文で日常を切り取っている。それだけだとなんてことない話に思えるが、間違いであることにすぐに気がつく。どの話も、ハスキーさと重力を持っているのだ。どこにそんな風に思う要因の言葉があるんだろう、と改めて探しても見つけられない。でも、読み終えると切なさに近い感覚に陥る。地元にしかないと思っていたファミレスをふいに見つけた感覚にも近い。なんてことない日常を改めて想うと、心がきゅっとなる。
 たった十分間できゅっとしながら、主人公の日々を追体験し世界の見え方が少し変わる。短編集にそっと救われ、私は歌なんて口ずさみながらシャワーを浴びるのだ。
 それは「デューク」で少年が心からのお礼を告げたことで「私」がふと前を向けた状況に似ている。
 この文章を読み始めて、そろそろ十分。この十分があなたの目の前の世界を少し軽やかに変える何かしらのきっかけとなりますように。

(おおとも・かれん=1999年、群馬県生まれ。女優、モデル)
波 2020年1月号より

目次

ラジオの夏
びんちょうまぐろ
ハッカ
菊ちゃんのおむすび
コーヒーメーカー
ざらざら
月世界
トリスを飲んで
ときどき、きらいで
山羊のいる草原
オルゴール
同行二人
パステル
春の絵
淋しいな
椰子の実
えいっ
笹の葉さらさら
桃サンド
草色の便箋、草色の封筒
クレヨンの花束
月火水木金土日
卒業
解説 吉本由美

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