探花―隠蔽捜査9―
825円(税込)
発売日:2024/08/28
- 文庫
- 電子書籍あり
横須賀基地付近で殺人事件が発生。神奈川県警と米海軍犯罪捜査局の合同捜査が始まる!
横須賀基地付近で殺人事件が発生。竜崎は米海軍犯罪捜査局からリチャード・キジマ特別捜査官の参加を認め、異例の日米合同捜査が始まった。その一方、同期キャリアで腹の内を見せぬ男、八島圭介が警務部長として県警本部に着任。八島には前任地福岡での黒い噂がつきまとっていた。合同捜査が生む軋轢、殺人事件の波紋。神奈川県警刑事部長・竜崎伸也は、頭脳と決断力で難局を打開してゆく。
書誌情報
読み仮名 | タンカインペイソウサ09 |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | 広瀬達郎(新潮社写真部)/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン |
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 432ページ |
ISBN | 978-4-10-132165-3 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | こ-42-61 |
ジャンル | 文学・評論 |
定価 | 825円 |
電子書籍 価格 | 825円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/08/28 |
書評
私の理想のリーダー
小説は好きでよく読みますが、特に好きな作家の文章は読むスピードが遅くなります。頭の中で朗読する感じでしょうか。その時間をじっくり味わいたいのかもしれません。
今野敏さんは私にとって、まさにこの「読むのが遅くなる」作家。最初の出会いは『隠蔽捜査』です。シリーズ1作目を読んだのは2009年5月。何かの記事で目にして手に取ったところとても面白くて、翌6月に大阪地検から呼び出されたとき、移動の間に読むつもりで次巻を買いにいきました。2作目の『果断―隠蔽捜査2―』が書店で手に入らず、3作目の『疑心―隠蔽捜査3―』を先に買い大阪へ。結局、そのまま逮捕・勾留となり、拘置所で読み終えることになりました。
その後は差し入れを持ってきてくれる家族に、とにかく今野さんの本を見かけたら買ってきてほしいと頼んで、STシリーズや安積班シリーズ、樋口顕シリーズなども読みましたね。無罪が認められた後は古書も買うようになり、以来この13年ほどで今野さんの本を110冊くらいは読んだでしょうか。
昔からシャーロック・ホームズ・シリーズやエラリー・クイーン、アガサ・クリスティなどは好きで読んでいましたが、今野さんの作品に出合ったころから探偵小説ではなく、組織を舞台にした警察小説を読むようになりました。海外作品では、マイクル・コナリーのハリー・ボッシュ・シリーズ、ロサンゼルス市警が舞台です。警察官は、組織内の軋轢や職場の人間関係がいろいろある中で、自分の職務を全うする。そこにすごく共感できるんです。
今野さんの警察小説の魅力は人物の描き方。チームでお互いの距離に悩んだりしながら皆で目的を達成する、組織の中の個人の感情が生身のものとして描かれています。中でも安積班シリーズの悩めるハンチョウの姿はとても新鮮でしたし、大好きになりました。
一方の隠蔽捜査シリーズの主人公・竜崎は、こんなリーダーがいてくれたら、自分もこんな生き方ができたら、という憧れの存在で、こちらも大好きな主人公です。真面目な変人だけれど、正しいだけではどうにもならないこと、飲み込んだほうが合理的なことはそうする。無駄なことにエネルギーは使わず、ただし目的だけは絶対にブレない。最短ルートで、きちんと結果を出す。こういう上司が、下は一番楽だと思います。
持論ですが、管理職がすべきことは大きく三つあると思います。(1)決めること、(2)任せること、(3)責任を取ること。竜崎はこの三つを兼ね備えています。管理職は皆、本シリーズを読むべきですね。(2)はいかに部下のやることに口を出さないかということでもあり、今作『探花―隠蔽捜査9―』では、「口を出しすぎていないか」と自己点検する竜崎の姿にとても共感しました。
一昨年、NHKの番組で今野さんと対談させていただいたとき、「書くとそれがお手本になる」と言われたのがとても印象的でした。『探花』の竜崎は、警察という縦割り組織の中で他県との横の関係の根回しをしたり、外の組織であるNCIS(米海軍犯罪捜査局)との交渉に挑んだり、まさに上司のお手本のような活躍ぶり。余談ですが、同名の海外ドラマが大好きな私はNCISの登場にも大興奮でした。さらに今作は政治家やマスコミへの言及もあります。日本に本当のジャーナリズムなんてあるのかという問いに対し、竜崎が「俺は、あると信じたい」と答えるセリフは、著者からのメッセージだと感じました。権力を持つ者を闇雲に叩いたり揶揄したりするのではなく、こうであってほしいという理想の姿を描く。そのスタンスはこのシリーズの大きな特長、今野さんの美学だと思います。
もう一つ、竜崎の妻・冴子の存在も大きいですよね。彼女はシリーズの中で、健全な市民の世界を代表する役割を果たしています。警察という特殊な組織の論理だけに偏らず、普通の市民の感覚に引き戻してくれる。私は研修などで警察官の前でお話しする機会があると、最後に必ず「私は、警察官が信頼されている国に住みたいです」とお伝えするようにしています。本当に大事な仕事で、大いにプライドを持ってやっていただきたいけれど、武器を持った公務員という特殊な仕事のベースは、あくまで健全な市民の生活にある。そのことを忘れてはならないと思います。冴子や家族の話を通じて、毎回そのことがさりげなく描かれているのも好きなところです。
その意味で、今作に登場する「俺は、ただの官僚じゃない。警察官僚だ」という竜崎のセリフも胸に響きました。権力を持っていることへの自覚、その誇りと責任が表れた言葉だと思います。今作ではキャリア同期の中でトップ入庁した新人物が出てきますが、竜崎はそこには関心を示しません。「出世は大事」と言い切る竜崎ですが、それはあくまで仕事をするためのポジションが欲しいからであって、誰かに勝った・負けたという組織内の競争や政治にはまったく興味がない。ただ、ファンとしては、これから先、もっと偉くなった竜崎、本庁に戻った竜崎も、ぜひ見てみたいですね。シリーズの今後も楽しみにしています。(談)
(むらき・あつこ 元厚生労働事務次官/津田塾大学客員教授)
波 2022年2月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
今野敏
コンノ・ビン
1955(昭和30)年北海道生れ。上智大学在学中の1978年に「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞。レコード会社勤務を経て、執筆に専念する。2006(平成18)年、『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞を、2008年、『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞と日本推理作家協会賞を受賞する。2017年、「隠蔽捜査」シリーズで吉川英治文庫賞を受賞。2023(令和5)年、日本ミステリー文学大賞を受賞する。さまざまなタイプのエンターテインメントを手がけているが、警察小説の書き手としての評価も高い。『イコン』『同期』『サーベル警視庁』『一夜 隠蔽捜査10』『夏空 東京湾臨海署安積班』『海風』など著書多数。