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すごい言い訳!―漱石の冷や汗、太宰の大ウソ―

中川越/著

693円(税込)

発売日:2022/04/26

  • 文庫
  • 電子書籍あり

原稿が書けない。生活費が底をついた。追い詰められた文豪たちが記す、弁明の書簡集。

言い訳――窮地を脱するための説明で、自分をよく見せようとする心理が働くので、大方軽蔑の対象になる。しかし文豪たちにかかれば浅ましい言い訳も味わい深いものとなる。二股疑惑をかけられ必死に否定した芥川龍之介。手紙の失礼を体調のせいにしてお茶を濁した太宰治。納税額を誤魔化そうとした夏目漱石。浮気をなかった事にする林芙美子等、苦しく図々しい、その言い訳の奥義を学ぶ。

目次
はじめに
第一章 男と女の恋の言い訳
フィアンセに二股疑惑をかけられ命がけで否定した 芥川龍之介
禁じられた恋人にメルヘンチックに連絡した 北原白秋
下心アリアリのデートの誘いをスマートに断った言い訳の巨匠 樋口一葉
悲惨な環境にあえぐ恋人を励ますしかなかった無力な 小林多喜二
自虐的な結婚通知で祝福を勝ち取った 織田作之助
本妻への送金が滞り愛人との絶縁を誓った罰当たり 直木三十五
恋人を親友に奪われ精一杯やせ我慢した 寺山修司
歌の指導にかこつけて若い女性の再訪を願った 萩原朔太郎
奇妙な謝罪プレーに勤しんだマニア 谷崎潤一郎
へんな理由を根拠に恋人の写真を欲しがった 八木重吉
二心を隠して夫に潔白を証明しようとした恋のモンスター 林芙美子
第二章 お金にまつわる苦しい言い訳
借金を申し込むときもわがままだった 武者小路実篤
ギャラの交渉に苦心惨憺した生真面目な 佐藤春夫
脅迫しながら学費の援助を求めたしたたかな 若山牧水
ビッグマウスで留学の援助を申し出た愉快な 菊池寛
作り話で親友に借金を申し込んだ嘘つき 石川啄木
相手の不安を小さくするキーワードを使って前借りを頼んだ 太宰治
父親に遊学の費用をおねだりした甘えん坊 宮沢賢治
第三章 手紙の無作法を詫びる言い訳
それほど失礼ではない手紙をていねいに詫びた律儀な 吉川英治
親友に返信できなかった訳をツールのせいにした 中原中也
手紙の失礼を体調のせいにしてお茶を濁した 太宰治
譲れないこだわりを反省の言葉にこめた 室生犀星
先輩作家への擦り寄り疑惑を執拗に否定した 横光利一
親バカな招待状を親バカを自覚して書いた 福沢諭吉
手紙の無作法を先回りして詫びた用心深い 芥川龍之介
第四章 依頼を断るときの上手い言い訳
裁判所からの出頭要請を痛快に断った無頼派 坂口安吾
序文を頼まれその必要性を否定した 高村光太郎
弟からの結婚相談に困り果てた気の毒な兄 谷崎潤一郎
もてはやされることを遠慮した慎重居士 藤沢周平
独自の偲び方を盾に追悼文の依頼を断った 島崎藤村
意外に書が弱点で揮毫を断った文武の傑物 森鴎外
第五章 やらかした失礼・失態を乗り切る言い訳
共犯者をかばうつもりが逆効果になった粗忽者 山田風太郎
息子の粗相を半分近所の子供のせいにした親バカ 阿川弘之
先輩の逆鱗に触れ反省に反論を潜ませた 新美南吉
深酒で失言して言い訳の横綱を利用した 北原白秋
友人の絵を無断で美術展に応募して巧みに詫びた 有島武郎
酒で親友に迷惑をかけてトリッキーに詫びた 中原中也
無沙汰の理由を開き直って説明した憎めない怠け者 若山牧水
物心の支援者への無沙汰を斬新に詫びた 石川啄木
礼状が催促のサインと思われないか心配した 尾崎紅葉
怒れる友人に自分の非を認め詫びた素直な 太宰治
批判はブーメランと気づいて釈明を準備した 寺田寅彦
第六章 「文豪あるある」の言い訳
原稿を催促され詩的に恐縮し怠惰を詫びた 川端康成
原稿を催促され美文で説き伏せた 泉鏡花
カンペキな理由で原稿が書けないと言い逃れた大御所 志賀直哉
川端康成に序文をもらいお礼する際に失礼を犯した 三島由紀夫
遠慮深く挑発し論争を仕掛けた万年書生 江戸川乱歩
深刻な状況なのに滑稽な前置きで同情を買うことに成功した 正岡子規
信と疑の間で悩み原稿の送付をためらった 太宰治
不十分な原稿と認めながらも一ミリも悪びれない 徳冨蘆花
友人に原稿の持ち込みを頼まれ注意深く引き受けた 北杜夫
紹介した知人の人品を見誤っていたと猛省した 志賀直哉
先輩に面会を願うために自殺まで仄めかした物騒な 小林秀雄
謝りたいけれど謝る理由を忘れたと書いたシュールな 中勘助
第七章 エクスキューズの達人・夏目漱石の言い訳
納税を誤魔化そうと企んで叱られシュンとした 夏目漱石
返済計画と完済期限を勝手に決めた偉そうな債務者 夏目漱石
妻に文句を言うときいつになく優しかった病床の 夏目漱石
未知の人の面会依頼をへっぴり腰で受け入れた 夏目漱石
失礼な詫び方で信愛を表現したテクニシャン 夏目漱石
宛名の誤記の失礼を別の失礼でうまく隠したズルい 夏目漱石
預かった手紙を盗まれ反省の範囲を面白く限定した 夏目漱石
句会から投稿を催促され神様を持ち出したズルい 夏目漱石
不当な苦情に対して巧みに猛烈な反駁を盛り込んだ 夏目漱石
おわりに
参考・引用文献一覧
解説 郷原 宏

書誌情報

読み仮名 スゴイイイワケソウセキノヒヤアセダザイノオオウソ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 長場雄/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 352ページ
ISBN 978-4-10-132692-4
C-CODE 0195
整理番号 な-71-2
ジャンル 文学・評論
定価 693円
電子書籍 価格 693円
電子書籍 配信開始日 2022/04/26

書評

文人の言い訳から学ぶ、言い訳しない生き方

神田桂一

 昔、テレビでこんな話を聞いた。ある芸人が、弟子入りしていた師匠との大事な約束に遅刻してしまった。激怒した師匠は弟子に、
「遅刻の理由を教えろ」
 と詰問した。弟子の芸人は、何を言っても怒られると思い、半ばやけくそになってこう言った。
「向かい風が強くて……」
 この返答に師匠は大笑いして、遅刻は許されたのだった――。
 僕は今ではそうでもないものの、学生時代は大の遅刻魔だった。なので、この話を聞いて、「これは使える!」と思い、さっそく遅刻したときに使ってみたのである。その結果は推して知るべし。まったく許してくれるわけでもなく、かえって怒りの火に油を注いでしまった。「お前、なめとんやろ?」といわんばかりの激昂だった。ここから学んだ教訓は、「言い訳」は人を選ぶということである。
 そんなことを酒の席で話したときに、知り合いの編集者から渡されたのが、この『すごい言い訳!―二股疑惑をかけられた龍之介、税を誤魔化そうとした漱石―』である。
 本書は、文豪たちの手紙から引いた様々な言い訳を解説し、その言い訳に宿る文豪たちの違った一面に触れることで、また、彼らの作品を新しい見方で読んでもらおうという試みと、もうひとつ、その言い訳を学ぶことで、現代社会に生きる私たちが様々な局面で口にせざるを得ない言い訳のネタ本として使ってもらおうという試み(も、たぶんある)を隠しこんで、エンタメに昇華させた本だ。
 果たして、この本の「言い訳」が凡人である僕にも応用の利くものなのであろうか。相手は歴史に残る文人たちである。彼らが言ったからこそ、その「言い訳」は有効であって、僕が言ったら、またしても、「お前、何をいっとんのじゃ」ということになりかねない。ここは文人の「言い訳」から反面教師的にやってはいけないことを学ぶべきなのではないだろうか。例えば石川啄木。親友の金田一京助にこんな便りを送った。
〈一月には詩集出版と、今書きつつある小説とにて小百円は取れるつもり故、それにて御返済可致候に付、……誠に申かね候えども金十五円許り御拝借願われまじくや(一月には自分の詩集が出版され、執筆中の小説で百円ぐらいは取れる予定だから、申し訳ないが十五円貸してくれないだろうか)〉
 こういうふうに見え透いた嘘を並べるのは、文才あふれる啄木だから可能なのであって、僕らが学ぶべきは、(例えば)遅刻をしたら、あったことを正直に言うこと、なのではあるまいか。そんなふうにこの本を活用することもできるはずだ。
 啄木だけではなく、このような文人たちのはちゃめちゃな言い訳を読めるだけでもかなり楽しめる。
 もともと作家というものは、得てしてめちゃくちゃな人種である。そのことは、少し古い本になるが、福田和也『ろくでなしの歌―知られざる巨匠作家たちの素顔』にも詳しく書いてあるが、僕も最初は、例にもれず、作家・文士=教科書に載っている偉い人というイメージで捉えていて、品行方正な生活と振る舞いをしている人たちだと思っていた。正装をして社交場なんかに顔を出したりして。でも、実際は、そんな人ではなかった(全員が全員ではないが)。女遊びをしまくり、人妻に恋をし、締切をやぶりまくり、お金を無心し、といった人たちだった。確かに彼らは「言い訳」した。しかし、その「言い訳」を晒していたということは、生き方には「言い訳」していなかったということである(単に必死なだけだったのかもしれないが)。そこに僕は憧れる。「言い訳」には嘘があるが、生き方には、嘘がないのである。
 冒頭に戻って、あの「向かい風」の芸人はその後どうなったのだろう。それから、この話をどこかのメディアで本人から聞いたことがないので、もしかしたら、大成することのないまま、埋もれていってしまったのかもしれない。文士華やかなりし時代にも、このようなおもしろ言い訳をしながらも、時代の藻屑となって散っていった作家たちは、無数にいると思われる。彼らは確かに凡人だったのかもしれない。しかし、その生き方には嘘はなかった。そこに、僕は記録に残らない美学を見る。そう思うと、日頃疎ましく思われている「言い訳」も、なんだか愛おしく見えてくるから不思議だ。だから僕は、堂々と今日も「ちょっと法事で……」と親戚を殺して締切を延ばしてもらうことに躊躇していてはいけないのだ(ダメに決まっている)。

(かんだ・けいいち ライター)
波 2019年4月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

中川越

ナカガワ・エツ

1954(昭和29)年、東京生れ。中央大学文学部を卒業後、雑誌・書籍編集者を経て執筆活動に入る。手紙に関する著作が多く、古今東西、有名無名を問わず、さまざまな人物のものを広く閲覧し、そのあり方を探求しつづけている。著書に『すごい言い訳!』『文豪たちの手紙の奥義 ラブレターから借金依頼まで』『夏目漱石の手紙に学ぶ 伝える工夫』『漱石からの手紙 人生に折り合いをつけるには』『文豪に学ぶ 手紙のことばの選びかた』などがある。

判型違い(単行本)

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