
エナメル―その謎は彼女の暇つぶし―
781円(税込)
発売日:2022/05/30
- 文庫
- 電子書籍あり
これは、恋愛小説なんかじゃない。
事故で寝たきりとなった、美少女で高飛車で大金持ちで天才探偵の甘宮メル(属性盛りすぎ!)と、メルに献身的に付き従う、寡黙で結構かっこよくて彼女の前ではちょっとだけ気障(きざ)な彼氏兼助手の江名(エナ)。都市伝説や日常の謎を気まぐれに解決していく二人。一見すれば誰もが認める純愛カップルに思えるが、実は彼らには、絶望的な秘密があった――。異色の青春全否定暗黒恋愛ミステリ。
書誌情報
読み仮名 | エナメルソノナゾハカノジョノヒマツブシ |
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シリーズ名 | 新潮文庫nex |
装幀 | 兼宗/カバー装画、川谷康久(川谷デザイン)/カバーデザイン、川谷デザイン/フォーマットデザイン |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 368ページ |
ISBN | 978-4-10-180234-3 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | さ-89-4 |
ジャンル | 文学・評論 |
定価 | 781円 |
電子書籍 価格 | 781円 |
電子書籍 配信開始日 | 2022/05/30 |
書評
一筋縄ではいかない、異色の青春ミステリ
泣きたいほど美しい歪み。
あるいは、切ない狂気。
彩藤アザミ『エナメル―その謎は彼女の暇つぶし―』には、そんな言葉が似合う。
物語の語り手は男子高校生の江名(エナ)だ。彼は毎日のように、病院の最上階にある特別室に通っている。そこに入院しているのは大金持ちにして半身不随の美少女、甘宮メル。エナは彼女に献身的に付き添っている――というだけでも設定盛りすぎなのに、なんとメルは名探偵でもあるのだ。
かくして、動けないメルに代わってエナが情報収集に飛び回り、メルは安楽椅子ならぬ安楽寝台探偵として君臨する。彼らが出会う事件は、学校の文芸部誌が汚されていた一件、ネットで知り合った「人を殺してみたい」少女の顛末、病院の調剤室で起きた幽霊騒動、そして――いや、最後の一件はここには書かないでおこう。
身体的な制限で安楽椅子探偵もしくはベッド・ディテクティヴにならざるを得ないという主人公は決して珍しくはない。ジョセフィン・テイの『時の娘』はケガで入院中の警察官、天藤真『遠きに目ありて』は小児麻痺の少年、ジェフリー・ディーヴァー『ボーン・コレクター』に至っては四肢麻痺で自力では体を動かせない捜査官の物語だ。
なのでこれもその類と思って読み始めたのだが――いやもう初手から違ったね! この半身不随のメルお嬢様がチョー高飛車のワガママ娘、エナくんを翻弄しまくる。でもってエナくんは嬉々として……というわけでもなかろうが、当然のようにそれを受け入れる。呼ばれれば夜中でも駆けつけ、ちょっとそれはと思うような頼み事(というか命令というか)も引き受ける。ちょ、ま、君たち何なの?
この「君たち何なの問題」がキモなのだが、それは後述するとして。まず一編ごとの謎解きが実に興味深い。日常の謎に闇サイトに幽霊譚と事件はさまざまだが、共通するのは「犯人」に通底する無自覚の歪みや邪悪さだ。つまりは動機の問題である。
謎解きそのものは特別難しいというわけではない。むしろ、なぜ事件を起こしたのかというところに物語の核がある。一見普通の人、ともすれば「いい人」が、まるで日常の続きのように、ひょいっと狂気を見せてきたら?
いやあ、怖い。何が怖いって、その狂気は多かれ少なかれ誰の中にも種があるものだから。なるほど、これに向き合うには強烈ワガママ高飛車お嬢様じゃないとムリだ。
で、「君たち何なの問題」である。第一話が高校の部活内の事件ということで、物語自体はきゃっきゃうふふの青春もの(ただし邪悪)といった雰囲気で始まるものの、どうもこのお嬢様と少年の関係がつかめない。エナくんはなぜ、キミは何かの殉教者かとツッコミたくなるほどの自己犠牲精神で彼女に従うの? メルお嬢様はなぜ、やたらとエナくんを試すような言動をとるの?
ふたりの間に何があったのか。それが少しずつほのめかされる。ほのめかされるのはそれだけではない。エナ自身の「事情」も、話を追うごとにちらちらと覗き始める。
それが一気に迸るのが、最終話だ。使い古されたある「問題」を、こんなに切なく、こんなに残酷に、物語に仕立て上げた例を私は他に知らない。机上の議論だったものが、一気に血肉を持って目の前に立ち塞がった。これだったのか、これがやりたかったのかと息を呑んだ。
そして事ここに至って、なぜ各編で無自覚の狂気をテーマにしていたのかがようやくわかったのである。これは無意識下の選択の物語なのだ。そして無意識であれ、選択したことには理由があり、その結果は選択した本人が引き受けねばならないのだ。ところがその歪みを、狂気を、彩藤アザミは未熟な青春と両立してみせた。
彼らふたりの間にある、泣きたいほど美しい歪み。誰しもが笑顔の下に隠し持つ、切ない狂気。何度もゾクリとさせられ、なのに読み終わったときには、物語がきらめいて見えた。
一筋縄ではいかない、異色の青春ミステリである。美しくて、切なくて、痛々しい。恐ろしくて、狂っていて、毒々しい。そんなすべての要素をきらめくガラスで覆った――それが『エナメル』の物語なのである。
(おおや・ひろこ 書評家)
波 2022年6月号より
著者コメント

書店員さんからのコメント(抜粋)
序盤からどこか歪で、日常ミステリなのに"そうじゃない感"があるな......とは思っていたが、まさか○○○○問題につながるとは......! 出てくる人全員が全員ちょっとずつなにかが壊れていて、そこがすこし悲しい物語だった。ミステリとしてもこまかいひっくり返しが多く楽しめた。
喜久屋書店 橿原店 井上 七海様
メルとエナの二人の関係は、読み進めるごとに、特別なものではなく、メルが下半身不随でなくとも、きっと、変わらない何かが根底にあるように思った。
くまざわ書店 錦糸町店 阿久津 武信様
第一話の真相にいきなり打ちのめされて、また只事ではないミステリが出てきてしまったぞ......! と震えたのですが、物語の根底にはきちんと"愛情"が介在しているコトが伝わってくる、意外にも(公式には「青春全否定」暗黒恋愛ミステリだそうなので......)やさしい、コレはコレでちゃんと青春しているミステリでした。メルの本音が実は切ない所がツボです。2人の兄など、まだ語り切れていない部分もあるように思います。シリーズ化希望!
三省堂書店 海老名店 竹村 真志様
とにかく複雑な関係性だった。お互いをつないでおきたくてからみあってしまっている感じ。後悔も絶望も希望も全てひっくるめて一緒にいよう、と心の中で叫んでいる二人を感じました。
岩瀬書店 富久山店 大内 佳美様
エナとメル、二人の歪な共依存関係がまさにエナメルのように物語と読者を結びつけること間違いなし! 異色で新鮮さもある事件と過去のその原因、狂おしいほどの彼女の暇つぶしに今後も目が離せないです! ぜひシリーズ化してほしいです。
紀伊國屋書店 グランフロント大阪店 豊永 大様
小気味いいテンポの謎解きで、一気読みだった。ミステリと、胸の奥を突いてくるような、切ない恋心が見え隠れして来る新しい感覚を知った。この異色、アンバランスの組み合わせが不思議と心地よかった。
旭屋書店 新越谷店 工藤 雅子様
これは! ただのミステリーじゃナイ。ただの青春小説じゃナイ。ただの恋愛小説じゃナイ。彩藤アザミ ただ者じゃナイ!
MORIOKA TSUTAYA 佐々木 嘉子様
探偵もののようでいて、単なる探偵ものではない。謎に加えて、特殊な家庭環境、二人の訳ありの過去、様々な要素が絡まりあって最後まで目が離せませんでした。繊細で、退廃的で、ちょっと暴力的(精神的に)だけどすごくもろもろしている。そんな作品でした。
幕張 蔦屋書店
著者プロフィール
彩藤アザミ
サイドウ・アザミ
1989(平成元)年岩手県盛岡市生れ。岩手大学教育学部芸術文化課程卒業。2014年『サナキの森』で新潮ミステリー大賞を受賞しデビュー。耽美な世界観を描く精緻な筆致と軽妙なキャラクター同士のやりとりが魅力。他著書に『樹液少女』「昭和少女探偵團」シリーズ『不村家奇譚―ある憑きもの一族の年代記―』がある。