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デイヴィッド・コパフィールド(一)

チャールズ・ディケンズ/著 、中野好夫/訳

880円(税込)

発売日:1967/03/02

  • 文庫

望まれぬ男児・デイヴィッド誕生。そして、またとない人生の冒険が始まる。世紀を超えて読み継がれるディケンズの最高傑作!

誕生まえに父を失ったデイヴィッドは、母の再婚により冷酷な継父のため苦難の日々をおくる。寄宿学校に入れられていた彼は、母の死によってロンドンの継父の商会で小僧として働かされる。自分の将来を考え、意を決して逃げだした彼は、ドーヴァに住む大伯母の家をめざし徒歩の旅をはじめる。多くの特色ある人物を精彩に富む描写で捉えた、ディケンズの自伝的要素あふれる代表作。

  • 映画化
    どん底作家の人生に幸あれ!(2021年1月公開)

書誌情報

読み仮名 デイヴィッドコパフィールド01
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 496ページ
ISBN 978-4-10-203010-3
C-CODE 0197
整理番号 テ-3-6
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 880円

書評

テキストは絶対ではない

堀井憲一郎

 新潮文庫はえらいんである。
 私の中ではそういうことになっている。特に欧米の文学がたくさん読めるところがえらい。なかでも長い小説がえらい。
 若いころは読めなかったけど、ある程度の年齢になると長い小説も読みきれるようになった。もし十七歳の自分にそのことを告げたら驚いて腰をぬかして馬鹿になっちゃいそうだけどそのころはもともとかなり馬鹿だから心配しなくていい。
 昔はすぐに跳ね返された。『魔の山』では山に登らず、『誰がために鐘は鳴る』では鐘も見えず、『アンナ・カレーニナ』はアンナにさえも出会っていない。アンナ、クリスマスキャンドルの火は燃えているんだろうか。違います。いろいろ混ざってしかも間違っています。では、パリは燃えているのか。燃えてません。落ち着きなさい。
 長い本が読めるようになったのは、たぶん、自分でも何冊か本を出したからだ。
 テキストは絶対ではない、作者にさえ制御しきれてない部分がある、早い話が、あとで自分で読んで、なんだこりゃ、誰が書いたんだ、とおもえるようなものがおもしろいのだと悟った。細かいところは気にせず読むようにした。わからなかったり、想像できなくても、かまわず読み進める。ぐいぐいと読む。それでいいと割り切った。
 そうなると、小説は長ければ長いほどおもしろい。

チャールズ・ディケンズ『デイヴィッド・コパフィールド(一)』

 お薦めは『デイヴィッド・コパフィールド』4巻、『レ・ミゼラブル』5巻、『大地』4巻。あわせて新潮文庫で私の好きな13冊だ。
 ディケンズは「おもしろい小説を書く人」として頭抜けている。
『デイヴィッド・コパフィールド』はめちゃめちゃおもしろい。ディケンズの自伝的小説らしいが、たぶん嘘いっぱいの自伝である。それでいい。楽しい嘘をつけるのは偉大なる才能だからだ。
『レ・ミゼラブル』もめちゃめちゃおもしろい。ジャンバルジャンは逃げる。ジャベールが追う。コゼットが愛らしい。そういう展開だ。
 でも、この小説のすごいところは作者のユゴーが物語と関係なくどんどん出てきて、ひたすら自説を説くところにある。「ワーテルローの戦い」「修道院」「浮浪児について」「七月革命」「隠語」「暴動」「パリの下水道」など、ストーリーとはまったく関係なくユゴー翁が自説を説きまくる。ほぼ、酒席での上司の無駄話である。ダイジェスト訳では、このへんはばっさり切られる。でもそれはなんか違うんである。
 無駄を省くと、たぶん、人生は貧しくなる。

ユゴー『レ・ミゼラブル〔一〕』

『レ・ミゼラブル』はジャンバルジャンの生涯を追っただけでは、その作品の半分しか読んでないとおもう。ユゴー翁の無駄話に付き合ってこその「噫、無情」なのだ。
 パール・バック『大地』は知ってはいたがまったく手にさえしたことのない小説だった。それを「長い小説が読みたい」という心持ちで読み始めたら、はまりこんでしまった。めちゃめちゃおもしろい。
 作者名とタイトルから、欧米のどこかの土地を汗水たらして耕す実直な人の話だと勝手におもっていたのだが、全然ちがってたまげた。

パール・バック『大地〔一〕』

 中国ものだった。劇的な中国のお話。清朝末期から新時代への中国を舞台に、波瀾万丈捲土重来一石二鳥焼肉定食な中国の男たちの物語だった。これ、めちゃめちゃおもろいやつやーん、それやったら早く言ってよー、といいながらすっと読んじゃった。

 残る長いのは『風と共に去りぬ』くらいかとおもって、先週からうかうかと読み始めたら、これもめっちゃおもしろい。予想もしてない世界が展開して驚いてる。
 昔の名作は、想像していたのとまったく違っていることが多く、それは想像が悪いというのもあるが、作品の持ってる「とっても身近に感じさせる力」がすごいからだとおもう。
 古いのに、いまだに新潮文庫で売られてる小説はすべて力を秘めた作品たちである。新潮文庫で売られている昔の小説を読むといいとおもう。私はまだまだ読むぞ。

(ほりい・けんいちろう=京都生まれ。調査するコラムニスト。主な著書に『若者殺しの時代』『落語の国からのぞいてみれば』『東京ディズニーリゾート便利帖』等)
波 2020年7月号より

著者プロフィール

チャールズ・ディケンズ

Dickens,Charles J.H.

(1812-1870)英国ポーツマス郊外の下級官吏の家に生れる。家が貧しかったため十歳から働きに出されるが、独学で勉強を続け新聞記者となる。二十四歳のときに短編集『ボズのスケッチ集』で作家としてスタートし、『オリヴァー・ツイスト』(1837-1839)でその文名を高める。他にも自伝的作品『デイヴィッド・コパフィールド』(1849-1850)など数々の名作を生んだイギリスの国民的作家。

中野好夫

ナカノ・ヨシオ

(1903-1985)愛媛県松山市生れ。英文学者・評論家・翻訳家。東大英文科卒。シェイクスピアやモーム、スウィフト等の名訳で知られる。

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