ホーム > 書籍詳細:風と共に去りぬ 第1巻

風と共に去りぬ 第1巻

マーガレット・ミッチェル/著 、鴻巣友季子/訳

880円(税込)

発売日:2015/03/30

  • 文庫
  • 電子書籍あり

シングルマザーになって起業して、また結婚して、また離婚して。女の一生フルコース!

アメリカ南部の大農園〈タラ〉に生まれたスカーレット・オハラは16歳。輝くような若さと美しさを満喫し、激しい気性だが言い寄る男には事欠かなかった。しかし、想いを寄せるアシュリがメラニーと結婚すると聞いて自棄になり、別の男と結婚したのも束の間、南北戦争が勃発。スカーレットの怒濤の人生が幕を開ける――。小説・映画で世界を席巻した永遠のベストセラーが新訳で蘇る!

書誌情報

読み仮名 カゼトトモニサリヌ01
シリーズ名 Star Classics 名作新訳コレクション
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 464ページ
ISBN 978-4-10-209106-7
C-CODE 0197
整理番号 ミ-4-1
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 880円
電子書籍 価格 781円
電子書籍 配信開始日 2015/09/25

書評

欠点だらけのこの人を、好きにならずにいられない

中島京子

 マーガレット・ミッチェルが『風と共に去りぬ』を発表したのは一九三六年で、翌年のピューリッツァ賞を受賞したこの作品は、大ベストセラーとなった。本国で出版されて二、三年の内に、日本でも、四つの出版社から翻訳が出た。戦時下といえども昭和の初期が、欧米文化の輸入・紹介にいかに熱心だったかをうかがわせる。
 しかし、この作品が日本人に熱狂的に愛されるのは、戦後を迎えてからだ。一九四八年に大久保康雄訳『風と共に去りぬ』は、三〇〇万部越えを記録している。
 南部の大農園の娘スカーレット・オハラを主人公に据え、南北戦争とその後の時代を、たくましく生き抜く姿を描いた小説が、敗戦後の日本中で「自分の物語」として読まれたのは想像に難くない。
 この大河小説を「戦争」という面から読んでみると、非常に興味深い。アトランタの病院で、傷病兵の世話に駆り出されたスカーレットには、「この戦争じたい聖戦とも思えず、ただ男たちを意味もなく殺し、お金を無駄にし、すてきな贅沢品の入手をさまたげる不愉快なものとしか思えなかった」。こうした戦争観は、すっかり聖戦に嫌気がさした終戦直後の日本人に響いたに違いない。戦後七〇年経った今でも、レット・バトラーのこんなセリフにどきりとする。「闘う阿呆たちに演説屋がどんな掛け声をかけようと、戦争にどんな気高い目的を付与しようと、戦争をする理由はひとつしかありません。それは、金です。あらゆる戦争というのは実質、金の取り合いなのです」。『風と共に去りぬ』は、戦争というものの本質をみごとに突いている。
 とはいえ、やはりこの小説の最大の魅力は、スカーレット・オハラの人物造型にある。スカーレットは、およそメロドラマの主人公らしくない。優しくも、思慮深くもなく、他人に酷い事をするのも平気。子どもを三人も持つのに母性と無縁で、勉強が嫌いなので教養もない。男を夢中にさせる駆け引きと手管には絶対の自信があるくせに、感情がぶっ壊れているせいで、恋に関しては間違いだらけ。ただし、実務能力がものすごく高く、状況判断も早い。決断力があり、金儲けが抜群に上手い。そして、精神的にも肉体的にもタフ。欠点は措くとして、長所を並べると、たたき上げの社長さんのようである。
 それなのに、一度読んだら誰もが、彼女を好きにならずにいられない。
 家族や友人の多くを失い、価値観が崩壊していく中で、一人雄々しく、故郷の大地のために立ちあがる彼女は、自分の持てる能力すべてを使ってサバイバルを始める。どん底から這い上がるのに、優しさとか誠実さがどこまで有効だろうか。奴隷のいなくなった綿花畑で自ら綿を摘み、食べるための豚を盗まれないように沼地に追い立て、闖入者には迷わず銃の引き金を引く雄姿に、読んでいるほうは夢中で彼女を応援してしまい、ついには妹から恋人を奪うくだりすら、手に汗握って肩入れすることになる。いわゆる「愛すべき」キャラクターではないのに、世界中でこれほど愛されている主人公も珍しい。
 どうして彼女がこんなにも魅力的なのかといえば、マーガレット・ミッチェルがスカーレットという女性を知りつくし、会話にも地の文にもそれを十全に書きこんだからなのだろう。彼女が吐き出す言葉じたいが、歯に衣着せぬものである上に、内心の声を響かせる地の文では、真黒な腹の内が語られたかと思えば、彼女自身が気づいていない本音までもが暴露される。ときに思わず吹き出すほどの率直さに、読者はスカーレットを深く理解し、欠点も美点もまるごと好きになってしまう。昨年大ヒットした『アナ雪』は、女の子をがんじがらめにする軛から解き放って共感を呼んだが、スカーレットは、元祖「ありのままに」の人だ。しばしば世界を凍りつかせる。
 いま、この小説が新しい訳を得て、私たちに届けられた幸運も、このスカーレットをまるごと理解させる文章が、現代の私たち自身の声のように感じられる言葉で紡がれたことにある。一九世紀アメリカ南部の女性が、二一世紀の日本の女性の口調で話す、という意味ではない。スカーレットという一人の女性のいら立ち、むかつき、自分勝手な思い込み、そして悲しみが、我が事のように心に沁み込んでくる。全5巻を一気に読み終えて、一人、とても大事な女友達を得たような気持ちになった。

(なかじま・きょうこ 作家)
波 2015年7月号より

インタビュー/対談/エッセイ

神楽坂ブック倶楽部PRESENTS
『風と共に去りぬ』にツッコミまくる夜

鴻巣友季子柚木麻子峰なゆか

「ツッコミどころ満載」な物語として常に読者の心をくすぐり続ける名作『風と共に去りぬ』。その新訳を手がけ、『謎とき「風と共に去りぬ」―矛盾と葛藤にみちた世界文学―』を上梓した鴻巣友季子さんと、『風共』を愛してやまない柚木麻子さん、そして峰なゆかさんによる超! 豪華トークイベントが開催されました。「風共愛」が炸裂した夜の模様をお届けします。

早過ぎた「イクメン」ウィル

鴻巣友季子
鴻巣友季子

鴻巣 語れることは山ほどあるんですが、まずは好きなキャラクターから始めてみましょうか。

 私が好きなキャラは、ど真ん中で申し訳ないですが、スカーレット・オハラ。私、主人公を好きになることはめったになくて、大抵は脇役が好きになるんですが、普通の主役っぽくないスカーレットにはすごく惹かれるんです。

柚木 私は『風と共に去りぬ』は基本的に「箱推し」で、メラニー・ウィルクスとスカーレットの関係性、カップリングを楽しむんです。でも最近気になってしょうがないのは、あれやこれやとスカーレットの世話を焼くマミーと髪型が面白いピティパットおばさん。中瀬ゆかりさん(新潮社出版部部長)がマミーの真似がめちゃめちゃ上手くて! 一緒にお酒を飲んでいて、店内が寒かったりすると、「お嬢さま、肩掛けを」って古典名作コントが始まるんですよ(笑)。あと、育児を始めてからは、イクメンとして使えそうなウィルもじわじわ来る。

鴻巣 スカーレットの右腕として農園の再建を支え、スカーレットの子どもの面倒もよくみるウィル・ベンティーン。いいですよね。私もウィル推しです。

柚木 彼と結婚すればよかったと毎日痛感しております!(←育児中)

鴻巣 あはは。私はもし今この作品を再び映画化するとしたら、ウィルは最前面に押し出されるキャラだと思います。とくにスカーレットとの隠微な関係性。上司と部下でもあり、姉と弟のようでもあり、でも二人とも独身で、「何よ、私との結婚を狙ってるの?」的なことを言ったりするような、非常においしい、贅沢な関係です。

柚木 「男女のBL」ですよ、うん。

 男女のBL……! なんかわかんないけどすごい……!!

鴻巣 たしかに! スカーレットはもう、男とみなしていいですよね。宝塚でもスカーレットは男役の方がやりますし。ウィルって実はイケメンでもあるんです。ちょっと赤みがかった髪に、野性味のある顔をしていて、戦争による傷で義足をつけているんですが、わらを噛みながら常に冷めた目で世の中を見つめている。生まれは貧しいんだけど気品があって、萌えどころ満載。

柚木 たぶん早過ぎたんですよ、彼は。2019年だったら一番人気でしょ。

鴻巣 なのに1939年公開の映画では存在ごとカットされるという扱い(笑)。

柚木 宝塚でもいないことになっているんです。

 あ、いないですね、そういえば。かわいそう!

鴻巣 私は黒人の使用人の娘プリシーが大好きなんですよ。訳していると、ミッチェルが気に入っていたことがよくわかります。どうでもいいようなことで、しょっちゅうスカーレットに引っぱたかれているんですが。『謎とき「風と共に去りぬ」―矛盾と葛藤にみちた世界文学―』を書くためにミッチェルの評伝を読んでいたら、プリシーがお気に入りと書いてあって、「やっぱりね」と。プリシーはスカーレットの一部なんです。嘘つき、見栄っぱり、いつも怒られている――、みんな共通してます。

アラサーちゃんはスカーレットか?

峰なゆか
峰なゆか

鴻巣 お二人は映画版はどう評価していますか? 小説と違う部分も多いですが。

柚木 原作が好きな人は映画にはハマらないかもしれませんが、配役はすごくいいと思います。なんといっても素晴らしいのはスカーレットのお母さんのエレン役の女優さんとメラニー役の女優さんが激似なところ! ここ太字でお願いします! スカーレットがなぜメラニーを嫌っているかというと、自分がなりたくてもなれないお母さまに似た、完璧な女だからですよね。

鴻巣 一種の〈代理戦争〉ですね。自分対母エレン。そして作者のミッチェル対ミッチェルのお母さんの代理戦争でもある。ミッチェルのお母さんも、エレンのように立派で、何でもできて、躾に厳しい人だったそうです。

柚木 峰さんの大傑作四コマ漫画の『アラサーちゃん』で、主人公のアラサーちゃんのお母さんが、アラサーちゃんのライバルであるゆるふわちゃんとすごく似てるっていうのも同じなのかなと思ったんですが。

鴻巣 『アラサーちゃん』の男女四人の主人公は、やっぱり『風と共に去りぬ』を意識しているんですか?

 それは以前にも編集さんに聞かれたことがあって。その時点ではまだ私、映画と宝塚版しか観ていなくて、そうなのかもと思った程度でしたが、その後小説を読んでみて、これは『アラサーちゃん』だと(笑)。それ以降はものすごく影響を受けています。この前も最終回を描くときに、『風共』を読み返して、ゆるふわちゃん=メラニーが死ねばいいのかな?と思ったり。

柚木 最後の方のゆるふわちゃんは確かに死亡フラグ立ってました(笑)。

鴻巣 オラオラ君がレットで、もちろんアラサーちゃんがスカーレット、文系くんがアシュリというのが本当にピッタリで。文系くんと結ばれるのは絶対無理だから!って読者は思うのに、アラサーちゃんは一途に好きなんですよね〜。

柚木 アシュリはまさに文系くんで、キザ野郎。アシュリが詩とか引用すると、スカーレットは何もわからないから「何言ってんだ、こいつ」状態で。私、ゆるふわちゃんが石田衣良さんの本が好きだというのを聞いた時の文系くんの反応が大好きなんです(笑)。

鴻巣 文系くんはボルヘス読みですからね。スカーレットとアシュリがあわや結ばれそうになる、有名な果樹園の場面では、アシュリに「メラニーはかつて南部が栄えていた頃の美しい過去を思い出させてくれる存在で、スカーレットは向き合わなければならない現実だから、君から目を背けたかったんだ」というようなことを滔々と語られますが、スカーレットは抽象論ダメだから、ちんぷんかんぷんになりますね。

柚木 めっちゃつまんなさそうに聞いてますよね。「そういうのいいんだけど。この話早く終わんないかな?」みたいな。

鴻巣 スカーレットは「二人でメキシコに逃げよう」と返す。話が具体的です。

柚木 具体的になっちゃうと、今度はアシュリのほうが「そういうことを言ってるんじゃないんだ。そういうのいやだな」ってなる(笑)。

 行けなくもない距離ですよね、メキシコ。現実主義者なんでしょうね。

柚木 介護や子育てから逃げたいというのも具体的だし。

鴻巣 でもそれはアシュリには伝わらない。結局「君にはまだ残っているものがある、それはこのタラ農園の土だ」なんてアシュリに丸め込まれて、妙に納得してしまう。スカーレットって、「お金」握ったときと「土」を握ったときだけ納得するんですよね(笑)。

ドキンちゃんはスカーレットがモデル

柚木麻子
柚木麻子

柚木 メラニーは、スカーレットを溺愛する「女オタ」という認識です、私。しかも「トップオタ」、TOですよ、完全に。

鴻巣 スカーレットのほうは当初「何よ、この女」としか思っていないけど、だんだんメラニーに対して尊敬の念が芽生えていきます。

柚木 私、メラニーがスカーレットを庇う時の言いっぷりが好きなんですよ〜。「推しに対するアンチのコメントを全部包んで撃ち返す!」みたいな。彼女は早過ぎたドルオタなんだと思うんです。

鴻巣 「メラニーがアシュリと結婚したのはスカーレットのそばにいたいから」というのが柚木説ですよね。スカーレットがその腹いせに、メラニーの兄と最初の結婚をする時も、メラニーは「今日から私たち、姉妹ね☆」って嬉しそうでした。

柚木 いわば、「推し」と家族になるみたいなことですから。オタにとってそんな名誉はないです。アシュリとメラニーが寝室に入っていくのを見てスカーレットがショックを受ける場面がありますが、メラニーの側はスカーレットが好きな男を介してスカーレットと間接的につながりたいと思っているんじゃないかと思うくらい。

鴻巣 よじれた欲望ですよね。メラニーはレットのことも最初から高く評価していますが……。

柚木 メラニー的には、レットはいわば「推しを任せられる男」です。メラニーがレットを評価しているのは、推しを大事にしてくれる人だからだと思います。

鴻巣 スカーレットって、寝室へ入っていくのを見るまで、メラニーとアシュリが夫婦だってはっきり認識できない。アシュリは自分のものみたいに思ってて。スカーレットのセクシュアリティ意識って本当に面白い。肉食なのにエロスが発達していないんです。「私のアシュリを取りやがって」とは思ってるけど、性的な面ではあんまり嫉妬してないんじゃないかと思う。

柚木 「アンパンマン」に「ドキンちゃん」っているじゃないですか。やなせたかし先生は、ドキンちゃんのモデルはスカーレット・オハラだと公言していて。だから瞳が緑で、頭が赤いんです。

鴻巣&峰 えー!?

柚木 ふふふ。ドキンちゃんはしょくぱんまんが大好きなんですが、しょくぱんまんはアシュリにあたるので、二人は絶対に結ばれないんです。そしてばいきんまんがレット・バトラーなんですよ! 「私はドキンちゃん」という歌があるんですけど、「なるべく楽しく暮らしたい/お金はたくさんあるのがいい/おいしいものを食べたいし/遊んで毎日暮らしたい/この世の終りがきたときも/私ひとりは生き残る」みたいな歌詞なんです。

鴻巣 スカーレット!

 完全に一致!!

柚木 もしアンパンマンに最終回があるとしたら、ばいきんまんはバイキン城の扉をあけて、「俺は行くぜ、君はしょくぱんまんのところに行けばいい」ってなるんじゃないかと思って心配です。

 泣けるー(笑)。

柚木 「しょくぱんまんは食品で、ドキンちゃんはバイ菌なので、結ばれることはないが、叶わない恋をすることだってある」とやなせ先生はおっしゃっているそうです(笑)。

鴻巣 世の中の色々なものが実は『風と共に去りぬ』をベースにしていて、それだけ影響を与えているということですね。

柚木 アンパンマンって大体、ドキンちゃんの「あれ欲しい」っていうところから話が始まるんです。

 私、子どもの頃からドキンちゃんが一番好きでした。

柚木 終盤の、アシュリたちが北軍に討入りをかけたものの負傷して、帰ってきたところに北軍の憲兵がやってきた場面がありますけど、そこでメラニーを中心に全員でとぼけた猿芝居をして難を逃れる場面では、スカーレットだけ何が起こっているのか最後まで分からない(笑)。

鴻巣 ヒロインにして常に蚊帳の外という稀有なキャラ。

柚木 アラサーちゃんもそうですよね。ヒロインだけど、企みみたいなところからいつも外れたところにいる。スカーレットはすごくモテて、男心が分かるはずなのに、どうしてこれだけ脈のないアシュリに告白して、「いける」と思い続けていられるんだろう?

鴻巣 アシュリは妄想の相手ですからね。

柚木 アシュリはスカーレットの肉体には興味があって、これも文系くんとアラサーちゃんの関係と同じ。

鴻巣 アシュリはスカーレットの魅力を表現するときに必ずbody=体という言葉を使ってほめるんです。

女性の「生き方小説」としての『風共』

柚木 作中で北軍の話が出るたびに、ちょうど同時代に『若草物語』の物語が起きてるんだなあと思うんです。

鴻巣 そう、ちょうど同じ時代です。

柚木 『若草物語』の女の子たちは職業婦人を目指して勉強していて、婦人参政権のことにも触れられています。彼女たちは北部(ニューイングランド)の人たちですが、アメリカってめちゃくちゃ広いんだなぁと思います。

鴻巣 かたや南部ではどうやって男を捕まえて生き残るかみたいなところもある。

柚木 『若草物語』では「私は行かず後家オールド・メイドでかまわないわ」と言っていて、まるで違う国の話みたいです。

鴻巣 ヘレン・ケラーの生涯を描いた『奇跡の人』のサリバン先生も北部(マサチューセッツ)から来た人です。

柚木 独身でキャリアウーマンで、当時としてはとても珍しい存在ですよね。

鴻巣 『ジェーン・エア』もそうですが十九世紀の小説には「女家庭教師ガヴァネス文学」の系譜があります。女が独身で身を立てていくとしたら、それぐらいしかなかったから。一方の『風共』は、スカーレットがタラ農園に帰還して、母エレンという精神的支柱を失って消沈する父や使用人たちの面倒を見ながら切り盛りする「介護小説」という側面がある。

柚木 スカーレットは、田嶋陽子さんが言うところの〈母の娘〉なんですよ。女の人には「父の娘」と「母の娘」、つまり男性主体で考える人と、女性主体で考える人がいるそうです。スカーレットはモテようとはしていても、いつも女性側に立って考える人です。荒廃した農園で空腹のあまり生の大根を齧って吐く場面なんか私大好きで。よっ、待ってましたっ! オハラ屋!って感じです。

鴻巣 誰も飢えさせないために、人を殺すし嘘もつく。盗みも働く。聖書で禁じられていることをすべてやります。

 私、屋敷を襲ってきた北軍兵士を殺す場面が一番好きなんですよ〜。

鴻巣 お母さまの形見の裁縫箱に手をかけた北軍兵士を撃つという、グロい描写ですよね。

 そのシーンでもスカーレットが口にする「明日考えよう」というセリフも、ポジティブな、いい意味だって捉えられていますけど――。

鴻巣 ちょっと違うんですよね。彼女にとっては、とにかく自分の身を守るための防衛本能なんです。

 ギリギリのね。

鴻巣 そう。一番最後の「Tomorrow is another day」もいい言葉として捉えられていますけれど。

 「スカーレット・オハラのように生きてみませんか」みたいな、女性の生き方の象徴のように捉えられていますが、そんないい意味じゃなくね?って思いますね。

柚木 私は「風共メイク」って呼んでいますが、そのへんにあるものをメイク道具にしちゃうテクニックがあると思うんです。それって究極の「時短」だなと思って。ほっぺをグーパンチして、ギューッとこすって、それでチークの代わりにするテクとか。

鴻巣 唇を噛んで赤くして、口紅を省略するなんてテクもありました。

 香水でうがいしてモンダミン代わりにしたり。

柚木 戦時下でも美人になるためなら使えるものは何でも使うという、究極の生命力。

 カーテンでドレスを作るのもそれかも。

鴻巣 農園の窮状を救うために、レットの前で羽振りの良さを装うシーンですね。でもスカーレットの手が「農民の手」だとレットに見破られてしまいます。アシュリには「このタコのある手はなんて尊いんだ、勲章だ」なんて言ってもらえる手が、レットには通用しない(笑)。

柚木 そのくせアシュリは、自分の手にタコがない(笑)。アシュリ! おまえはそういう男だよ! カーテンのドレスを着たスカーレットって、ほんといじらしいのに。

鴻巣 その後、タラを再建すると、本当に羽振りがよくなりますね。

柚木 後ろに男を従えて歩いたりして。ブルゾンちえみ感がすごい。

鴻巣 スカーレットってめちゃめちゃ算数ができるんですよ。学校の科目は何もかも得意じゃなかったけど、算術だけはできる。三桁ぐらいの数字が並んでいるのを暗算して「はい、じゃ、これぐらいの予算でどうですか」ってできちゃうから、どんどん顧客を引き抜けるんです。ミッチェルのお母さんがすごく数字に強い人だったみたいです。

不朽の「オープンエンディング」

柚木 メラニーが亡くなる時、そんなスカーレットを任せられるのはレット・バトラーだけになってしまいます。

 「トップオタ」の座をバトラーに譲って死んでいくという。

柚木 「TOの継承だ……ゲフッ……」みたいな感じ。推しに看取ってもらうなんて、最高のオタ人生ですよ。その後、妻を亡くしたアシュリはすっかり色褪せてしまうわけだけど。

鴻巣 そして、ようやくレットの愛に気がついたスカーレットが霧の中を無我夢中に走ります。このラストシーンは今までスカーレットが繰り返し見た夢の再現なんです。その夢の中では「いつかどこかに行き着けるかしら」と聞くと、レットが「行き着けるさ」って答えてくれて、ハッピーエンドのフラグになっていたはずなのに!

柚木 私たちは結末を知っていますが、まったく知らずに見た当時の人からすれば――。

鴻巣 「えぇー?」って感じですよね。当時はこういうオープンエンディングってまだあまりなかったから、「あのあと二人はどうなるんだ」っていう意見がミッチェルに殺到したそうです。

柚木 続篇を書いちゃう人がたくさんいたとか。この結末は二次創作したくなりますよ、本当に。スカーレット、この状況でよく「まだいける!」と思いますよね。レットがこんなに終わった感出してるのに。

鴻巣 最初のアシュリへの告白と同じですよ。「今気づいたの。あなたを愛しているわ」って、そう言えば誰でも戻ってくると思っている。

柚木 この人は最初から最後まで成長しなかったんですよ。もしも続篇があったとしても、これが繰り返されるってことでしょうか。

鴻巣 人としてはずいぶん成長したんだけど、恋愛の部分に関しては――。

 おぼこちゃん。

柚木 ほんとに、おぼこい……。

鴻巣 最後のレットの「I don’t give a damn」というセリフはずっと「君を恨みはしないよ」と訳されていたんです。本当は「I don’t care=知ったこっちゃない」っていう意味なんですけれど。これは訳としては間違っているんだけど、日本人の心には訴える表現だなあと思うんです。

柚木 ある意味、名訳ですよね。レットに捨てられて、希望がゼロになったところからの〜?

鴻巣 「私にはタラの土がある」!

 ポジティブすぎ(笑)。

柚木 希望ゼロの状況で、スカーレットのたった一つの特効薬、それが赤土! そう、私にはタラさえあればそれでいい! 土地こそがこの世で最後に行き着くところだ! 土地大好き!

鴻巣 スカーレットってこれだけ読者にツッコまれながら、最後には応援され愛されるんですよね。ほんとにミッチェルはキャラクターの描き方がうまいです。

(こうのす・ゆきこ 翻訳家・評論家)
(ゆずき・あさこ 小説家)
(みね・なゆか 漫画家)
波 2020年1月号より

著者プロフィール

(1900-1949)ジョージア州アトランタ生れ。1922年レッド・アプショウと結婚、1924年離婚。翌年ジョン・マーシュと結婚。10年を費やして執筆した唯一の長編『風と共に去りぬ』は、1936年に刊行され、ピューリッツァー賞を受賞。1939年映画化。本書は各国語に翻訳され、世界的ロングベストセラーとして聖書の次に読まれている。1949年8月16日自動車事故で死亡。

鴻巣友季子

コウノス・ユキコ

1963年東京生まれ。翻訳家、文芸評論家。訳書にJ・M・クッツェー『恥辱』(ハヤカワepi文庫)、M・アトウッド『誓願』(早川書房)、A・ゴーマン『わたしたちの登る丘』(文春文庫)等多数。E・ブロンテ『嵐が丘』(新潮文庫)、M・ミッチェル『風と共に去りぬ』(全5巻、同)、V・ウルフ『灯台へ』(『世界文学全集 2-01』所収、河出書房新社)等の古典新訳も手がける。著書に『明治大正 翻訳ワンダーランド』(新潮新書)、『熟成する物語たち』(新潮社)、『翻訳教室』(ちくま文庫)、『謎とき『風と共に去りぬ』』(新潮選書)、『翻訳、一期一会』(左右社)等多数。

関連書籍

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

マーガレット・ミッチェル
登録
鴻巣友季子
登録
文芸作品
登録
評論・文学研究
登録

書籍の分類