ドリトル先生航海記
880円(税込)
発売日:2019/06/26
- 文庫
すべての子どもが出会うべき大人、ドリトル先生と冒険の旅へ――スタビンズ少年になりたかったという生物学者による念願の新訳。
イギリスの小さな水辺の町パドルビーに住む少年トミー・スタビンズは、リスの怪我を診てもらうため、動物の言葉が話せる博物学者ドリトル先生に出会った。小柄で太っちょ、シルクハットをかぶった先生と動物たち、スタビンズ少年の心躍る冒険の旅が始まる――少年期からドリトル先生の物語を愛読してきた生物学者福岡伸一による念願の新訳。全60章に原著そのままの19枚の絵を収録する。
1 靴職人の息子
2 偉大な博物学者の噂を耳にする
3 ドリトル先生の家
4 イフ・ワフ
5 ポリネシア
6 怪我をしたリス
7 貝のことば
8 何にでもよく気がつきますか?
9 夢の庭
10 ドリトル先生の動物園
11 私の先生ポリネシア
12 最高の思いつき
13 旅人あらわる
14 チーチーの船旅
15 ドリトル先生の助手になる
1 カーリュー号の乗組員
2 世捨て人のルカ
3 ジップと秘密
4 ボブ
5 メンドーサ
6 裁判長の犬
7 謎がとけた!
8 万歳三唱
9 ムラサキゴクラクチョウ
10 ゴールデン・アローの息子ロング・アロー
11 目隠し旅行
12 運命と旅の行先
1 第三の男
2 いってきます!
3 問題発生
4 やっかいごとは続く
5 ポリネシアの妙案
6 モンテヴェルデの寝台屋
7 ドリトル先生の賭け
8 前代未聞の闘牛
9 いそいで出発だ
1 ふたたび貝のことば
2 シルバーフィジットの話
3 悪天候
4 遭難!
5 島だ!
6 ジャビズリー・カブトムシ
7 タカの頭の形をした山
1 歴史的瞬間
2 “動く大地の民”
3 火
4 なぜ島は浮いているのか
5 戦いだ!
6 将軍ポリネシア
7 オウム和平条約
8 ぐらぐら岩
9 選挙
10 ジョング王の戴冠式
1 新生ポプシペテル
2 懐かしい故郷
3 ロング・アローの博物学
4 大ウミヘビ
5 ついに貝のことばの謎が解ける
6 最後の閣議
7 ドリトル先生の決断
書誌情報
読み仮名 | ドリトルセンセイコウカイキ |
---|---|
シリーズ名 | Star Classics 名作新訳コレクション |
装幀 | ヒュー・ロフティング/イラストレーション、新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 文庫 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 464ページ |
ISBN | 978-4-10-240121-7 |
C-CODE | 0197 |
整理番号 | ロ-18-1 |
ジャンル | 文学・評論 |
定価 | 880円 |
書評
本の森に分け入る
膨大な新潮文庫の中から3冊を選んで何かを述べるだなんて、うーん、困った。
たくさんの作品世界の森に迷い込むような感じがしたからだ。読んだことのある本、読みたかった本、知らなかった本の中に分け入ると、次々と新たな景色が見えてくる。そういえば、「本」の字は「木」の中に横棒が一本入るのだな。
そう思ったら、森の中、木陰のベンチに座って、または木に繋いだハンモックに揺られながら本を読むようなゆったりした気持ちになった。
『ドリトル先生航海記』は、森にではなく海へ冒険に出かける話だ。読み直してみて、子供の頃の、物語に夢中になった自分を思い出した。
「ものがたり」の世界に戻ってきたよ私、ワクワクした。
たまたま今朝、起きがけに聞いていたのはモーツアルトだった。そうか、ドリトル先生の物語は、モーツアルトみたいだ。楽しんで跳ねて、どこまでも走ったり柔らかに歩いたり踊ったり。華やかに明るく、おおらかに自由に冒険する。
ドリトル先生は、助手になったトミーのことを丁寧にスタビンズ君と呼ぶその調子で、誰に対してもなんに対しても真っ直ぐな目を向けて進んでいくような人だ。サルやイルカなどだけでなく貝の言葉まで学ぼうとするような、空想世界の扉を次々開けてくれる、子供にとっての〈理想の大人〉だ。そうだった、子供の頃の私は本に導かれて大きな空想の世界を自由に旅していたじゃないか。大人になって子供に還るためにもう一度、福岡伸一さんの訳に先導されて読み直すべきだったんだな、ドリトル先生。
家庭料理を考えるのが私の仕事だ。料理学校に行ったことはないけれどそれでも、〈食べる〉という、人が生きる根っこにつながる仕事だから、おのずとその根っこである農業や食べ物を生産する現場に関心が向いた。
だから、長塚節の『土』は、いつか読まなければ、と思っていた本だ。明治期の、茨城の貧しい小作農の暮らしぶりを描いた小説。
文字を追いながら、音や匂い、空気や水の冷たさをとてもリアルに感じた。なんなら、ひんやりした敷き布団の薄さ硬さまで感じるような気がした。それはこの小説のタイトルである土の、作物を生み出す大きな力を持ちながら、人の情が関与する隙さえ見せない厳しい自然が持つ〈闇さ〉ゆえでもあると思えた。精緻でリアルな描写の絵を見るようだった。
私はつい最近、「新しいプロジェクトをプレゼンするためのワークショップ」というものに参加しなければならないという困った事態に遭遇した。まるでスティーブ・ジョブズが神であるかのように、立板に水、いっときの退屈も許すまじ、淀みなく自信に満ちて話す、圧倒して説得する、そんな感じのプレゼン方法を教わる。なんとも今風だった。100パーセント私に不釣り合いだと思えた。天を仰いだ。ならば、と私は思い立った。
澱んでつっかえて、たゆたって、立ち止まってうずくまってやる。
静かに沈んで、底のリアルを捕まえてやる。
『土』の汚れの強さを身に塗りこんで佇んで、そのことで人と繋がりたい。
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の舞台は、時は現代、場所も明確にイギリスの街ブライトンだ。書き手は、モーツアルトではなくセックス・ピストルズの系列に並ぶロックでパンクなスピリットの持ち主、ブレイディみかこさんだ。しかもブレイディさん、この本に登場する時は、かあちゃんとしてなのだ。カッコよすぎる。何度も胸熱になって泣いた。
“「善意は頼りにならないかもしれないけど、でも、あるよね」
うれしそうに笑っている息子を見ていると、ふとエンパシーという言葉を思い出した。”
“他人の靴を履いてみる努力を人間にさせるもの。そのひとふんばりをさせる原動力。それこそが善意、いや善意に近い何かではないのかな”
期末試験に出た「エンパシーとは何か」という問題に、「誰かの靴を履いてみること」と書いた息子の話だった。私、エンパシー、という言葉についてその後何度も考えた。
ロックであることは、実は迷ったり立ち止まったり沈んだりしながら底にある確かなものに触れることでもあるのだと思ったのだ。大事な本になった。
(えだもと・なほみ 料理研究家)
波 2022年9月号より
著者プロフィール
ヒュー・ロフティング
Lofting,Hugh
(1886-1947)イギリス、メイデンヘッド生れ。土木技師としてアフリカ、西インド諸島などへ渡った後、第一次世界大戦に従軍中、幼い子どもたち(長男コリンと長女エリザベス)に書き送った物語が『ドリトル先生』シリーズの原型となった。シリーズは11冊の長編と1冊の短編小説集があり、ニューベリー賞を受賞した『ドリトル先生航海記』は2作目にあたる。
福岡伸一
フクオカ・シンイチ
1959(昭和34)年、東京生れ。米ハーバード大学医学部フェロー、京都大学助教授などを経て青山学院大学教授。生物学者。サントリー学芸賞を受賞した『生物と無生物のあいだ』、『動的平衡』ほか、「生命とは何か」をわかりやすく解説した著作多数。他の著書に『フェルメール 光の王国』『迷走生活の方法』、訳書に『ドリトル先生航海記』『ガラパゴス』などがある。読書の復興・啓発を目指し、2015年より「知恵の学校」を設立、校長をつとめている。