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トゥルー・クライム・ストーリー

ジョセフ・ノックス/著 、池田真紀子/訳

1,265円(税込)

発売日:2023/08/29

  • 文庫

被害者も家族も友人も、作者すら信じられない――企みに溢れたサスペンス・ノワール。

マンチェスター大学の学生寮から女子学生ゾーイが姿を消して6年が経過していた。イヴリンはこの失踪事件にとり憑かれ、関係者への取材と執筆を開始。作家仲間ジョセフ・ノックスに助言を仰ぐ。だが、拉致犯特定の証拠を入手直後、彼女は帰らぬ人に。ノックスは遺稿をもとに犯罪ノンフィクションを完成させたが――。被害者も関係者も、作者すら信用できない、サスペンス・ノワールの問題作。

  • 受賞
    第77回 日本推理作家協会賞 翻訳部門
目次
第二版刊行に寄せて
Part 1 ゾーイ・ノーランここにありき
Part 2 アンユージュアル・サスペクツ
Part 3 ゾーイ・ノーランここにあらざりき
Part 4 再会
第二版のためのあとがき
解説 千街晶之
ジョセフ・ノックス著作リスト

書誌情報

読み仮名 トゥルークライムストーリー
シリーズ名 新潮文庫
装幀 Lili Kovac on Unsplash/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 704ページ
ISBN 978-4-10-240154-5
C-CODE 0197
整理番号 ノ-1-4
ジャンル 文芸作品
定価 1,265円

書評

驚くほど見事なストーリーテラー

池上冬樹

 ジョセフ・ノックスといえば、『堕落刑事―マンチェスター市警 エイダン・ウェイツ―』『笑う死体―マンチェスター市警 エイダン・ウェイツ―』『スリープウォーカー―マンチェスター市警 エイダン・ウェイツ―』でお馴染みのマンチェスター市警エイダン・ウェイツ・シリーズだろう。型破りの刑事を主人公にした荒々しい警察小説で、ドクター・ノワールことジェイムズ・エルロイの初期の警察小説(『血まみれの月』ほか)がもつエネルギッシュな暴走を彷彿とさせる。とくに三作目の『スリープウォーカー』は傑作。十二年前の一家惨殺事件の犯人ウィックが癌で余命宣告され入院し、その警護をエイダンと相棒のサティが担当するものの、病室は襲撃され、ウィックは死亡、サティも重傷をおうという冒頭から活劇に満ちていて、死にかけている男が何故殺されたのかという謎が強く読者を牽引していく。精神の暗黒を見すえるノワールとしての強靱さもいいが、この大いなる謎解きは本格ファンもたっぷりと満足させる。
 これは、ノン・シリーズの新作『トゥルー・クライム・ストーリー』にもいえる。犯罪実話仕立ての凝った作りで、いきなり冒頭から作者のジョセフ・ノックスが出てくる。
『トゥルー・クライム・ストーリー』の第二版刊行への序文という形で、共作者イヴリン・ミッチェルとの出会いから事件に関わりをもつようになった経緯について触れているのだ。共作者というのは、本書『トゥルー・クライム・ストーリー』は、イヴリンが事件関係者にインタヴューしたものを、「私」(ジョセフ・ノックス)が追加取材をしてまとめた形式になっているからである。もちろんそれも小説の中の形式であるが、これが虚構とは思えないほど迫真性を増している。では、どんなストーリーなのか。
 2011年12月17日土曜の未明、マンチェスター大学に通う十九歳のゾーイ・ノーランは、学生寮で開かれたパーティーを抜け出し、そのまま消息をたった。
 学生寮には双子の姉のキンバリーとともに入居し、ほかの二人の女子学生とも意気投合した。同学年の学生たちはゾーイの才能と歌にかける熱意に一目置き、まもなく初めてのボーイフレンドとの交際もはじまり、学生生活を心から満喫しているようにみえたが、帰省を前に両親が迎えに来たその日、ゾーイは忽然と消えた。
 失踪から六年たった時、私(ジョセフ・ノックス)はデビュー作『堕落刑事』で評判をとり、イベントで、イヴリン・ミッチェルと出会う。イヴリンは数年前に過剰な男らしさをテーマにした『出口なし』で作家デビューをはたしたものの本はほとんど売れず、小説家としての未来はとざされていた。その打開策としてノンフィクションに挑み、ゾーイ失踪事件を追究するのはどうかとイヴリンにいわれ、私はその線で書いてみたらと勧める。
 イヴリンはやがて関係者へのインタヴューを重ねて、事件に深く入っていく。そこで見えてくる友人たちの様々な嘘、隠された心情、双子の姉キンバリーの屈折した妹への思い、娘が失踪したにもかかわらずメディア戦略をねり、テレビで再現ドラマを作ってくれないかと画策する父親、その姿に幻滅する母親など、一癖も二癖もある人物たちが次々に出てくる。しかも、下着泥棒、麻薬、セックス動画などゾーイの失踪の背景にはいくつもの犯罪が関わっているような印象を与えて、いっそう闇が深くなる。
 小説は、関係者へのインタヴューという形をとる。次々に人物たちが出てきて、質問に対して答えていき、そこから新たな背景と謎が見えてきて、人物たちの台詞が熱を帯びるようになるのだが、それは関係者の話だけではない。節目節目で、イヴリンの原稿を読んだ「私」の感想が入り(イヴリンとのメールのやりとりとなる)、それがイヴリンの小説の作り方と取材の問題点にもつながる。
 さらにいうと、安全地帯にいるはずの「私」の過去の苦い経験も、事件関係者の告発で露になり、イヴリンから探りが入るから面白くなる。予想外の展開で、それが再版における問題点として、出版社から読者へのお知らせという形をとって、いま読まれている事件/書かれている事件の進捗に影響を与え、事件はいっそう混沌としてくる。
 その混沌の靄が劇的に薄れていくのが、終盤の第四章からだろう。ここから怒濤の展開となり、インタヴュー形式とは思えないほど緊張感をはらみ、わくわくする。対話劇がいちだんと核心へと近づいて、事件の真相が見えたと思うのだが、その前に重大な誘拐事件も浮上して、隠されていた秘密と人間関係がいっそうあらわになり、クライマックスに弾みをつけることになる。そして起きる悲劇的事件と、明かされる驚きの真相。いやあ面白い!
 六百八十頁もあり、インタヴュー形式だけで持つものかと思ったが、細かいひねりをたくさんいれ、事件の真相を見えなくして、読者を飽きさせない。驚くほど見事なストーリーテラーだ。警察小説、ノワールだけでなく、ノンフィクション・ノベル的サスペンスも書ける。それもミステリの興趣を十二分にもたせながら。今度はどんな作品を読ませてくれるのかと、新作を読み終えたばかりなのに、もうジョセフ・ノックスの次回作が気になって仕方がない。

(いけがみ・ふゆき 文芸評論家)
波 2023年9月号より

インタビュー/対談/エッセイ

“犯罪実録フィクション”誕生秘話――ジョセフ・ノックスに聞く

ジョセフ・ノックス

「まずは古典的な手法を使ったノワール三部作を書き、機と実力が熟すのを待ちました」

 今年で七十七回を数える日本推理作家協会賞だが、昨年から新たに加わった翻訳部門(対象は作者と翻訳者)の受賞作は、ジョセフ・ノックス氏の『トゥルー・クライム・ストーリー(True Crime Story)』(池田真紀子訳/新潮文庫)に決まった。今回の受賞を記念して、作者の喜びの声と受賞作執筆の背景等を伺うために、同賞の選考委員の一人である作家の斜線堂有紀氏に、インターネット経由でインタビューをお願いした。

斜線堂有紀 聞き手
池田真紀子 訳

――『トゥルー・クライム・ストーリー』のインスピレーションの元はどんなものですか?

 最初のインスピレーションが訪れたのは、執筆を始める十年ほど前でした。ロサンゼルス育ちの名高きシンガーソングライター、ウォーレン・ジヴォンの伝記を読んだときのことです。関係者の証言を集めて構成された本で、友人や家族など、ジヴォンを知る人々を入れ代わり立ち代わり登場させ、複雑な人物像を多角的に描き出していました。同じ出来事について語らせても、証言者によって記憶や解釈が異なる場合がある――この本を読んでそのことに気づき、似た手法で小説を、とりわけミステリーを書いたらおもしろいのではないかと思いつきました。一方で、多数の人物を巧みに書き分け、いわゆる“地の文”なしに証言だけでストーリーを語るような芸当は、当時の私には実現できそうにありませんでした。
 そこで、まずは古典的な手法を使ったノワール三部作を書き、機と実力が熟すのを待ちました。しかし三作書いたあとでも、関係者の証言だけで一つの小説を成立させる技量が身についたとは思えませんでした。書き上がるまでに何年もかかるでしょう。だからこのときもまったく別の作品に取りかかり、構成と執筆に一年近くを費やしました。いま振り返れば、その作品は“私が書かなくてはいけないもの”ではありませんでした。出版社からボツにされて、ほっとしたくらいです。これで振り出しに戻り、もっとよい作品を目標に据えて一からやり直せるのだと、心が浮き立ちました。反面、時間との競争でもありました――四カ月後には新たな原稿を渡さなくてはならない……。
 ここでついに“証言小説”の出番が来たわけです。物語の中心に据えるにふさわしい人物の設定を考え始めたとき、事件関係者の証言を集めた形式の“犯罪実録もの”のポッドキャストやドキュメンタリーが人気を集めていることを知りました。ならば、私の新作も犯罪実録ものにしてはどうか。そう閃いた瞬間、アイデアは一気にふくらみ始めました――三文小説パルプっぽく楽しめる“犯罪実録フィクション”はどうだろう、そこに写真や手紙、メール、スクラップ記事などを織り交ぜたら、いかにも本物らしく仕上がるのでは?
 こうして、それまで書いたことがない種類の軽いタッチの作品が最速で仕上がりました。腰が引けてしまうような課題とタイトな締め切りがプラスに作用することがあります。やめておけと自分を説得しようにも、その時間はもうない。思いきって頭から飛びこむしかないのです。

――ご自身にも馴染み深いマンチェスターが舞台となっていますが、ここを選択した理由は?

『トゥルー・クライム・ストーリー』の前に書いた作品の舞台はマンチェスターではありませんでしたが、いざ腰を据えて“証言小説”に取りかかろうとしたとき、場所やシチュエーション、集団をせまい範囲に限定したうえで、全登場人物をそこに属させる必要がありそうだと考えました。たとえばP・D・ジェイムズは、同じ理由から、小説の舞台を人里離れた土地に――最低でも外界と隔絶された環境に――設定しました。ストーリーはその内側でのみ進行し、多彩な人物の全員が共通点を持つことになります。
 私の新作には、新しい街に来て初めて知り合った大学生のグループが理想的だと考えました。ただ、それまでなじみのないロケーションを新たにリサーチしている時間はなかったので、すでに知っているキャンパスを舞台にするしかありませんでした。
 ちょうど大学に通うくらいの年齢だったころ、マンチェスター大学の女子学生と交際していた経験があって、キャンパスの様子はよく知っていました。この本に終始重苦しい空気が漂っているのは、そのころ自分が抱えていた劣等感ゆえかもしれません。大学に進む資力も学力も、私にはありませんでしたから。
 同時にそれは、マンチェスターという街に漂う空気でもあります。マンチェスターは、ノワール小説の舞台にぴったりの街です。誰がどう言おうと、イギリスのクールな都市はもうほんのいくつかしか残っていませんが、マンチェスターはその少数のうちの一つです。工業都市として栄えた時代に建設された、幽霊が出そうなゴシック様式の大きな建物がひしめく街。そこに大学が三つ。おかげで住人には若者が多く、アートと音楽と華やかなナイトライフがあります。
 反面、深刻な社会問題も抱えています。ドラッグの蔓延、犯罪組織の暗躍、急増するホームレス人口。その背景にある金銭至上主義。きらびやかでありながら半分は空っぽの高層ビルの足もとで、大勢がテント暮らしを続けています。
 二つの異なる街が同居する都市、それがマンチェスターです。

――自分を登場させるという仕掛けがありますが、こちらを仕込んでみようと思った動機などは?

 うーん……ジョセフ・ノックスという名のキャラクターが登場するのは事実ですが、その人物は私ですと宣言するのはためらわれます。“ジョセフ・ノックス”は、私の本名に似た名前ですし、この作品の舞台となった時期に私自身がマンチェスター周辺に住んで働いていたことも事実ですが、あくまでもペンネームなのです。つまり、ジョセフ・ノックスという人間は実在しません……。
 本作の前にひじょうに暗いシリアスミステリー三部作を書いているうえ、私も作品同様に暗いシリアス人間と見られがちなので、ジョセフ・ノックスを――加工と修正だらけの著者近影と、偽物の名前を持つ文豪気取りの男を――茶化してやったらおもしろいのではと考えました。
 そのアイデアは何より、軽妙な犯罪実録小説に仕上げようという当初のもくろみにうまくはまりました。実を言うと、『トゥルー・クライム・ストーリー』の初稿にノックスは登場していませんでした。ならば、なぜ“ジョセフ・ノックス”という名前が本の表紙に印刷されるのか。その矛盾を自分のなかで解消できずにいました。だって、仮にこの本がゾーイという大学生の失踪事件を扱った本物の犯罪実録ノンフィクションで、イヴリンという作家が取材をもとに書き上げた作品なのだとしたら、表紙に“ジョセフ・ノックス著”とあるのはおかしいですよね。そもそも本自体が成立しなくなってしまいます。
 だから、作中で関係者にインタビューするイヴリンに、編集者なり相談相手なりを用意してやる必要がありそうだと思ったとき、その人物をジョセフ・ノックスにすれば万事解決するのではないかと閃きました。そのうえでノックスを品性下劣な男に設定し、若い女性であるイヴリンの作品を盗ませれば、男による女の搾取というこの本のテーマに沿うだけでなく、表紙にノックスの名前が印刷されている理由も説明できます。
 ノックスはどん底に落ちた負け犬として描かれていますが、この本はどういうわけか、この男を危険なシリアス人間にも見せているように思います。いったん筆を止めてそのあたりをよく考えてみるべきだったのでしょうが、そのときはノックスに後ろ暗い過去をいくつか用意しただけで、先を急ぎました。

――SNSの発展により誰もが証言者として表に出るようになりましたが、この時代をどう思いますか? 時代性を反映したミステリを書こうという意識はありましたか?

 興味深い質問ですね。この物語の時代は、現在のSNSが生まれる直前、フェイスブックとマイスペースが全盛だったころに設定されています。私が十八歳だったころ、フェイスブックはまだ大学生限定で、マイスペースはそのさらに下の年代を主なターゲットにしており、SNSはまだ取るに足らないお遊びでしかありませんでした。つまらない投稿をし、好きな音楽を勧め、友人未満の知人とつながるための場所。それなりに刺激的ではあっても、日常とは別個に存在する自分だけの世界……。
 この作品のキャンパスの場面をそのまま現代に持ってきたら、あらゆる要素を考え直す必要がありそうです。実用面(誰もがスマートフォンを片時も離さず、新しいアプリが次々に出現し、写真や動画が大量に撮影され、グループ内や個人間で即レスが可能な環境)はもちろん、アルゴリズムが社会に及ぼした変化も反映させなくてはなりません。たとえば、いまの時代には他者の目を意識した“自分”がより重視されていることを考えれば、若者世代の人物造形は変わるでしょうし、彼らの行動も違ってくるはずです。
 一般社会の変化も考慮に入れなくてはなりません。授業料が高騰して、イギリスの大学に通う労働者階級出身の学生は減る一方です。いまなら、ジャイやリウ・ワイのようにあまり裕福でない家庭の子供は、学費を理由に進学を断念するでしょう。もしかしたら、その二人よりは恵まれているゾーイやキムも同じかもしれません。
 本は時代を反映するものなのか。私には何とも言えません。すべての本は、たった一人の(たいがいは少しイカレた)書き手というフィルターを通過して出てきたものであることを思えば、時代性を反映していると言えそうです。
 ただ、私はその時代に実際にそこにいました。同じ時期に同じ街を歩きました。同じ建物に、同じバーに、出入りしました。そこで不快なものを目撃したことは間違いないと思いますが、歳月を経たいま当時のことを書いてみたら、出てきたのはこれでした……。
 結局、私はウォーレン・ジヴォンの伝記の信用ならない証言者たちと変わらないのでしょう。私の記憶は間違っているのかもしれない。私は嘘をついているのかもしれない。
 それでも、すべて本当にあったことだと思える日もあります。

――日本の読者に対し何か一言あればお聞きしたいです。

 えーと……俺の合図で、みんな、全力疾走な!

(ジョセフ・ノックス)

波 2024年11月号より

著者プロフィール

英国のストークとマンチェスター周辺で生れ育ち、書店やバーで働く。ロンドンに移って執筆活動を開始し、2017年に『堕落刑事』で作家デビュ一、一躍注目を集める。マンチェスター市警エイダン・ウェイツを主人公とするシリーズ第2弾『笑う死体』(2018年)、第3弾『スリープウォーカー』(2019年)と好評を博し、2021年にはシリーズ外作品『トゥルー・クライム・ストーリー』を発表。

池田真紀子

イケダ・マキコ

1966年東京生れ。上智大学卒業。ディーヴァー「リンカーン・ライム」シリーズ、ウェルシュ『トレインスポッティング』、フィン『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』、ダルトン『少年は世界をのみこむ』、パラニューク『インヴェンション・オブ・サウンド』、グティエレス『死が三人を分かつまで』など、訳書多数。

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