孤蝶の城
2,090円(税込)
発売日:2022/05/18
- 書籍
- 電子書籍あり
芸能界の先駆者(パイオニア)にして伝説(レジェンド)。その孤高の闘いを描く怒濤(ノンストップ)の長篇小説。
モロッコへ旅立ったカーニバル真子は日本で初めて「女の体」を手に入れた。帰国後、待ち構えていたのは雑誌のグラビア撮影と日劇での凱旋ショーの大喝采だった。が、「性転換お色気路線」だけでは芸能界で生き残れそうになく、歌手、地方興行などに打って出るものの追い詰められていく。小説でしか描けない実在の人物の孤独と苦悶に迫る大傑作。
第二章 女の体
第三章 傷口に射精
第四章 遠くはなれて
第五章 シャンパンの泡 グラスの底
第六章 謝肉祭!
書誌情報
読み仮名 | コチョウノシロ |
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装幀 | 赤津ミワコ/アートワーク、新潮社装幀室/装幀 |
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 480ページ |
ISBN | 978-4-10-327726-2 |
C-CODE | 0093 |
ジャンル | 文学・評論 |
定価 | 2,090円 |
電子書籍 価格 | 2,090円 |
電子書籍 配信開始日 | 2022/05/18 |
書評
だからこそ彼を、彼女を応援する。
桜木紫乃さんの新刊『孤蝶の城』は、深夜テレビや銀座、全国のキャバレーで活躍していたゲイボーイの平川秀男が、日本で初めてモロッコで男性自身を切除し、「女性の体」となって帰国し、カーニバル真子として芸能界で生き抜いていく話です。
このあらすじを聞くと、「カルーセル麻紀」さんの人生とも重なっている部分が多いように思える。桜木さんは、おそらくその人生をベースに、男として生まれて女性の体を手に入れた一人の人間の生き様を「創造」したのだろう。
読んだ感想としては、単純にかなり面白かった。そして痛い。秀男は本当になりたかった自分になったにもかかわらず、好奇の光を当てられ、そして傷つけられていく。
世の中は「需要」と「供給」が大事である。いくら供給したって需要がなければ、それは必要とされない。ここ数年、LGBTQ、ジェンダーに対しての考え方が日本でも大きく変わってきた。テレビ番組を作っている僕からして、それは本当に強く感じる。五年ほど前までは、テレビ番組でも「オネエ軍団」とひとくくりにしてよく出て貰っていた。今はもうありえない。つまり、つい最近までそんなことがテレビの世界ではまかり通っていたし、求められていると思っていた。
テレビで売れるということは、そのタレントにとって時として残酷なことを求める。例えば、芸人さんなどに「年収」や「嫌いな人」を発表させる番組がある。誰だって人前で年収なんて言いたくない。だが「テレビで年収を言うことを求められる」と、年収を言わないと出られないんじゃないかと考えて、言うのだ。「嫌いな人」も同じく、言わないとテレビに出られないかもしれないから言ってしまう。言ったことによってその瞬間は盛り上がるが、幸せになっているのは、その番組を作って視聴率やいい結果を得られた人達だけだ。「嫌いな人」を言った人、言われた人はともに幸せになっていない。そして、テレビ番組の中で「自分の波乱万丈な人生」をVTRなどにして見せていくジャンルがある。僕もその手の番組をやってきた。今でこそ、そういう番組の作りは変わって来たが、数年前までは、その人が他で言っていない事実をカミングアウトしてくれるかを、タレントさん本人に取材して聞きこんでいく。家族の死や人生での失敗。これまで言ってこなかった自分の秘密。その扉をこじ開けようとするスタッフ。本人は開けることによりテレビに出られる。取材を終えたスタッフが会議で、その取材内容を発表する。すると誰かが「なんか、人生弱いな~。もっと驚くことないわけ~」と平気で言う。その結果、そのスタッフはもう一度そのタレントのところに行き、「ほかになんかもっと驚くことないですかね?」と訊くのだ。
おかしい。すべてがおかしい。だが、売れるために、その扉をこじ開けてしまうのだ。
この小説の中で、秀男がなりたかった自分になってから、話題になり、様々な雑誌の取材を受けていく。女性の体になった秀男は、発熱や尿道炎などの病気に苦しみながら、女性として生きていこうとする。なのに、週刊誌には「カーニバル真子とホンモノ女性器のどちらが具合がよろしいか」という記事が載ってしまう。他にも「女か妖怪か、それともサギか」などと強烈な見出しが容赦なく世に出てしまう。
秀男は、納得いかないこととは向き合って戦っていく。だが、戦い切れずに受け入れていくしかない時もある。生き抜くために。売れるために。
以前、はるな愛さんがブレイクした時に彼女の人生を番組にしたことがあった。テレビ番組には新聞のラテ欄というものがあり、まだ2000年代は、そんなラテ欄を見てテレビを見る人も多く、とても大事なものだった。毎回、番組プロデューサーが書いていたのだが、はるな愛さんの放送回に並ぶ強烈な言葉。あの時、会議で誰もがその言葉を疑わず、「すごい強い言葉ですね」と褒めたたえた。あれを見たはるな愛さん自身がどう感じるかなんて考えていなかった。これで視聴率を取ることが彼女にとっても大きなプラスだろうって信じていた。だからこそ、この物語を読み、ずっと痛かった。だけどこの痛みは、テレビ業界で働く僕だから感じたことではない。皆さんの周りにもきっとあるんじゃないか。
この『孤蝶の城』の中で生き抜いていく秀男の人生は、自分が加害者側にいたことをわからせてくれた。今、流行りの言葉で言うなら自分を「晒して」くれた。だからこそ彼を、彼女を応援する。好奇に立ち向かった勇気の物語だ。
(すずき・おさむ 放送作家)
波 2022年6月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
桜木紫乃
サクラギ・シノ
1965年、北海道釧路市生まれ。2002年、「雪虫」でオール讀物新人賞を受賞し、2007年、同作を収録した単行本『氷平線』でデビューした。2013年、『ラブレス』で島清恋愛文学賞、『ホテルローヤル』で直木賞を、2020年、『家族じまい』で中央公論文芸賞を受賞。ほかの著書に『硝子の葦』『起終点駅(ターミナル)』『裸の華』『ふたりぐらし』など多数。『孤蝶の城』は『緋の河』の第二部にして完結篇である。