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愛と忘却の日々

燃え殻/著

1,760円(税込)

発売日:2024/09/26

  • 書籍
  • 電子書籍あり

「ロマンチックなことが少なすぎるんだよ」 中毒者、ますます増殖中。

六本木の路上で「おっぱい、足りてる?」とキャッチに声をかけられ、「足りてないけど、余裕がないんです」とテンパっていた夜。小学生の頃、ひどいイジメに遭い、「死にたい」と母に泣きつき、包丁を畳みに突き刺して言われたひと言。「ベスト・エッセイ」(日本文藝家協会編)選出作を収録、読者渇望の大人気エッセイ集。

目次
余裕がないのだ。夢中なのだ。
頑なに働かない友人
結局、彼女は畳に告白した
「おっぱい、足りてる?」
大橋裕之 マンガ「おっぱいブザー」
いやらしくて美しい瞬間
「ラムちゃん、ひと筋でいく」
渋谷路上飲み狂騒曲
「寝るときは、これじゃないと」
「無駄太郎」の時代は終った
「おい、まだ帰らないのか?」
「ああ、帰りたい」
「ねー、もう寝た?」
特殊な経験をしているわたし
「エッチ妄想の交換日記をしませんか?」
大橋裕之 マンガ「あの日の燃え殻 その1」
相談相手は主にジョン
増し増しな人
「お客さま、ピットイ~ン!!」
「お客さん、TBSの『ラヴィット!』に出てますよね?」
「俺のファンはどう思うかな?」
はにかみながら「ほら、盗聴器!」
「レット・イット・ビー」
「人って、なんのために生きているんすか?」
大橋裕之 マンガ「あの日の燃え殻 その2」
日々は「打ち合わせ」の連続だ
日々は「苦肉の策」の連続だ
しっかりすべて間違える日々
今年、うかつに五十歳になる(前篇)
今年、うかつに五十歳になる(後篇)
『ゴダールとトリュフォー、そして映画史について(仮)』
もう無駄にガッカリしたくなかった
夢なんて叶っても叶わなくてもいい
人生初の「出雲大社」
人生初の「連帯保証人」
人生は「面倒くさい」
隙あらば「推し」を作り、恋する生き物
神も信用も細部に宿る
スマートに奢り奢られるスキル
僕から見える世界、彼から見える世界
「立派」は正しくて疲れる
大橋裕之 マンガ「あの日の燃え殻 その3」
がんばれ人間!
「人は歳を取ると丸くなる」という説
必殺「まったく勉強してきてない」
「ニャ~!(わかったか)」
子猫のマッサージ
まだらな僕と、まだらな誰か
「なりふり構わず」の挑戦
「いままでに有名人に出会ったことないんだよ~」
人に出会う才能
「また…ね」
愛と忘却の日々

書誌情報

読み仮名 アイトボウキャクノヒビ
装幀 大橋裕之/装画、熊谷菜生/装幀・ブックデザイン
雑誌から生まれた本 週刊新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 216ページ
ISBN 978-4-10-351015-4
C-CODE 0095
ジャンル エッセー・随筆、ノンフィクション
定価 1,760円
電子書籍 価格 1,760円
電子書籍 配信開始日 2024/09/26

書評

「俺は傘立てじゃないよ」

松尾スズキ

 燃え殻さんの文章には、シンパシーを感じる。
 なにを恥として生きているか、その感覚が似ているのかな、と、勝手に思っている。
『愛と忘却の日々』の書評を書いてとの依頼なのだが、書評というものをやろうっていう人は、本を膨大に読んでなくてはならないはずだ。わたしが今年になって読んだ本は、これを含めて10冊ぐらい。とても恥ずかしくて「評します」なんて言えない。しかも、わたしはこの本の帯にコメントを書いている。立場上、少しでも売れてもらうに越したことはないので、フェアな評などそもそもできない。だからこの度は書評というより燃え殻さんへの私信のようなものになると思う。燃え殻さんだって、わたしの本を書評してという依頼が来たら、同じような言い訳をして、きっとこういう感じになるのではなかろうか。それはもう、確信めいたものがある。
 さて、恥をどうこういう割には、わたしは何十年も俳優をやっている。人前で演技をする行為、それは、なかなか恥知らずに思えるが、人間が感じる恥の種類にはいろいろある。演技することより、飛行機でCAさん相手にいばり散らかしているおっさんのほうが100倍恥ずかしいと思う。以前、寿司屋で「おしぼり来てねえよ!」と怒鳴っているおっさんを見た。おしぼりごときでマウントをとろうという恥ずかしさ。そんなおっさんらのことを思えば、演技の仕事はそれほど恥ずかしくない。そう無理やり自分に言い聞かせている。
 ただ、舞台の仕事と映像の仕事では、また恥ずかしさの種類が違ってくる。
 舞台では、俳優は楽屋から出て、舞台袖からセットの中に入っていき、そこで出会った別の俳優とセリフを交わす。交わし終われば、舞台から出ていき楽屋に戻る。客前は緊張するが恥ずかしいというものではない。
 映像の場合も、演技をしている瞬間に恥ずかしさはない。しかし、スタジオに入って、カメラ前に立ち、監督が「よーい、スタート!」の声をかけるまでの時間、「さあこれから演技しますよ」という状態で俳優同士向き合っている時間、これがわたしは異様に恥ずかしいのだ。たとえば、恋人同士という設定で向き合って立っている。「じゃあ、はい、スタート!」とはならない。向き合ったまま、照明部が顔に当たる光の微調整を行い、カメラマンがカメラ位置を修正し、メイクさんや衣装さんがお直しに入る。で「はい、スタート!」となればいいのだが、音声部から「外、飛行機来てるんで、30秒待ちまーす!」なんて声がかかる。その間、今日初めて会った女優とずっと「演技直前」の表情で、ただ向き合い続けなければならない。それが気まずい。恥ずかしくてならない。そして、それ以前に撮影スタジオには前室というものがあり、そこに初対面の俳優も、顔なじみの俳優も一緒に集められ、撮影が始まるのを待つのだが、その時間もなかなかに気まずい。現場が押すほどに話すことがなくなってくる。そんなとき、つい余計なことを口走り、その夜、猛省したりする。昔、宝生舞さんと仕事をしたとき「前室さえなければ、わたしは俳優という仕事がまあまあ好きやのに!」と悶絶されていたのだが、その気持は痛いほどわかる。
 しかし、意外と俳優にこの微妙な気まずさや恥ずかしさはほとんどわかってもらえないのである。
 きっと自分がなにかをこじらせているからだろうと思う。
 長々自分の話ばかりしているが、きっと燃え殻さんならわたしのこの微妙な恥についての、人生においてだいぶ余計な敏感さを、わかってもらえるんじゃないかと思って、これを書いているわけである。
 一度、共通の友人に紹介されて燃え殻さんと劇場の外でちょっとだけお会いしたことがある。
 燃え殻さんは話している間中、劇場備え付けの傘立てばかり見つめていた。「俺は傘立てじゃないよ」とつっこみたくなるほどに。文章を読んでその恥のこじらせ具合にシンパシーを覚えたわたしだが、そのときは「わたしよりはるかにこじらせているかもしれない」と思ったものだった。
 それでもその後彼は、著作がNetflixで映画化され、Huluで脚本を書き、J-WAVEでDJをするような売れっ子になった。この本では恥をこじらせながら出世していく男の、心のバランスのくずれ具合がおもしろい。出世したとて寂しさの量が減るわけでもない。そこにエレジーがある。なんだ、俺より友達いっぱいいるじゃないか。と、ちょっと悔しかったりもする。
 燃え殻さん、仕事が一段落したら飲みませんか? わたしも初対面の飲みではカウンターに置かれたシーサーの置物ばかり見つめてしまう感じの人間ではありますが。ぜひ一度。

(まつお・すずき 作家/演出家/俳優)

波 2024年10月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

燃え殻

モエガラ

1973年生まれ。2017年『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetflixで映画化、またエッセイ集『すべて忘れてしまうから』はDisney+でドラマ化、『湯布院奇行』が朗読劇化(原作)、『あなたに聴かせたい歌があるんだ』がコミック化とHuluでドラマ化された(原作と脚本)。著書に長篇小説『これはただの夏』、エッセイ集『それでも日々はつづくから』『ブルー ハワイ』ほか。

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