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ブルー ハワイ

燃え殻/著

1,760円(税込)

発売日:2023/08/02

  • 書籍
  • 電子書籍あり

「週刊新潮はこの連載から読む」という中毒者、増殖中。待望の大人気エッセイ集。

ふとしたきっかけで甦る記憶の数々。淀んでいた会議の空気を変えた女の子の大ネタ、僕が放った2点の答え(1000点満点中)、「串カツ田中」が恋しくなった縛りのキツい店、J-WAVEに寄せられたお悩み相談、母の決まり文句、祖母の遺言、柴犬ジョンの教え……ギスギスした日常の息苦しさを解きほぐす一服の清涼剤。

目次
花火って途中で飽きるよね
愛には人の数だけ種類がある
はい、百九十万円
将来は南米に行くと思う
『ヌードの夜』、竹中直人さんに会った
五反田セブンスター
大橋裕之 マンガ 「イラスト制作裏話」
僕はそのときずっと天井を見ていた
知らない町の知らない店のスタンプカード
首筋に芋虫
強みは誰にでもある、お金に繋がるかは別として
まあるくなって眠る、真っ白い猫
ドライブ・マイ・カー事件
仕事はできないが、嫌いになりきれない後輩
人間関係の果ての果ての姿
五万の傘が五分で壊れた
毎回同じで飽きませんか?
二十人以上のアイドルのサインを書けた先輩
座席すこし倒してもいいですか?
ちょっとスペース・マウンテン三回乗ってくる
その後のイノセントワールド先輩
「私、おばあちゃんになれたよ」と彼女は笑った
ドン! ドン! ドン!
そのとき、世界の広さを思い知った
査定、査定の日々である
知り合いの誰もいない土地で
太字のゴシック体で「人間不信」
人が「先生」と呼ぶとき、そこには必ず思惑がある
愛しのカレースタンド
運転手さん! それ僕です
日本もおしまいだな
喫茶室、東京
「串カツ田中」が恋しい夜
失敗や失態を「運命」にすり替える人
押し切られるな、噛みちぎれ
某アーティストグループの○○くんとサシ飲みをした
「来年になったら忘れそうな日しかないよね」と彼女は言った
とにかく体には気をつけなさい
大橋裕之 マンガ 「母」
おいおいと泣くことでしか越えられない夜
世の中の死角のような場所で
ヘイ! ヘイ! ヘイ! ヘイ!
いま振り返っても、あの二年間は無駄だった
桃鉄でもやらない?
いつものですね
すべては思い出に変わっていく
ドライブでもしようぜ
僕たちには僕たちのルールがあった
あなたは勝ち組で、わたしは負け組です
鍵をかけ忘れた日記
汚れたビーチサンダルとジョン
ブルーハワイ

書誌情報

読み仮名 ブルーハワイ
装幀 大橋裕之/装画、熊谷菜生/装幀・ブックデザイン
雑誌から生まれた本 週刊新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 216ページ
ISBN 978-4-10-351014-7
C-CODE 0095
ジャンル エッセー・随筆、ノンフィクション
定価 1,760円
電子書籍 価格 1,760円
電子書籍 配信開始日 2023/08/02

書評

こういう走馬灯がいい

岡本真帆

 死に際に見る「走馬灯」のエピソードって、どうやって決まるんだろう。思い出や記憶のことを考えるとき、ぼんやりとその不思議について思いを馳せてしまう。ラッキーなことに、まだ私は死にそうになったことがなく、走馬灯のように記憶が蘇る現象はマンガや映画の中でしか見たことがない。私が人生の最後に見る走馬灯には、どんな思い出が出てくるんだろう。幼い頃から順に、特に覚えていることのハイライトが浮かび上がってくるのだろうか。心に強く刻まれている感動や後悔がよぎるのだろうか。
 燃え殻さんのエッセイ集『ブルー ハワイ』には、さまざまな思い出の話が出てくる。黙って煙草を吸わせてくれた刺青の男性。「はい百九十万円」と朗らかに笑う駄菓子屋の店主。レインコートをかみちぎる愛犬。自分宛ての手紙のように打ち上げられる小さな花火。そのほとんどが、普段は記憶の底で眠っている。それが現実のふとした瞬間に、さまざまな出来事をきっかけに記憶の表面のところまで浮かび上がってくる。実家の物置きから見つけたおもちゃのほこりを払うように、燃え殻さんはそれまで忘れかけていた懐かしい出来事について優しく語る。
「僕が憶えているのは、実際にあったことの一割以下な気がする。ほとんどのことは、思い返す間もなく忘れていっている。それは仕方がないことだし、そうしないと生きていけないが、たまにすこし淋しくなる」
 この一節に、強く共感した。
 忘れられない出会いや、心に強く残っている出来事。そういう一割の思い出にすがりたくなって、でももうそれが手の届かない過去であることに切なくなって、泣きたくなる日がある。過去にあった素晴らしい出来事は、本当にあった出来事なのか。都合良くつくった偽の記憶なんじゃないか。そんな風に疑えど、私達は、それを確かめる術を持たない。忘れたくないと強く願っても、どうしてすべて憶えたままでいられないんだろう。いつでも今しか生きられない私達は、過去や未来に心を奪われながらも、必死に目の前の日々を生きている。もらった優しさや愛情をこぼしながら。それが切なくて、抗いたくて、歌人である私は短歌を作っているところがある。
『ブルー ハワイ』を読了した瞬間、私の胸には安堵が広がった。書くことでようやく浮かび上がってくるようなたくさんの些細な出来事に支えられて、みんな生きているのだと信じられたからだ。小さな遊園地の夕方のパレードのように、次々と登場する過去の記憶、懐かしい出会い。当時はさほど大事ではないと思っていた出来事や、トラブルだって、時間が経てば愛しい思い出に変わっている。強く強く憶えている一割の記憶と、忘れてしまった九割の思い出。後者の方にこそ、過去に戻れない私を励ましてくれる何かがある。
 私の大好きな映画「千と千尋の神隠し」の中で、銭婆はこんなセリフを言う。
「一度あったことは忘れないものさ。思い出せないだけで」
 思い出せないだけで、あったことは消えない。たとえ忘れかけてしまったとしても、それは私の中で眠り続けて、また思い出してもらう時を待っている。
「もしも走馬灯を見るなら、私が見る走馬灯はこういうのがいい」と『ブルー ハワイ』を読んで思った。自分の一生を振り返るときに思い浮かぶ記憶の数々が、こんな風に優しかったら、悔いなく潔くこの世を去れそうな気がした。
 ……ちなみに。調べてみたのだが、走馬灯は死ぬ間際に必ず見られるものではないらしい。見られるのは突然死のケースに多いそうだ。死を確信した極限状態に陥ると、助かりたい一心で脳が助かる方法を検索する。それによってさまざまな記憶があふれかえるのだという。走馬灯に謎の憧れを抱いていた私はショックを受けた。思い出のベストムービーみたいな、そんな穏やかなものじゃないらしい。一番走馬灯を見る確率が高いのは溺死らしい。やだ。溺死、したくない。
 思い出のベストセレクションは自分で作るしかないみたいだ。だったら、これからも些細な幸せや忘れたくない日常について、できる限り書き残していきたいと思った。

(おかもと・まほ 歌人)
波 2023年8月号より
単行本刊行時掲載

何があってもまた呑もうよ

LEO

 世界が窮屈に感じて何度目かのイヤイヤ期に突入しかけた去年の終わり頃、僕はいつものBARで残り少なくなったハイボールと一緒に燃え殻さんを待っていた。
 燃え殻さんは僕が一番最初に好きになった作家さんで、本を読む楽しさや言葉の面白さを教えてくれた人だ。燃え殻さんの新刊『ブルー ハワイ』は僕のすべての感情に触れて、この感動を言葉でどう伝えようかすごく悩んだくらいだ。そんな燃え殻さんに、何度かご飯やら呑みにやら連れて行ってもらい、このBARは僕らの秘密基地の一つになった。
 燃え殻さんは本の中だけでなく、会うたびに色んな感情や言葉に出逢わせてくれ、どこか僕の心の支えのようになっている。その夜も、どこかにある正解や何かを求めて僕から連絡していた。
「お待たせしました」と言いながら燃え殻さんはBARのドアを開け、入り口から一番近い席にいた僕に気づく。その流れでマスターに「すみません、ハイボール」と伝えた。
「調子はどうですか」と僕の隣りに座り、毎週火曜の深夜、J-WAVEで聴いている、あの声で聞いてくる。「まぁいい感じです」と僕は強がって答えた。短い言葉のラリーの後、ハイボールが到着して「お疲れ様でした」と乾杯した。数えきれないほど繰り返してきたこのやり取りを、二人の合言葉のように僕は感じ始めている。
 近況報告をしあって、いい感じに酔いが回ってきた頃、僕はイヤイヤ期に突入しかけたことを報告した。誰かのやさしさを受け取れなくて孤独なこと、そのせいか世界を窮屈に感じて息がしづらいこと。その他にも自分の中にあるネガティブというネガティブな感情のすべてを燃え殻さんに吐き出していた。
 そんな僕の話を「うん、うん」と静かに聞いて、心の膿みたいなものを燃え殻さんは一つずつ丁寧に取り除いていく。そして心の傷口に絆創膏を貼るように「何があってもまた呑もうよ。俺が無職になっても、いつでも奢るから」と呟いて、ハイボールを呑み干した。
 僕は本当にうれしかった。きっとこの先、この人はどんなことがあっても僕に寄り添ってくれると思え、ただただ本当にうれしかった。そんなうれしさとやさしさに包まれながら、僕はある人を思い出していた。
 八年前の十六歳の時、僕はプロ野球選手という夢を諦め、アーティストを目指し始めていた。しかし、その新しい夢は僕の生きている世界から僕を孤立させた。今思えば、あれが初めて世界を窮屈に感じた時だったかもしれない。
 どうしたら良いかわからない。そんなモヤモヤとした感情をポケットにぐちゃぐちゃに突っ込んで、夏休み、遠い親戚の爺ちゃんに会いに行った。五十歳以上離れているのに歳の差を感じさせないヤンチャぶりで、でも多くを語らない職人気質。会えば、元気をくれ、呼吸の仕方を思い出させてくれる。帰り際には「もう来んなよぉ〜」と言うのがお決まりの爺ちゃんだった。
 日々が過ぎて帰る前日の夜、横になる爺ちゃんの背中越しにテレビを見ていた。その大きい背中を見ていると、僕の夢が爺ちゃんにどう見えるのか気になって、思い切ってアーティストになりたいという夢を打ち明けてみた。
 爺ちゃんは話を聞き終えたあと、僕のほうを向いて、「そうか。頑張れよ」と一言だけ言った。直後、またテレビの方を向いてこちらに大きな背中を向けていた。
 この一言は、ポケットに突っ込んでいたぐちゃぐちゃの感情を包み込んで、僕の大事なお守りとなった。どんな時も勇気をくれ、僕はアーティストになることができたと心から思っている。爺ちゃんには何度も「ありがとう」と伝えたかったが、今では伝えることができない。
 そんなことを思い出し、カウンターで隣りにいる燃え殻さんに「ありがとうございます」と精一杯の感謝を伝えていた。
『ブルー ハワイ』を読むと、過去と現在が繋がり、ページをめくるたびに、あの日の自分が鮮やかに甦る。隣りに燃え殻さんのいるBARや爺ちゃんと過ごした夏休みの一夜のように。
 この文章を書きながら、「今夜、忙しいですか?」と僕は燃え殻さんにメッセージを送っていた。

(れお アーティスト・グループBE:FIRST)
波 2023年8月号より
単行本刊行時掲載

インタビュー/対談/エッセイ

こんな感じのチームで「日本代表」に

燃え殻熊谷菜生大橋裕之

新潮社担当者(装幀部・黒田貴/出版部・田中範央)
写真撮影・筒口直弘(新潮社写真部)

カバー誕生の舞台裏

新潮社 燃え殻さん著『それでも日々はつづくから』が「造本装幀コンクール」に入選し、9月に贈呈式が行われました。まず、このコンクールについて簡単に説明させてください。出版社と印刷会社の団体である日本書籍出版協会と日本印刷産業連合会が主催し、前年に刊行された書籍の中から出版社が自社本をエントリーし、本文の文字組みやレイアウト、カバーや表紙の美しさ、資材の適性、印刷、製本などあらゆる角度から審査されます。入選作には日本書籍出版協会理事長賞、文部科学大臣賞、東京都知事賞などがあり、ブックデザインに特化したコンクールはほかになく、スタートは1966年、今年で第五六回となります。

熊谷 新潮社が数ある自社本の中からエントリーしてくれた一冊であることが、ありがたいですね。いただいたのは日本印刷産業連合会会長賞で、印刷業界から素晴らしいと認められたことも、うれしいです。

新潮社 すべての入選作はドイツのライプツィヒで行われる「世界で最も美しい本コンクール」の日本代表として出品され、フランクフルトの「ブックフェア」でも展示されます。

燃え殻 われわれも連れて行って欲しいですね、ドイツ(笑)。

新潮社 重厚な入選作が多いなか、この本は「小B6判」という判型で左右120ミリ×天地182ミリ、一般的な四六判より小ぶりです。この判型は熊谷さんからご提案があって、異論なく、すんなり決まりましたよね。

燃え殻 すんなりでしたね。

新潮社 燃え殻さん、熊谷さん、イラストの大橋さんに新潮社へお越しいただいた、最初の打合せのとき、熊谷さんはカバーのラフを作ってきてくれました。これを見た一同は「おお」「いい」とたしか二十秒くらいで、カバーもすんなり決まりましたよね。

熊谷 いや、すんなりではなかったような……(笑)。カバーデザインを詰めていく中で、燃え殻さんから「違うものも考えてみて欲しい。たとえば、つげ義春さんの本のような、ああいうイメージ、どうですか?」と言われて一度方向転換しています。最初のカバーイメージは、カバーを外した本体表紙に活かされています。

燃え殻 そうだった、忘れてた(苦笑)。つげさんの本が大好きで、古本屋で見つけると、高いなと思っても、つい手が伸びる。つげさんの函入り本の、あのような佇まいもいいなと、そう言えば、熊谷さんに伝えてました。

大橋 私もつげ義春さんはもちろん好きですけど、ラフを見たとき、自分のこの女性のイラストでいいのかなと思ってしまった。顔がはっきりと見えてなくて。

新潮社 秒で決まった! と歓んでいたのに、あの場では様々な思いが渦巻いていたんですね。気づかず、すみませんでした。この本は燃え殻さんが週刊新潮に連載したエッセイをまとめ、カバーで使用しているのは大橋さんによる連載のイラストです。

燃え殻 カバーは女性のキャラクターが良いと熊谷さんに提案していたと思う。大橋さんの描く女性はちょっといろっぽくて、哀愁があり、可愛くて、すごく好きでしたから。

熊谷 アンニュイな女性とたばこの煙、書名と「燃え殻」という著者名は合うだろうなと思いました。イメージは函入りの、書名と著者名が印刷してあるいろがみが表紙に貼られている本。色紙にあたる青色の部分を立たせたくて、そこにエンボス加工かグロスをかけるのもありかと考えたのですが、最終的には箔押しが良いのではないかと装幀部の黒田さんに相談しました。

新潮社 薄い茶系のクラフト紙に濃いめのブルーの色を載せて題簽風にして、イラストと文字は墨にしています。イラストがつぶれず、文字を読みやすくするには、たしかに箔押しが良く、すべてに箔を押しています。

燃え殻 えっ、すべてですか?

新潮社 すべてです。髪の毛の網点とたばこの細くて、たゆたう煙に箔は難しく、無理かなと思いましたが、熊谷さんのデザインと印刷の勝利で、見事な仕上がりになっています(❶)。

❶カバー写真

熊谷 カバーが文芸作品っぽい、しっとりとした雰囲気になったので、帯には遊びを入れて取っつきやすくしたいという思いがすごくあって。大橋さんの描く燃え殻さんのイラストがとても良いので、絶対入れた方がいいとお伝えしたら……。

燃え殻 イヤだ、要らないよと却下しました(笑)。

熊谷 燃え殻さんが寝そべっている、すこしユルい感じのイラストを入れてお見せしたら、こういうものは……と反対された(笑)。

燃え殻 それでも結局、OKしました。そうしたら、帯にはおにぎりが飛んでいたり、カレーライスと抱擁しあう男女のイラスト入りで、けっこう遊んでいて、いい感じになりましたよね(❷)。

❷帯付きカバー写真

大橋 連載をまとめた二作目の『ブルー ハワイ』では、カバーにがっつり燃え殻さんのイラストが入ってますが。

燃え殻 あんなにイヤがっていたのに、何だよ、ですよね(笑)。人って変わるんです。

見ているだけで楽しい本

燃え殻 この前、糸井重里さんに会ったら、今年8月に出した『ブルー ハワイ』をめちゃくちゃ褒めてくれて、「これまでの本で一番良い。イラストの大橋さんは発見だね。これからはずっと二人でまみれながら、やっていくといいよ」って。「まみれながら」って、どういうことか謎でしたが。

新潮社 週刊新潮の連載は百回を超え、『ブルー ハワイ』に収録されている大橋さんの描き下ろしマンガ「イラスト制作裏話」からは、すらすらと描かれている様子がうかがえます。

大橋 そんなことはなくて、毎週、迷ってます。すぐ二、三案浮かぶんですけど、連載がこれだけつづくと、前にも似た感じのものを描いてなかったっけ? と不安になるときもあり。憶えてなかったりするんで、すみません。

燃え殻 前に書いたもの、僕も忘れてます(笑)。

大橋 同じだったら、週刊新潮の連載担当の高岩さんが気づいて、指摘してくれるだろうと頼りにしています。不安がありつつも、楽しんで描いてます。

燃え殻 僕も連載当初は不安で怖すぎて、朝起きるとまず週刊新潮のエッセイを書いて、担当者に送ってました。「原稿、ダメだったら、早めに言ってくださいね」って。

新潮社 かなりストックがたまり、連載を始めた年の夏頃には、年末か年明け掲載号の原稿をお書きになっていたんですよね。

燃え殻 最近は少し先に書いておき、余裕を持てるようにしています。大橋さんのイラストも以前は掲載前に見せてもらっていましたが、いまでは発売日に週刊新潮で初めて見ています。でも、それが良くって。今回はここを切り取ってもらえたかって。

新潮社 こうしてたまった連載を単行本にまとめる際、並びは雑誌の掲載順でなく、シャッフルしています。燃え殻さんのエッセイは基本、時事ネタは扱わず、身辺や過去の出来事をつれづれなるままに回想して綴っているものが多いから、並び替えられるし、並び替えによって味わいも違ってきます。

燃え殻 並び替えの作業はいちばん好きかもしれない、というくらい好きですね。単行本担当の編集者、田中さんと「恋愛っぽい内容のものは固めず、散らしますか」とか「作家業にまつわるものは後半にまとめますか」「本の入り(巻頭)は前向きで、すこし明るめのものにしておきますか」等々、連載のコピーを見ながら何度か話し合いました。ここはアップテンポのリード曲にして、このあたりにバラードを入れておこうかと、アルバムの曲順を決める、あの感じです。

大橋 『ブルー ハワイ』のゲラが送られてきたとき、「打ち上げ花火は途中で飽きるよね」のエッセイがトップで、新刊ではいちばん好きなものだったから、そう来たかと、前のめりになりました。

燃え殻 僕もいちばん好きです、打ち上げ花火。だから巻頭で良いのかと迷った。でも本屋で立ち読みしたり、さわりだけ読んだりするひとに「こういうテイストのエッセイか」とわかってもらいたくて、いきなりシングルカットの曲から始めてみました。

新潮社 大橋さんのイラストは週刊新潮の連載では、このように四角の枠におさめられていますが(❸)、単行本では熊谷さんが四角の枠からイラストを取り出して、ちりばめています(❹)。

❸週刊新潮連載時のイラスト
❹単行本に掲載のイラスト

燃え殻 イラストのちりばめかたがまた、凝りに凝ってる。イラストがこんな感じで入っている本、ほとんど見たことがない。見ているだけで楽しい。

熊谷 燃え殻さんのエッセイは、オープニングとエンディングがあるのが映画のようで、始まりか終わりにイラストを入れるとハマると思いました。それで大橋さんには申し訳ないと思いつつ、枠から取り出させてもらいました。でも大橋さんのイラストは、背景をなくしても、可笑しさや大橋らしさは全然揺るがなくて、絵力が凄いんです。

新潮社 熊谷さんのイラストのレイアウトは尋常でなく手間をかけ、工夫を凝らしてます。

熊谷 この「世界は弱肉強食で出来ている」は、始まりと終わりのどちらにもイラストを入れたら、うまくハマって、すごく気に入っています(❹)。

新潮社 始まりと終わりにイラストが入っているのは、ほかにもあります。これは燃え殻さんが単行本に入れないでボツにしようとしたエッセイですが、押し切って収録してよかったです(❺)。「人生相談」のエッセイでは、つながっていたイラストを切り離し、しかも前と後ろを入れ替えて、つながりを断ち切っています(❻)。

❺始まりと終わりに入っているイラスト
❻切り離して配置されたイラスト

熊谷 大橋さんにはレイアウトを終えたあとでご確認いただいたんですが、NGはひとつもなく、お許しいただけてホッとしました。

大橋 NGどころか、意表をつかれました。こんな風に自分のイラストは使えるんだって。でも本当に大丈夫でしたか? イラスト、かぶってませんでしたか? クルマの中を描いたとき、前にも描いてなかったかと心配になってたんですが。

熊谷 クルマの中のイラストは数枚ありましたが、かぶってませんよ。

燃え殻 大丈夫です、かぶっていても、大橋さんなら可です(笑)。

イメチェンした『ブルー ハワイ』、その理由

新潮社 二冊目の書名は『ブルー ハワイ』。かなりイメチェンしたねと、社内外で言われました。燃え殻さんの週刊誌連載のエッセイをまとめた書名は『すべて忘れてしまうから』『夢に迷って、タクシーを呼んだ』『それでも日々はつづくから』でした。

燃え殻 『すべて忘れてしまうから』を出した直後、ラジオにゲストで呼んでいただき、「『ボクたちはみんな大人になれなかった』以降、燃え殻さんの本だけでなく、長い一文の書名が増えてますね」と言われたことを、ふと思い出して。長い書名が当たり前みたいになって、慣れ親しんだひとには、安心できて良いんだろうけど、読んだことのないひとには、新規で入ってきにくくなっているのではないかと。これまでと違った、抜け感みたいなのが欲しくなり、最初に思いついたのが『ロータス』。担当の田中さんに伝えたら、「良いんじゃないですか」と反対されませんでしたが、薄い反応でしたよね。

新潮社 「ロータスって、何ですか? 本のどこかで謎解きをしてください」とお願いはしていました。

燃え殻 むかし田園都市線の駒沢大学駅の近くに「ロータス」というカフェがあって、行列がよく出来ていて……と思い出し、でも「小洒落た書名にまたしようとしてやがる」と言われるのが癪で。とにかく、短くて、片仮名にしたかったんです。

新潮社 書名の前にカバーで使うイラストが先に決まってましたよね。これも連載のイラストの一枚です。

熊谷 そう言えば、このイラストに「ロータス」の文字を載せて、カバーのラフを作りました。

新潮社 一冊目のときと同じく、だだっ広い新潮社の会議室に全員で集まり、その打合せでもまた可笑しな話がいくつかあって。このイラストは燃え殻さんが鎌倉の海沿いの喫茶店でモーニングを食べているところで、カバーで使うには左右が足りなくて、大橋さんに描き直してもらうことになった。熊谷さんは「おしゃれな鎌倉でなく、うらぶれた熱海っぽい感じにしてください」と大橋さんに念押ししてました(笑)。

燃え殻 小洒落た感じを消しにかかっていた(笑)。

熊谷 新潮社サイドから背表紙に何か絵が欲しいと提案があって、わたしも背に赤い色を使いたいと考えていたんです。海だから灯台かなと話していたら、大橋さんがぼそっと「サメはダメですかね……」と仰って。

燃え殻 熱海にサメ襲来! なんてこと、なさそうですが、あがってきたイラストがサイコーでした。サメの口の中は熊谷さんの望み通りしっかり赤く、血の匂いがするんだけど可愛くて。

熊谷 サメの目もしっかり大橋さんの特徴の切れ長になってるし(❼)。

❼『ブルー ハワイ』のカバーイラスト

新潮社 そんな話でやんやと打合せていたとき、ロータスの次に燃え殻さんが書名候補に挙げていた『ブルー ハワイ』が「海でぴったり」「ハワイっぽくないのがいい」「これしかない」と今度こそ、すんなりと決まりました。カバーの色調はこの打合せの時点で、すでにイエローとブルーで固まっていて、その後、大橋さんの奥さまに着色していただいています。

定番化というか安心材料

熊谷 書名をイメチェンし、燃え殻さんは本の中も変えたいのかなと想像する反面、このカバーにあわせて涼しげでクールなレイアウトにしようか、それとも、がつがつと攻めた方がいいのかと迷い……。

燃え殻 攻めてますよね。熊谷さんの「がつがつ」感がハンパないです。

新潮社 各エッセイのタイトルまわりは前作では統一されていましたが、今作では内容によって吹き出しになったり、看板風になったりして変えてます。ページを示すノンブルは熊谷さんの手書きで、イラストの中に食い込んで、溶け込んでいるものもあります(❽)。そしてイラストのレイアウトが前作より大胆になって、大いに遊んでいます。大橋さんもイラストで遊んでますよね、パロディとか。

❽イラストに溶け込んでいるノンブル

大橋 パロディは似ていすぎると、ファンや本人、関係者から怒られそうで、微妙にずらしてます。また世代的にパロディだとわからないものもありそうで、担当の高岩さん(二十代)に「わかりますか?」と訊いたり、参考図版を付けて送ったりしてました。

燃え殻 「innocent world」のシングルジャケットとか(❾)、「盗んだバイク」のミュージシャンとかのですよね?

❾シングルジャケットのパロディイラスト

大橋 ええ。元ネタがわからなくても、別にいいんですけど。

新潮社 燃え殻さんが文中でアーティスト名を伏せているのに、そっくりさんのイラストを描いたこともありましたよね。ファンが「似ている!」とネットで騒いでいましたが(笑)。

燃え殻 わかるひとには、わかって、誰だかわからなくても、いいですよ(笑)。週刊誌のエッセイの連載はSPA!で始め、週刊新潮に移って、ほとんど切れ目なくつづけ、五年になります。最初のうちは、誰に向けて書いているのか、また誰と仕事しているのかも謎すぎていたんですが、いまは「読んでます」と声をかけてくれる人たちがいて、熊谷さん、大橋さん、新潮社のひとたちとはチームでやっているんだと、やっと感じられています。このことがうれしくて。さっきも言いましたけど、週刊新潮で始めたときは、ただ怖かった。怖かったから、ひたすら書いた。でも一冊目を出した頃から、この連載や単行本化が自分の中で定番化というか安心材料となっていて、楽しみに変わっていきました。二冊目でもルーティン化したり、「お仕事、お仕事」と手抜きや慣れがなく、装幀やイラスト、編集で新しい試みや遊びをチームでやろうとしていた。つづけていかないと、こういうことは、わからないですよね。二冊目で出し切った感があり、三冊目はいまノープランですが、このチームなら任せられるというか、また楽しめる、楽しませてもらえると思っています。

(もえがら 小説家・エッセイスト)
(くまがい・なお ブックデザイナー)
(おおはし・ひろゆき マンガ家)
波 2023年11月号より
単行本刊行時掲載

『ブルー ハワイ』燃え殻/著 紹介動画

「造本装幀コンクール」入賞の前作と新作

『それでも日々はつづくから』『ブルー ハワイ』書影

それでも日々はつづくから
2023年6月発表の「第56回造本装幀コンクール」に入賞、2024年ドイツで開催の「世界で最も美しい本コンクール」に日本代表として出品されます。

『ブルー ハワイ』
『それでも日々はつづくから』と同様、週刊新潮連載のエッセイを精選、大橋裕之さんの連載イラストもふんだんに掲載、描き下ろし漫画とエッセイも収録されています。

波 2023年8月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

燃え殻

モエガラ

1973(昭和48)年神奈川県横浜市生れ。2017(平成29)年、『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetflixで映画化、またエッセイ集『すべて忘れてしまうから』はDisney+とテレビ東京でドラマ化され、ほかにも映像化、舞台化が相次ぐ。著書に、小説『これはただの夏』『湯布院奇行』、エッセイ集『それでも日々はつづくから』『ブルー ハワイ』『断片的回顧録』『夢に迷ってタクシーを呼んだ』などがある。

関連書籍

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