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それでも日々はつづくから

燃え殻/著

1,595円(税込)

発売日:2022/04/27

  • 書籍
  • 電子書籍あり

ズルズルと行けるところまで、やってみるしかない。『ボクたちはみんな大人になれなかった』著者のエッセイ集。

日々、僕たちは少しずつ摩耗し、「いっそ消えてしまいたい」それくらいの傷だらけで今日も生きている。決定的に死にたくなるような出来事は、そんなに起きないけれど。「己を鼓舞する呪文がほしい。この本にはそのヒントがあります」と壇蜜さんも推薦!! 週刊新潮連載の人気エッセイ(+コラムとマンガ入り)、待望の書籍化。

目次
疲れると人間に会いたくなるのだ
「解放してあげるよ」
「いま、広島だよ」と打ち込んで、結局、中目黒で降りていった
世の中はとにかくミュージシャンに甘い
四十代も半ばを過ぎて
「暗証番号は1010、私の誕生日、10月10日」
家出少女とピンク映画
「じゃあ、このまま行こうよ。熱海」
食事、睡眠、マッチングアプリ
クレーマー クレーマー
バニラ♪ バニラ♪ バニラ♪ バニラ♪
「お前、覚えてろよ」
チーム『それでも日々はつづくから』
大橋裕之 マンガ 燃え殻 コラム 「目黒川」
「俺さ、井上陽水と飯を食ったことあるんだよ」
まーまー好きだった人
ナポリタン、インスタ映え前夜
プロドタキャン
「袋、いりますか?」「あ、大丈夫です」
大橋裕之 マンガ 「ただの夏」
挫折だと思ったら左折だった
「お客」に必ず「様」を付けろという「輩」
この連載にファンレターが届いた!
なんならこのまま箱根湯本まで
誰も許さなくていい、生き延びてほしい。
「そもそも答えなんてないから」
カニクリームコロッケ来なさすぎ問題
人生の松竹梅をまんべんなく味わう男
大橋裕之 マンガ 燃え殻 コラム 「カレーライス」
暗闇から手を伸ばせ
大橋裕之 マンガ 燃え殻 コラム 「自称ミュージシャン」
世界は弱肉強食で出来ている
夢や希望よりも「生きてるだけで立派」な年頃
ブエノスアイレス発の銀河鉄道
「運命」と呼んで片付ける日々
ピンクとグレーと無人島
「すみません、サインもらっていいですか?」
「では一枚だけ頬杖ください」
「行け! いましかない!」
人はトークイベントに行かない生き物です
ついに原作者先生役が回ってきた
魂がゾクッとする
「好きな男ができたから別れたいの」
ネットはあらゆるミシュランの巣窟
「死にたいです、なる早で連絡ください」
「どっちかというと消えたい」くらいの傷だらけで生きている
人間の取り扱い説明書

書誌情報

読み仮名 ソレデモヒビハツヅクカラ
装幀 大橋裕之/装画、熊谷菜生/装幀・ブックデザイン
雑誌から生まれた本 週刊新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 192ページ
ISBN 978-4-10-351013-0
C-CODE 0095
ジャンル 文学・評論
定価 1,595円
電子書籍 価格 1,595円
電子書籍 配信開始日 2022/04/27

書評

ダメな自分の愛し方

椎木知仁

 何年か前によく友人や知り合いから「燃え殻さんって知ってる?」と連絡をもらった時期があった。周りの友人曰く「とにかく椎木くんに読んでほしい!」「絶対好きだから!」と僕にぴったりの作家さんだということだった。その中には燃え殻さんと会ったことがある友人もいて、彼らに「どんな人なの?」とも聞いたことがあったが、「燃え殻さん自体が……? う~ん、会ってみたらわかるよ……」というようななぜか若干呆れているような答えが返ってきた。僕は「さすがにこんな文章を書く作家さんは曲者なんだろう……」と思うのと同時に、きっとこの感じであれば望まずともいつか自然に飲みの席でバッタリお会いできたりするんではないか? と思っていたが、それから今日まで僕が燃え殻さんに会うことはなかった。
 それから数年後、「燃え殻さんの連載エッセイの書評の依頼が来ています。」と連絡があった。正直、燃え殻さんが別のバンドマンと交流があることも知っていたし、今まで別のバンドマンが似たような仕事をしている所も見ていたので、そんな会ったことのない男に私は簡単に抱かれないよ! という気持ちだったが、「ご本人が椎木さんを希望してくれたみたいです。」と言われ、僕の楽曲のことやTwitterのことを褒めてくれていると聞き、まんまとまんざらじゃなくなり、ありがたく二つ返事で受けることにした。
 文章の上手さ、表現の豊かさは不思議で、どんなに恥ずかしい出来事、辛い経験、ダメダメなエピソードも美しく昇華してしまうことがある。最っ低な人間性も文章力と表現力があれば紙の上で美談になり輝くのだ。「結局、超ダメ人間じゃん!」と言われればそれまででも、そのダメさが愛おしく、癖になり、人を魅了することを、燃え殻さんははっきりわかっていると思う。そしてそれは恥ずかしい自分の助け方、辛い過去の自分への寄り添い方、ダメな自分の愛し方を、日記の中から燃え殻さんに教えてもらっているような気持ちにさせてくれた。各所に「あるある。」と思えることや、「そんなに卑屈にならなくても……」と思うようなことがちりばめられており、全ては燃え殻さん本人の自分の気持ちの吐露なのだが、まるで自分に起きたことのように想像できたり、目の前の友人の話を聞いているような感覚にさせてくれた。読み出すと早々に「世の中はとにかくミュージシャンに甘い」という見出しのエッセイがあり、きっと僕らにチクチクと何かを伝えてきているが、人の文句を書いても、さらに自分を下げて書くスタイルはズルいとしか言いようがないくらいに上手い。
 きっと燃え殻さんが類い稀なる“愛されボーイ”であることは間違い無いと思う。昨今は人も作品も加工されて当たり前の時代である。写真の中で頭に耳が生え、顔がグレイ型の宇宙人みたいに小さくなって、実際と全くの別物になろうが、もう誰も違和感を覚えない時代である。その中で燃え殻さんが燃え殻というフィルターで加工していく世界はどうにもやるせなく、そして愛おしい。自分の書く文章への酔い方が、こんな僕でよかったら……という愛されるまでの待ち方がこんなにもわかっている人は“愛されボーイ”であるに違いない。言い方を変えたら“愛され方わかってるボーイ”に違いない。降り注ぐ不幸を、恥を、辛さを、全部自分のガソリンにしてしまうのだと思う。それは言い換えれば人の不幸もその人のガソリンにしてあげることができる人だということだ。燃え殻さんの加工フィルターで人生を切り取れたら、もっと自分を愛せる人たちが増えると思う。
 あの日、友人が答えた「燃え殻さん自体が……? う~ん、会ってみたらわかるよ……」という言葉の真相はわからない。本当は自己プロモーションに長けた計算高い完璧人間なのかもしれない。それはわからないけど、僕はこんなエッセイを書く人は、どうかちゃんとダメ人間でありますように、と願っている。転んでも、流されても、サボっても、嘘をついても、誰かに刺されても、最後は愛される文章を書く男は、本当に文章が上手すぎるだけで、自分に酔っているだけの最低な男でありますように、と願っている。
 なぜなら、完璧ばかりが増える世の中で、僕らが触れたいのは不完全だからだ。ダメ風じゃダメで、ダメじゃなきゃダメなんだ。エッセイ集『それでも日々はつづくから』は僕からしてみれば“ダメな自分の愛し方”だった。

(しいき・ともみ My Hair is Badボーカル、ギター)
波 2022年5月号より
単行本刊行時掲載

鎮静と高揚、女性エピソード多め

エル・デスペラード

 実は本を読む前に燃え殻さんご本人にお会いしています。三年前、ゆでたまご先生のコミック『キン肉マン』の連載四十周年記念パーティにご招待いただき、燃え殻さんと爪切男さんもいらしていて、ご紹介を受けてお話ししたり、写真を一緒に撮ったりしました。そのあと、おふたりの連載エッセイが載っていた週刊SPA!を買って読むようになり、去年は『キン肉マン』の座談会に呼んでもらい、おふたりの小説も読んでいた。燃え殻さんのエッセイは、ちょっとうれしいことや思い出したくもないイヤだったことなどが書かれ、「うわっ、俺もこういう経験した」とむかしの自分を思い出させてくれるんですよね。子どもの頃、スポーツをやっていて、プロレスラーをめざしてはいましたが、いかんせん明るい性格でなく、仲間を積極的につくるようなタイプでもなかったから、「凄くわかる!」と心のなかで燃え殻さんに呼びかけていました。
 新刊の『それでも日々はつづくから』はゲラをいただき、まず通して読み、それから四、五回は読み返していると思います。試合と試合の移動中にパッとランダムに開いたページを読む。各エッセイは見開きの四ページで一篇となっていて、とても読みやすく、そのままつづきを読んだり、パラパラとめくり直したりしていました。職業柄、試合中はもちろんのこと試合前と試合後もアドレナリンが出つづけ、精神が昂ぶりすぎる状態がつづきます。トレーナーの先生から「試合の前と後で精神のスイッチをオンオフで切り替えた方が良い」と言われていました。このエッセイ集を読んでいたらリング外のテンションがどんどん落ち着いていった。試合に勝った日も負けた日も。スイッチがオフになって、精神は鎮静化していき、ふつうの状態に戻っていくような感じでした。
「ネットはあらゆるミシュランの巣窟」というタイトルのエッセイでは、チェーン店にすらミシュランの調査員気取りでネットで批評する人たちを取り上げ、「『お客様は神様です』は全国民でなく、朝礼で社員にだけ言うべきだった」と言い切り、わかりすぎる程、わかる。また、「ピンクとグレーと無人島」という一篇はNEWSの加藤シゲアキさんとラジオで対談したときの話で、加藤さんの本のあとがきの「なんの賞も獲らずに小説を出せているのは、僕がジャニーズだからと自覚しています」という一節を引用し、「数十万分の一の規模だが、僕もその気分はわかった」とツイッターのフォロワー数がハンパではない燃え殻さんは共感している。僕は新日本プロレスのリングに上がっていて、いま(チャンピオン)ベルトも持っており、おそらくそういうこともあって『キン肉マン』さんのパーティや座談会、このインタビューにも呼んでもらっていると思うんです。ですから、おこがましいとはわかっているけど、僕も燃え殻さんのように「数十万分の一」の「その気分」を味わい、なんだか加藤シゲアキさんのことが好きになっていました。
 このエッセイ集は「『解放してあげるよ』」「家出少女とピンク映画」「『いま、広島だよ』と打ち込んで、結局、中目黒で降りていった」など女性にモテたり、別れたり、といった女性エピソードが多めな印象もあります。他人の怖さや勝手さなどネガティブなことが書かれてあるのに面白おかしくて、燃え殻さんの小説にも似て、希望でも絶望でもあるような、名前のつけられない感情に襲われます。どのエッセイも最後の一行のあと、「それでも日々はつづくから」という一文をつけたくなり、実際、つけられる。これ以上はない素晴らしいタイトル(書名)ですね。
 一篇だけ、精神が落ち着くことなく、高揚させられたものがあります。それは燃え殻さん原作の『ボクたちはみんな大人になれなかった』が映画化され、プレミア上映で観に行ったときの話です。映画の中でむかし彼女に言われた言葉が女優の伊藤沙莉さんの声で再現されたのを聞いて、燃え殻さんは「恥ずかしながら落涙してしまった」。つづけて「あのときの彼女はもういない。ならば自分で自分を鼓舞するだけだ。大丈夫、君は面白い」と書く。こういった経験は僕にはなかったけど、リングに上がる前、スイッチが入りそうです。「君は大丈夫」だと僕も自分を鼓舞したくなっています。(談)

(エル・デスペラード プロレスラー)
波 2022年5月号より
単行本刊行時掲載

インタビュー/対談/エッセイ

こんな感じのチームで「日本代表」に

燃え殻熊谷菜生大橋裕之

新潮社担当者(装幀部・黒田貴/出版部・田中範央)
写真撮影・筒口直弘(新潮社写真部)

カバー誕生の舞台裏

新潮社 燃え殻さん著『それでも日々はつづくから』が「造本装幀コンクール」に入選し、9月に贈呈式が行われました。まず、このコンクールについて簡単に説明させてください。出版社と印刷会社の団体である日本書籍出版協会と日本印刷産業連合会が主催し、前年に刊行された書籍の中から出版社が自社本をエントリーし、本文の文字組みやレイアウト、カバーや表紙の美しさ、資材の適性、印刷、製本などあらゆる角度から審査されます。入選作には日本書籍出版協会理事長賞、文部科学大臣賞、東京都知事賞などがあり、ブックデザインに特化したコンクールはほかになく、スタートは1966年、今年で第五六回となります。

熊谷 新潮社が数ある自社本の中からエントリーしてくれた一冊であることが、ありがたいですね。いただいたのは日本印刷産業連合会会長賞で、印刷業界から素晴らしいと認められたことも、うれしいです。

新潮社 すべての入選作はドイツのライプツィヒで行われる「世界で最も美しい本コンクール」の日本代表として出品され、フランクフルトの「ブックフェア」でも展示されます。

燃え殻 われわれも連れて行って欲しいですね、ドイツ(笑)。

新潮社 重厚な入選作が多いなか、この本は「小B6判」という判型で左右120ミリ×天地182ミリ、一般的な四六判より小ぶりです。この判型は熊谷さんからご提案があって、異論なく、すんなり決まりましたよね。

燃え殻 すんなりでしたね。

新潮社 燃え殻さん、熊谷さん、イラストの大橋さんに新潮社へお越しいただいた、最初の打合せのとき、熊谷さんはカバーのラフを作ってきてくれました。これを見た一同は「おお」「いい」とたしか二十秒くらいで、カバーもすんなり決まりましたよね。

熊谷 いや、すんなりではなかったような……(笑)。カバーデザインを詰めていく中で、燃え殻さんから「違うものも考えてみて欲しい。たとえば、つげ義春さんの本のような、ああいうイメージ、どうですか?」と言われて一度方向転換しています。最初のカバーイメージは、カバーを外した本体表紙に活かされています。

燃え殻 そうだった、忘れてた(苦笑)。つげさんの本が大好きで、古本屋で見つけると、高いなと思っても、つい手が伸びる。つげさんの函入り本の、あのような佇まいもいいなと、そう言えば、熊谷さんに伝えてました。

大橋 私もつげ義春さんはもちろん好きですけど、ラフを見たとき、自分のこの女性のイラストでいいのかなと思ってしまった。顔がはっきりと見えてなくて。

新潮社 秒で決まった! と歓んでいたのに、あの場では様々な思いが渦巻いていたんですね。気づかず、すみませんでした。この本は燃え殻さんが週刊新潮に連載したエッセイをまとめ、カバーで使用しているのは大橋さんによる連載のイラストです。

燃え殻 カバーは女性のキャラクターが良いと熊谷さんに提案していたと思う。大橋さんの描く女性はちょっといろっぽくて、哀愁があり、可愛くて、すごく好きでしたから。

熊谷 アンニュイな女性とたばこの煙、書名と「燃え殻」という著者名は合うだろうなと思いました。イメージは函入りの、書名と著者名が印刷してあるいろがみが表紙に貼られている本。色紙にあたる青色の部分を立たせたくて、そこにエンボス加工かグロスをかけるのもありかと考えたのですが、最終的には箔押しが良いのではないかと装幀部の黒田さんに相談しました。

新潮社 薄い茶系のクラフト紙に濃いめのブルーの色を載せて題簽風にして、イラストと文字は墨にしています。イラストがつぶれず、文字を読みやすくするには、たしかに箔押しが良く、すべてに箔を押しています。

燃え殻 えっ、すべてですか?

新潮社 すべてです。髪の毛の網点とたばこの細くて、たゆたう煙に箔は難しく、無理かなと思いましたが、熊谷さんのデザインと印刷の勝利で、見事な仕上がりになっています(❶)。

❶カバー写真

熊谷 カバーが文芸作品っぽい、しっとりとした雰囲気になったので、帯には遊びを入れて取っつきやすくしたいという思いがすごくあって。大橋さんの描く燃え殻さんのイラストがとても良いので、絶対入れた方がいいとお伝えしたら……。

燃え殻 イヤだ、要らないよと却下しました(笑)。

熊谷 燃え殻さんが寝そべっている、すこしユルい感じのイラストを入れてお見せしたら、こういうものは……と反対された(笑)。

燃え殻 それでも結局、OKしました。そうしたら、帯にはおにぎりが飛んでいたり、カレーライスと抱擁しあう男女のイラスト入りで、けっこう遊んでいて、いい感じになりましたよね(❷)。

❷帯付きカバー写真

大橋 連載をまとめた二作目の『ブルー ハワイ』では、カバーにがっつり燃え殻さんのイラストが入ってますが。

燃え殻 あんなにイヤがっていたのに、何だよ、ですよね(笑)。人って変わるんです。

見ているだけで楽しい本

燃え殻 この前、糸井重里さんに会ったら、今年8月に出した『ブルー ハワイ』をめちゃくちゃ褒めてくれて、「これまでの本で一番良い。イラストの大橋さんは発見だね。これからはずっと二人でまみれながら、やっていくといいよ」って。「まみれながら」って、どういうことか謎でしたが。

新潮社 週刊新潮の連載は百回を超え、『ブルー ハワイ』に収録されている大橋さんの描き下ろしマンガ「イラスト制作裏話」からは、すらすらと描かれている様子がうかがえます。

大橋 そんなことはなくて、毎週、迷ってます。すぐ二、三案浮かぶんですけど、連載がこれだけつづくと、前にも似た感じのものを描いてなかったっけ? と不安になるときもあり。憶えてなかったりするんで、すみません。

燃え殻 前に書いたもの、僕も忘れてます(笑)。

大橋 同じだったら、週刊新潮の連載担当の高岩さんが気づいて、指摘してくれるだろうと頼りにしています。不安がありつつも、楽しんで描いてます。

燃え殻 僕も連載当初は不安で怖すぎて、朝起きるとまず週刊新潮のエッセイを書いて、担当者に送ってました。「原稿、ダメだったら、早めに言ってくださいね」って。

新潮社 かなりストックがたまり、連載を始めた年の夏頃には、年末か年明け掲載号の原稿をお書きになっていたんですよね。

燃え殻 最近は少し先に書いておき、余裕を持てるようにしています。大橋さんのイラストも以前は掲載前に見せてもらっていましたが、いまでは発売日に週刊新潮で初めて見ています。でも、それが良くって。今回はここを切り取ってもらえたかって。

新潮社 こうしてたまった連載を単行本にまとめる際、並びは雑誌の掲載順でなく、シャッフルしています。燃え殻さんのエッセイは基本、時事ネタは扱わず、身辺や過去の出来事をつれづれなるままに回想して綴っているものが多いから、並び替えられるし、並び替えによって味わいも違ってきます。

燃え殻 並び替えの作業はいちばん好きかもしれない、というくらい好きですね。単行本担当の編集者、田中さんと「恋愛っぽい内容のものは固めず、散らしますか」とか「作家業にまつわるものは後半にまとめますか」「本の入り(巻頭)は前向きで、すこし明るめのものにしておきますか」等々、連載のコピーを見ながら何度か話し合いました。ここはアップテンポのリード曲にして、このあたりにバラードを入れておこうかと、アルバムの曲順を決める、あの感じです。

大橋 『ブルー ハワイ』のゲラが送られてきたとき、「打ち上げ花火は途中で飽きるよね」のエッセイがトップで、新刊ではいちばん好きなものだったから、そう来たかと、前のめりになりました。

燃え殻 僕もいちばん好きです、打ち上げ花火。だから巻頭で良いのかと迷った。でも本屋で立ち読みしたり、さわりだけ読んだりするひとに「こういうテイストのエッセイか」とわかってもらいたくて、いきなりシングルカットの曲から始めてみました。

新潮社 大橋さんのイラストは週刊新潮の連載では、このように四角の枠におさめられていますが(❸)、単行本では熊谷さんが四角の枠からイラストを取り出して、ちりばめています(❹)。

❸週刊新潮連載時のイラスト
❹単行本に掲載のイラスト

燃え殻 イラストのちりばめかたがまた、凝りに凝ってる。イラストがこんな感じで入っている本、ほとんど見たことがない。見ているだけで楽しい。

熊谷 燃え殻さんのエッセイは、オープニングとエンディングがあるのが映画のようで、始まりか終わりにイラストを入れるとハマると思いました。それで大橋さんには申し訳ないと思いつつ、枠から取り出させてもらいました。でも大橋さんのイラストは、背景をなくしても、可笑しさや大橋らしさは全然揺るがなくて、絵力が凄いんです。

新潮社 熊谷さんのイラストのレイアウトは尋常でなく手間をかけ、工夫を凝らしてます。

熊谷 この「世界は弱肉強食で出来ている」は、始まりと終わりのどちらにもイラストを入れたら、うまくハマって、すごく気に入っています(❹)。

新潮社 始まりと終わりにイラストが入っているのは、ほかにもあります。これは燃え殻さんが単行本に入れないでボツにしようとしたエッセイですが、押し切って収録してよかったです(❺)。「人生相談」のエッセイでは、つながっていたイラストを切り離し、しかも前と後ろを入れ替えて、つながりを断ち切っています(❻)。

❺始まりと終わりに入っているイラスト
❻切り離して配置されたイラスト

熊谷 大橋さんにはレイアウトを終えたあとでご確認いただいたんですが、NGはひとつもなく、お許しいただけてホッとしました。

大橋 NGどころか、意表をつかれました。こんな風に自分のイラストは使えるんだって。でも本当に大丈夫でしたか? イラスト、かぶってませんでしたか? クルマの中を描いたとき、前にも描いてなかったかと心配になってたんですが。

熊谷 クルマの中のイラストは数枚ありましたが、かぶってませんよ。

燃え殻 大丈夫です、かぶっていても、大橋さんなら可です(笑)。

イメチェンした『ブルー ハワイ』、その理由

新潮社 二冊目の書名は『ブルー ハワイ』。かなりイメチェンしたねと、社内外で言われました。燃え殻さんの週刊誌連載のエッセイをまとめた書名は『すべて忘れてしまうから』『夢に迷って、タクシーを呼んだ』『それでも日々はつづくから』でした。

燃え殻 『すべて忘れてしまうから』を出した直後、ラジオにゲストで呼んでいただき、「『ボクたちはみんな大人になれなかった』以降、燃え殻さんの本だけでなく、長い一文の書名が増えてますね」と言われたことを、ふと思い出して。長い書名が当たり前みたいになって、慣れ親しんだひとには、安心できて良いんだろうけど、読んだことのないひとには、新規で入ってきにくくなっているのではないかと。これまでと違った、抜け感みたいなのが欲しくなり、最初に思いついたのが『ロータス』。担当の田中さんに伝えたら、「良いんじゃないですか」と反対されませんでしたが、薄い反応でしたよね。

新潮社 「ロータスって、何ですか? 本のどこかで謎解きをしてください」とお願いはしていました。

燃え殻 むかし田園都市線の駒沢大学駅の近くに「ロータス」というカフェがあって、行列がよく出来ていて……と思い出し、でも「小洒落た書名にまたしようとしてやがる」と言われるのが癪で。とにかく、短くて、片仮名にしたかったんです。

新潮社 書名の前にカバーで使うイラストが先に決まってましたよね。これも連載のイラストの一枚です。

熊谷 そう言えば、このイラストに「ロータス」の文字を載せて、カバーのラフを作りました。

新潮社 一冊目のときと同じく、だだっ広い新潮社の会議室に全員で集まり、その打合せでもまた可笑しな話がいくつかあって。このイラストは燃え殻さんが鎌倉の海沿いの喫茶店でモーニングを食べているところで、カバーで使うには左右が足りなくて、大橋さんに描き直してもらうことになった。熊谷さんは「おしゃれな鎌倉でなく、うらぶれた熱海っぽい感じにしてください」と大橋さんに念押ししてました(笑)。

燃え殻 小洒落た感じを消しにかかっていた(笑)。

熊谷 新潮社サイドから背表紙に何か絵が欲しいと提案があって、わたしも背に赤い色を使いたいと考えていたんです。海だから灯台かなと話していたら、大橋さんがぼそっと「サメはダメですかね……」と仰って。

燃え殻 熱海にサメ襲来! なんてこと、なさそうですが、あがってきたイラストがサイコーでした。サメの口の中は熊谷さんの望み通りしっかり赤く、血の匂いがするんだけど可愛くて。

熊谷 サメの目もしっかり大橋さんの特徴の切れ長になってるし(❼)。

❼『ブルー ハワイ』のカバーイラスト

新潮社 そんな話でやんやと打合せていたとき、ロータスの次に燃え殻さんが書名候補に挙げていた『ブルー ハワイ』が「海でぴったり」「ハワイっぽくないのがいい」「これしかない」と今度こそ、すんなりと決まりました。カバーの色調はこの打合せの時点で、すでにイエローとブルーで固まっていて、その後、大橋さんの奥さまに着色していただいています。

定番化というか安心材料

熊谷 書名をイメチェンし、燃え殻さんは本の中も変えたいのかなと想像する反面、このカバーにあわせて涼しげでクールなレイアウトにしようか、それとも、がつがつと攻めた方がいいのかと迷い……。

燃え殻 攻めてますよね。熊谷さんの「がつがつ」感がハンパないです。

新潮社 各エッセイのタイトルまわりは前作では統一されていましたが、今作では内容によって吹き出しになったり、看板風になったりして変えてます。ページを示すノンブルは熊谷さんの手書きで、イラストの中に食い込んで、溶け込んでいるものもあります(❽)。そしてイラストのレイアウトが前作より大胆になって、大いに遊んでいます。大橋さんもイラストで遊んでますよね、パロディとか。

❽イラストに溶け込んでいるノンブル

大橋 パロディは似ていすぎると、ファンや本人、関係者から怒られそうで、微妙にずらしてます。また世代的にパロディだとわからないものもありそうで、担当の高岩さん(二十代)に「わかりますか?」と訊いたり、参考図版を付けて送ったりしてました。

燃え殻 「innocent world」のシングルジャケットとか(❾)、「盗んだバイク」のミュージシャンとかのですよね?

❾シングルジャケットのパロディイラスト

大橋 ええ。元ネタがわからなくても、別にいいんですけど。

新潮社 燃え殻さんが文中でアーティスト名を伏せているのに、そっくりさんのイラストを描いたこともありましたよね。ファンが「似ている!」とネットで騒いでいましたが(笑)。

燃え殻 わかるひとには、わかって、誰だかわからなくても、いいですよ(笑)。週刊誌のエッセイの連載はSPA!で始め、週刊新潮に移って、ほとんど切れ目なくつづけ、五年になります。最初のうちは、誰に向けて書いているのか、また誰と仕事しているのかも謎すぎていたんですが、いまは「読んでます」と声をかけてくれる人たちがいて、熊谷さん、大橋さん、新潮社のひとたちとはチームでやっているんだと、やっと感じられています。このことがうれしくて。さっきも言いましたけど、週刊新潮で始めたときは、ただ怖かった。怖かったから、ひたすら書いた。でも一冊目を出した頃から、この連載や単行本化が自分の中で定番化というか安心材料となっていて、楽しみに変わっていきました。二冊目でもルーティン化したり、「お仕事、お仕事」と手抜きや慣れがなく、装幀やイラスト、編集で新しい試みや遊びをチームでやろうとしていた。つづけていかないと、こういうことは、わからないですよね。二冊目で出し切った感があり、三冊目はいまノープランですが、このチームなら任せられるというか、また楽しめる、楽しませてもらえると思っています。

(もえがら 小説家・エッセイスト)
(くまがい・なお ブックデザイナー)
(おおはし・ひろゆき マンガ家)
波 2023年11月号より
「造本装幀コンクール」入賞時掲載

「造本装幀コンクール」入賞と新作

『それでも日々はつづくから』『ブルー ハワイ』書影

『それでも日々はつづくから』
2023年6月発表の「第56回造本装幀コンクール」に入賞、2024年ドイツで開催の「世界で最も美しい本コンクール」に日本代表として出品されます。

ブルー ハワイ
『それでも日々はつづくから』と同様、週刊新潮連載のエッセイを精選、大橋裕之さんの連載イラストもふんだんに掲載、描き下ろし漫画とエッセイも収録されています。

波 2023年8月号より
「造本装幀コンクール」入賞時掲載

著者プロフィール

燃え殻

モエガラ

1973(昭和48)年神奈川県横浜市生れ。2017(平成29)年、『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetflixで映画化、またエッセイ集『すべて忘れてしまうから』はDisney+とテレビ東京でドラマ化され、ほかにも映像化、舞台化が相次ぐ。著書に、小説『これはただの夏』『湯布院奇行』、エッセイ集『それでも日々はつづくから』『ブルー ハワイ』『断片的回顧録』『夢に迷ってタクシーを呼んだ』などがある。

関連書籍

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