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息子たちよ、森で別れた友(ノモレ)を探しておくれ。
百年間語り継がれた“再会の約束”は、果たされるのか――。

ノモレ

国分拓/著

1,728円(税込)

本の仕様

発売日:2018/06/22

読み仮名 ノモレ
装幀 Eduardo Makino/カバー写真 撮影、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 300ページ
ISBN 978-4-10-351961-4
C-CODE 0095
ジャンル 社会学、ノンフィクション、地理・地域研究
定価 1,728円
電子書籍 価格 1,728円
電子書籍 配信開始日 2018/07/13

ペルー・アマゾンの村長ロメウは、文明社会と未接触の先住民イゾラドが突如現れたと知らされる。ロメウの曾祖父が言い残した、百年前に生き別れになった仲間の話。ロメウは、イゾラドが、その子孫ではないかと思い始めるが――。大宅ノンフィクション賞受賞作『ヤノマミ』から8年、NHKスペシャル「最後のイゾラド」から生まれた奇跡のノンフィクション!

著者プロフィール

国分拓 コクブン・ヒロム

1965(昭和40)年宮城県生れ。1988年早稲田大学法学部卒業。NHKディレクター。手掛けた番組に「隔絶された人々 イゾラド」「マジカルミステリー工場ツアー」「ファベーラの十字架 2010夏」「あの日から1年 南相馬〜原発最前線の街で生きる」「最後のイゾラド 森の果て 未知の人々」「ガリンペイロ 黄金を求める男たち」「ボブ・ディラン ノーベル賞詩人魔法の言葉」など。著書『ヤノマミ』で2010年、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、2011年大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

書評

罪深い私たちの物語

最相葉月

 人類の奥深く眠る遺伝子の記憶が揺さぶられる物語だ。インターネットで覆われた二十一世紀の地球にあって、おとぎ話のように思えるが、これは取材に基づく事実である。
 南米ペルー・アマゾンの一つの集落にこんな言い伝えがあった。百年以上前、スペインやポルトガルの男たちが「黒い黄金」と呼ばれるゴムを求めてやってきた。農園では先住民が過酷な労働を強いられた。銃で脅され、感染症で次々と死んだ。多くはイネ族だった。
 ある日、イネ族の五人の男が農園主を殺し、奴隷小屋から仲間を解放してみんなで逃げた。捕まれば殺される。故郷での再会を誓って二手に分かれた。一方は故郷にたどり着いたが、もう一方は森に消えた。
 故郷に戻った者たちは世を去る時、子や孫を集めてこう言った。「森で別れた仲間ノモレに会いたい。息子たちよ、ノモレを探してくれ」と。
 それから百年が過ぎた現代、イネ族の青年、ロメウ・ポンシアーノ・セバスチャンが本書の主人公だ。「神の母の川」の名をもつマドレ・デ・ディオスの奥深い源流域の近くに集落はある。村には宣教師が服や薬、聖書とスペイン語を伝え、NGOが民主主義と人権を伝えた。ロメウは村のリーダーとして、集落の振興や先住民族の権利拡大に奔走していた。
 そんな彼が、ペルー政府文化省に呼び出されたところから物語が動き出す。文明社会と接触したことのない先住民「イゾラド」が現れ、村人が殺された。ロメウに課せられた任務は、政府が設置した拠点で対岸の彼らを監視することだった。と書けば、生き別れたノモレの子孫が再会する感動、、の物語を想像するが、アマゾンをめぐる現実は単純ではない。
 始まりは彼らのSOSだった。娘がけがをした、助けてくれと。治療をきっかけに交流が始まった。彼らの言葉はスペイン語の影響を受ける前の祖父母の言葉に似て、懐かしかった。ロメウは彼らをノモレだと信じた。
 対岸の家族はだんだん増える。本名も名乗った。信頼の証だ。ある日、ロメウは別れ際に言われる。「お前の家族に会いたい」。
 イゾラドとの意図的な接触は違法であり、今の距離を保ちつつ部族の実態を探ることがロメウの務めだ。過去には、森林や鉱物資源目当ての不法侵入者によって殺されたり、病に感染させられたりして絶滅した先住民族がいる。悲劇を繰り返さないためには保護するしかない――というのは大義名分で、観光による外貨獲得という目論見が隠されていた。
「自分は何者なのか」。ロメウは自問する。「自分はペルー社会の一員である以上に、イゾラドの末裔なのではないか。土地を奪われ、病気で死に、奴隷となってもなお森で生き延びてきた彼らの、営みを受け継いできたはずの子孫なのではないか。/とすれば、自分が信じるべきものとは、森のルールなのではないか」。
 本書には時折、先住民族の伝承が配置される。端的だが、今あるものを確かに感じとろうとする表現で、そこだけ時間の流れがゆるやかになる。「音がすると、足は止まる。/どんな音でも、足は止まる」。彼らの世界では、危険を察知するのも意思を伝えるのも音だ。「森に雷鳴が響いても怖くはない。/雷がどのようなものか、わたしはよく知っている。大昔から知っている」。「わたしは、あの音だけを恐れる。/森で聞いたことのない、あの音だけを恐れる。/森にはない音がすると、耳を塞ぐ。/怖くなって、わたしは森を逃げる」。
 文明の言葉と非文明の言葉の対比によって、文明社会が先住民族の何を破壊してきたのかが浮きぼりになる。流れの異なる時間と時間がぶつかって時空がゆがむ。本書が描くのは、その瞬間だ。
 奥アマゾンの先住民族ヤノマミとの暮らしを描いた前作から八年。本作では取材者は黒子となり、一貫してロメウの視点で描かれる。文明の境目に生きる先住民族同士の出会いと別れが、新たな物語として語り継がれる未来を示唆して、本書は幕を閉じる。背景には私たちの姿が見え隠れする。『ノモレ』は、罪深い私たちの物語でもある。

(さいしょう・はづき ノンフィクションライター)
波 2018年7月号より
単行本刊行時掲載

目次

序 生き残った者たちが言い遺した話
第一部 救世主の山へ
一、ロメウ、川を上る――二〇一五年七月
二、マシュコ・ピーロ
三、基地での一日が始まる――二〇一五年七月
四、細長い筒樹液の出る木ゴム黄色い実バナナ
五、出現――二〇一五年七月
六、救世主の山モンテ・サルバード――二〇一三年乾季
七、交流、終焉、決意――二〇一三年雨季〜二〇一四年雨季
第二部 川を渡り来る者
一、音、川の向こう、近い日の話
二、ロメウ、家族との接触を続ける――二〇一五年八月
三、こちら側とむこう側――二〇一五年九月
四、不穏な前兆、隠された意図――二〇一五年十月
五、ロメウ、奔走する――二〇一五年十月
六、色、黒服の男、最初の一人
七、新たなプロトコル政府指針――二〇一五年十一月
八、対岸の友――二〇一五年十二月
九、隔ての川――二〇一五年十二月
十、遠い声
そして、流木は大河を彷徨さまよ
あとがき

インタビュー/対談/エッセイ

アマゾンの“時間”を書く

国分拓

――アマゾンにはこれまで何回行かれましたか。
 最初は1999年で、今年4月からの出張で十五回目。全て、テレビ番組を作るためです。『ノモレ』を書くきっかけとなったNHKスペシャル「大アマゾン 最後のイゾラド」(2016年8月7日放送)では、2014年から三回に分けて、計八十五日間ほど滞在しました。

――南米七か国にまたがり、「緑の魔界」と呼ばれるアマゾン熱帯雨林とはどんなところですか。
 奥地に単独で入り込むようなことをしないかぎり、もはやアマゾンは「緑の魔界」ではないと思います。特にブラジルでは。道路ができ、森が牧場や畑に変わってしまった今、そんな場所は「先住民保護区」か「自然保護区」にしかありません。1999年にブラジルに行ったとき、サンパウロから四時間ほどマナウスまで飛んだのですが、離陸して一時間もしないうちに、眼下は見渡す限りの原生林でした。ところが今はずっと牧場。風景は劇的に変わりましたね。『ノモレ』の舞台ペルーには2014年に初めて行きましたが、とにかく動物や昆虫の密度がすごい。ブラジルではよほどの幸運がない限り撮影できない鳥や蝶が楽勝で撮れたりして。でも、ブラジルのようになってしまうのは時間の問題でしょうね。
 アマゾンにいるときは毎日、こんな虫だらけのところは嫌だ、早く帰りたい、と思っているんですよ。コロッケくらいの大きさのゴキブリがいたりしますからね。
 でも、不思議なんです。日本に帰ってしばらくすると、あの凄まじい雨に打たれたいとか、ゆっくりと流れる川で泳ぎたいとか、あの森の音を聞きたいとか、突然思い出すんです。ちょっと焦がれるような感じで。心ではなく肉体が、あの暴力的な自然の威圧を欲しているのかもしれませんね。

――大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した前作『ヤノマミ』は、先住民ヤノマミ族の精神世界を深く描いたルポルタージュでした。『ノモレ』はノンフィクションですが、実在の人物で先住民イネ族出身、三十六歳の村長ロメウを主人公とした「物語」としても読めます。
『ノモレ』とはイネ族の言葉で「仲間」「友」という意味です。最初は一人称や三人称にも挑戦したのですが、どれも、頭の奥におぼろげにある目的地にさっぱり辿り着かない。ある日、もう一つ視点がいるのではと思って書き直してみたら、一番しっくりきたんですね。これでどこまで書けるかやってみようと思った結果が、「物語」だったのだと思います。僕には、情報だけが必要とされる現代にあって、生き辛いという思いがあります。だから「物語」に挑めるテーマに巡り合えたことをとても幸せに思っています。

――『ノモレ』では、イゾラドの家族と、「元イゾラド」の文明化した先住民の出会いが書かれています。
 イゾラドとは、「未接触の先住民」のことを言います。いわゆる文明社会と一度も接触することなく、深い森の中で隔絶されて生きてきた人たちです。未知の人間、と言ってもいいと思います。殆ど、部族名も言葉も歴史も、何も分かってはいない人たちなのですから。

――ロメウの先祖に伝わる百年越しの「再会の約束」が作品の軸にあります。1902年、ロメウの曾祖父が、入植者の白人が経営するゴム農園で奴隷にされ、そこから逃げる際に、森のなかで仲間と生き別れになったとのこと。これも、実話なのですね。
 2014年に初めてロメウの集落モンテ・サルバードに行ったときに、長老から聞いたのが最初です。ペルー政府は集落に現れたイゾラドのことを「マシュコ・ピーロ」と呼んでいました。「凶暴で野蛮な人間」という意味です。私たちも当然、そう呼んでいたんですね。そうしたら、それを聞いていた長老が「彼らはマシュコではない、我々と同じイネだ」と怒り出したんです。「マシュコとは二度と言うな、彼らは私たちの仲間(ノモレ)なんだ」と血相を変えて。これには驚きました。イゾラドの取材にこんな奥地まで来たのに、「彼らはイゾラドではない、自分たちの同胞なんだ」と言い出すわけですから。余りに突拍子もなかったので、適当にやり過ごした記憶があります。モンテ・サルバードには六日ほど滞在したのですが、離れる前の日に村の人たちが送別会をしてくれたんですね。その席でも長老が同じ話をするんです。またやりすごそうと思ったのですが、そのあと彼は南米で天然ゴムが採取され、先住民が白人に搾取された時代の悲劇を語り出した。知識こそ少しありましたが、ナマの声で凄惨な歴史を聞くのは初めて。しかも、集落で語り継がれてきた話ですから、とても引き込まれるものがありました。そして、最後の方に彼はこう言ったんですね。「わしらはノモレを探すために、ここに移住してきたんだ」と。最初は信じられませんでした。
 それが、ロメウの話を聞くうちに変っていったんです。ロメウは物静かで誠実な人、というのが第一印象でした。こちらの質問に、最後まできちんと付き合ってくれる。ただ、ぽつぽつと喋るので、テレビのインタビュー向きの人物ではないから、困ったなとも思いました。実際、ずいぶんテレビカメラでのインタビューをしたのですが、番組では一カットも使われていません。でも、そのインタビューがあったからこの本が書けたわけで、何がどうなるか、わかりませんね。

――国分さんにとって、ノンフィクションを書くとはどういうことですか。
 テレビ番組と同じものしか書けないのなら書かない、ということ。そして、テレビ(映像)では難しいとされる、「時間」を描きたいということです。

(こくぶん・ひろむ NHKディレクター)
波 2018年7月号より
単行本刊行時掲載

担当編集者のひとこと

〈これは神話ではない。伝説でもない。森のずっと奥。一つの集落が語り継いできた、別れの記憶だ。〉(「序 生き残った者たちが言い遺した話」より)
 タイトル『ノモレ』は、ペルーの先住民イネ族の言葉で「仲間」「友」という意味です。
『ヤノマミ』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した著者が、本作で描いたペルーの先住民の伝承。それは、アマゾンの小さな集落で、ディレクターである著者がNHKスペシャル「大アマゾン 最後のイゾラド」の取材中に耳にした、不思議な話でした。
 先住民イネ族の若き村長ロメウの曾祖父たちは、入植者の白人が経営するゴム農園で奴隷にされました。1902年、重労働と伝染病で多くの仲間が死んで行くなか、生き延びるためにパトロンを殺し、二手に分かれ、逃げたのです。曾祖父たちは故郷へ戻れましたが、もう一方へ逃げた仲間達は深い森へ消え、二度と会えなかったということです。
 そして、100年あまりの時が経った2015年。河岸に、文明と未接触の民〈イゾラド〉が現れます。ロメウは、彼らを、曾祖父たちが生き別れになった仲間の子孫ではないかと直感的に信じ、接触を試みるのですが……。
 読み終えると「事実は小説よりも奇なり」という言葉が頭に思い浮かぶ本作は、今年度の新潮ドキュメント賞最終候補作にも選ばれました。
 ご一読いただけましたら幸いです。

2018/08/27

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