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妻を、夫を亡くしたあなたへ。「逝った人の分まで人生を楽しむ」ススメとは?

没イチ―パートナーを亡くしてからの生き方―

小谷みどり/著

1,512円(税込)

本の仕様

発売日:2018/10/11

読み仮名 ボツイチパートナーヲナクシテカラノイキカタ
装幀 新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 206ページ
ISBN 978-4-10-352131-0
C-CODE 0095
ジャンル 生活情報、生活情報
定価 1,512円
電子書籍 価格 1,512円
電子書籍 配信開始日 2018/11/09

夫を突然死で失った著者は、自らの境遇をバツイチならぬ「没イチ」と呼びます。死別の喪失感は抱きつつも、せめて亡き人の分も楽しく生きようと提案します。没イチゆえの人間関係や日常生活、さらに自身の終末期から死後まで――知っておいて欲しい心得の数々を、没イチ仲間の会「没イチ会」メンバーの体験談とともに一冊にしました。

著者プロフィール

小谷みどり コタニ・ミドリ

1969年大阪生まれ。奈良女子大学大学院修了。第一生命経済研究所主席研究員。專門は死生学、生活設計論、余暇論。大学、自治体などの講座で「終活」に関する講演多数。『だれが墓を守るのか』(岩波ブックレット)、『こんな風に逝きたい』(講談社)、『ひとり終活』(小学館新書)、『〈ひとり死〉時代のお葬式とお墓』(岩波新書)など。自身も7年前に夫を突然死で亡くす。立教セカンドステージ大学講座「最後まで自分らしく」を持ったことがきっかけで、配偶者に先立たれた受講生と「没イチ会」を結成。2019年よりシニア生活文化研究所を開設予定。

目次

はじめに
第一章 目覚めたら夫が死んでいた――没イチになった私
「やっぱり私がヤッたのか?」
抜け殻の遺体に初めて涙が流れた
「あなたを無駄死にさせないからね」
慰めがプレッシャーになるとは!
死別を受け入れる過程は人それぞれ

第二章 「没イチ会」誕生!
きっかけは講義後の飲み会
見つけた居場所と仲間に助けられて 庄司信明さん
体の一部がもぎ取られたような喪失感を経て 矢島元子さん
出会いの地、そして妻が眠るタイへの思い 池内章さん
妻の死と両親の介護の窮地を乗り越えて 佐藤勇一さん
マイナスだけでなくプラスに目を向ける 岡庭正行さん
「どうにかしなきゃ」という気持ちに突き動かされ 三橋建一さん

第三章 没イチを生きる知恵
夫亡き後の私の生活
「その後」の生活をどう立て直すか
配偶者の死をどう受け入れるか
配偶者亡き後、親族とはどう付き合うか――増える「死後離婚」
没イチの再婚を考える
万が一のためのリスクヘッジ

第四章 今日からでも知っておくこと・できること
夫が先か、妻が先か?
自活できるかどうかが分かれ道
やはり挨拶が基本の「き」
「遠くの親戚より近くの他人」
友達作りがヘタな日本人
自己アピール力を上げる
会話のキャッチボール、できますか?

第五章 没イチこそ終活
「自立できなくなった時」の備え――介護サービスについて
「自立できなくなった時」の備え――住み替え・施設入所
「自立できなくなった時」の備え――「もしもの時」を託す契約
「自立できなくなった時」の備え――お互いに「共助」できる環境を
家の片付け――自分の死後の始末も含めて
相続財産――「財産なんて無い」と思っていても必ず起こる相続問題
終末期から死後の希望を誰に伝えるか――必ず意思を伝えておく
終末期から死後の希望を誰に伝えるか――自治体の取り組みも
お葬式のこと――自分では取り仕切れないから
お墓について考える
おわりに

インタビュー/対談/エッセイ

没イチ同士、没イチを語る

小谷みどり中瀬ゆかり

「没イチ」とは配偶者と死別した人のこと。夫を亡くした女同士の涙と笑いのトーク!

中瀬 関西人同士、しかも同じ大学の先輩後輩という不思議なご縁で。まずは小谷さんからご自身と、この本について。
小谷 第一生命経済研究所で「死生学」の研究をしています。7年半前に朝起きたら、突然、夫が死んでいたんですね。どう死を迎えるのかという研究をしてきて、大切な人の死に接し、その後、一人で生きていかなければいけない事態に陥って、人の死を「二人称」の死ではなく、「私」の死という観点でしか考えていなかったと初めて気づいたんです。結婚したら離婚しない限り、生き残るか、先に死ぬかどっちかなんですね。「デッド・オア・没イチ」って言ってるんです。私は「未亡人」に違いないんですが、その言葉がすごい嫌で。賛否両論あるかもしれないんですが「バツイチ」っていう言葉があるんだったら、私は配偶者と死に別れた人を「没イチ」と呼んで、みんなに共通することなんですよということを言いたくて、この本を書きました。
中瀬 小谷さんは「没歴(死別してからの年月)」が7年半。私も没歴が3年半で没イチです。事実婚というやつで18年連れ添った19歳年上、無頼派と呼ばれた作家の白川道――無頼派というとかっこいいんですが、服役歴もある、ただの借金まみれのオッサン――ある朝彼が徹夜マージャンから戻ってきて、スポーツ新聞で競輪の予想している時にぽっくりと死んでしまった。人からは白川のことをあんなろくでなしとよく一緒にいるなとか言われたり、友人で漫画家の西原理恵子にも「家の中に泥棒飼っとるやんけ」と。でも本当に彼のことが大好きで、「トウチャン」と呼んで、「趣味はトウチャン」っていうぐらいはまってました。18年間、喧嘩もしたけど基本的には「わしらは魂の双子やな」って笑い合っていた。彼は「わしは絶対お前より先に死ぬから」「でも先に宇宙に行って一番輝く星になっているから、そこを目指して飛んでくるんだぞ」と言っていたんです。でも、私はトウチャンが死ぬなんていうことはずっと考えたくなかった。それが大動脈瘤破裂という病気で本当に一瞬であの世に行ってしまったんですごい辛かったんです。今もまだ「辛かった」って過去形にできないかもしれない。小谷さんの本は「あの時、出ていたらどんなに助かったかな」ていう本だったんです。
 まずうかがいたいのは、残される方が辛いのか、残す方が辛いのか問題っていうのがありますよね。
小谷 何回か世論調査をやったんですが、全体の結果でいうと、大切な人に先立たれて自分が残る方が怖いんですね。
中瀬 私が先に死んでたらトウチャンは何もできなかっただろうなと思うんで、辛いんだけど残されるのが私でよかったです。うちはかなり年が離れていたんで、普段から「俺が死んだら」ってことをすごい言ってたんですよ。例えば「墓はいらないから散骨にしてくれ」「音楽はコレかけろ」、猫のお骨がずっとあったんで「一緒に海に撒いてくれ」、場所は「俺が生まれた湘南の海だ」と。まだ先だと思っていても、死については割と夫婦で語り合ってたんですよね。それがすごい幸いして、ばーっと実行できたんです。
小谷 夫は42歳で死んだんですけれども、職業柄、日々、死んだらどうするかの話を夫婦でしてたんです。ところが、私が覚えてなかったんです。そんな歳で死ぬとは思ってないから。
中瀬 うちは聞き流すには物語性があったんですね。散骨ってロマンチックな響きもあるし。普通だったら「ねえ、あなたが死んだらどうしてほしい」なんて切り出すと、「俺を殺す気か!?」なんて、疑われたりするじゃないですか(笑)。
小谷 でも核家族化が進んでいますから普段から考えておかないと。私が一番困ったのは、夫が突然死んだことを会社の誰に言えばいいかだったんです。一緒の家に暮らしていても、分からないことって一杯あったんだなって。
中瀬 意外と、長く連れ添っても相手が望んでいることを知らないまま、本人の意に沿わない形で送る人もいるのかもしれませんね。そう考えると儀式って、あくまでも生きている人のためのものだなっていうのも実感したんです。亡くなった時に余りの喪失感で涙も出ないというか、呆然として全然実感が湧かなくてっていうときに、儀式をやらなきゃいけないっていうのが、実は助かったんですよ。でも、一周忌は知ってたんですけれども、三回忌は3年目でやると思ってて、丸2年でやるって知らなくて、危うく飛ばしそうになった。私、3年半たってもまだ、家が遺影だらけなんです。
小谷 私も壁に一杯貼ってあります。
中瀬 取ると祟られそうな気がしてきて(笑)。遺影を外すタイミングっていうのが分からないんですけど。
小谷 日本の文化では生きてる人は死んだ人と一緒に暮らしているんです。昔は仏間があって亡くなった人、ご先祖様の写真とか飾ってありましたでしょ? 毎朝、仏壇にご飯あげたり、頂き物は仏壇に供えてから食べるなどの習慣も、そういう文化だからなんですね。ところが今、仏間も仏壇もないので遺影を置かない家なんかも増えてきているそうです。
中瀬 うちも仏壇ないですけど遺影はリビングの中央に置いて、毎朝毎晩コーヒー入れたりお酒をおいたり、最近、実の父も他界したのでその遺影も。遺影がどんどん増えていく不吉な館みたいになるじゃんて思いながら(笑)。でもあったらほっとするし、「行ってきます」「ただいま」っていうのが習わしみたいになって。
小谷 一生そのままでいいんじゃないですか? 見守ってくれているんだって思うと、生きている人にはがんばろうっていう力になるわけですから。
中瀬 私、すごい占いとか霊能師とかが好きで、白川の生前から趣味で回ってたんですよ。どうしてもトウチャンにもう一回会いたい、しゃべりたい気持ちになって霊能者の所に行って、「彼はなんて言ってますか?」と聞くと、「俺が通販で買ったフライパン捨てただろう」と本当のことなんでビビって、「ばれた!」と思ったんです。ほかにも突然テレビが、それもトウチャンの好きだった競輪のチャンネルがついたり、夜、水道の蛇口からドボドボッと水が流れる音でびっくりして近寄ってみたら、猫が3匹とも天井見てて、「ああ、あそこにいるんだな」と思ったり。
小谷 私は霊は無いと思うんですけど、「一方通行の愛」というか、私が思うとそこにいるっていうイメージですね。
中瀬 本の中では、ご主人が亡くなってから慰めの言葉が嫌だったって?
小谷 「大変ですね」はまだいいんですけど「悲しいでしょう」「寂しいでしょう」って言われるのは。大切な人を亡くしてすぐって普通の精神状態じゃないので、なんであなたは幸せそうにそんなこと言うのって反発する意識はありました。親友から言われるんだったらいいんですけど、初対面の人に夫のことを聞かれて亡くなったっていうと「悲しいでしょう、寂しいでしょう」って言われる。「なぜ、今日会ったばかりのこの人に『悲しいです』って言わなければならないんだ」って。実はそれより辛かったのは、研究の関連講演が何カ月も先までずっと入っていて、1年以上前から決まっていた講演をなかなか断れなかった。でも「夫が先日死にました」なんて言うとみんなドン引きするし、その話をせずに死についてしゃべるっていうのはすごい精神的にきつかったんです。たまたま四十九日の日がお坊さんの研修会の講演で、「今日は夫の四十九日です」って言ったら、あるお坊さんは烈火のごとく怒るんです、「そんな日にくるなー!」って。要らんことは言わん方が一番ええわと思いました。ほかにも別のお坊さんから「あんまり楽しそうな顔しない方がいい」って。「小谷さんの夫が死んだことを知っている人が見たら、『なんて妻だ!』と思うから」って……お坊さんに傷つけられました。
中瀬 私は死後1週間でテレビに復帰したんですよ。家に一人でいると気が狂いそうだったんで隙間を埋めるように。でもさすがに、突然、涙が出たりするんで精神安定剤持って局に入ったんですが、当然下ネタも言うし、笑ったりするわけですよ。テレビを見ていた人で違和感を感じた人もいたんだろうなと思うんですけど、私なりにそれでしか生きられないっていうことはあったんです。周りの目に苦しめられるっていうのはありますね。
小谷 そうです。私はこの経験をしてから、街を歩いている人が愛おしくなった。きっとみんな心の中に問題や悩みを抱えてますけど、泣きながら歩いている人いないじゃないですか。悲しそうに見えなくても心の中に悲しいこと、不安なことを持っている人たちが街に出てきているんだなって、心が広くなりました。
中瀬 わかります。悲しみに向き合うと、誰かの心にもある「悲しみ」に気づくんですよ。

「死別しても既婚」の胸の内

小谷 死別しても相手が亡くなっただけで、関係性って変わらないと思うんですね、夫婦も親子も。実は以前、研究調査のアンケートで、変だなって思っていたことがあった。婚姻状況を尋ねる欄てあるじゃないですか? 大概は「既婚・未婚・離死別」の三つのうちのどれか選ぶんですが、「既婚」と「離死別」に○している人がいるんですよ。どうして二つも付けているんだろうって、ちゃんと答えてほしいよなって思ってたんですけど、夫と死別してわかったんです。それは没イチの人。「離死別」って離婚と死別を一緒くたにして書かせるけど、没イチの人は「既婚」なんですよ。
中瀬 「離婚」だと婚姻関係はないけど、死なれただけで関係性は続いていると。「離死別」っていっても、離婚と死別ではまた、大違いですもんね。
小谷 はい。「離死別」っていう言葉がおかしいとは、夫がいる間は一度も感じたことなかったんです。
中瀬 変な話ですが、死んだ後にエロ本とか大量に出てきたら笑うなと思って探しても一冊もないどころか、出てきてがっかりさせられたものが全く無くて、死後の方がいい所ばっかり思い出される。「私の会社に競輪資金100万円取りに来た事件」とかも、「そんなことがあって男らしかったわぁ」っていい話にしちゃってるんですけど、そういう「美化」ってします?
小谷 いろんな遺族の方にお話聞く機会が多いんですが、夫がいなくなればいいのにって思うほど嫌いでしたっていう妻が、夫が亡くなるといい人に昇華しちゃうってよくあります。人間て脳みそがそうなってんのかなと思います。
中瀬 どんどん美化が進んで、いいことばっかり残った。だから余計にずっと一緒にいたいっていう気持ちがあって、遺骨を海に撒くときに別れがたくて、遺骨ペンダントっていうのにしてずっと胸につけてたんですよ。小谷さんはそういう、グッズ的なものって作ったんですか?
小谷 商売柄、いろんなものになりましたよ、うちの夫。ペンダントにも、圧縮して三角おにぎりみたいな形の石にもなっていて家に鎮座しています。ハワイで散骨もしましたし、アメリカの火葬所で買ってきた、素敵な布張りの辞典みたいな、本棚に入れておける骨壺にも入りました。この骨壺は知り合いの火葬所に預けたんですよ、私が死んだら入れてくれって。そしたら「先に旦那が死んだけど、うちが預かっているあの骨壺どうする?」って聞かれたので、大事なコレクションだったんですけど夫を入れてあげたんです。今は姑の家の本棚にあります。火葬所で姑と骨を半分に分けたんです。
中瀬 ああ、その問題よくありますよね。お骨で文字通り骨肉の争い。でも、ものすごく平和にやられたんですね?
小谷 ええ。今でも姑とは親しいんです。私が夫を亡くした時に思ったのは、義母にとって自分の産んだ子が自分より先に死ぬっていうのはきっとすごい辛いだろうなと。だからお互い、持っていようと。
中瀬 子供に先立たれるわけですからね。最近、死んだ後の「死後離婚」ていう……姑とかとの関係を断つ手続きが増えているって聞いたことがあるんですが?
小谷 結婚は夫婦の問題で、相手の家と結婚したわけじゃないという考え方は、特に女性に増えています。夫に先立たれた後、夫の両親の面倒みたくないという女性はすごい多い。お墓もそうで、テレビの生放送に出させていただくと、視聴者の女性から必ず来るのが「姑と一緒のお墓に入りたくないんですけど、どうしたらいいですか?」っていう質問。
中瀬 それにはどう答えるんですか?
小谷 「姑より夫より長生きすることです」って。長生きをして子供とか自分の考えを支持してくれる人に「絶対、姑とは一緒にするな」と言っておくしかない。
中瀬 私も小谷さんも子供がいなくて。子供がいる没イチと子供がいない没イチの決定的な違いってなんかあります?
小谷 誰のために生きるかっていうことじゃないかなと思うんです。子供のために何とかしなきゃってなると思うんです。いない場合、誰のために生きるんだろうと目的を見失いがちになるかなって。
中瀬 小谷さんは何のために生きようと思いました?
小谷 何も考えずにひたすら毎日、仕事。夫が亡くなったからとあれこれ考えている時間があんまりなかったのが救いでした。今でもそうなんですけど、何が生活をする原動力かっていうと、夫を無駄死にさせたくないという思いなんです。人の死から残された人が何を学ぶかっていうことが大事だと。学ぶことで人の死を無駄にしないんじゃないかって思って。だから私が夫を亡くしたという経験から、何を学ぶかで私の残りの人生が試されているんだろうなって、常日頃思います。

何でも話す楽しい「没イチ会」

中瀬 この本のもう一つの肝になっている「没イチ会」のことを教えてください。
小谷 はい。50歳以上の方が入学資格の立教セカンドステージ大学は今年で開校11年目になるんです。開校当時からずっと、人の生き死にについての非常勤講師をしています。生徒さんは50歳以上ですから没イチ率も上がる。ある年度の初め、一人の男性だけすごい暗い顔で気になっていた。感想を書いて出していただくリアクションペーパーというのがあるんですけれども、その人のを見たら「妻ががんで亡くなった」と。でもその人がみるみる明るくなってきて、授業が終わった後、「一緒に飲みに行こう」って誘ってくれるくらいになったんですね。これは仲間の存在がすごく大事なんだなって。考えてみれば、大切な人と死に別れた直後は、みんな気遣ってくれて、分かち合いの会とかっていうのは一杯ある。でもそこから一歩脱出しても悩みってあるんです。それを話し合える場を作ろうと思って出来たのが、楽しい没イチ会。
中瀬 集まってどういう話をされるんですか?
小谷 例えば死んだ配偶者の遺品をどうしたか、いつごろから整理したかっていう質問て、同じ経験をした人じゃないと聞けないんです。配偶者を亡くしてすぐの人って遺品捨てようと思わないんです。
中瀬 私もずっと置いてます。
小谷 そう、置いときたいじゃないですか。で、いつぐらいになったら片づけようと思ったか、遺品は捨てたか。そういう誰かの質問で盛り上がったりします。夢に配偶者は出てくるか、とかも。そういう話って、普通はできないじゃないですか? まして死別した直後の人にはそんなこと聞けない。だから、死別して笑いながらしゃべれる心境になった人同士じゃないとしゃべれない。そういう、没イチならではの……。
中瀬 私はお供えしておいたお菓子って食べると、味が無くなってる気がするんですけど、気のせい? 「食いよったな!?」って思う(笑)。そういうのも、普通に言うと頭おかしいんじゃないかなとか。
小谷 「味がないと思いますか?」って聞いてみたいけど、聞きにくいじゃないですか。でも、同じ体験した人だと聞ける。そういうのをお酒を飲みながら、楽しくしゃべるんです。
中瀬 いいなあ、その会。
小谷 誰も気兼ねしないんです。どんなふうに死んだかを聞き出す人もいる。普通聞けないですよね。
中瀬 没イチって一口で言ってもいろんなケースがある。この本を見ても誰一人同じケースっていうのが無くて、少しずつ皆さん違うじゃないですか。それに立ち直り方も、別に正解はないんですよね。いろいろでいいんだってことも読んで、すごく楽になった。
小谷 亡くなった人の死は受容すべきだという論があるんです。でも私自身が死を受容しているかっていうと死んだと思ってないんです。夫も出張が多かったので、アフリカかどこかに行ってて、まだ帰ってきてないっていう感覚なんですね。
中瀬 私も同じかもしれない。
小谷 帰って来るはずないって分かってるんです、死んでますから。だけど死を受容しているのかしていないのかって言われると、よくわからないんですね。
 没イチ会のメンバーもそうなんですけど、死別して1年もたっていないのに、がんばろうと思って新しいことを始められる方って、意外にいらっしゃるんです、特に女性の方は。
中瀬 私もそのパターンでした。
小谷 でも何年か経ってガタッと来て、引きこもってしまう方なんかもいます。だから人によって本当にさまざま。配偶者が亡くなったのに、元気そうに毎日出歩くって言われた方もいますが、それは夫や妻が死んで、「やっと自由になった」と思って遊んで歩いているんじゃなくて、きっとまだ死を受容していなくて、がんばらなきゃと思って自分を奮い立たせて新しいことを始めようと思ってらっしゃるだけ。だから、周りの人が、どうだこうだというのは、本人を傷つけることになるんだなっていうのはすごく思います。
中瀬 私もまだ全然受容できてないのかもしれないな……。
小谷 気をつけないと来年、ガタッと。
中瀬 えー、そんなぁ(笑)。小谷さんて、また次のパートナーを探して一緒になりたいとか思ってらっしゃいます?
小谷 いや、二度と結婚はしないですね。でも、男友達はいてもいいと思います。
中瀬 瀬戸内寂聴先生のお話で、先生は51歳で仏門に入って「それ以来、おセックスはしていないのよ」と(笑)。でも恋はずっとしているって。人間に大事なのはときめきで、若くいられるのもときめき。「ときめいているのがいいのよ」って言われたのをすごい大事にしています。だから私はものすごく、「恋をしたい」っていう気持ちが生きる原動力になったんですよ。ムショ帰りの借金だらけの19歳年上のジジィからスタートしてるんで、全員がハイ・スペックに見える(笑)。
小谷 選び放題ですねぇ。
中瀬 まあ、人生やり直すのに遅いも早いもないかもしれませんけど、今日より若い日はないっていう言葉があるじゃないですか。それを座右の銘にしています。
小谷 私は夫と死に別れてから「いつか」と「そのうち」は言わないって決めたんです。「いつか」も「そのうち」もないって思って。やりたいことは今日のうちにやる、会いたい人にはすぐに会うと思うと、すっごい忙しくて、私も過労で死んじゃいそうになります。
中瀬 私も白川を亡くして人はいつ何があるか分からない、会いたい時は会おうっていう行動力は確かに上がりました。
小谷 死を考えることは生きるを考えることってよく言われるんですけど、自分に残された時間はどれだけあるか、何ができるかなって考えると、ご飯もおいしくないものを食べるとなんかもったいない。あと何回ご飯食べられるんだろうって考えると、「あれダメ、これダメ」という医者の言うこと聞いてられないなって思うんです。好きな物食べたほうがいいって。そういう価値観を持たせてもらったのも、死別の体験がすごく大きい。
中瀬 死は人間にとって一番怖い。でも、必ず、どんな金持ちも貧乏人も等しく死を迎えるわけです。普段は死をどこかに追いやっているんですけど、あえて取り出して死を考えることは生きることを考える最大のヒントになるわけですね。佐伯啓思さんの『死と生』を読んで考えて、ダイエットやめたんですよ(笑)。もう「来世ダイエット」にして、「生まれ変わってからやせりゃいいや」と。
小谷 いえ、死期が近くなったら、絶対やせますから! 太るなら今です!
中瀬 なんちゅーことを! そうか、じゃあ、今太れてるっていう幸せを噛みしめます!

於・la kagu soko
(こたに・みどり 第一生命経済研究所)
(なかせ・ゆかり 編集者)
波 2018年12月号より
単行本刊行時掲載

哀れみの言葉に抱いた違和感

小谷みどり

「没イチ」――聞き慣れない方も多いかもしれないが、離婚した人を総称する「バツイチ」ならぬ、配偶者と死別した人のことを指す。
 昨今、男女ともに平均寿命が伸び、没イチになる年齢が上がっている。以前は、2000年を例に取ると、亡くなった男性の3人に2人は70代以下だった。「夫に先立たれた妻は、意気揚々と老後を謳歌している」と揶揄されたが、早いうちに妻が没イチになっていたので、元気なのは当たり前だった。 
 しかも、かつては三世代同居がまだまだ多かった。1980年の時点で、高齢者の半数以上は三世代同居をしていたが、いまや1割程度しかいない。高齢期世帯は夫婦2人か、1人が当たり前という時代になり、没イチは、1人暮らしのスタートを意味するようになっている。
 男性の平均寿命が劇的に伸び、妻に先立たれるシニア男性が増加している。これまでは没イチ=女性というイメージが強かったが、これからは男性の没イチシニアがさらに増える。男性の多くは自分が先に逝くと頭の中で思い込んでいるので、順番が狂うと、その後の人生の立て直しが大きな問題となる。
 私も実際に7年半前に夫を突然亡くし、没イチになった。そこで初めて体験し、違和感を覚えたことのひとつが、没イチに対する世間の眼差しだ。相手から「かわいそうに」「さびしいでしょ」という哀れみの言葉をかけられるたび、「結婚すれば離婚しない限り、必ずどちらかが没イチになるのに、なぜ腫れ物に触るように扱われるのか」と、疑問に思った。「しばらくは、楽しそうにしないほうがいい」という忠告をくれた人もいた。
 もちろん、私を思いやっての言葉であることはわかっている。しかし被害妄想かもしれないが、「没イチは、さびしくてかわいそうな雰囲気を醸さなければならない」という世間からの制裁を受けているような気持ちになった。そのうえ「かわいそうなのは亡くなった夫の方であって、私ではない」と、私には違和感が残っていった。
 私は死別前から、50歳以上を対象とした立教セカンドステージ大学で死に関する講座を担当していた。ある年の講座が始まってみると、講義中、ほかの学生とは明らかに異なる雰囲気の学生がいた。
 彼は妻に先立たれ、生きる気力をなくしたものの、これではいけないと一念発起して入学してきたのだ。そんな彼が、月日がたつにつれ、どんどん明るくなり、放課後に「みんなで飲みませんか?」と私を誘ってくださるまでになってきた。仲間の存在が人を変えることを目の当たりにした私は、同大学学生の没イチ仲間で、「没イチ会」を作ることにした。
「没イチ」という言葉に、「失礼だ」と嫌悪感を抱く人が少なからずいることも理解しているが、バツイチは市民権を得たのに、没イチにはなぜ失礼だと感じるのかという疑問が私にはあった。私はあえて、タブー視される現状に一石を投じたいと思い、会の名前に「没イチ」を冠した。先立った配偶者の分も人生を楽しむというテーマをみんなで共有し、没イチを特別視する社会を変革しようという小さな取り組みだ。
 本書は、この没イチ会のメンバーに、配偶者と死別し、立ち直っていくまでの過程をインタビューして紹介するとともに、没イチになったあとの人生をどう送るかという話題にも触れた。自分が死ぬことも、大切な人に先立たれることも、どんな人にも必ず起きるのに、自分には関係がないと思ったり、考えないようにしている人は案外多い。かくいう私も、死の迎え方について研究してきたのに、没イチになってはじめて、配偶者に先立たれるという問題への関心が薄かったことに気がついた。死にゆく人と死別した人と、後先が違えば同じ立場になるのだから、かわいそうな存在ではない。没イチになった人生を1人でどう生きていくかは、これからの社会において大きな課題となる。最後は1人という覚悟のためにも、事前に考え、家族で話し合うことの重要さに気づいていただけたらと思う。

(こたに・みどり 第一生命経済研究所主席研究員)
波 2018年11月号より
単行本刊行時掲載

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