ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29
3,960円(税込)
発売日:2019/02/27
- 書籍
これが、世界で読まれるニッポンの小説!
日本と西洋、男と女、近代的生活その他のナンセンス、災厄など七つのテーマで選ばれたのは、荷風・芥川・川端・三島、そして星新一・中上健次から川上未映子・星野智幸・松田青子・佐藤友哉までの二十九の珠玉。村上春樹が収録作品を軸に日本文学を深く論じた、必読の序文七十枚を付す。
憂国 三島由紀夫
箱の中 河野多惠子
残りの花 中上健次
ハチハニー 吉本ばなな
山姥の微笑 大庭みな子
二世の縁 拾遺 円地文子
『物理の館物語』 小川洋子
忘れえぬ人々 国木田独歩
1963/1982年のイパネマ娘 村上春樹
ケンブリッジ・サーカス 柴田元幸
工場のある街 別役実
愛の夢とか 川上未映子
肩の上の秘書 星新一
件 内田百閒
ピンク 星野智幸
マーガレットは植える 松田青子
今まで通り 佐藤友哉
書誌情報
読み仮名 | ペンギンブックスガエランダニホンノメイタンペン29 |
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装幀 | 新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 496ページ |
ISBN | 978-4-10-353436-5 |
C-CODE | 0093 |
ジャンル | 文学・評論 |
定価 | 3,960円 |
インタビュー/対談/エッセイ
とにかく良い作品を集めたかった
2013年9月、英国の大手出版社ペンギン・ブックスの編集者サイモン・ウインダーからメールが届き、近代・現代日本の短編小説集を編纂しないかとの誘いがあった。最初、私はこの仕事を引き受けることを躊躇した。なぜなら過去二十五年間にわたって村上春樹の作品にかなりの時間を費やしていたため、「日本文学」という、より広い分野の動向を追うことをすっかり怠っていたからである。しかし同時に、少なくともその埋め合わせを試みるのも悪くないと思い、数週間後、サイモンに仮の目次を含めた企画書を送った。
当初は年代順に短編を並べようと考えた。頭に浮かんだ作品群は、国木田独歩、夏目漱石、芥川龍之介の研究や翻訳、また戦前日本の文学検閲の研究(『風俗壊乱:明治国家と文芸の検閲』世織書房、2011年)のために親しんだ一連の作品だった。最初のリストにあった二十八作品中、最終的に残ったのはわずか十三作品。樋口一葉、島崎藤村、田山花袋、徳田秋声、志賀直哉、井伏鱒二、太宰治、坂口安吾、小島信夫、大江健三郎などの作品には優れたものが多かったが、3・11の震災を考慮して選ぶ作品を変えることとなった。
この企画は2013年に始まったので、2011年3月11日の記憶は当然まだ鮮明であり、東日本の大地震、津波、原発事故を反映した作品群で本を締めくくることを思いついた。作品を年代順に並べたとしても、東日本大震災をめぐる作品は自然と本の終わりに来るはずである。しかしこの大震災を歴史的現象として考え始めると、日本を襲った他の災害や惨事と一緒にまとめたいという思いが強くなり、本の最後のセクションは、1923年の関東大震災から始まり、1945年の広島と長崎の原爆投下を含む、「災厄 天災及び人災」として、まとめることにしたのである。
1980年代初頭、江藤淳教授のもとで占領期の文学検閲に関する研究をしていた頃、大田洋子や原民喜をはじめとする広島・長崎出身の作家による作品を多読した。そして、それまでアメリカ人の近代日本文学研究者として、原爆について読むことを避けていたことに気づかされた。この本能的な回避の根底にある、アメリカは罪を犯したのだという思いを自覚するようになると、原爆をめぐる作品をできるだけ読むことが、私にとって贖罪の行為になった。第二次世界大戦中のアメリカ人による日系アメリカ人の迫害を描いた小説『The Sun Gods』(日本語版:『日々の光』新潮社、2015年)を執筆したときも、その当時読んだ書籍を大いに参考にして、長崎の原爆投下についての章を含めた。また、広島と長崎で起きた身の毛のよだつような事実を回避するすべを見出していたのはアメリカ人の私だけでなく、日本の批評家や一般読者も同じだということに気づいた。「原爆文学」という名称をつけ、日本文学の中の特殊なカテゴリーとしてまとめてしまえば、メインストリームから切り離し、都合よく避けることができるのだ。アメリカ人が落とした原爆がその下にいた人々にもたらした惨事を描いた作品を読むことは、アメリカ人にとって重要である。同様に、日本の読者にとっても、そうした作品を文学の主流の一部として、近代日本人の体験を理解する上で不可欠なものとして扱うことも等しく重要だと思う。
「災厄 天災及び人災」の章がまとまると、作品を年代順に配置することはもはや適切とは思えなかった。そもそも私は、西洋の読者に近代・現代日本文学の発展を解説する簡潔な年代記を提供するつもりはなく、とにかく良い作品を集めたかった。それらは長年にわたり私に大きな感銘を与え、西洋の日本文学研究者に、膨大な時間とエネルギーを費やしてでも母語たる英語に翻訳したいと思うほど強いインパクトを与えてきた作品群だ。そこで、時系列よりも重要なのは「作風」と「主題」であると考え、レンタルビデオ屋の陳列方法に倣って、目次にあるようにテーマ別に七つのグループに分類した。
村上春樹はすでに、私が発表した三作品『Rashomon and Seventeen Other Stories』(2006、日本語版:『芥川龍之介短篇集』新潮社、2007年)、夏目漱石『三四郎』英訳(2009)、夏目漱石『坑夫』英訳(2015)に序文を書いてくれている。いずれの場合も、みっちり下調べをしてくれて、入念なリサーチと深い思考が反映された序文を完成させた。そして四冊目となる本書の序文を書くことも快諾してくれたわけだが、きっとその仕事の膨大さにいささか驚いたと思う。しかし、今回もまた期待を裏切らず、洞察力に満ち情報も詰まった文章を寄せてくれた。日本の読者にも、本書の編纂と序文に注がれた努力と献身を感じ取っていただければと思う。
本書「日本版のあとがき」より
(ジェイ・ルービン ハーバード大学名誉教授・翻訳家・作家)
波 2019年3月号より
単行本刊行時掲載
担当編集者のひとこと
本書はイギリスで刊行された原著のいわば「逆輸入版」。老舗の文藝出版社がハーバード大学名誉教授のルービン氏に編纂を、序文を村上春樹さんに頼んで出来た一冊。
編者曰く「レンタルビデオ屋の陳列方法に倣って」、この手の本によくある時系列ではなく、テーマ別に名短篇を七つのグループに分けて掲載しています。その選択は、村上さんの序文によると「(注・デパートなどの)『福袋』のことを思い出してしまった。そういう良い意味でミステリアスな、そして射幸的な楽しみが間違いなくここにはある。袋を開けて、中身を楽しんでいただければと思う」。
収録作家を挙げておきます。永井荷風。森鴎外。三島由紀夫。津島佑子。河野多惠子。中上健次。吉本ばなな。大庭みな子。円地文子。阿部昭。小川洋子。国木田独歩。村上春樹(二篇)。柴田元幸。宇野浩二。別役実。川上未映子。星新一。澤西祐典。内田百閒。芥川龍之介(二篇)。青来有一。川端康成。星野智幸。佐伯一麦。松田青子。佐藤友哉。
収録作品に全て触れつつ日本文学を深く論じた序文七十枚もきわめて読みごたえがあり。どうぞ袋を開けて下さい!
2019/03/27
著者プロフィール
ジェイ・ルービン
Rubin,Jay
1941年ワシントンD.C.生まれ。ハーバード大学名誉教授、翻訳家、作家。シカゴ大学で博士課程修了ののち、ワシントン大学教授、ハーバード大学教授を歴任。芥川龍之介、夏目漱石など日本を代表する作家の翻訳多数。特に村上春樹作品の翻訳者として世界的に知られる。著書に『風俗壊乱:明治国家と文芸の検閲』『ハルキ・ムラカミと言葉の音楽』『村上春樹と私』、小説作品『日々の光』、編著『芥川龍之介短篇集』がある。英訳書に、夏目漱石『三四郎』『坑夫』、村上春樹『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『神の子どもたちはみな踊る』『アフターダーク』『1Q84』など。京都留学時代に、日文研で能楽研究会を主宰し、能楽について造詣が深い。
村上春樹
ムラカミ・ハルキ
1949年京都生れ。『風の歌を聴け』でデビュー。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ねじまき鳥クロニクル』『アフターダーク』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』『街とその不確かな壁』などの長編小説、『神の子どもたちはみな踊る』『東京奇譚集』などの短編小説集がある。『レイモンド・カーヴァー全集』、J.D.サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』『フラニーとズーイ』、トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』、ジェフ・ダイヤー『バット・ビューティフル』など訳書多数。