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明石家さんまヒストリー2 1982~1985 生きてるだけで丸もうけ

エムカク/著

1,925円(税込)

発売日:2021/06/28

書誌情報

読み仮名 アカシヤサンマヒストリー021982~1985イキテルダケデマルモウケ
装幀 新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 398ページ
ISBN 978-4-10-353782-3
C-CODE 0095
ジャンル アート・エンターテインメント
定価 1,925円
電子書籍 価格 1,925円
電子書籍 配信開始日 2021/06/28

「国民的芸人」は、いかにして天下を掴んだのか――。

『ひょうきん族』での活躍によって、全国区の人気を獲得した明石家さんま。雑談芸の確立、「アミダばばあ」「ナンデスカマン」など人気キャラクター誕生秘話、ビートたけしやタモリとの火花散る攻防戦、悲しい別れと、人生観を大きく変えた大事故まで――。運命を分けた東京での大勝負。芸人としての覚悟を決めた4年間の全貌に迫る!

目次
まえがき
I.躍動――1982年の明石家さんま
師匠との文通/松田聖子からの手紙/放送演芸大賞ホープ賞/傷心のハワイ旅行/春風亭小朝との会話/ヤンタン第三次黄金時代/“漫談”から“雑談”へ――“笑わせ屋”として/レギュラー8本も貯金ゼロ/『ビートたけしのオールナイトニッポン』出演/「い・け・な・い・お化粧マジック」/NSCのダウンタウン/大西秀明との出会い/「ジミー大西」の誕生/『ひょうきん族』vs.『全員集合』/『ヤングおー!おー!』『笑ってる場合ですよ!』の終了/「足立区バンド」「紳助バンド」「さんまスーパーコミックス」/『さんま・紳助のオールナイトニッポン』/ブラックデビル、暁に死す/さんまの川流れ/大阪弁を“さんま弁”に
【コラム1】悔しさをバネに躍動
【1982年の明石家さんま活動記録】
II.自愛――1983年の明石家さんま
寝る間を惜しんで草野球/『ポップ対歌謡曲』/ブラックデビルジュニアとホタテマン/「アミダばばあ」の誕生/横山やすしとのアドリブ合戦/悲報――弟の死/「全部笑いに変えたんねん」/「♪アミダくじ〜」/長江健次と大津びわ子――ヤンタン新体制/タモリと『今夜は最高!』/競馬に目覚める/チャゲ&飛鳥と『突然ガバチョ!』/『徹子の部屋』出演/桑田佳祐と「アミダばばあの唄」/ドラマ初主演
【コラム2】悲しみを乗り越えて
【1983年の明石家さんま活動記録】
III.雑談――1984年の明石家さんま
林家小染の死/「明石家さんま」で「テレフォンショッキング」初出演/タモリvs.小田和正/「ひょうきん懺悔室」/アミダばばあの最期/ナンデスカマン登場!/松山千春「ビックリ箱のうた」/欽ちゃんと共演で緊張/テレビ東京『サタデーナイトショー』終了/ニューヨーク弾丸ツアー/たけしの厚情/「リアルなものを徹底的にバカバカしく」/仕事は自分で決める!/『笑っていいとも!』レギュラー/さんまと月亭八方/「オモロいコメディを作りたい」/『明石家さんまスペシャルショウ』/初のテレビ冠番組/伝説の「テレフォンショッキング」/29歳の覚悟/「雑談法人・参宮橋金曜サークル」/『ライオンのいただきます』スタート/美女対談とものまね王座/スナック「カラオケさんま」オープン/ナンデスカマンの最期とサラリーマン/「タモリ・さんまの日本一の最低男」/『心はロンリー気持ちは「…」』
【コラム3】たけしとタモリと雑談と
【1984年の明石家さんま活動記録】
IV.運命――1985年の明石家さんま
妖怪人間・知っとるケ/なぜそんなに元気なのか?/週刊誌に“写真”を売られる/ギャグの周波数の近い3人/紳助とのバースデー・ドライブ/NHK連続テレビ小説『澪つくし』出演/『さんまの駐在さん』スタート/「ザ・ミイラ」に参加/「目の前のお客さんを笑わせたい」/『さんまのまんま』スタート/『パンツの穴』、ビヨン・ボルグ、ヤンタンオールスターズ/東京国際映画祭でタモリと司会/さんま、30歳になる/写真週刊誌の“レギュラー”/祖父・音一の死/『心はロンリー気持ちは「…」II』と日本サッカーリーグ/運命を分けた日航機の墜落/元町ブラザーズ/「さんまファミリー」の結成/サザン『KAMAKURA』のCMに出演/『8時だョ!全員集合』終了/所ジョージと初コンビ/『テレビくん、どうも!』/「アホちゃいまんねん、パーでんねん!」/「パーデンネン」誕生秘話/絶頂の『ひょうきん族』
【コラム4】命を護った“虫の知らせ”
【1985年の明石家さんま活動記録】

書評

〈笑芸〉チャンピオン誕生の記録

高田文夫

 私自身、テレビラジオ舞台と〈笑芸〉に関わって来て50年。ありとあらゆる喜劇人・芸人を見て、仕事も一緒にしてきたが、これ程のパワーで65歳となる今日までずっと面白い人は初めてである。ずっとずっといつまでも第一線、常に今が一番面白い。
「明石家さんま」の総てを記録し、記憶しようとする“さんまマニア”いや“さんまフェチ”。もっと言えば“さんまの言葉ストーカー”とでも言いたい「エムカク」なる男の本。その前に「エムカク」って一体誰なんだ? “笑芸界”でそんな名前の奴きいた事もないぞ。さんま自身、活字に対しては、あまり思いも深くなく、出来ることなら生きてる内はずっと自分の言葉でテレビ・ラジオで喋りつづけたいという体質(?)だ。雑誌などでのロングインタビューなどあまり読んだ事もない。それなのにテレビ・ラジオからコツコツ丹念にひろい集め、かき集めた努力の無駄遣いがこの本。あきれる程の“さんまオタク”ぶりで、このヒストリーは(1)から(2)まである。このまま行くと(3)(4)(5)と、とんでもない大全集になりそうだ。2020年11月に出版された(1)は『「明石家さんま」の誕生』(1955~1981)。そしてこの度、出版されたのシットルケ? (2)は『生きてるだけで丸もうけ』(1982~1985)である。娘のIMALUイマルはこの本のタイトルを略して名付けられた。ン? 逆か。
 私もこの業界永いからエムカク君も知らないようなさんまの横顔・発言も相当知っている。1979年頃か。関西の方に阪神タイガースの小林繁の形態模写だけで大爆笑をとる奴が居ると、東京の楽屋で耳にした。噺家らしいのだがアクションがバツグンだときき、私はフジテレビの友人ディレクターと野球中継の“雨傘番組”で「東西野球寄席」みたいなものをデッチあげた。この頃、私のバックアップで東京では三遊亭小遊三も売り出し中。ヤクルトの安田のふざけた投球フォームやら、江川卓のダラダラしたランニングなどが爆笑だった。野球マニアの米助と八方の東西トークに、さんま、小遊三の形態模写。噺をしない噺家のアクションがバカうけだった。1980年に“漫才ブーム”が来て、1981年の元日深夜、歴史的な「ビートたけしのオールナイトニッポン」スタート。私は構成者でありながら「バウバウ」の合いの手の名手として一時代を築く。実はこれ、エムカクも指摘していない事だが、1981年の1月の時点で「オールナイト」の二部(3時~5時)はさんまが生で喋っていたのだ。1981年1月から3月まで(さんまの二部は3月で終了。たけしはここから10年続く)、なんと1時からたけし、3時からさんま、同じスタジオでのバトンタッチが生で行われていたのだ。3時に近づくと毎週たけしと私は「セーノ」で「バイビ~ッ」。すかさず荷物を持ってスタジオを飛び出すと、さんまが入ってきて「今から二人で呑みに行きまんの? ええなぁ。これから5時まで喋って始発の新幹線で大阪帰りまんねや」。
 そう、この頃は大阪から通って東京の仕事をやっていた若き日のさんま。この年の5月に「オレたちひょうきん族」が特番でスタートし、秋にはレギュラーとなり、たけし&さんまは初共演にしてゴールデンコンビとなる。「タケちゃんマン」と「ブラックデビル」二大モンスターの誕生である。私は二人のリングとも言うべき台本(脚本)を書きつづけ、二人は自由にその中で壊していった。「ひょうきん族」もバカ当りしたので1982年か、たけしと私は少し仕事も入れてスペインへと遊び半分で行く事となった。楽屋で話していると、さんまが私に「ええなぁ、スペインでっか。ひとつだけお願い。サッカーのことが載ってる新聞と雑誌があったらできるだけたくさん買ってきて下さい」。
 あとから思えば、やっぱりさんまは凄いなぁと思った。1980年代前半なんて、日本では誰ひとり「サッカー」なんて見てる人は居なかった。何人でやるのかさえ知らなかった。その時代にこの熱量。やっぱりサッカー好きは筋金入りだった。どんな物にも探究心は凄かった。とことん陰で深掘りする。最も深くはまったのが〈笑い〉なのだろう。プロデュースする能力にも早くから長けていて、さんまの番組に若い頃から出入りしていた軽くて面白い放送作家、大倉利晴の喋りに目をつけ、フジテレビ深夜に企画を提出。本名の杉本高文企画による「高田と大倉の深夜NIヨイショ」。第1回は自らゲストとして出てくれた。「相変らず深夜じょうずだなぁ~」なんて互いにノセまくる30分。この三人以外は誰も笑っていなかった。半年で終了。面白いと思った事は、ただただ貪欲に。常に今が一番面白い男・明石家さんま。そんな「お笑い怪獣」が日本のトップに登りつめる瞬間の1982年から1985年。
 みごとにこの本の中であの時代の陽気なさんちゃんが躍動している。よくぞ記録してくれたものだ。交錯するたけし、タモリ、紳助、鶴瓶がなんともいいのだ。ひとりのチャンピオンが誕生する姿に感動。まさにさんまこそがチャンプ、70年近く人一倍〈笑芸〉を見て来た私が言うのだから、ほとんど間違い……だらけだ。

(たかだ・ふみお 放送作家)
波 2021年7月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

エムカク

エムカク

1973年福岡県生まれ、大阪府在住。明石家さんま研究家、ライター。1996年より「明石家さんま研究」を開始。以降、ラジオやテレビ、雑誌などでの明石家さんまの発言をすべて記録し始める。その活動が水道橋博士の目に留まり、2013年9月10日より「水道橋博士の『メルマ旬報』」で連載「明石家さんまヒストリー」をスタート。莫大な愛情と執念によって記録されたその内容は、すでに業界の内外で話題を呼んでいる。日本テレビ「誰も知らない明石家さんま」など、テレビ特番のリサーチャーも務める。2020年、デビュー作『明石家さんまヒストリー1 1955〜1981「明石家さんま」の誕生』を上梓。Twitter:@m_kac/YouTubeチャンネル:エムカクノート

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