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室町は今日もハードボイルド―日本中世のアナーキーな世界―

清水克行/著

1,540円(税込)

発売日:2021/06/17

書誌情報

読み仮名 ムロマチハキョウモハードボイルドニホンチュウセイノアナーキーナセカイ
装幀 伊野孝行/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 254ページ
ISBN 978-4-10-354161-5
C-CODE 0095
ジャンル 日本史
定価 1,540円
電子書籍 価格 1,540円
電子書籍 配信開始日 2021/06/17

あなたたち、本当にご先祖様ですか? 最も「日本らしくない」時代へご招待!

「日本人は勤勉でおとなしい」は本当か? 僧侶は武士を呪い殺して快哉を叫ぶ。農民は土地を巡って暗殺や政界工作に飛び回る。浮気された妻は女友達に集合をかけて後妻を襲撃――。数々の仰天エピソードが語る中世日本人は、凶暴でアナーキーだった! 私たちが思い描く「日本人像」を根底から覆す、驚愕の日本史エッセイ。

目次
はじめに
第1部 僧侶も農民も! 荒ぶる中世人
第1話 悪口のはなし
おまえのカアちゃん、でべそ
第2話 山賊・海賊のはなし
びわ湖無差別殺傷事件
第3話 職業意識のはなし
無敵の桶屋
第4話 ムラのはなし
“隠れ里”の一五〇年戦争
第2部 細かくて大らかな中世人
第5話 枡のはなし
みんなちがって、みんないい
第6話 年号のはなし
改元フィーバー、列島を揺るがす
第7話 人身売買のはなし
餓身を助からんがため……
第8話 国家のはなし
ディストピアか、ユートピアか?
第3部 中世人、その愛のかたち
第9話 婚姻のはなし
ゲス不倫の対処法
第10話 人質のはなし
命より大切なもの
第11話 切腹のはなし
アイツだけは許さない
第12話 落書きのはなし
信仰のエクスタシー
第4部 過激に信じる中世人
第13話 呪いのはなし
リアル デスノート
第14話 所有のはなし
アンダー・ザ・レインボー
第15話 荘園のはなし
ケガレ・クラスター
第16話 合理主義のはなし
神々のたそがれ
おわりに
参考文献

インタビュー/対談/エッセイ

だらだら、チンタラ、室町人にまなぶ仕事術

清水克行

 来る日も来る日も仕事ばかり……。ひとつ片づけたら、また次の仕事が待っている。しかも、この作業が世の中の役に立っているのかどうか、さっぱり実感がない。あぁ、いつになったら、この仕事の山から抜け出せるのやら……。昨今では「仕事があるだけマシではないか」というご意見もあろうが、それにしても渦中の人にとっては、深刻な問題である。現代の多くの日本人は、つねに忙しなく仕事に追い立てられている。はたして遥か昔の日本人も、こんな悩みを抱えていたのだろうか?
 鎌倉〜室町時代に描かれた絵巻物などのなかには、職人や商人など、甲斐甲斐しく働いている人々の姿も多く描きこまれている。ところが、それらをよく見ると、ある不思議な事実に気づく。みんな、のんびり座りながら仕事をしているのである。大工は地べたに完全に腰を下ろして、材木の採寸や加工をしているし、物売りもゴザをしいた上に胡坐をかいて、呼び売りをしている。
 同じような場面を江戸時代の浮世絵で探してみると、大工はみな立ち上がって片肌を脱いで、汗を流しながら材木に鉋をかけているし、物売りも「さあさ、お立合い!」とばかりに、直立して売り口上を唱えている。このことに気づいた日本中世史家の桜井英治さんは、他に大工たちの遅刻、早退、部材の着服を戒めた当時の掟が多く残存していることなども合わせて、中世の職人・商人は、かなり「のらりくらりとした暢気な仕事ぶり」だったのではないか、と推測している(「中世の技術と労働」、『岩波講座日本歴史9』所収)。
 こうした中世の人たちの悠長な仕事ぶりは、当然ながら当時の技術レベルにも大きな影響をあたえずにはおかなかった。たとえば、現存する江戸時代の和紙は大ぶりで繊維が均質であるのに対して、中世の和紙はそれよりも小さく、繊維も不揃いなのだという。これは、当時の紙漉き職人たちが座りながら仕事をしていたため、らしい(藤本孝一「紙漉と古文書」、湯山賢一編『古文書料紙論叢』所収)。紙漉きは、紙の原料となる繊維の入った液体を漉き舟のなかに満たして、そこに漉き桁(長方形の簀の子)をくぐらせて、すくい上げる作業の繰り返しとなる。このとき地べたに胡坐をかいて作業をする中世の紙漉きでは、漉き舟のなかで漉き桁を大きく動かすことができず、自然、できあがった和紙は大判にはならず、繊維の塊もできやすい。ところが、江戸時代になると、紙漉き職人は椅子に腰かけたり、立って仕事をするようになったので、ダイナミックに漉き桁を動かすことができ、大判で繊維の均質な和紙を量産できるようになったのである。
 中世の日本人は、私たちのような仕事中毒ワーカホリックどころか、いたって怠惰な人たちだったのだ。
 ところが、彼らは、それはそれで良いと考えていたふしがある。中世には「懶惰らんだ」と「懈怠けたい」という言葉がある。これは、どちらも現代でいう「怠け」や「不精」を意味する。ところが、この二つの言葉、厳密には微妙に意味が異なっていた。『科註妙法蓮華経抄』という戦国時代の終わりに書かれた経典の注釈書のなかには、次のような説明が見える(佐竹昭広『古語雑談』参照)。
  明日の所作を今日なすを懶惰といひ、今日の所作を明日なすを懈怠といふ也。
 今日やるべきことを明日にまわすのが懈怠であり、明日やるべきことを今日やってしまうことを懶惰という。ただ、今日の仕事を明日に先延ばしすることが「怠け」であるというのはわかるにしても、明日の仕事を今日先回りして片づけてしまうことの、どこが「怠け」なのだろう。むしろ、それは勤勉なのではないのか。しかし、どうやら、そこには中世人なりの深い勤労観があったようだ。
 仕事と家庭と趣味と、一日一日、やるべきことは決まっている。そのなかで着実に仕事をするのは大事である。しかし、その割合を乱してまで仕事を前倒ししていくのは、それはそれで不精な心根のなせる業ではないか。その日その日を充実して生きていない、と言い換えることもできるだろう。夏休みの宿題ドリルや絵日記を八月下旬になって慌てて片づけるのも「怠け」だが、七月下旬に早々に片づけてしまうのも、別の意味で「怠け」なのである。そんなに急いで、どこへ行く? 現代の私たちの日々に追われる生活を見て、中世の人びとなら、そう言うかも知れない。
 人間は、もっと自由なはずだ。中世の人びとの世界に触れることで、私たちは、あるべき本来の姿を取り戻すことができるのではないだろうか。新著『室町は今日もハードボイルド―日本中世のアナーキーな世界―』では、そんな中世の人びとの自由すぎる生態を紹介してみた。慌ただしい現代を生きる人たちの解毒剤となれば、幸いである。

(しみず・かつゆき 明治大学教授)
波 2021年7月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

清水克行

シミズ・カツユキ

1971年生まれ。明治大学商学部教授。歴史番組の解説や時代考証なども務める。著書に『喧嘩両成敗の誕生』(講談社選書メチエ)、『日本神判史』(中公新書)、『戦国大名と分国法』(岩波新書)、『耳鼻削ぎの日本史』(文春学藝ライブラリー)などがあるほか、ノンフィクション作家・高野秀行氏との対談『世界の辺境とハードボイルド室町時代』(集英社文庫)が話題になった。

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