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謎解きレシピをめしあがれ

京橋史織/著

1,980円(税込)

発売日:2026/09/16

  • 書籍
  • 電子書籍あり

私の死後、グルメな愛犬の世話をしてほしい──その対価、なんと二億円!

出張シェフの里穂は、寺内家の愛犬タケルの食事作りを任されている。ある日寺内から「私の死後、タケルの世話をしてくれたら二億円を相続させる」と言われた直後、タケルが姿を消した。タケルを連れ去ったのは誰なのか。母の形見のレシピノートを手に、里穂は様々な家庭の謎を解決する。お腹も心も満たされる連作ミステリ。

目次

第一話 二億円のレシピノート
第二話 婚活料理の隠し味
第三話 長谷川家の呪い
第四話 クリスマスディナーの秘密
第五話 霧に消えた秘伝の味
最終話 あの日の食卓

書誌情報

読み仮名 ナゾトキレシピヲメシアガレ
装幀 しまざきジョゼ/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-354472-2
C-CODE 0093
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2026/09/16

書評

思いに寄り添う優しさとほろ苦さ

梅原いずみ

 美味しい食べものと、ちょっとした日常の謎。
「人の心を動かす」という共通点を持つこの二つは相性がよく、近藤史恵〈ビストロ・パ・マル〉シリーズ、坂木司〈和菓子のアン〉シリーズ、米澤穂信〈小市民〉シリーズなど人気作が多い。近年も、土屋うさぎの話題作『謎の香りはパン屋から』、変化球ではフードデリバリーを主題にした結城真一郎『難問の多い料理店』が刊行されている。
 京橋史織『謎解きレシピをめしあがれ』も、見逃せない一冊だ。京橋は2021年に『午前0時の身代金』で第八回新潮ミステリー大賞を受賞した新人。受賞作は、クラウドファンディングで十億円の身代金を募るという大胆な誘拐事件に新米弁護士が挑む長編で、予測できない展開に放送作家としての経歴を持つ京橋の手腕が発揮されていた。その力量は、二作目となる本書『謎解きレシピをめしあがれ』でも健在である。
 今作は六編からなる連作短編形式で、主人公の浜名里穂は料理人だ。より正確には、特定の店に所属するのではなく、個人や団体から依頼を受け、指定の場所で希望に沿った料理を作る“出張シェフ”である。結城の『難問の多い料理店』同様、食べもの×〈日常の謎〉という定番の組み合わせに今までにない着眼点で挑んでおり、出張シェフというユニークな設定をミステリーの趣向としてきちんと機能させている点も評価したい。
 出張シェフ紹介サイトに登録している里穂のもとには、誕生日を祝う料理に故人を偲ぶ料理、好き嫌いの激しい愛犬のためのご飯からクリスマスディナーまで、さまざまな依頼が届く。一般的に、外部の者が他人の家庭に踏み込むことは難しい。ところが、出張シェフという立場は例外だ。わざわざ出張シェフを呼ぶということは、依頼人はその食卓に対し思い入れを持っている。その思いを引き受けて料理を作る以上、出張シェフは各家庭が表に出さない“事情”に触れざるを得ないのである。そのため第一話「二億円のレシピノート」で、里穂はある一家の遺産相続問題に思わぬ形で巻き込まれるし、第二話「婚活料理の隠し味」では、依頼人の再婚をめぐる小さな違和感に気づいてしまう。
 もっとも、里穂は依頼人の秘密に積極的に踏み込みはしない。彼女の職業倫理がよく表れているのが、第三話「長谷川家の呪い」だ。その日、里穂が引き受けたのは「写真映えする家庭料理を作って欲しい」という依頼だった。だが、依頼人が自身のSNSに、里穂がサイトに掲載していた料理の写真を無断で転載していることが判明。事情を問い、依頼人の思いを理解したうえで里穂は答える。「認めるわけにはいかない」。なぜならそれらの料理は、「謝礼をいただいて作った、それぞれの大事な食卓」だから。各家庭の内側に触れるからこそ、出張シェフは任された食卓を守らなければならないのである。
 本書にはもう一人、重要な存在がいる。里穂の祖母・千紗だ。里穂の父親は彼女が幼い頃に家を出ており、母親はすでにこの世にいない。不在の両親に代わって里穂を育てたのが千紗である。彼女は里穂が触れた各家庭の“秘密”に対し、安楽椅子探偵さながらに解決の糸口を示す。かつて新聞記者として働いていた千紗は鋭い洞察力を持っており、里穂の心強い味方なのである。
 そんな二人の間に亀裂が入るのが、第五話「霧に消えた秘伝の味」だ。友人一家の営む老舗旅館の手伝いに出た里穂は、名物の味噌だれが忽然と消えてしまい困惑する。ところが話を聞いた千紗は、真相究明に消極的。その土地に残る伝承を踏まえ、「いいじゃないか。山神様のしわざで」「身内のことなら、はっきりさせない方がいい場合もあるからねえ」と言うのである。
 厨房を預かる責任感から、里穂がその言葉に腹を立ててしまう気持ちは分かる。一方で、鋭くも優しい洞察力を持つ千紗が、意味もなくそんな言葉を発するはずがない。そもそも収録作における謎はすべて、「身内だからこそ言えない思い」が発端となっている。ゆえに、謎が解ければすべてが丸く収まるとは限らない。千紗の言う通り、「はっきりさせない方がいい場合」も確かにあるのだ。
 そして最終話「あの日の食卓」では、他ならぬ里穂自身が当事者となる。料理人だった母が遺したレシピノートをめぐり、千紗を含めた里穂の身内に光が当たるのである。里穂の家族が抱える秘密は、「はっきりさせない方がいい」ものだったのか。里穂と千紗が辿り着く意外な真相はぜひ、本書で確かめてほしい。
 温かな料理の向こうにある、人の思いに寄り添う優しさとほろ苦さ。出張シェフとして、食卓を囲む人々の物語に向き合ってきた里穂はその味わいを誰よりも知っている。その彼女が最後に踏み出す一歩は重たいかもしれないけれど、晴れやかで、心の底から応援したくなる。

(うめはら・いずみ ライター/書評家)

波 2026年10月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

京橋史織

キョウバシ・シオリ

1972(昭和47)年、徳島県生れ。お茶の水女子大学卒業後、一般企業に勤務しながら脚本を学び、ラジオドラマや舞台等の脚本を手がける。2010(平成22)年、創作ラジオドラマ大賞入賞。2021(令和3)年、『午前0時の身代金』で新潮ミステリー大賞を受賞。他の著書に『謎解きレシピをめしあがれ』がある。

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