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攻め寄せる三万の武田軍、城兵はわずか四百――。奇跡の戦いを描く堂々の完結巻!

風は山河より 第五巻

宮城谷昌光/著

1,870円(税込)

本の仕様

発売日:2007/03/22

読み仮名 カゼハサンガヨリ05
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 286ページ
ISBN 978-4-10-400419-5
C-CODE 0093
ジャンル 歴史・時代小説、文学賞受賞作家
定価 1,870円

三方原で大敗し窮地に追い込まれた家康と、三河の攻略を目論む信玄率いる武田軍を遮るのは、菅沼定盈が守る野田城のみ。圧倒的な力の差を前に、城主・定盈は何を悟ったのか。この男なくして、徳川二六〇年の太平はありえなかった――信長が激賞し、家康に恃まれ、信玄が欲した防守の名将の活躍を追う歴史巨編、ここに完結。

著者プロフィール

宮城谷昌光 ミヤギタニ・マサミツ

1945(昭和20)年、愛知県生れ。早稲田大学第一文学部英文科卒。出版社勤務等を経て1991(平成3)年、『天空の舟』で新田次郎文学賞を、『夏姫春秋』で直木賞を受賞。1993年、『重耳』で芸術選奨文部大臣賞受賞。2000年、司馬遼太郎賞受賞。『晏子』『玉人』『史記の風景』『楽毅』『侠骨記』『沈黙の王』『管仲』『香乱記』『三国志』『古城の風景』『春秋名臣列伝』『楚漢名臣列伝』『風は山河より』『新三河物語』『呉越春秋 湖底の城』等著書多数。

書評

波 2007年4月号より 三段構えの緻密な構成  宮城谷昌光『風は山河より』

清原康正

 この大河歴史小説は、「小説新潮」に連載が始まった当初から、毎月、目通しはしていた。だが、全五巻にまとまった時点で改めて通読してみて、深く感じ入ったことが幾つかある。そのことから触れてみたい。
 先ず、何より感じ入ったこと。それは連載の開始が二〇〇二年四月号で、完結したのが二〇〇七年三月号という時間の長さである。この足かけ六年もの間の執筆の際の精神統一とその持続性の凄まじさに思いを馳せざるを得ない。しかも、作者にとっては初めて日本の歴史に題材を採った歴史小説なのである。
 全五巻にわたって挟み込まれている特別付録「宮城谷昌光『風は山河より』の世界を語る」から、作者がすでに高校生の頃から主人公の菅沼新八郎定盈に興味をもっていたこと、史料や取材などいろいろな障害をひとつひとつクリアしていったことなどを理解することができる。第一巻の「特別付録(一)」で、「歴史にたいしても多感な高校時代から四十年以上が経って、真剣に興味をもった最初の歴史的な時点、そこへ帰ろうとしているのではないかとおもいます。原点に戻る、といいかえることもできます」とも語っているからだ。
 だが、ちょっと想像していただきたい。「原点に戻る」行為を足かけ六年にもわたって持続していくしんどさを……。いや、足かけ六年どころではない。「高校時代から四十年以上」ということだから、やはり並大抵のものでない。などと記してしまうと、そんな陳腐な表現しかできないのか、と自ら赤面するしかないのだが……。
 もう一つ、強く感じ入ったこと。それは「妄」「意う」「趨った」「美めた」といった独特の漢字の用法である。中国歴史小説の第一人者としての矜持が表れていて、「なるほど、この漢字でないと感じが出ない」などと駄洒落を口にしつつも、じっと見惚れていることに何度も気づいたものだ。
 文章で言えば、さらにもう一つ、気づいたことがある。全五巻を通して、カタカナが使われていないことだ。筆者の記憶では、「関ヶ原」といった地名を除いて、第五巻で、人名を説明する際に「ハルチカは諱ではなく」とあるのが、唯一の例外であった。
 これは文章に、余計な擬音語や形容語を挟み込んでいないということなのだ。例えば、第三巻の菅沼定村が矢で射抜かれる場面を挙げておこう。こんな具合である。
「五郎右衛門と従者はいっせいに弓をかまえ、矢を放った。弦の音に気づいた定村の顔が動いた」
「馬上のからだがかたむき、しずかに落ちた。その落下はつづき、定村は谷底の闇に沈んだ」
 よく見ていただきたい。弓を放つときの「弦の音」とは記されているものの、その具体的な音の記述はない。落馬や谷底墜落の場面にしても、一切、無音で通している。筆者なら、こういう場面では、「ヒュッと放った」「ドスンと大きな音を立てて落ちた」「谷底へズルズルと落ちていった」などと書くに違いない、と襟を正す思いで、こうした描写にもじっと見惚れてしまったのだった。文章が全く揺れ動いていない。ぶれることがないのだ。
 物語の構成面でも工夫が凝らされている。戦国前夜の奥三河を舞台に、定則・定村・定盈の野田菅沼家三代を軸に、松平家、今川家、古河公方、後北条家などのそれぞれ三代の血胤と営みのありようが、戦国乱世という過酷な歴史の流れとどう関わっていったか、そのことでひとりひとりの運命がどう変わっていったか、などが作者の言う「三段構え」の構成で展開されていく。今川義元・武田信玄・織田信長・朝倉義景などの戦国武将たちの戦いのさまが、野田菅沼家三代の目を通して描き出されているところに、この大河歴史小説の独自の特色がある。
 桶狭間や三方原での合戦など、日本史年表に太字で記載される有名なものだけではない。歴史の流れには何の変化も影響ももたらさなかった全く局地的な合戦、と言うよりは少人数による小競り合いが、実に克明に描写されている。それだけに、史料の収集、整理、読み込み、現地取材が大変であったろうことが理解できるのだ。連載開始時に作家・諸田玲子氏との特別対談「ずっと日本を書きたかった」(「小説新潮」二〇〇二年四月号)の中で、作者はこう語っていた。
「私は三河人だから戦国期の三河だけは書いておきたいとずっと考えていました。ですからこの連載は、資料を集め始めてから五年ぐらい準備期間がありましたが、構想から全部含めるとおそらく二十五、六年はかかっている小説なんです。やり始めてみると、舞台は奥三河なんですが、これが、中国全土より広く感じました」
「もう、知らないことばかりです。日本の歴史小説が大好きで、戦国ものの小説はほとんど読んでいると思うんですが、いざ、自分が書こうとしたら何にも知らないことがほんとによくわかったんです。自分で資料を当たって、その地にも行って調べていかないと小説の世界というのは成り立ちにくい。それをやったら、奥三河が中国より広く感じたんです」
「自分もその時代に生きてる立場になってね、その時代を生きなければならないんです。当時の、戦国期に生きている人のカンのよさというか、それを裏付ける情報はないか、どういう基準で、物事を考えていたんだろう、とか、自分で書くしかないとなったら、いろいろ考えましたね」
 この対談からも、前述した第一巻の「特別付録」の中の一節「いろいろな障害をひとつひとつクリアしていって」ということがよく理解できるのだが、第二巻の本文中に、次のような記述が見受けられもする。
「このように伝承と私記などの齟齬をある程度修正し補填することができるが(中略)疑念と謎はふくらむばかりである」
 こうした「疑念と謎」を、作者は登場人物それぞれの性格、行動、心理を解明しつつ明らかにしていくのである。血の不思議さ、東三河と西三河や三河人と尾張人の違い、大小さまざまな合戦の模様などに関する作者の歴史解釈の面白さとともに、
「文化とは伝統と創造の所産であり、理知が情念を制御する場において成り立つ」(第一巻)
「天下に志があるのであれば、風に靡くのではなく、みずから風を起こさねばならない」(第三巻)
「支配力を強化しすぎる者はおのれの弱点をも大きいものにしてしまうのであろう」(第四巻)
 などといった箴言も胸にしみ入ってくる。とりわけ、「風」の描写がとてもいいのだ。石仏から吹き上げてくる風、桶狭間合戦の直前の暴風雨など、風が吹くと、登場人物たちの運命が変わったりもする。風の描写を通して、情念の風景が、精神風土の世界が表象されていく。その繊細な描写、一文一文の手ざわりのよさを堪能していただきたい。


(きよはら・やすまさ 文芸評論家)

目次

姉川へ
婚約
竹広の戦い
信玄きたる
野田城再建
三方原合戦
野田合戦
野田の春
鳶ヶ巣山
天長地久
あとがき

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