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公孫龍 巻三 白龍篇

宮城谷昌光/著

1,980円(税込)

発売日:2023/08/18

  • 書籍
  • 電子書籍あり

中国、春秋戦国時代に燦然と輝く名将楽毅。その偉業の陰にはこの男がいた。

周王朝の王子という身分を捨て、群雄割拠する諸国を商人として渡り歩く青年・公孫龍。その清廉潔白な人格で将軍や有力者たちの信頼を得た彼は、自らその登用に尽力し、燕に仕えるようになった名将・楽毅が企図する空前の大戦略の実現に向け、才覚を発揮する。名作『楽毅』の感動が新たに甦る、宮城谷文学最高傑作、第三部。

目次
製鉄事業
がいじょうの囚人
雪中の救出
西帝と東帝
好機到来
東征の軍
策の陰陽
凱旋のあと
消えた公孫龍
盗賊退治
外交の術
若者たち
れんこうの軍
せい西せいの戦い
りんシ制圧
ふたりの公孫龍

書誌情報

読み仮名 コウソンリョウカン03ハクリョウヘン
装幀 神木野啼鹿/題字、原田維夫/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 296ページ
ISBN 978-4-10-400430-0
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2023/08/18

書評

まったく新しい貴種流離譚

澤田瞳子

 辞書的な説明をすれば、公孫龍は紀元前三世紀頃に生きた古代中国・戦国時代の弁論家。趙国・平原君の食客となり、全三巻の著作『公孫龍子』の断片などによって「白馬非馬論」などの思想が今日に伝わる。
 宮城谷昌光は本作で、そんな公孫龍を周の王子稜として登場させる。王宮の陰謀によって命を狙われた彼は、自らは船が覆って死んだと偽り、商人・公孫龍として生まれ直す。彼を取り巻く多くの人々との出会いと別れ、身を寄せた趙国、そして燕国での争いは更に公孫龍を戦国の動乱に巻き込んでいく。
 宮城谷昌光が大作『楽毅』『孟嘗君』を筆頭に、中国の春秋戦国期を舞台とする作品をすでに多く刊行していることについては、今更語るまでもあるまい。それらの作品の主人公たちや逸話に他の側面から接することができるのも、本作の嬉しい読みどころ。おかげで過去に刊行された宮城谷作品までついつい引っ張り出さざるを得ぬ点は、ファンとしては楽しい悲鳴である。
 だが極めて個人的な感想が許されるのであれば、わたしは本作が公孫龍という元王子の貴種流離譚として描かれている点に注目したい。本巻『公孫龍 巻三 白龍篇』に先立つ『公孫龍 巻二 赤龍篇』において、公孫龍は稀代の軍略家として知られる楽毅を得るべく、奔走する。だがその一方で彼は決して戦や政争ばかりに明け暮れるわけではない。かつて斉国の兵士に妻子をさらわれた旭放の悲しみに触れた公孫龍は、邯鄲への途上、かつてある女性が身を投げたという井戸を通りかかり、それは旭放の妻ではと思いを馳せる。そして本作では自ら同様に貴種の血を引く少年を新たな世界へと導き、家族を失った旭放との絆を結ばせる。
 思えば趙の主父と様々な気性を持つ息子たち、永俊を中心とする家族三代など、激動の時代を描く本作には、多種多様な家族の親子のありかたが描かれる。そんな彼らの絆が、自らの国と家族を失い、今後も妻帯はせぬと誓う公孫龍によって結わえられてゆく点は、周囲に様々な奇跡を起こしながらも、自身はその苦悩から抜け出すことができぬ貴種流離譚の典型を想起させる。
 ただここで注目すべきは、公孫龍自身は自らの生きざまを苦難とは思っておらず、「生きている時間を人一倍大切にし、しかも死を恐れていない」との域に達していることだ。それだけに周囲が公孫龍を貴種と見破ったとしても、彼自身はもはやその立場に何の執着も示しはしない。むしろ仮にそうだとしてもと前置きしながら、人間の権威と幸福のありかたとは何かと反対に問い返す。そのかたわら、自らに仕える者たちの子どもたちにも眼を向け、新たなる世代へと思いを馳せる彼は、もはや流離する貴種を越えた新たなる貴種に達している。
 ネタバレになるため詳しく述べられないが、本巻では冒頭に述べた辞書的存在としての公孫龍について、そう来たか! とつい叫びたくなる仕掛けも巡らされている。しかもそれが爽やかな風が吹き通るに似たこれまでの公孫龍の行状とは裏腹に、ある人物の思わずくすりと笑いたくなる登場の仕方によって描かれる点は、実に心憎い。この人物が今後、どのように我らが公孫龍と関わるのか、早くも次の巻が楽しみでならない。
 それにしても近年は、若き始皇帝の世を描いた原泰久『キングダム』が大ブーム。わたしも周囲の勧めを受け、遅まきながらようやく一巻から読み始め、どっぷりとエイ政(後の秦の始皇帝)を取り巻く人々の活躍にハマってしまった。ただそれ以外にも荘子の孫を主人公とする『達人伝』(王欣太)、張良の視点から項羽・劉邦を描く『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』(川原正敏)など、コミック分野における古代中国人気は留まるところを知らない。日本古代史好きのわたしとしては、正直いささか悔しい限りだが、もはや今日の日本人にとって、中国古代史は本邦の古代史以上に親しみ深い時代と言っても過言ではなかろう。
 その根強いブームの立役者が誰かと言えば、これはもう宮城谷昌光以外にはありえまい。かつて司馬遼太郎は『竜馬がゆく』や『燃えよ剣』、『最後の将軍』などの数々の作品によって、日本人に鮮烈な幕末イメージを植え付け、我々をその時代に親しませた。同じことが現在、宮城谷昌光によって行われ、我々はいま遠い古代中国へと心を馳せることができる。
「歴史が歴史であるためには、常に創造が必要である」とは宮城谷昌光のエッセイ集『他者が他者であること』(文春文庫)の一節である。我々は氏の歴史小説を通じて、かつて確かにあった過去を垣間見る。それこそが歴史小説の醍醐味であることは、もはや疑いようはない。

(さわだ・とうこ 作家)
波 2023年9月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

宮城谷昌光

ミヤギタニ・マサミツ

1945(昭和20)年、愛知県生れ。早稲田大学第一文学部英文科卒。出版社勤務等を経て1991(平成3)年、『天空の舟』で新田次郎文学賞を、『夏姫春秋』で直木賞を受賞。1993年、『重耳』で芸術選奨文部大臣賞を、2000年、司馬遼太郎賞を、2001年、『子産』で吉川英治文学賞を、2004年、菊池寛賞を、2016年、『劉邦』で毎日芸術賞をそれぞれ受賞。また、2006年に紫綬褒章、2016年には旭日小綬章を受章。『晏子』『楽毅』『管仲』『香乱記』『青雲はるかに』『新三河物語』『三国志』『草原の風』『呉漢』『孔丘』『公孫龍』『諸葛亮』等著書多数。

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