道行きや
1,980円(税込)
発売日:2020/04/24
- 書籍
「あたしはまだ生きてるんだ!」いのち有限、果てなき旅路。
カリフォルニアで男と暮らし、子ども育てて介護に行き来、父母を見送り夫を看取り、娘と離れて日本に帰国。今日は熊本、明日は早稲田、樹木花犬鳥猫を愛で、故郷の森や川べり歩き、学生たちと詩歌やジェンダーを語り合う。人生いろいろ、不可解不思議な日常を、漂泊しながら書き綴る。これから何が始まるのか――。
鰻と犬
耳の聞こえ
粗忽長屋
燕と猫
木下ヨージ園芸百科
荒野にモノレール
むねのたが
山のからだ
パピヨンと友
「ヨーコ・オノ!」
ひつじ・はるかな・かたち
草木は成る
かがやく
河原の九郎
くずのは
オオキンケイギクの問題
途中下車をしに
Via Dolorosa
ポロネーズ、もう大丈夫
四足の靴
犬の幸せ
書誌情報
読み仮名 | ミチユキヤ |
---|---|
装幀 | 菊地信義+新潮社装幀室/装幀 |
雑誌から生まれた本 | 波から生まれた本 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 224ページ |
ISBN | 978-4-10-432403-3 |
C-CODE | 0093 |
ジャンル | 文学・評論 |
定価 | 1,980円 |
書評
生きることは、「ミスする」こと
「こんな書き方があるんだなあ、というのが読み終わった感慨でした」
と言って、旧知のみすず書房の編集者が伊藤比呂美さんの『切腹考』を送ってきてくれたことがあった。
「連載のエッセイをまとめた本なのですが、それだけではない。身近な人の緩慢かつ身も蓋もなく身体的な死の過程とそれを見つめる自分、といったモチーフがずっと流れていて、最後まで読むとそのモチーフについての文学として本の全体像が見える」
いつも辛口で熱心に何かを褒めることはあまりない編集者なので、へえ、これは珍しいことだと思って読んでみたら、それは死を見つめるだけではなく、森鴎外論にもなっていた。すごい芸だと思った。文芸とは、突きつめれば文章でする芸のことなのだ。
その『切腹考』で、米国に長年住んで夫を看取った伊藤さんが、本作『道行きや』では日本で大学の先生になっている。やはり英国に住んでいるわたしには、日本語の世界に戻った彼女のささいな言葉に対する気づきや戸惑いが抜群におもしろい。例えば、日本の人たちが往来で交わす挨拶が、「おはようございます」「こんばんは」ではなくて、「ざっ」とか「わ」になっていることに彼女は気づく。しかし英語にも「よい日をおくってください」の短縮形、「よいひとつを」があることを思い出し、「ひとつを、とはなんだ」と考え込んだりするのだ。
また、伊藤さんの文章の中には英単語がカタカナで入ってくるときもあり、「感覚がナムする」の表記などはちょっと他人ごととは思えない(わたしもよくこういうことをやって編集者を困らせるから)。でも、「numb」の末尾のbを発音しないところなどいかにもぼーっとなった様態を言い表す絶妙の言葉で、「麻痺」というかっちりした画数の多い漢字にしたくない気持ちはわかる。
同様に、思わず頷いたのは「私はあなたをミスする」という表現だった。間違うという意味ではない。「ミスする」とは、何かが欠けているということ。その不在が感じられること、それが埋まらないということだ。日本語では「何かがなくて不自由する」とか「寂しい、恋しい」と訳されるが、どれもあの言葉を的確に言い当てられない。
このように日本語には変換できない言葉を抱えて帰国した伊藤さんは、大学でSNS世代の学生たちから酷い言葉を浴びせられたり、講義への苦情を寄せられたりして落ち込み、また立ち上がって奮闘する。「短詩型文学論」のクラスでは説経節の道行きを語ることにした。伊藤さんが初日に学生たちに出した課題は「ロードムービー、ロードノベル、ロード漫画、考え得るかぎり、どんなのでもいいから」だった。
ここで読者は気づかされる。世界に散らばる友人たちや熊本の人たちや東京の学生たちや犬との日常を描いたエッセイをまとめた『道行きや』もまたロード文学だったのだと。米国、東京、熊本、ポーランドと舞台を移しながら、いろいろな場所を通り過ぎてきた伊藤さんは、動くことでそれらの場所を失ってきた。そこで出会った人々や風景や出来事や食べ物は、現在の彼女の生活から欠けている。人は移動し、先に進むことで、様々なものを無くし、「ミスする」。
大好きな人や友だちの犬に会えなくなった愛犬の姿を眺めながら、犬が不在を確認する気持ちを、伊藤さんは「『無い』、『い無い』」と代弁する。これこそ「ミスする」の邦訳にふさわしい日本語だ。この作品は、「miss」という日本語にはならない言葉を日本語化する試みだったのではないか。「動き、進む」ことと「ミスする」ことは同一であり、それは生そのものでもある。生き残ることは、記憶することだからだ。『切腹考』で死を見つめた伊藤さんは、『道行きや』で生きて「在る」ことを書いた。
こうして冒頭の編集者とまったく同じ感慨をもってわたしは本書を読み終えた。バラバラに転がっているように見えた小石が、いきなりクリスタルの数珠になって目の前にあった。いみじくも伊藤さん本人が、「どんなに飛んでも最終的には行くべきところに行き着く。それが芸である」と本書中で明かしている。これはもう彼女にしかできない芸であり、その巧みはジャンルとかそういうものを軽く超えている。この芸って、いったい何なのですか? と訊いたら、きっと伊藤さんはあのチャーミングな笑みを浮かべながら答えるに違いない。
「ぜんぶ、詩なのよ」と。
(ぶれいでぃ・みかこ ライター、コラムニスト)
波 2020年5月号より
単行本刊行時掲載
インタビュー/対談/エッセイ
人生相談『道行きや』篇
「波」の同時期連載が共に大好評を博したお2人から〈人生の知恵〉をお借りします! オンラインでの公開対談を誌上再現。
伊藤 今日はみなさんの前で対談をする予定だったのですが、コロナのせいで密で集まれないし、みかこさんもイギリスから日本へ来られないということで、オンラインで行うことにしました。二人で喋るだけではなくて、ご覧になってるみなさんからの質問にも答えようと思います。でも、実は私がやりたいのは〈人生相談〉なんです。私は人生相談をされるプロみたいになっていまして――。
ブレイディ あちこちの雑誌や新聞でやってらっしゃいますものね。去年、私が比呂美さんと対談で――それが初対面だったんですが――お会いした時も、私の実家の親の話なんかをご相談しました。人生相談をしたくなるキャラ(笑)。
伊藤 せっかくオンラインなんだから、ライブで人生相談も募集しましょう。他の人には見えない形にしますから、チャットじゃなくてQ&Aで送ってください。でも、まず二人で雑談しましょう。
ブレイディ はい。
伊藤 そうだ、雑談じゃなくて、今日は本の宣伝をしなくちゃいけないんだね。
ブレイディ 私が『ぼくイエ』(『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』)を連載していたのと同時期に、やはり「波」で比呂美さんが「URASHIMA」を連載されていて、それが『道行きや』と改題されて単行本になったんですよね。
伊藤 そして、みかこさんの『THIS IS JAPAN―英国保育士が見た日本―』は新潮文庫になりました。
「ミスする」を日本語にすると
ブレイディ 私から先に感想を言わせてください。「波」の連載を毎月読ませて頂いていたんです。最終回を読んだ時、唐突に終わった感じがして、私の担当の編集者に「あれで終っちゃうんですか?」みたいなことを訊いた覚えがあります。でも「波」の書評(五月号)を書くためにゲラで読み直すと、散らばっていた小石がいきなりクリスタルの数珠になって現れた、みたいな気がしました。
伊藤 ありがとうございます。
ブレイディ 私もイギリスに住んで、普段は英語で生活しているせいか、日本へ帰った時に、喋っている拍子にルー大柴みたいなというか、英語と日本語が混ざることがあるんです。イギリスにいても、いきなり日本語の単語が混ざる時があります。これはやはり翻訳しきれない言葉、置き換えると微妙に違うなという言葉があるからだと思うんですよ。
『道行きや』にも、英語を訳さずにカタカナで記されている言葉が幾つかあります。これは、比呂美さんにも〈翻訳することで生じる違和感〉を覚える言葉があるからじゃないか? 例えばカリフォルニアのお友達からもらったメールに、「私はあなたをミスする」と出てきました。英語のmissという動詞を日本語にしたら、「あなたがいなくなって寂しくなる」とか「恋しくなる」ですが――あるいは「必要な物がなくて困る」時にも使いますが――、何かが違うんですよね。
会社勤めを辞める時なんかも、“We’re gonna miss you.” と言われます。これは「あなたがいなくなって、あなたを恋しく思い出すでしょう」とか「いなくなって寂しくなるよ」とまではいかない、感情を表わすけれど、同時に現象を指すというか、〈何かが存在しないことを認識する〉言葉だと私は理解してきました。
それを比呂美さんは「ミスする」とあえてカタカナで書かれていた。これは絶対に意味があるなと思って読み進めていたら、今度は最後の――つまり私が急に終わった感じを受けた連載最終回の――「犬の幸せ」の章で、女友達から「私はあなたをミスする」「ああ、とてもミスする」と言われ、「わたし」もそう言った、とありました。また「ミスする」だと思って、さらに読んでいくと、比呂美さんの愛犬のホーボー君は賢くはないけれど、「無い」ことがわかるんだと。彼がすごく好きな犬、すごく好きな人を失ったことを「無い」「い無い」と認識できるんだ――そう書かれています。そうか、missを日本語で書くと「い無い」になるんだ、そしてこの本は「何かをミスする」ことについて書かれた本だと気づいて、この最終章で終るべくして終っていた、と私は思い直しました。
『道行きや』という題もぴったりですね。生きることは、別に海外に移住したりしなくても、会っていた人と会わなくなったり、亡くしたり、物を失くしたり、いろんなものが無くなっていくことですよね。何かや誰かの不在を認識し続けることが、きっと生きるということかもしれません。長く生きれば生きるほど「ミスする」ものは増えていく。
伊藤 実は、みかこさんの書評を読むまでは気がついてなかったんです。言われて、「そうか、この本は『ミスする』をめぐる本だ」と自分でも納得しました。
すごく正直なことを言うと私の欠点は、最初の言葉から最後の言葉まで全てをコントロールしたいことなんです。言葉を完全に自分のコントロール下に置きたい。ところが『道行きや』の場合は、書き始めた時にちょうど早稲田大学で教え始めていたんです。早稲田の仕事が忙しくて、落ち着いて書いてられないのね。週に七日あったら、早稲田に四日使うんです。で、熊本に四日いるんですよ。計算が合わないなと思うでしょ? 合わないんですよ(笑)。熊本で書くんですが、授業の予習もしなくちゃいけない。こんなに時間に追われて突っ走って書いたことはありませんでした。だから、『道行きや』が「ミスする」をめぐる本だと意識できていなかったのかもしれません。
熊本の郊外にラブホテルがあって、その名前が看板に大きく書いてあるんだけど、「アイミスユー」っていうのよ。
ブレイディ ありそうだ(笑)。
伊藤 熊本空港へ行く時、いつもその前を通るわけね。そしたらある日、父がすごく真面目な顔して、「ちょっとあんたに訊きたいことがあるんだけど。英語得意だろ?」「うん。何?」「アイミスユーってどういう意味だ?」「どうしたの、お父さん」「空港の近くのラブホテルにアイミスユーって」(笑)。それで教えてあげたんだけど、あの時、彼は何を考えていたのか、亡くなった今では永遠の謎(笑)。
みかこさんの本について話すと、一番新しい本は『ワイルドサイドをほっつき歩け』(筑摩書房)ですね。これも素晴らしかった。この本でも『THIS IS JAPAN』でも『ぼくイエ』でも、みかこさんの書いている本はどれも、ノンフィクションとかエッセイにしては人が生き生きと動き過ぎませんか?
ブレイディ そうなんですよね。
伊藤 登場する人がみんな、ちゃんとキャラを持って動いてる。例えばブライトンのワーキングクラスの、パブでくだ巻いてるようなおっさんたちって、日本の読者にすれば全然遠い存在じゃない? それなのに、みんなすごく生き生きと、そこら辺にいるようなおっさんたちとして描かれている。これってある意味、みかこという目を通した小説じゃん、と思う。私はどうしても詩の人間で、小説という言葉を使うと、なんかいけないことみたいに感じるから(笑)、小説じゃなくて、「みかこ文学」と呼びたいの。きわめて独特のものですよね。
ブレイディ どうもありがとうございます。私は小説とか詩とかノンフィクションとか、カテゴリーは「どうでもいいじゃん」と思っている部分があるんです。それに小説や詩は、私にとっては会席料理とかフランス料理ってイメージなんですよ。私が書いているのは屋台のラーメンではないか(笑)。でもラーメン大好きだし、私はラーメンでやっていくよって感じでいます。
それぞれの差別体験
伊藤 では、みなさんからの質問や相談が集まってきているようなので、そちらへ移っていきましょう。最初の質問、「海外生活の長いお二人が、日本人として現地で受けた差別的な体験って、どのようなものがありますか。以前より減ってますか、むしろ増えてますか?」。
ブレイディ これはいろいろあります。ChinkとかChinkyと結構呼ばれましたし。一番怖かったのは、息子がまだちっちゃい時、バギーに乗せて公園を突っ切ろうとしたら、本当に悪い感じのティーンエージャーがチェーンを振り回しながら「ニーハオ、ニーハオ」って近づいてきたんで、これはやばいと。私も独身の時だったら「くそガキ、何言ってんだ」ぐらいの勢いだったけど、やっぱり守るものができると人間は弱いですね。すぐ背中を向けて帰ったこともあります。
伊藤 差別されるってどんな感じ?
ブレイディ 差別をされるのはムカつきますけど、だんだんと慣れてくるところがあるんですよね。
伊藤 本当にそうですね。
ブレイディ これは一度エッセイに書いたけど、バスの中で差別的な目に遭ったんです。こちらがイエローだから、何か言われて、足を引っかけられた。そしたら、そのバスの運転手さんが一部始終を見ていて、その人に向って毅然として言ったんです。「俺のバスから降りろ。おまえが降りるまで、このバスを俺は発車しない」って。他の乗客たちも、みんな急いでたりすることもあって、差別した人をじっと睨んでいて、結局、その人は悪態をつきながら降りていった。あのときは心の中に花火が打ちあがったような気になった。差別に慣れるべきではないんだと思いました。
伊藤 学生たちに差別の話をすると、「日本には差別がないから」って言うのね。「差別されたことがない」とも言うの。だから私は彼らに「差別されるのって、こんな気持ちよ」とできるだけ伝えようとしています。みかこさんは差別された時、どんな気持ちでしたか?
ブレイディ それこそhumiliatedされた気持ちでした。humiliated、humiliatingは『道行きや』ではカタカナでもなく、英語のまま記されていますね。なかなか日本語になりにくいからだと思いますが、つまり〈尊厳を踏みにじられた〉気持ちではないでしょうかね。
伊藤 みかこさんとの大きな違いは、私が住んでたのはカリフォルニアの詩人やアーティストの多いコミュニティーだったんです。生粋のアメリカ人はあまりいなくて、比較的インターナショナルで、私の連れ合いもイギリス人でした。だから私の環境の方が生ぬるかったな。Chinkなんて一回も聞いたことがない。
ブレイディ そうなんだ。
伊藤 じゃあ、差別はないのかって言えば、そうでもなかったけど。
ブレイディ 表面から隠されているからこそ、いやらしいものがあったりするんですか?
伊藤 別にいやらしくもないのよ。みんなリベラルで、トランプなんてダメだって言ってて、差別なんて絶対にしないと思っている人たちなの。白人の多い地域で、黒人やアジア人はあまり多くなくて、半分以上メキシコ系。で、私が荒れ地みたいな、自然をそのままにしてトレイルだけあるような、そんなところを、犬を放して歩いていたら、すれ違う人たちによく怒られるのよね。でも友人は、イギリス人で、シュッとした威厳のある女なんだけど、犬を放して歩いてるのに怒られたことがないって言うの。それで私、そこで人に聞いてまわったのよ。犬を放してる人に「叱られたことがありますか?」(笑)。あそこでヘンなこと聞く日本人女が出るって噂になってたかもしれないけど、結論としては誰も叱られてなかった。とがめられるのは私だけだった。
ブレイディ そういうことはありますね。
伊藤 でもその程度ですよ。今のBlack Lives Matterにしても、黒人だけでなく、ヒスパニックの人たちだって、警察に対して緊張感を持ってるでしょう。私たちはそこまでのことはないから甘かったわね。コロナ以降、けっこうアジア人が「国に帰れ」とか言われて問題になるケースが増えてきましたけどね。
もしも海外に出ていなかったら
伊藤 ひとつだけ、私が絶対に答えたい質問が来てるけど、いいですか?
ブレイディ 何でしょう?
伊藤 「『道行きや』の装幀が凝っていて、美しくて、素晴らしくて、持っている本の中でも一、二を争うぐらいです。伊藤さんの意見も反映されてるんですか?」。全く反映されていません。
ブレイディ え、そうなんですか。
伊藤 はい。この本の装幀は菊地信義さんという装幀家です。
私は三十五くらいから四十歳あたりまで、本当に鬱で死ぬかと思ってたんですよ。アメリカに行ったのも自殺する代わりに行ったような気がします。それで子どもを産んだら、なんだか毒が出た――みたいなところがあるんですけどね。そんな鬱の時期に〈自分を消してしまいたい〉という欲望があって、ある詩を菊地さんにデザインしてもらった時、「私の言葉はただのマテリアルとして扱ってもらいたいんです。どんな形にしてくださっても構いません」と言ったら、菊地さんはピクセルを大きくして、詩を読めなくしちゃった。
ブレイディ えーっ。
伊藤 普通、詩人の詩にそんなことやりませんよね。私はその時、自分が持っていた、自分を粉々にしちゃいたい的な被虐的な欲望を菊地さんがちゃんと掬い取ってくれたと感じたんです。それで私が詩を長い間やめて、また詩へ戻ってきた時に、なんだかすがるみたいな気持ちで菊地さんに装幀をお願いした。それが『河原荒草』という詩集だったんですけどね。人生のポイントポイントで、菊地さんに装幀してもらっている。『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』も『読み解き「般若心経」』も『新訳 説経節』も『切腹考』も。『道行きや』も表紙も本文のデザインもすっかり菊地さんに委ねました。
次の質問、「海外に出ずに日本でずっと住んでいたら、今ごろ自分はどうなってたと思いますか?」。
ブレイディ こういうifは意味があるのかな。今の私があるのはイギリスに来たからで、日本にいたら「日本にいた私」になってただろうから、今の私はいないわけですよね。全然違う私が存在したんじゃないですかね。
伊藤 私はそう思わない。人間って、帰着するところは結局同じじゃないかな? 仮に海外にみかこさんが出なかったとするわよ。でも、みかこさんはみかこさんだから、「何くそ」って思いでモノを書き始めるでしょ。
ブレイディ そうかな。そう思います?
伊藤 私はそう思うよ。日本にいて、ばったり出会った変な人と恋愛するでしょ。で、結婚するの。それから離婚するわね。
ブレイディ それは間違いなさそう。
伊藤 離婚の傷心で、いろいろと旅行していたら、ばったり出会ったのが、ちょっと年上のイギリスのワーキングクラスの男で、ふっと恋愛して、そのうちに日本へ帰ってくる。そしたら向こうが「どうしてもみかこへの愛が忘れられない」とか言って日本に来て、二人して燃え上がって、しばらく日本で住んでるんだけど、向こうがどうしても適応できなくて、「しょうがないな、じゃあイギリス行くか」ってイギリスへ渡って、今のブレイディみかこになる。そんなこともあり得るよ。
ブレイディ なるほど(笑)。比呂美さんが海外に出なかったら?
伊藤 比呂美は行かなかったとしたら、自殺してますね。だから今ここにいない。
ブレイディ さっき、自殺する代わりにアメリカへ行ったみたいなことをおっしゃいましたよね。それを聞いた時、「私は生きるためにイギリスへ来た」とすごく感じたんです。
伊藤 それは日本の文化の中では生きられなかったということ?
ブレイディ 私、本当にろくなことなかったんですよ。つきがなかったとも言えるけど、よく考えてみたら、私のいろんなことへの対処の仕方が、日本では受け入れられなかったなと思うんです。だから合わないんでしょうね。そうすると、合うように自分を変えていくか、合わない中ですごく傷ついて生きていくかで――今みたいに、こんなにゲラゲラ笑う人にはなっていなかったかもしれません。
保険というセイフティ・ネット
伊藤 「日本に帰ってきて、どう思いますか?」という質問も来ています。ごめんなさい、日本のみなさん。みんな怒るから、なるだけ言わないようにしているんですけど、アメリカに二十数年住んで日本へ帰ってくると、少なくとも「人はどう生きるか、女はどう生きるか」みたいな点だけで言えば、タイムトリップしている感じなんですよ。まだこんなことやってんだみたいな……つい言っちゃったけど、でも本当そうなの。ごめんなさい。ただ、日本は保険が楽!
ブレイディ そうか、アメリカは大変ですもんね。
伊藤 アメリカは本当に弱肉強食で、「強きを助け、弱きをくじく」みたいなところがある。私、保険のお金をものすごく払ってたんですよ、月八百ドルとか。
ブレイディ そんなの、お金持ちじゃないと生きられないじゃないですか。
伊藤 稼ぎは保険代と日本と行き来する飛行機代で全部なくなっちゃうくらい。そんなに払ってるのに歯科はカバーされないの。眼科もカバーされない。歯医者で歯をチェックしたら百ドル、ちょっと削ったら千ドル取られる。
ブレイディ イギリスはNHS(国民保険サービス)という国の医療制度があって、本当に機能してないし、予約入れるのもすごく大変ですけど、でも一応、治療費タダなんです。うちの連れは十年ぐらい前にがんに罹ったんですが、治療費はまるでタダだったし、私の出産も、その前のIVF(体外受精)もワンサイクルはタダでした。
伊藤 うわ、タダなの?
ブレイディ 地方自治体によって違うんですけど、ブライトンはワンサイクルだけタダでやってくれました。年齢制限は四十歳で、それ以上はやってもらえないんですが、私が申し込んだのは三十九歳の時なんです。それでNHSの人たちのほうが気を回してくれて、「みんな待っているけど、あなたは本当に年齢制限ぎりぎりで、今やっとかないとダメだから、あなたを先にやってあげる」ってIVFの順番を早めてくれて、無料でやってもらった。それで生まれたのがうちの息子です。
NHSがなければ、うちなんか本当にお金がなかったから、がんの治療費も払えずに、連れ合いも亡くなってたかもしれないし、IVFもすごいお金がかかるので、やれずにいただろうから、息子もいなかった。NHSがなかったら、今の家族はいなかったでしょうね。
伊藤 そのへんアメリカは酷薄というか冷酷というか。本当にお金がかかる。
大切な家族との間にも線を引く
伊藤 次は私宛の相談です。「中学生の息子がHSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)で学校に不適応を起こしました。無理に通学させることはせず、家で一緒に勉強したり、出掛けたりしています。息子を支えていかねばと思いつつ、元来自己中心型の私は、たまに全てを置いて、どこかへ行ってしまいたい気持ちにもなります。比較するのも気が引けますが、お父さまとご主人の介護や看取りを長い間なさった伊藤さんは、どのように自分を保っていたのでしょうか」。
線を引くんです。太いマジックでビーッと引くように、「ここからこっちには入ってこないでね」とハッキリ伝えるんです。父と夫は大人だったから、私の意見を尊重してくれましたけどね。子どもってやっぱり自分中心ですからね。細いボールペンみたいな線でいいから、きゅっと引いて、「ごめんね、ちょっと今やることがあるから」って短期間逃げちゃえばいい。あなたがいないと、子どもは何もかもがうまくいかなくなるでしょう。でも放っとくんです。二時間でも外に出て、自分の時間を過ごしてから、「ごめんね」と思いながら帰るでしょ? その「ごめんね」と思う後ろめたさが、あなたと息子さんの間の関係をちゃんとしたものに保ってくれるような気がします。
私の場合は〈後悔〉が助けてくれました。お父さん、ごめんなさい。私、なかなか日本に帰ってこれなくて。ごめんなさい、捨てたみたいで。日本に帰ってきても、本当にやれることがなくて、大体ヘルパーさんたちがやってくださって、私は隣に座って時代劇見るだけでした。「お父さん、ごめんなさい」という思いは最後まで続いて、だから父のそばにずっといられたんだと思いますね。
次も、お子さんについての相談。お母さんからです。「二十八歳の娘がいる五十八歳です。最近、娘とそりが合いません。こうした方がいいのにと思うことを娘に言うと、『私が駄目な人間だって思われてる気がする』と返ってきます。これって私の価値観の押し付けなのかな。人生の先輩として、ちょっとしたアドバイスしてるだけなんですけど、なんでそんなに嫌がるんだろうと、時々落ち込みます。七十代の友人には『母と娘はライバルだから、娘が四十になるまでは黙って見てなさい』と言われましたが」。
母と娘の関係を自分でそこまで意識できているのなら、一歩下がって、「こうした方がいいのにな」と思っても何も言わないで、なるったけいいところを褒めたらいい。娘って不思議なもので、いくら褒めても、昔一回「ここダメね」と言ったことを覚えているんですけどね。
ブレイディ 私はアドバイスとかしないんです。私は私のことしかわからないから、まず人にアドバイスしないの。
自分の子どもにもそうなんですね。うちはどちらかと言うと、私の方が助言されている感じですから、ほとんど「こうした方がいいよ」とか言ったこともないし、言えない。私は見てるだけというか、向こうが「こんなことがあったんだよね」と言ってきた時に、「私はこう思うよ」って答えるだけです。「私はこういうのが好きだし、ああいうのは嫌いだ」とは言うけど、「こうしなさいよ、ああしなさいよ」は口に出さないですね。
伊藤 私もあんまり言わない母親だと思っていたけど、「結構うるさい母親だった」と言われてます。やっぱり言っちゃってたのね。だから今、学生と付き合ってるのは本当に楽。だって、自分の子どもじゃないんだもん。あんまり言わなくて済むし、心配しないし。
ブレイディ 『道行きや』にもよく出て来ましたが、学生相手に教えてらっしゃるのは楽しそうですよね。
既に『道行きや』で、こう記されています。「わたしは、家族を失って、ここにたどり着いたのだった。家族の世話をしていた。人とか犬とか植物とか。死んだり家を離れたりしていなくなった。自然の摂理だった。そしたら今、いきなりこんなに、家族みたいに、世話をしなくちゃならない人たちができて、失ったものが戻って来たような気さえする」。そして、ちゃんと「もちろん家族じゃさらさらない。その証拠に、家族とは違って、いなくなっても気にならない。どこかでちゃんと生きてるといいなと思うだけだ」とも書かれてました。
伊藤 教えるのは楽しいんだけど、三年契約なので早稲田で教えるのも来年の春までなんですよ。
ブレイディ そうなんですか。またひとつ、「ミスする」わけですね。
伊藤 そうなの。ただのひとりの詩人に戻るんです。
これで万事OK!
伊藤 じゃあ、最後の相談です。「『歳取ったな』などと気持ちが下向きになる時、元気を取り戻すおまじないがあれば教えてください」。みかこさん、馬鹿馬鹿しい相談だなと思ってるでしょ。でも結構こういうのが大切なの。だってね、私やみかこさんの本を読む人って、知的な好奇心があって、八十五パーセントくらいは神経質な人ですよ。
ブレイディ そうかな(笑)。
伊藤 で、九十三パーセントぐらいは、日本に居づらいなと思ってる。
ブレイディ それはあるかもしれない。
伊藤 そして下手すると七十一パーセントぐらいは何かのキッカケで鬱になりかねないぐらい真面目できっちりしている。今どき本なんか買って読むんだから、好奇心があって、きちんとしてて、神経質で、居心地が悪い人たちなのよ。私がまさにそういう人間で、とりわけ子どもを産んで育てる時、ものすごい神経質だったんです。みかこさんはどう?
ブレイディ 私、全然神経質じゃない。めっちゃ大ざっぱですもん。
伊藤 えー、私は大ざっぱになりたいから、「ずぼら、がさつ、ぐうたら」っておまじないを必死で唱えてたのに。
ブレイディ それ、私そのものだから必要ない(笑)。
伊藤 すごいね、それは。介護をしている時も「このおまじないは効きますよ」って人生相談で言ってたんだけど、この頃ちょっと思い返したの。ずぼら、がさつはいいけど、ぐうたらだと、やっぱり介護はできないんですよ。マメでないと。それで新しいおまじないを考えました。それを披露したいんですけどね。
ブレイディ はい、何でしょう。
伊藤 「ずぼら、がさつ、どんかん」。鈍感になることで、相手の気持ちに気づかないでいられるわけ。父が私に「会いたいな」と思っている気持ちにも気づかない。夫が年取って、何もできなくなっているのにも気づかない。自分の白髪にも気づかない。本当は見えてるんだけどね。「ずぼら、がさつ、どんかん」って唱えていれば万事OKですよ。
ブレイディ 私は鈍感も既に持ってるんじゃないかな(笑)。
伊藤 ははは、最強。だからこんなに自由なんだな。うらやましいですよ。というところで、時間となりました。いっぱい相談や質問をもらいましたが、ごめんなさい、全部はできませんでした。みかこさん、すごい楽しかったよ。いつ直接、会えるでしょうねえ。
ブレイディ ねえ。
伊藤 いつか、またね。みなさん、本当にどうもありがとうございました。
(了)
(いとう・ひろみ)
(ぶれいでぃ・みかこ)
波 2020年8月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
伊藤比呂美
イトウ・ヒロミ
1955(昭和30)年、東京生れ。詩人、小説家。1978年、詩集『草木の空』でデビュー。1980年代の女性詩ブームをリードする。また『良いおっぱい 悪いおっぱい』等、育児エッセイ分野も開拓した。1997(平成9)年に渡米後も、熊本の両親の遠距離介護と創作活動を続け、1999年『ラニーニャ』で野間文芸新人賞、2006年『河原荒草』で高見順賞、2007年『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』で萩原朔太郎賞、翌年に紫式部文学賞、2021(令和3)年『道行きや』で熊日文学賞を受賞。2015年に早稲田大学坪内逍遙大賞、2019年に種田山頭火賞、2020年にはスウェーデンのチカダ賞を受賞した。他の著書に『女の一生』『閉経記』『父の生きる』『新訳 説経節』『切腹考』『いつか死ぬ、それまで生きるわたしのお経』『伊藤ふきげん製作所 思春期をサバイバルする』など。