
杏奈は春待岬に
1,870円(税込)
発売日:2016/03/22
- 書籍
初恋=最後の恋。この恋だけは、時空を超えると、信じている――。
春待岬に建つ洋館。そこに住む少女にぼくは恋をした。でも、会えるのは桜の咲いている間だけ。なぜなら彼女は、時の檻の中に閉じ込められているから。彼女を救い出すためには、クロノスを――。オールタイムベスト級の感涙作「美亜へ贈る真珠」から45年。タイムトラベル・ロマンスの帝王が満を持して放つ、究極の恋物語。
書誌情報
読み仮名 | アンナハハルマチミサキニ |
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発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 272ページ |
ISBN | 978-4-10-440205-2 |
C-CODE | 0093 |
ジャンル | 文芸作品 |
定価 | 1,870円 |
書評

空前絶後の初恋小説
『杏奈は春待岬に』の主人公は、十歳の少年・白瀬健志。
四年生と五年生の間の春休み、健志は熊本県天草市の西にある村の、祖父母の家に行く。その村の「春待岬」と呼ばれる小さな岬に、古い洋館が建っていた。少年の冒険心から、その洋館へ行ってみると、そこには信じられないほど美しい女性がいた。それはまるで、妖精か天使のようだった。健志は何とかして、彼女と言葉をかわせるようになりたいと思った……。
というふうに、梶尾真治さんの最新作『杏奈は春待岬に』は、十歳の少年の初恋物語として幕を開ける。普通の作家なら、物語は春休みの間だけで終わる。エピローグとして、十年後の再会のシーンがくっつくかもしれない。出会って、結ばれて、別れて、再会して。これがラブストーリーの定型というものだろう。
が、天下の梶尾真治がそんな当たり前の小説を書くはずがない。少年はひたすら暴走する。と言っても、別にストーカー化するわけではない。無垢な愛情はけっして病的にならず、あくまでも無垢なまま、しかし、それ以外のすべてを犠牲にして、真っ直ぐに走り続ける。読者は「一体どこまで行くんだ?」と青ざめながら、しかしどうしても結末が知りたくて、ページを繰り続ける……。
梶尾さんは1947年に熊本県熊本市で生まれ、1971年に「美亜へ贈る真珠」でデビュー。以来、四十五年にわたって、日本SF界で活躍してきたが、その作品は本格SFからファンタジー、伝奇小説、パニック小説と、きわめてバラエティ豊か。しかし、その中に、これこそまさに梶尾ワールドとでも言うべき系譜がある。それは、無垢なる者が暴走する物語だ。
私は梶尾さんの大ファンで、十年ほど前から様々な作品を舞台化させてもらってきた。その第一作が連作短編集『クロノス・ジョウンターの伝説』の中の一話である、「
主人公の吹原和彦は、花屋の店員・
「吹原和彦の軌跡」を読んだ時の衝撃は、今でも覚えている。一言で言えば、「なんじゃこりゃあ?」。こんな小説、読んだことない。どこにでもいる普通の会社員が、片思いしている女性の命を救うために、ひたすらタイムトラベルを繰り返す。救出に成功しても、彼女と結ばれることはないとわかっているのに……。
梶尾さんの小説に、ヒーローは登場しない。どこにでもいる普通の男が、ちょっとした偶然から恋をする。『クロノス・ジョウンターの伝説』の吹原和彦も、『杏奈は春待岬に』の白瀬健志もそうだ。が、彼らはきわめて自然に、その恋心を保ち続ける。欲望や打算や狂気には発展させない。出会った時のままの、無垢な心で彼女を思い続ける。だから、本人たちは自分のしていることが異常だとは思わない。読者も思わない。気づいた時には、主人公を応援している。頑張れ頑張れと。
思えば、デビュー作の「美亜へ贈る真珠」も、この系譜の小説だった。『
『杏奈は春待岬に』とはそんな小説だ。空前絶後の初恋小説。読まない手はありませんぜ。
(なるい・ゆたか 演劇集団キャラメルボックス代表)
波 2016年4月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
梶尾真治
カジオ・シンジ
1947(昭和22)年、熊本生れ。少年時代から小説を書き始め、1971年「美亜へ贈る真珠」で作家デビュー。短編を中心に活動を続け、代表作は『地球はプレイン・ヨーグルト』(星雲賞受賞)、『未踏惑星キー・ラーゴ』(熊日文学賞受賞)、『サラマンダー殲滅』(日本SF大賞受賞)など。2003(平成15)年には、『黄泉がえり』が映画化され、原作、映画ともに大ヒットを記録。関連作として『黄泉びと知らず』(星雲賞受賞)、『黄泉がえり again』がある。他の著作に『怨讐星域』(星雲賞受賞)、「エマノン」シリーズ、『杏奈は春待岬に』『猫の惑星』『デイ・トリッパー』などがある。