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オーバーストーリー

リチャード・パワーズ/著 、木原善彦/訳

4,730円(税込)

発売日:2019/10/30

  • 書籍
  • 電子書籍あり

アメリカ最後の原始林を救え。米現代文学の旗手が放つ、森羅を覆い尽す物語。

撃墜されるも東南アジアの聖木に救われた兵士、四世代に亘り栗の木を撮影し続けた一族の末裔、感電死から甦った女子大生……アメリカ最後の手つかずの森に聳える巨木に「召命」された彼らの使命とは。南北戦争前のニューヨークから20世紀後半のアメリカ西海岸の「森林戦争」までを描き切る、今年度ピュリッツァー賞受賞作。

目次
ニコラス・ホーエル
ミミ・マー
アダム・アピチ
レイ・ブリンクマンとドロシー・カザリー
ダグラス・パヴリチェク
ニーレイ・メータ
パトリシア・ウェスターフォード
オリヴィア・ヴァンダーグリフ

樹冠
種子
訳者あとがき

書誌情報

読み仮名 オーバーストーリー
装幀 Andrew C Mace/Photo、Moment/Photo、Getty Images/Photo、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 680ページ
ISBN 978-4-10-505876-0
C-CODE 0097
ジャンル 文芸作品
定価 4,730円
電子書籍 価格 4,730円
電子書籍 配信開始日 2019/11/08

書評

読めば、以前には戻れない

豊崎由美

〈いい物語は人を少し殺す。人を前とは違ったものに変える〉
 一九世紀半ばにアイオワ州に入植した祖先が植え、以来、父の代までその変化を定点観測的に撮り続けた栗の木の写真。千枚もの写真をパラパラとめくって眺めるのが好きだった少年ニコラスは、長じて〈変わったものを作って一生を送りたい〉と思うようになる。
 1948年、中国の家族のもとを離れ、渡米。携帯電話の開発に成功するも自死を選ぶことになる父親から、過去・現在・未来を象徴するロートス・松・扶桑の彫刻が施された三つの翡翠の指輪と、阿羅漢を描いた書画の巻物を見せられた九歳のミミは、〈時間は、目の前で先へ先へと伸びていく直線ではなく〉、あたかも年輪のごとく、自分を〈核とした同心円状の柱で、現在は最も外側の環に沿って外へ外へと漂い出て行く〉という知見を得る。
 父親からカエデの木を〈同胞シブリング〉として与えられた1963年生まれのアダムは、高校三年の時に一冊の本と出合い、その著者である学者のもとで心理学を学ぶ道に進む。
 弁護士のレイと速記者のドロシー。幾たびもの別れと復縁を繰り返し、やっと結婚できた愛するドロシーに、レイは結婚記念日のたびに何か庭に苗を植えることを誓う。
 ベトナム戦争に従軍し、爆発する飛行機からパラシュート降下を試みて失敗するも、一本のベンガルボダイジュによって命を救われたダグラスは、皆伐地にダグラスモミの苗木を植える仕事に就く。
 固体物理学の学位をたずさえてインドから渡米した父親と一緒に、七歳にしてコンピュータのキットを組み立て、プログラミングを始めたニーレイは、十一歳の時にオークの木から落ちて半身不随に。二年の飛び級で入った大学在学中にフリーウェアのゲームを作り、コンピュータ・ゲームの〈開拓者パイオニアたちの間でちょっとした伝説と化す〉。
 生まれつき内耳に奇形があり、発語にも苦労するパトリシアは、父親から植物愛を受け継ぎ、長じて博士号を取得するのだが、木々がコミュニティを形成し、助け合っているという内容の論文が酷い批判を受け、大学での職を失う。自殺まで考えるのだが、その後、森林レンジャーの仕事を得て、森の中での科学者との出会いにより、再び研究者の道に戻る。
 早い結婚と離婚、おまけに薬物依存症。大学の最終学年に至るまで自堕落な生活を送っていたオリヴィアは、1989年12月12日、不用意な感電により七十秒間死ぬ。蘇った彼女には精霊の声が聞こえるようになり、その声にいざなわれるように、古木を守るため人々が座り込みを続けているカリフォルニア州ソラスという小さな町を目指すことになる。
 リチャード・パワーズの『オーバーストーリー』は、こうした何らかの形で樹木と関わりを持つ人々の来し方を描く「根」の章を経て、彼らの運命が交わる「幹」へとつながっていく。主要登場人物らの生が、木々の根のように、互いが互いを知るずっと前からつながっていることを、この小説はじょじょに明らかにしていくのである。
 若くして生家で自分の作品と隠遁しているかのような暮らしを送っているニコラスと、ソラスを目指す途中で出会い、行動を共にしていくオリヴィア。公園にある松の大木が、当局によって強引に伐採された出来事がつなげるミミとダグラスの縁。「ミマス」と呼ばれる巨木を伐採から守るため、一年近くも地上六十メートルの樹冠で生活するオリヴィアとニコラスのもとに、樹木保護家の“狂信”についての聞き取り調査のため訪れるアダム。この五人によってなされる“正義”と、それが引き起こす悲劇。活動家としては合流しないレイ&ドロシー夫妻やニーレイも、いずれ自分と樹木とのつながりを自覚することになり、そうした彼らの中心にあるのが、パトリシアの著書『森の秘密』なのだ。
 冒頭の引用文どおり、この長い物語を読み終えた時、植物の命に無関心だった自分は少し死に、樹木や森を見る目や思いが変わる。以前の自分には戻れない。そして、地球環境の現状に絶望する。もう、手遅れなのではないか。しかし、ラスト近くで、〈生命は未来へ話し掛ける方法を持っている。それは記憶と呼ばれる〉とあるとおり、『オーバーストーリー』を読んだわたしたちが〈記憶〉という根で深くつながっていき、この作品を次代に伝えていく役目を担えたら、もしかすると……。これは人類のための小説ではない。地球上に在る、ありとあらゆる生を守るための小説なのだ。だから、大事な小説なのだ。

(とよざき・ゆみ 書評家)
波 2019年11月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

1957年イリノイ州エヴァンストン生まれ。大学で物理学を専攻、のちに文学に転向する。文学修士号を取得後、プログラマとして働くが、アウグスト・ザンダーの写真と出会ったのをきっかけに退職、デビュー作となる『舞踏会へ向かう三人の農夫』(原書1985)を執筆し、各方面で絶賛を浴びる。現代アメリカにおける最も知的で野心的な作家のひとり。9作目の長篇『エコー・メイカー』(原書2006)で全米図書賞を受賞。2018年に原書刊行の『オーバーストーリー』でピュリッツァー賞を受賞。他の作品に『黄金虫変奏曲』、『われらが歌う時』、『幸福の遺伝子』、『オルフェオ』など。

木原善彦

キハラ・ヨシヒコ

1967年生まれ。大阪大学教授。訳書にトマス・ピンチョン『逆光』、リチャード・パワーズ『オーバーストーリー』、アリ・スミス『両方になる』『夏』、オーシャン・ヴオン『地上で僕らはつかの間きらめく』、ジョン・ケネディ・トゥール『愚か者同盟』、ジャネット・ウィンターソン『フランキスシュタイン』など。ウィリアム・ギャディス『JR』の翻訳で日本翻訳大賞を受賞。著書に『実験する小説たち――物語るとは別の仕方で』『アイロニーはなぜ伝わるのか?』など。

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