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プレイグラウンド

リチャード・パワーズ/著 、木原善彦/訳

4,950円(税込)

発売日:2025/10/30

  • 書籍
  • 電子書籍あり

急速なテクノロジーの進化とその更に先を描く、アメリカ最重要作家の最新作。

南太平洋に浮かぶ人口百名弱の小島にもたらされた、海洋都市建設の噂。その島にアメリカから芸術家の妻と移住してきた男には、かつて青春を共に過ごし、今ではIT業界の寵児となった相棒がいた。二人の果たされなかった友情の行方とは──迫りくるシンギュラリティを前に文学の可能性を映し出す、謎と驚異に満ちた物語。

書誌情報

読み仮名 プレイグラウンド
装幀 Humberto Ramirez/Photo、Moment/Photo、Getty Images/Photo、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 496ページ
ISBN 978-4-10-505878-4
C-CODE 0097
ジャンル 文学・評論
定価 4,950円
電子書籍 価格 4,950円
電子書籍 配信開始日 2025/10/30

書評

生命はみな遊ぶ

伊与原新

「海」と「AI」がキーワードの本書のタイトルが、なぜ『プレイグラウンド』なのか。
 もちろん、著者のリチャード・パワーズは、答えの一端と思われるものを作中で示唆している。それはおそらく、「リアルであれバーチャルであれ、世界は『遊び場』である」ということだ。
 ただし、このシンプルな帰結を「世界は所詮遊び場に過ぎない」とペシミスティックに受け取ると、パワーズの視座からはかえって遠ざかってしまうだろう。この小説は、我々を含むすべての生命が「遊び場」でひたすら戯れているということがたまらなく愛おしくなるような物語なのである。
 そもそも、生物にとって「遊び」は余分な暇つぶしではない。人類は古来、子ども時代の遊びを通じて狩りや漁を学び、道具やルールを作り出す訓練をおこなってきた。犬やチンパンジーやイルカはもちろん、昆虫でさえ遊ぶという研究結果も報告されている。本作の重要な舞台である海でエイや魚たちが見せる見事なダンスは、我々の目には遊びと区別がつかない。遊びは常に、生命の本質としての「発見」や「創造」と密接に結びついている。
 この物語の主要な四人の登場人物も、一種の「遊び」がシリアスな形で人生とひと続きになってきたような面々だ。まずは、フランス領ポリネシアのマカテア島で暮らす芸術家、イナ・アロイタ。その夫、ラフィ・ヤングはシカゴ育ちの黒人で、かつては文学と詩作に人生を捧げていた。ラフィの高校時代からの親友でコンピュータ・オタクだったトッド・キーンは、世界的な人気を博す仮想空間プラットフォームを開発し、大富豪となっている。
 そして、残るもう一人の主人公が、海洋生物学者のカナダ人女性、イーヴリン・ボーリューである。ありきたりな幸福よりも海の一部となるような生き方を選んできたイーヴリンの視点を通じて、「海の魔法」と呼ぶにふさわしい海中世界の豊かさと驚異が色鮮やかに描かれる。
 物語は、イナとラフィが暮らすマカテア島に、ある開発計画が持ち上がるところから始まる。島を拠点にして、裕福なリバタリアン(自由至上主義者)たちのための海洋都市を建設するというのだ。島民たちは、このプロジェクトを受け入れるかどうか、選択を迫られる。
 島の運命はどうなるのか。かつての強い絆が失われ、深い断絶で分かたれているラフィとトッドの間にはいったい何があったのか。今は島に一人で滞在している老いたイーヴリンは、どんな人生を歩んできたのか。それら三つのストーリーラインを軸に、過去と現在を行き来しながら物語は進んでいく。
 私はこの小説を味わっている間じゅう、「海の魔法」と「テクノロジー」のせめぎ合いに心を奪われていた。人間は、「海の魔法」を魔法のままでは終わらせない。海とそこに暮らす生物の営みの原理と法則を突きとめようとする。それが、「科学」である。科学をおこなう者たちは、自然界に敬意と畏怖を抱き、その豊饒をあるがままに保つべきだと考える。
 一方、しばしば「科学」とペアをなす「テクノロジー」は、より人間の側に立つ。人々の利便性、安全、娯楽などのために新たなツールを生み出すだけでなく、ときに自然を支配し、破壊する。
 だが、トッドが青年時代を通じて体験するコンピュータの目覚ましい発展と、それを支えるオタクたちの情熱には、胸を打つものがある。トッドが作り出す仮想空間プラットフォーム──その名も「プレイグラウンド」は、それと並行して進化するAIと同じく、テクノロジーが進む道中にあるメルクマールとして当然のものと思われる。
 悩ましくも興味深いのは、「科学」も「テクノロジー」も、そのもっとも根源的な原動力は経済的利益ではなく、「遊び」と不可分な「好奇心」だということだ。つまり、世界を理解したいというイーヴリンの願いと、世界を創造したいというトッドの欲望は、実は同じ根を持っている。
 この物語が活写する人間の愚かさ、哀しさ、そして愛おしさは、おそらくそこに起因するのだろう。そのことを感じ取ったとき、私は「世界は『遊び場』」の意味が初めて理解できた気がした。生命とはすべからく遊ぶものであり、そこにはいい遊びも悪い遊びもないのだ。
 最後に付け加えておくと、パワーズが施したある仕掛けによって、この小説もまた遊びの産物となっていることが、物語のラストで明らかになる。その驚きもぜひ堪能していただきたい。

(いよはら・しん 作家)

波 2025年11月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

1957年イリノイ州エヴァンストン生まれ。大学で物理学を専攻、のちに文学に転向する。文学修士号を取得後、プログラマとして働くが、アウグスト・ザンダーの写真と出会ったのをきっかけに退職、デビュー作となる『舞踏会へ向かう三人の農夫』(原書1985年)を執筆し、各方面で絶賛を浴びる。現代アメリカにおける最も知的で野心的な作家のひとり。9作目の長篇『エコー・メイカー』(原書2006年)で全米図書賞を受賞。2018年に原書刊行の『オーバーストーリー』でピュリッツァー賞を受賞。他の作品に『われらが歌う時』『幸福の遺伝子』『オルフェオ』『黄金虫変奏曲』『惑う星』など。

木原善彦

キハラ・ヨシヒコ

1967年生まれ。大阪大学教授。訳書にトマス・ピンチョン『逆光』、リチャード・パワーズ『オーバーストーリー』『惑う星』、アリ・スミス『両方になる』『夏』、オーシャン・ヴオン『地上で僕らはつかの間きらめく』、ジョン・ケネディ・トゥール『愚か者同盟』、レイラ・ララミ『ムーア人による報告』、パーシヴァル・エヴェレット『ジェイムズ』、チャーリー・カウフマン『アントカインド』など。ウィリアム・ギャディス『JR』とエヴァン・ダーラ『失われたスクラップブック』の翻訳で日本翻訳大賞を2度受賞。著書に『実験する小説たち──物語るとは別の仕方で』『アイロニーはなぜ伝わるのか?』など。

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