マインドハッキング―あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア―
2,310円(税込)
発売日:2020/09/18
- 書籍
- 電子書籍あり
「トランプ大統領誕生」と「ブレグジット」の裏にはこの男がいた!
ネット上の行動履歴から利用者の特性を把握し、カスタマイズした情報を流すことで行動に影響を及ぼす「マイクロターゲティング」。フェイスブックから膨大な個人情報を盗みこれを利用したのがケンブリッジ・アナリティカなる組織だ。彼らは何のために国家の分断を煽り、選挙結果を操ったのか。元社員による衝撃の告発。
第2章 失敗の教訓 LESSONS IN FAILURE
第3章 プラダでテロと戦う WE FIGHT TERROR IN PRADA
第4章 アメリカからやって来たスティーブ STEVE FROM AMERICA
第5章 ケンブリッジ・アナリティカ CAMBRIDGE ANALYTICA
第6章 トロイの木馬 TROJAN HORSES
第7章 暗黒の3大特性 THE DARK TRIAD
第8章 ロシアより「いいね!」を込めて FROM RUSSIA WITH LIKES
第9章 民主主義に対する犯罪 CRIMES AGAINST DEMOCRACY
第10章 アプレンティス THE APPRENTICE
第11章 カミングアウト COMING OUT
第12章 暴露 REVELATIONS
エピローグ
謝辞
訳者あとがき
書誌情報
読み仮名 | マインドハッキングアナタノカンジョウヲシハイシコウドウヲアヤツルソーシャルメディア |
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装幀 | Gabby Laurent/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 408ページ |
ISBN | 978-4-10-507191-2 |
C-CODE | 0030 |
ジャンル | 心理学、思想・社会 |
定価 | 2,310円 |
電子書籍 価格 | 2,310円 |
電子書籍 配信開始日 | 2020/09/18 |
書評
世界の分断をもたらした「恐るべき子供たち」
子どものときに、自分はみんなとはずいぶんちがっていると気づいたとしたら。
クリストファー・ワイリー(1989年生)は、まさにそんな子どもだった。小学校で難読症(ディスレクシア)とADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断され、11歳のときに歩行障害を起こす難病になって車椅子生活を余儀なくされた。この障害のために学校ではいじめの標的にされ、授業に出ずに校内のコンピュータ室に籠もってプログラミングを独学で習得した。
そんなワイリーは、15歳のとき、両親の勧めでインターナショナルスクールのサマーキャンプに参加し、ルワンダ虐殺の生存者と友人になったり、イスラエルとパレスチナの学生の討論を聞くなどしたことで政治に興味をもつようになる。この頃には、自分がゲイ(男性同性愛者)だと自認していたようだ。
16歳で高校をドロップアウトしたワイリーは、地元政治家の集会に参加し積極的に発言したことで、「車椅子で髪を染め、ゲイをカミングアウトしたハッカーの若者」として目立つ存在になっていた。このとき知り合ったカナダ自由党関係者から誘われ、18歳のときに政党本部のアシスタントになり、2008年大統領選でのバラク・オバマの選挙活動の視察メンバーに選ばれ、ビッグデータとSNSを活用した選挙キャンペーンに衝撃を受けた。
カナダに戻ったワイリーは、有権者の個人情報を活用する政治運動を実践しようとするが、その急進的な手法が強い反発にあったことで、21歳でカナダを離れロンドンで法律を学ぶことにする。ところがそのワイリーを、イギリスの政治関係者は放っておかなかった。オバマのキャンペーンを間近で見たテクノロジーに詳しい若者は、選挙の専門家にとって貴重な人材だったのだ。
学業の傍らイギリス自由民主党のデータ構築を手伝ったワイリーは、ロンドン芸術大学の博士課程に進むことにしたが、そのときアレクサンダー・ニックスという男から誘いを受けた。ニックスはSCL(戦略的コミュニケーション研究所)というコンサルティング会社の幹部で、その後、アメリカで「ケンブリッジ・アナリティカ」という関連会社を設立することになる。
『マインドハッキング―あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア―』は、24歳でデータサイエンティストとしてSCLで働くことになったワイリーが、ニックスと袂を分かつまでの1年半の記録だ。この短い期間に、ワイリーは驚くべき体験をしている。
2013年、ワイリーは初対面のアメリカ人顧客にビッグデータを使った心理戦略を説明した。アメリカ人はこの話に強い関心をもち、自分のスポンサーに直接、プレゼンテーションする機会をつくった。
アメリカ人の名前はスティーブ・バノンで、当時はブライバート・ニュースという「オルタナ右翼」のニュースサイトを経営していた。バノンのスポンサーはヘッジファンド、ルネサンス・テクノロジーズで莫大な富を築いたロバート・マーサーで、共和党の政治家に巨額の献金をしていた。マーサーは2016年の共和党大統領候補にテッド・クルーズを推していたが、彼が撤退すると、ヒラリー・クリントンを阻止するために別の候補に乗り換えた。それがドナルド・トランプだ。
トランプの選挙対策本部長に就任したバノンは、ケンブリッジ・アナリティカがフェイスブックから入手した8700万人のユーザーの個人情報を使い、有権者一人ひとりの心理をテクノロジーによって徹底的に分析したうえで、個人ごとに最適化された広告やニュースをSNSに流して選挙結果に影響を与えたとされる。このスキャンダルが明らかになると、フェイスブックの株価は暴落し、ケンブリッジ・アナリティカは会社の清算を余儀なくされた。
その経緯は本書に詳しいが、興味深いのは、この事件にかかわった者たちの年齢と経歴だ。トランプの選挙戦に深く関与し、ロシアとのつながりを疑われた元ケンブリッジ大学の心理学者アレクサンダー・コーガンは、1985(あるいは1986)年に旧ソ連邦モルドバに生まれた。コーガンの同僚で、フェイスブックのデータを使った心理分析プログラムを開発したとされる心理学者のミハル・コシンスキー(現スタンフォード大学准教授)は、1982年ポーランド生まれだ。ワイリーに続いて内部告発者となったブリタニー・カイザーは1987年生まれで、事件当時みな20代から30代前半だった。
『マインドハッキング』は、そんなアンファンテリブル(恐るべき子供たち)による「デジタル時代の冒険物語」でもあるのだ。
(たちばな・あきら 作家)
波 2020年10月号より
単行本刊行時掲載
一国の政治すら左右するデジタル社会の「闇」
衝撃的な書物だ。2016年の米大統領選挙で、フェイスブック社のデータを用いてトランプ陣営に有利な世論操作が行われたことくらいは筆者も知っていた。しかし、その「恐ろしさ」については十分に認識していなかった。まさか、こんなことが起きていたとは! 本書は、その大統領選挙への不正な介入――ケンブリッジ・アナリティカ(CA)事件――の全貌を、メディアへの内部告発を通じて明らかにしたデータサイエンティストのクリストファー・ワイリー氏の手記である。
CA事件とは、フェイスブックユーザーにアプリをダウンロードさせ、心理テストに回答させることを通じて、回答者と友人の個人情報を入手し、プロファイリングにかけたうえで、「トランプに投票してくれそうな」ターゲットにその支持をより強固なものにするよう働きかける「マイクロターゲティング」と呼ばれる世論誘導を行ったものだ。英国のブレグジット国民投票の際にも同じ手法で世論誘導が行われたという。
本書は、この事件の本質が私たちを取り巻くデジタル社会の「闇」そのものにあることを教えてくれる。それは、以下の三つに整理できるだろう。
第一に、膨大な個人情報を取得するプラットフォーム企業は、その個人情報を利用しさえすれば、一国の政治を左右することなど簡単にできてしまうだけの権力をすでに持っている、ということだ。著者のワイリーによれば、CA社は米大統領選に介入する前に、すでにトリニダード・トバゴやケニア、ナイジェリアといった「先進国の目を引かない国」でクライアントの依頼を受け、選挙や国政に介入している。
第二に、米国がその典型だが、個人データを用いた世論誘導は、社会の中に「憎悪」が渦巻いているとき、それを火種に燃え上がらせることを通じて行われる、ということだ。
例えば、CA社にターゲットとされた人々の多くは「インセル(非自発的禁欲主義者)」と呼ばれる若い男性だった。インセルに代表されるトランプ支持層は、「マイノリティによって被害を受けるマジョリティ」としてのアイデンティティを強く抱いている。こういった人々は、普段からマイノリティの権利を訴えるリベラル陣営を敵視しているだけでなく、その不正や、欺瞞のニュースを見ると、怒りで理性を失う傾向がある。こういった人たちに対してCA社は、「あなたは被害者です」「移民が苦しんでいるのは彼らに問題があるからです」というメッセージを流し続け、同じような主張を繰り返すトランプ陣営を支持するように仕向けた。その結果、米国社会の分断と憎悪はさらに深刻なものになったのである。
本書が暴いた第三の「闇」は、それだけ大きな権力を持っているにもかかわらず、大量の個人情報を扱うビジネスを牛耳る人々の倫理観はあまりにも低いということだ。
著者のワイリーはリベラルな政治思想の持ち主で、十代の時にオバマ大統領の集会に参加して感動し、CA社を退社してからは故郷のカナダに戻り、リベラル派のトルドー政権のスタッフを務めていた。そんな彼でも、自分のやっていることが倫理的に許されないことだ、と気が付くまでに、かなり長い時間がかかっている。つまり、社会の対立を煽ることで一国を滅ぼすことも可能な「兵器」を扱っているというのに、大量の個人情報を扱うエンジニアの多くは、そのことを自覚することはほとんどない、ということだ。
著者は、GAFAが提供するサービスが、すでに生きていくうえで不可欠な「社会インフラ」になっていると指摘する。例えば、電気、水道、鉄道などには、人々が安全に使うための法的規制があり、万一不備があって事故が起きた時には、運営会社はその補償をしなければならない。しかし、GAFAは同じく社会インフラを提供しながら、その不備で「とんでもないこと」が起きても、ユーザーや社会の安全についてほとんど何の責任も負わない。
このような深刻な事態を認識したうえでワイリーは、「インターネット版建築基準法」のような法体系を整えて、エンジニアたちに厳しい倫理規範を課すことで、ユーザーが安全に使用できるようにきちんと規制をかけることの必要性を説いている。
日本でも、この5月に「スーパーシティ法案」が成立するなど、世界的な社会のデジタル化の流れに追いつくためには大胆な規制緩和が必要だ、という方向に傾きつつある。しかし、データ社会にふさわしい法規制のありかたについて合意がなされないまま、規制緩和だけが先行する状況はあまりに危険なのではないか。本書を読み終えて、そんなことを考えざるを得なかった。
(かじたに・かい 神戸大学大学院教授)
波 2020年10月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
クリストファー・ワイリー
Wylie,Christopher
ケンブリッジ・アナリティカ(CA)とフェイスブックによるデータの悪用を暴露したことで、「ミレニアル世代最初の内部告発者」「未来から送られたピンク髪で鼻ピアスの神託」と称される。暴露はシリコンバレーを揺るがし、データ犯罪に対する史上最大の多国籍調査につながった。CAは解散。ワイリーはCAの設立と崩壊に関与することになった。1989年にカナダのブリティッシュコロンビア州に生まれ、英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで法律を学ぶ。その後、文化をテーマにしたデータサイエンスとファッショントレンドの予測に研究を移す。2020年9月現在はロンドン在住。Twitter:@chrisinsilico/Facebook:BANNED/Instagram:BANNED
牧野洋
マキノ・ヨウ
ジャーナリスト兼翻訳家。慶應義塾大学経済学部卒、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修士。日本経済新聞社でニューヨーク特派員や編集委員を歴任し2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(講談社)、訳書に『NETFLIX コンテンツ帝国の野望』(ジーナ・キーティング著、新潮社)など。