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ベンチャーキャピタル全史

トム・ニコラス/著 、鈴木立哉/訳

3,960円(税込)

発売日:2022/09/22

  • 書籍
  • 電子書籍あり

MBA最高峰ハーバード・ビジネス・スクールの人気講義が日本初上陸!

アメリカでGAFAが次々と花開いたのは偶然ではない。その背景にはスタートアップにリスクマネーを供給してきた連綿たる「意志」があった。19世紀の捕鯨船から連続起業家たるエジソン、そしてジョブズやベゾスまで、ビジネスの革新者たちを国家規模で涵養してきた歴史を紐解く、スタートアップ元年に読むべき決定的現代経済史。

目次
はじめに 歴史を知る重要性
第一章 はじまりとしての「捕鯨」
「ロングテール」モデルだった捕鯨産業
捕鯨ビジネスの「成功」と「失敗」
捕鯨スタートアップの組織モデル
捕鯨スタートアップのファイナンス
シンジケートとパートナーシップの拡大
仲介業者としての捕鯨エージェント
捕鯨産業がもたらした莫大な富
インセンティブとエージェンシー問題
リスク分散の失敗
3つの補完要因
第二章 「リスク資本」の起源
綿織物業におけるイノベーション
高まるイノベーションの気運
初期アントレプレナーと投資家の契約を読み解く
キャッシュフローと経営支配権
リスク資本のさらなる需要拡大
金融仲介機能を通じてリスク資本を展開する
イノベーションの“ホットスポット”
資本とガバナンス
アントレプレナー・ファイナンスの起源
添付資料1 サミュエル・スレイターとモーゼズ・ブラウンの手紙
添付資料2 サミュエル・スレイターとジェデダイヤ・ストラットの契約
添付資料3 サミュエル・スレイター、ウィリアム・アーミー、スミス・ブラウン間の最終契約
第三章 立ち上がる「プライベート・キャピタル」
洗練される「インフォーマル」なファイナンス
ファミリー・ウェルスとファミリー・オフィス
ローランス・ロックフェラーが果たした役割
投資主体の構造の変化
J・H・ホイットニー&カンパニーと東西両海岸の企業群
前途洋々の始まり
第四章 市場か、政府か
スタートアップ企業の資金難
ARDの設立
ARDの組織構造
ARDの投資アプローチと手法
ジョルジュ・ドリオの投資アプローチ
ロングテールの有効性を証明したDEC
準政府組織との競争
中小企業投資会社プログラムが果たした役割
リミテッド・パートナーシップへの移行
第五章 「リミテッド・パートナーシップ」の構造
初期のリミテッド・パートナーシップと法制度の整備
石油と天然ガスのリミテッド・パートナーシップ
ドレイパー・ゲイサー&アンダーソンの登場
グレイロック・パートナーズ
ベンロック・アソシエイツ
政府の後押し 年金基金とベンチャーキャピタル
キャピタルゲイン課税の変更による影響
機関化の拡大
第六章 シリコンバレーの勃興と投資スタイルの多様化
シリコンバレー型ベンチャーキャピタルとスタンフォード大学の蜜月
軍からの需要拡大
シリコンバレーという「カルチャー」
「人に投資する」アーサー・ロックのスタイル
デイビス&ロック
インテルへの投資
アップル・コンピュータとダイアソニックス
「テクノロジーに投資する」トム・パーキンスのスタイル
タンデム・コンピューターズの場合
ジェネンテックの場合
「市場に投資する」ドン・バレンタインのスタイル
セコイア・キャピタル
投資、哲学、リターン
「離陸」の準備が整う
第七章 テックビジネスの隆盛とエコシステムの深化
ハイテク・セクターの活況と停滞
ベンチャーキャピタルとIPOの合流
コーポレート・ベンチャーキャピタル
「官民連携」のベンチャーキャピタル
ベンチャーキャピタル業界の階層化とパフォーマンスのベンチマーク形成
「規模拡大の壁を乗り越える」ニュー・エンタープライズ・アソシエイツ
新世代の投資家たち
「多様性」問題の起源
規律の崩壊の予感
第八章 「ドットコム・バブル」の教訓
一九九〇年代のICT革命
インターネットの登場
ベンチャーキャピタルのリターンと報酬
重要な投資群 ネットスケープ、ヤフー、グーグル
デューデリジェンスの欠如
Eコマース界の泥仕合ドッグファイト
歴史的視点を持つことの大切さ
正当性の危機
金銭的な価値と社会的な価値の両立
エピローグ ベンチャーキャピタルの未来
裾野の長いロングテールリターン
組織構造と戦略
シリコンバレーは生き残れるか?
政府の重要性
多様性という課題
最後に
謝辞
解説 井潟 正彦
原注
索引

書誌情報

読み仮名 ベンチャーキャピタルゼンシ
装幀 新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 A5判
頁数 512ページ
ISBN 978-4-10-507291-9
C-CODE 0033
ジャンル ビジネス・経済
定価 3,960円
電子書籍 価格 3,960円
電子書籍 配信開始日 2022/09/09

書評

ベンチャーキャピタルこそがイノベーションの野生化を加速する

清水洋

 新しいチャレンジをしようとするビジネスパーソン、イノベーションを促進しようとする政策担当者、政治家に、今、ぜひとも読んでいただきたい一冊だ。本書は、アメリカのベンチャーキャピタルの歴史を通じて、イノベーションのためのリスクテイクがどのように社会的に支えられてきたのかを見事に描いている。
 新しいチャレンジやリスクテイクはどのようにして進むのだろう。リスクが高いビジネスはいつの時代も存在している。ほとんど失敗するが、成功すれば大きなリターンが得られるようなビジネス機会だ。事前にどれが成功するのかを把握することはできない。このようなビジネス機会の追求は難しい。チャレンジしたい人はいるかもしれないが、リスクが高すぎるため資金調達ができないからだ。
 こうしたビジネス機会の追求を可能にするのが、ベンチャーキャピタルである。スタートアップはアメリカ経済の成長の源泉であり、スタートアップに資金を提供するベンチャーキャピタルの歴史を知ることは、なぜ、アメリカの経済が活発であり続けているのかを理解する上で重要だ。このようなファイナンスは1970年代から始まったと一般的に考えられているが、実はその歴史は長い。十九世紀のニューイングランドの捕鯨産業にはすでにその原型があると本書は指摘する。捕鯨は沿岸の海域で行われていたが、沿岸のクジラがとりつくされると大西洋沖合に舞台は移っていった。それとともに、リスクは大きくなっていった。船が積み荷満載で帰港することもあれば、何もとれずに戻ること(破産航海と言われた)もあった。事故も多く、成果を事前に予測することは難しい。
 そこで、捕鯨に出ようとする船長や乗組員と、資金に余裕がある投資家をつなぐエージェントが現れる。仲介業者は、出資者を募り、事業を組織化し、モニタリングを行った。見返りは、固定手数料と利益の一定の割合だった。数少ないヒットを出した企業からのリターンが、平凡なリターンに終わったものや損失を出したものへの投資を賄うロングテール投資だ。
 同じようなファイナンスは、マサチューセッツ州ローウェルにおける綿産業やクリーブランド、ピッツバーグでの重化学工業などでも見られ、インフォーマルなものからフォーマルなものへと徐々に組織化されていった。そして、スタートアップの初期段階でのファイナンスへと結実していく。ロングテール投資こそが、新規性の高いチャレンジを後押しする、アメリカ的な起業家精神のダイナミズムの源泉だ。イノベーションが「野生化」していくのもよく分かる。日本ではビジネスが飼いならされすぎている。
 本書は、このロングテールの投資は、自然発生的に生じたわけでも、ある特定の政策が可能にしたものでもなく、リスクの高いビジネスに取り組もうとする起業家と資金を持っている人々、それを仲介するエージェント、そして政策担当者の間での試行錯誤のなかで、徐々に発明されていったことをわれわれに教えてくれる。
 岸田政権が政策の目玉として、スタートアップ創出を掲げている。単なるペーパー・カンパニーを増やすだけに終わるのか、新規性の高いビジネスにチャレンジするスタートアップを増やせるのかは、今後の日本経済にとって重要だ。本書は、アメリカのベンチャーキャピタルとスタートアップは、独特の文化的背景や規制環境の中から生まれたものであり、表面的に模倣してもたいていは失敗すると警鐘を鳴らしている。また、スタートアップへのファイナンスを用意しても、ビジネスの源泉となる新しい知識への投資がなされなければ新しいビジネスは生まれにくい。その点で、本書はアメリカの軍需の役割も指摘する。これは、日本では歴史的な経緯からしても、冷静に受け止めなければならない。表面的な模倣ではなく、それぞれの国に根差したロングテール投資を創り出していくことが重要だ。
 著者のトム・ニコラス教授は、私の大学院(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)の時の指導教官である。フレンドリーで、建設的、そして常にフェアな研究者である。本書は、よくある出羽守的なアメリカのベンチャーキャピタル礼賛の本ではない。アメリカにおける旺盛な起業家精神を支える制度とその変化を冷静に歴史的に振り返っている。また、ベンチャーキャピタルはロングテール投資を通じて、アメリカのイノベーションを支えてきた。ただ、そこで取り残されてきたポイント(例えば、白人男性が支配的であり、実質的に女性は締め出されてきたことなど)についても指摘されている。
 本書は、アメリカにおけるベンチャーキャピタルを事例として取り上げているが、そこから得られる含意インプリケーションの射程は広い。新規性の高いイノベーションの生み出し方の本でもある。企業で新規性の高いチャレンジがなされなくなってきていると嘆くビジネスパーソンにもぜひとも読んでいただきたい一冊である。

(しみず・ひろし 早稲田大学商学学術院教授)
波 2022年10月号より
単行本刊行時掲載

インタビュー/対談/エッセイ

スタートアップ投資は「文化」である

鈴木立哉

 日本経済は今や「失われた30年」に達しようとしている。
 日本企業の時価総額ランキングを見てみよう。今からちょうど30年前、1992年の1位はNTT。以下5位のトヨタを除くと10位まですべてが金融機関。さらに20位までの顔ぶれを見ると、金融機関以外ではパナソニック、東芝、新日鉄、セブン-イレブン、三菱重工、ソニー、イトーヨーカドー、任天堂だ。現在のトップ10はどうだろう。トヨタ、NTT、ソニーG、キーエンス、ソフトバンクG、KDDI、ファーストリテイリング、三菱UFJ、第一三共、任天堂だ。金融機関はほぼ交代したが、どう見ても「代わり映えしない」との印象が拭えないのである。ひるがえってアメリカはどうか。マイクロソフト(1975年創業)やアップル(1976年)を例外として、グーグル(1998年)やメタ(2004年)、アマゾン(1994年)、テスラ(2003年)、エヌヴィディア(1993年)など、30年前にはまだ存在すらしていなかった企業群が急成長を遂げ、世界経済全体を席巻している。GAFAMの時価総額はいまや東証プライム市場より大きいという。
 一方で、時価総額ランキングから退場したゼネラルモーターズのようなかつての大企業が、ただ手をこまねいているわけではない。投資事業に力を入れ、スタートアップの活力を内部に取り込むことで、復活を期している。
 この日米の差はどこからやってくるのだろうか。そこにひとつの答えを提供しようと試みるのが、スタートアップへの投資に特化した経済史を描いた本書『ベンチャーキャピタル全史』である。その訳者であり、長年金融業界の前線をウォッチしてきた立場から、本書の価値を考察してみたい。
 今年7月、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がスタートアップ投資に乗り出すことが報道された。GPIFの運用資産は約200兆円で、世界最大級の機関投資家だが、本書を読むとそれがアメリカを模範とするものであることがわかるはずだ。日本においてはスタートアップへの投資額に占める年金マネーの割合は3%程度にすぎないが、アメリカでは32%にものぼる。年金の運用といえば、日本では超保守的で手堅いというイメージがあるが、アメリカではスタートアップの資金の柱は年金なのだ。
 本書が指摘するのは1974年従業員退職所得保障法(通称「エリサ法」)の重要性だ。これによって年金加入者の保護を強化しつつ、年金マネーがリスク含みの投資を行える範囲が急拡大し、スタートアップの資金が潤沢になった。年金とスタートアップという一見似つかわしくない両者が結びつくのが、アメリカが育んできた「文化」なのである。
 本書が大学の役割に注目している点も見逃せない。たとえばスタンフォード大学の学長であったフレデリック・ターマンが大学の基礎研究と新興のハイテク企業を結びつけようと奔走し、文字通り汗をかく様子が本書では描かれている。ナチスから逃れてきたユダヤ人のラッセルとシグールのヴァリアン兄弟を招き、レーダー技術を研究させて莫大な特許収入を大学にもたらし、自身もコンピュータの歴史を語る上で欠かせないHP(ヒューレット・パッカード)の最初の投資家の一人に名を連ねた。大学人にして「シリコンバレーの父」と称される所以である。
 東京工業大学と東京医科歯科大学が統合の動きを見せているが、10兆円規模になる政府系ファンドの支援を受けることを目指しているとされる。果たして新大学はスタンフォード大学のように歴史に残る破壊的なテクノロジーやスタートアップを生み出すことができるだろうか。
 考えてみれば日本人に馴染み深いトーマス・エジソンもスタートアップ経営者だった。ジョン・ピアポント・モルガンなどの投資家と厳しいやりとりをして資金調達し、エネルギー領域(電気)やコミュニケーション領域(映像や音声)といった分野で次々と新しいテクノロジーを開発した。イーロン・マスク率いるテスラの社名の起源となったニコラ・テスラとルール無用の苛烈な「電流戦争」を戦い、がむしゃらにプラットフォーマーを目指す姿は、Web3などの新しい市場の制覇を目論むテック・カンパニーや創薬スタートアップなどのエンジニア経営者の姿にぴったりと重なる。資金調達に奔走し、時に激烈な競争関係にあった対立企業をなりふり構わず誹謗中傷して潰しにかかる姿は、日本人が抱く「偉人」のイメージからは隔たりがある。エジソンの姿勢はむしろマスクやスティーヴ・ジョブズの気性の荒さを想起させるが、その激しさなくして現在まで続くゼネラル・エレクトリックはないし、ハリウッドが映画産業の中心になることはなかったかもしれない。
 現在のスタートアップ投資の最前線であるシリコンバレーにおいて、女性が疎外され、その活力が生かされていないといった問題点も指摘する本書は、日本経済が復活するための示唆に溢れていると確信している。本書の翻訳に携われたことを心から光栄に思う。

(すずき・たつや 金融翻訳者)
波 2022年11月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

トム・ニコラス

Nicholas,Tom

ハーバード・ビジネス・スクールのウィリアム・J・アバナシー記念経営管理論講座教授。英国生まれ。オックスフォード大学で博士号を取得、マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで教鞭をとったのち現職。起業家精神、イノベーション、金融が専門。これまでチャールズ・M・ウィリアムズ賞をはじめとして、優れた講義を行う教育者向けの賞を複数回受賞。『ベンチャーキャピタル全史』がはじめての一般向け単著。日本近代の資本市場にも造詣が深く、「日本の技術的近代化の起源」「明治日本のハイブリッド・イノベーション」「日本における企業の組織」、「明治・大正期日本におけるイノベーションの仲介機能と市場について」(清水洋早稲田大学商学学術院教授との共著)などの論文がある。

鈴木立哉

スズキ・タツヤ

フリーランス金融翻訳者。一橋大学社会学部卒業、米コロンビア大学ビジネス・スクール修了(MBA)。野村證券勤務などを経て現職。訳書に『Q思考 シンプルな問いで本質をつかむ思考法』(ダイヤモンド社)、『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版)、『FUZZY-TECHIE イノベーションを生み出す最強タッグ』(東洋館出版社)、『ビッグミステイク レジェンド投資家の大失敗に学ぶ』(日経BP)など。著書に『金融英語の基礎と応用』(講談社)がある。

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