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命を賭けてもいい、何かがあった! 二人の日本留学生が見た夢の結末?

戦争前夜―魯迅、蒋介石の愛した日本―

タン・ロミ/著

2,484円(税込)

本の仕様

発売日:2019/03/18

読み仮名 センソウゼンヤロジンショウカイセキノアイシタニホン
装幀 魯迅(c)Roger-Viollet/カバー写真、蒋介石(c)Bridgeman Images/カバー写真、時事通信フォト/カバー写真、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 新潮45から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 415ページ
ISBN 978-4-10-529708-4
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション
定価 2,484円
電子書籍 価格 2,484円
電子書籍 配信開始日 2019/04/05

明治から大正昭和。時代は再び混沌に。陰謀、裏切り、暗殺、中傷、純愛、恋の逃避行、政略結婚、死。そして日中の結び目は、ぷつんと切れた――。舞台は東京から、北京、上海へ。中国革命に炎を燃やす男達と支えた日本人の希望と挫折の物語。現代史で避けられていた時代に鋭く光を当て《日中百年の群像》を描く!

著者プロフィール

タン・ロミ タン・ロミ

作家。東京生まれ。本籍中国広東省。慶應義塾大学文学部卒業。慶應義塾大学講師、中国広東省中山大学講師を経て、元慶應義塾大学訪問教授。『中国共産党を作った13人』『新華僑 老華僑』『日中百年の群像 革命いまだ成らず』『帝都東京を中国革命で歩く』『近代中国への旅』など著書多数。著者の父は、革命運動に参加し、日本へ亡命して早稲田大学に留学。帰国後は国民政府外交部に任官した後、日本に駐在。母方の祖父は日本陸軍中将で、インパール作戦の撤退を指揮した。『戦争前夜―魯迅、蒋介石の愛した日本―』は、百年に及ぶ日本と中国の相克の歴史が自身の血の中に流れている氏にしか書けない物語である。

書評

まさに「史伝」といえる一冊

本郷和人

 お茶とお菓子でしゃれた読書を楽しみたい方に、ぼくは本書をすすめない。ずしりと重い本物の歴史が書かれていて、それは読者に厳しく対峙し相応の覚悟を求めてくるからだ。
「若者が監獄にいっぱいになると、彼らはトラックに載せられ、人目につかない場所で大きな穴を掘らされ、そのまま銃殺されて、穴が埋められた」(第15章)。かけがえのない人間が時の流れに抗えずに、無慈悲に押し潰されていく。「魔都」上海での共産党狩りを記す一文だが、このような描写がそこかしこにあって、次々に胸に突き刺さる。
 20世紀初め、中国〈清〉は日本に学んで近代化を推し進めようとしていた。多くの知的エリートが日本に留学し、日本の教育を受けた。日中の蜜月時代である。そこから紆余曲折があって、1937年に両国は泥沼の戦いに突入していった。この戦争が残した傷跡は余りに深く現在もなお癒える気配すらないが、その紆余曲折、1920年代と30年代の日中関係についてはこれまであまり注目されなかった。複雑に利害が絡み合い、情勢が刻々と変化するこの時期を本書は正面から描いた上で問う。日中戦争はなぜ起きたのか。誰が、いつ、両国の結び目を断ち切ったのか。大きな歴史のうねりの原因をピンポイントに抽出できるはずはないが、著者は逃げることなくある出来事を試案として明示する。有名ならざるその事件とは――、それはぜひ本書で確かめていただきたい。
 主人公は文豪・魯迅と軍人政治家・蒋介石。ともに日本で教育を受け、日本人の身内をもった。儒教に縛られた旧き祖国の改革を目指して上海と東京を結んで活躍した対照的な二人の「ペンと剣の闘い」が克明に叙述され、そこに多くの中国人青年と頭山満・寺尾亨・内山完造・田中義一ら有名無名の日本人が関わり、1920年代・30年代の空気が濃密に甦る。
 織田信長の出現が戦国時代を終結させたなどと説くと、日本史学界からは素人の所業と糾弾される。一人の英雄が歴史を作るのではなく、時代の要請が人を選び出す。ぼくたち歴史研究者はそう教わり、当然のこととして受容している。だが蒋介石が「千人誤って殺しても、一人の共産党員も逃すな」との指示を出さなければ、冒頭で記した事態はなかった。1927年4月12日、上海で多くの学生や労働者が共産党員か否かの区別なく連行され、虫けらのように殺された。時流の巻き添えになった彼ら一人一人、二度ない人生は永遠にそこで終わった。この意味でやはり、一人の人間が歴史に及ぼす作用は甚だ大なることがあるのだ。本書が実に詳細に、中国と日本の人間を凝視する所以はここにある。
 ぼくは一人の中国人のまなざしが忘れられない。神経質そうで、それでいて社会の本質を見通してやるぞというような鋭い目をした青年の写真を、李漢俊とネット検索をすると見ることができる。14歳で来日して東京帝大で学び、帰国後は社会主義者として活動。1921年7月23日、上海の彼の家に毛沢東を含む13人の中国人青年が集まり、中国共産党第一回全国代表大会が開かれた。だがやがて彼は同志と対立して党を離れ、27年に寧漢戦争の中で武漢で処刑される(37歳)。ウィキペディアの解説がいまだない彼の事績を丹念に発掘したのも著者であり(『中国共産党を作った13人』、2010年、新潮新書)、本書でも少しだけ言及される。
 ごく普通にキャンパスを歩いていそうな青年たちの行動が、歴史を少しずつ動かしていく。でもその代償として、歴史は誠実な青年に富も権力も名声も与えぬどころか、生命までを要求する。この残酷な取引は本書の随所に見ることができるが、無為に馬齢を重ねて教室で彼らを指導する立場にあるぼくには、それがたまらなく切ない。非命に斃れた彼らは、現代日本に生まれていれば、青春を謳歌したであろうに。もちろん、魯迅にも蒋介石にも、違う人生があったろう。
 歴史小説、歴史論文の他に史伝というジャンルがある。論文を書くように綿密に資料を集め、また調査を重ね、小説を書くようにオリジナリティ溢れる構想を広げていく。かつては森鴎外幸田露伴といった文豪がこのスタイルを好んで用いたのだが、作者に多大な努力と才能を要求するために昨今はほとんど見ることがなくなった。本書はまさに、この史伝のうちに数えられる秀作と評価し得よう。尖閣諸島の領有をはじめとして中国とのあいだに争いが絶えぬ今だからこそ、居住まいを正して、二度三度と味読したい一冊である。

(ほんごう・かずと 東京大学史料編纂所教授)
波 2019年4月号より
単行本刊行時掲載

目次

はじめに 日中の結び目を断ち切ったのは誰か?
第1章 芥川龍之介の見た中国――一九二一年の長旅
『鼻』の中国語訳者は魯迅
錚々たるインタビュー相手
魯迅の「大きな夢」
第2章 魯迅の日本留学――嘉納治五郎の日本語学校
憧れの日本へ!
漢民族の奴隷的国民性
自分で辮髪を切った!
第3章 軍人になりたい――蒋介石も日本へ!
日本行きの船に飛び乗って
義兄弟の契り
爆弾作り
一途に思えば願いはかなう
第4章 太宰治が描く仙台の魯迅――希望と挫折と
迷信でなく、近代医学を!
藤野先生との出会い
中国人を救うのは「文芸」
第5章 東京で夢を追う――蒋介石、魯迅の青春
松井石根との友情
日本に亡命した革命家、朱舜水
第6章 目指すは夏目漱石――魯迅の文学的実験
決死隊の一員に
漱石の家に住む
弟の結婚
第7章 長岡師団長の水杯――蒋介石の初陣
逃亡帰国者三名
上海総攻撃!
早くも仲間割れ
第8章 寺尾亨の中華民国新憲法――魯迅、革命に失望す
故郷で教師に
封建的体質は変わらない
日本人の作った中国憲法
第9章 義兄弟・陳其美の死――暗殺者・蒋介石
日本へ脱出
謎の組織「泰平組合」
再び群雄割拠の時代へ
第10章 『狂人日記』の誕生――魯迅、流行作家になる
三男の結婚
中国は「鉄の部屋」
七十八ものペンネーム
第11章 日中初の合弁事業――三上豊夷の男気
孫文を応援した男
秘蔵資料を発見
武器弾薬密輸事件
第12章 蒋介石の幼な妻――そして孫文の危機一髪
恋に落ちた蒋介石
孫文脱出を語る未公開テープ
最初の国共合作へ
第13章 周家の崩壊――周作人、信子との確執
待望の北京四合院暮らし
男女関係?
魯迅の駆け落ち
第14章 弾けた上海バブル――悲劇の幕開け五・三〇事件
戦後恐慌の衝撃
横光利一が見た上海
第15章 蒋介石の反共クーデター――魯迅の怒り
孫文の「大アジア主義」演説
千人殺しても、一人の共産党員も逃すな!
魯迅の蒋介石批判
蒋介石の再婚話
第16章 蒋介石、最後の日本訪問――頭山満の助言
「今夜は眠れそうもありません」
「謹んで日本国民に告ぐ」
蒋介石・田中義一会談
第17章 上海、内山書店交遊記――魯迅の幸せ
金子光晴、林芙美子、武者小路実篤……
魯迅の特別講義
ペンと剣の闘い
第18章 済南事件と国恥地図――日中決別のとき
最初の戦争
日本人の歴史感覚
朝鮮、琉球は中国領土?
第19章 上海事変――中国進攻は元寇の復讐だ!
「堕落した文人」の汚名
まじめな日本人、ふまじめな中国人
魯迅の書いた墓碑銘
第20章 蒋介石の近代国家――通貨統一と国語問題
ついに主席に
金を生む装置
近代化を阻むのは中国語
最終章 一九三六年――やがて日中戦争へ
毛沢東のタブー
最後の友人
そして、魯迅もいなくなり……
毛沢東の知識人大粛清
日本へのメッセージ
あとがき
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